キャットVSパルモデ
傍から見たら異様な光景だろうなとは思う。
左目に十字傷のある灰色猫の俺と土佐犬だが涙目のこいつが『秋刀魚ノ村体育館跡』で向かい合っている。
「『トップ・ドッグ』の名は猫のあんたには渡せない」
「そんな称号まるで興味ないね」
『トップ・ドッグ』。地域で1番強く優しい『動物』に与えられる称号。
俺は優しくはないが『強さ』でこの『秋刀魚ノ村』で少し注目されちまったのでこの村のトップドッグであるこいつに目をつけられた。
「い……行くぞ! 本当に噛みつくからな!」
身体は俺の何倍もデカいし、筋肉の付き方も申し分ないがどうにもこいつの目は『怯える子犬』なのだ。
ウルウルして今にも涙がこぼれそうじゃないか。
「……殺りたきゃやれよ。自分で死に時を選べるなんて最高じゃないか。俺もそろそろ9歳だ。年齢が2ケタになる前に死ぬのも悪くない」
「え……? ええっ?そんな……殺す気とかは無いよ……? 出来ればビビって逃げてくれると助かる……あっ。僕より年上なんですね。お若く見える……」
「あのなぁ」
……何だこいつの気の弱さは。トップドッグの仕事は辛い。たくさんの動物のたくさんのトラブルを解決しなくてはならない。
時に命を落とす奴もいる。
こんな奴にトップドッグが務まるとは思えない。
俺はトップドッグになるつもりはないがこいつにはちょっと脅してトップドッグを辞めてもらおう。
……どこかで殺される前にな。
「フゥゥゥ! ……シャアアアア」
俺は牙と爪を剝いて全身の毛を逆立てて威嚇した。
「あひっ!? ほへへ!?」
案の定。犬は後ろにスッテンコロリンして恐怖の小便をジョージョーと垂れ流した。
そのまま天井に腹を向けて痙攣しながらキュウンキュウンと鳴いている。
少し脅しすぎたかも知れない。
「……」
少しだけ昔を思い出してしまった。何年経っても俺の口からは犬の血の味が消えないし、爪で犬の肉を引き裂いた感覚も残っている。
この牙と爪で何匹の犬を殺しただろう? もう犬は殺したくない。これでこいつもこの村から逃げ出すだろう。
「……キュウン……キュウン」
「はぁっ?」
俺の予想に反して犬は震えながらも立ち上がって来た。完全に大粒の涙を流しながら泣いているし、小便もまだ止まっていないが、心がファイティングポーズを取っているのが分かった。
何がこいつをここまで奮い立たせるのだろうか? 地位か名誉かプライドか?
何年かぶりに犬という存在に興味を持ってしまった俺は牙と爪を引っ込めて出来るだけ穏やかな声を作り訊ねた。
「おい。お前の名前は?」
「……キュウン……キュウン……ぱ……パルモデです」
「パルモデ……ね。俺はお前と喧嘩する気は始めからないよ。少し話をしようぜ。この近くに俺の行きつけの雀荘がある。『ヒート・ビート』って名前だ。知ってるかい?」
「しっ……知ってます。あの。怖い人間が集まる……あの。本当に戦う気はないんですか?」
「ない」
「おかしいなぁ。噂と違う。とんでもないワル猫だって聞いたけど……あなたからは『悪い気』は感じない」
「俺に負けた奴が俺を悪く言うのは珍しくはない。パルモデ。お前は踊らされたのさ」
「へあー。あの。あなたのお名前は?」
名前か。一度名付けられ事はあるが、その名前は気に入っちゃいない。
「名前なんかない。猫でいい」
「そうはいきませんよ。そうだなぁ。猫ってのは無機質過ぎるからキャット……キャットさんとお呼びしてもいいですか?」
「……好きにしろよ」
俺の脅しに屈さないどころか距離を詰めようとしてくる犬は初めてだな。
キャット。キャットね。まぁ悪くない。
「着いてきな。パルモデ」
「へいっ! キャットさん!」
これが俺とパルモデとの出会いだ。
俺はこの先何度もこいつに興味を持った事を後悔する事になる。
こいつの『お犬好し』のせいで俺はトカゲに頭を下げたり銃を持った人間に追われたり熊と戦う事になったんだからな。
『これ』は俺とパルモデの冒険の記録だ。
時に怒りや悲しみを感じることもあるだろうが、俺たちは『あんた』を退屈させる気はない。
あんたは幸運にもこの作品のページを開いた。
この夏はちょっと俺とパルモデに付き合ってくれよ。
なぁ。
『あんた』
に言ってるんだぜ?
2023.7.9○○○○著。
あんたは猫に惚れる事になる。刺激的な夏を