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カミサマの傲慢と道の始まり

「やっと……終われるんだな」


 眼下に広がるミニチュアサイズの街並みを見て、少年がボソリと呟く。


 少年が現在立っているのは、高層ビルの屋上。

 人の腰程度までしかない柵を超え、ビルのヘリから今まで生きてきた街の中を見下ろしている。


「おい、何してんだよお前は! 」


 そんな少年の後ろから、声が一つ。

 自分の体を目掛けて伸びてくる腕が一つ。

 警備員や警察官ではなく、彼の友人の声。友人の手。

 たった一人、自分のことを友達だと言ってくれた男の声。


 その声に少年は振り返り、生気の死んだ虚な瞳で一つ。


「お前は、お前だけは俺の友達だった。

 だから、何があってもお前だけは悪くない」


 動かない表情筋を無理矢理動かして、ぎこちない笑顔を向けたまま、


「そんな事聞いてない! おい! 」


 友人と呼んだ男が伸ばす手を振り払い、まるで背もたれに寄りかかるように体を後ろに倒し、虚空に向けて身を投じた。


「ふざけんな! ふざけんなよ……きょう……」


 『凶』


 それが飛び降りた彼の名前。

 我が子に使うとは思えないような負の感情しかない言葉。


 ─気の迷いで産んでしまった。だから自分達への戒めを込めた名前。


 自分の身が風を切る、まるで弾丸になったような感覚。

 頭が上を向いているせいで下の様子は見えないし、風の音で他の音も全て聞こえない。

 今自分がどうなっているかも分からない感じたことの無い浮遊感。


『ったく……何でお前なんか産んじまったのかね。本当に気の迷いってのはイヤになる』


『虐待? こんなに良さそうなお父さんが?

 きっと、もっと構って欲しいっていう子供のワガママですね。ほら、今後はこんな事しちゃダメだよ? 』


『俺に面倒掛けんなクソガキが! 外面整えんのどんだけ面倒くせェと思ってんだよ! 』


『全くお前は……虐待されてるなんて言ったら世間からどう見られるかわかるだろ? 来年お前も受験生なんだから、あんまり内心に響く事すんじゃないぞー? 』


『虐待の噂、本当かな? 』『いっつも部屋から怒鳴り声が聞こえて、一体どんな教育をしてるのかしら…』『可哀想に』『哀れだなぁ』


 今までの嫌悪感しかない過去が、思い出すだけで吐きそうなくらい現実が、走馬灯のように脳内を駆け巡る。

 それは、自分が待ち望んだ『死』の感覚が近づいている事。

 風を切りながら、待ち焦がれた時を今か今かと待ち望む。


『成程成程、それは確かにイヤになるね』


 だが、異変は突然訪れた。

 声が聞こえたのだ。

 走馬灯の中の幻聴ではなく、実際に。


 気がつくと、凶の眼前には人型があった。

 太っても痩せてもいない、中肉中背の成人男性のような大きさとフォルムで、だけどまるで小学生が書いたような、何もない真っ白な人型。

 目も鼻も、耳も口も髪もない。

 というより、輪郭以外のパーツが何一つないそんな存在。


『ねぇ、君はさ? シアワセになりたくないの? 』


「そんなもん、とっくに諦めた」


 所詮死ぬ間際の幻覚だろうと無視をしようと思っていたが、ついつい反射で答えてしまった。


『諦めた……ねぇ? 人間……いや、生物には皆、シアワセになる権利があるのにどうして諦めちゃうのさ? 君が独り立ち出来る年齢になれば、現実なんて幾らでも変えられるだろう? 』


「知るか」


『全く捻くれちゃってねぇ?

 人がシアワセになるのは義務だよ?

 どんな願いでも、どんな目標でも。そこに辿り着いてシアワセを感じる。これを義務と言わずして何と言うんだい? 』


「なら、死にたいと願った俺の夢が叶ったら、それはもう義務を満たしたって事で良いんだよな? 」


『ははは、そう来たか。なかなか良い頭の回転をしてるじゃないか。

 でも、そうしたら君のシアワセは死んだ後だ。生きてるうちじゃないと感じられない感覚を、感覚の消えた死んだ後にどう感じるんだい? 』


 トンチとも取れない屁理屈を人型は笑い飛ばし、目の前でクルクルと回る。


『成程成程ならいいや。君には天罰を与えるとしようかな』


「天罰……? 」


『そうそう。君にはこのまま、記憶も感情も知識も体力も能力も見てくれも。全てそのままの状態で。新しい道を生きて貰う。

 そして、そこで今度こそシアワセを掴んでもらう。それが僕の与える天罰だ』


「新しい道? このまま地面に叩き付けられて、奇跡的に助かって生き続けろってか? 」


『ははは、それは流石に無理かな?

 だってこの高さから落ちてコンクリートにぶつかって、それで生きてるなんて流石にこの世の摂理に反しちゃうよ。

 まぁ良い、直ぐに分かるよ。


 っと、そうこうしているうちに時間だ。

 此処から先は、自分の目で見てね。それじゃ、バイバーイ! 』


 最後まで軽いノリで人型は空に溶けるように消えて、直後に凶の意識は消え失せた。


 直後、街の中の雑踏は悲鳴で覆われて、直ぐに警察が来て、翌日のニュースを賑わせる事となるのだが、その中心にある凶にとっては当然知る由もない。



✳︎✳︎✳︎



「ん……ぐぁ……此処は? 」


 尻に響く小刻みな振動と、カタンカタンと木板が石を叩くような音に凶は目を覚ます。


 ボンヤリする頭と視界の中、横たわった身体を起こして周囲を見回す。

 足元は木製の床。とはいえ、フローリングなどの小綺麗な物ではなく、釘で繋がれただけのただの板。

 周囲には人間が10名程度。

 大体は女性で、服装は皆ボロ布が一枚。

 全員目に生気はなく、この世に絶望し尽くしたような表情をしている。


 ─此処は何だろう。


 そう思って立ちあがろうとすると、何やら四肢からジャラリと金属音がした。

 その音に反応して見下ろすと、そこには


「鎖……? 」

 

 鉄の鎖が繋がれていた。

 どう見ても用途は拘束具。

 よく見れば、他の人間全員にも付いている。


 現在の凶にわかるのは此処まで。

 現在自分が居るのは日本ではなく異世界で、その中で自分が鎖に繋がれて何処かへ運ばれているという事のみ。


 そんな状況になる要素なんて、片手で数える程しかない。


「あぁ……そういう事か」


 そこで察した。

 自分の置かれた非現実的な状況も、光景も、人型との会話を踏まえれば残念ながら現実のモノでしかない。


 見ず知らずの異世界で、よく分からないカミサマの傲慢で、


 元日本人、冬宮フユミヤ キョウは奴隷にされた……と。



 コレが冬宮 凶の人生の真のハジマリ。


 己の放棄したシアワセを求めさせられて、見つけさせられる。そんな新しい人生たび


 その道の先に広がる光景は、いつか辿り着く本人以外は当然誰も知る由もない。

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