夢星
星が瞬く寒空の下僕は見上げていた。
遥か遠くで輝いている星々を。
手をかざしたらすっぽりと隠れてしまうような小さな星を。
ひとつまたひとつそれは無数に広がり真っ暗な大地を照らす。
空一面に広がる星々の中一瞬空を駆ける星を見た。
「あれはなあに?」と僕。
「流れ星と言うんだよ」と僕の手を引き語る父。
「流れ星?」
「ああそうさ。流れ星。それは宇宙からぶつかってくる砂粒や小石さ。太陽の周りを回っていて地球と衝突し大気の中に飛び込んできた時に光って見える」
「僕には難しくてわからないよ」
「そうだね。これはロマンがないね。だけれども人は流れ星にこんな逸話を夢見たんだ。流れ星に願い事を唱えると叶うという逸話をね。これにはロマンがある。そうは思わないかい?」
「願い事が叶う?僕にもできるかな?」
「きっとできるさ。さあ夢を見よう」
僕には叶えたい夢があった。
大人には笑われるかもしれないが僕にとっては大きな夢だ。
それは夢を見ることだ。
僕には心優しい母と博識な父と可愛らしい猫のルイがいる。
兄弟は居ないけれど仕事に一生懸命である父も休日になると僕をいろいろな場所に連れて行ってくれる。
難しい研究をしている研究者だ。
母はそんな物知りな父が大好きでいつも「お父さんはね」と僕が生まれる前の話を沢山聞かせてくれた。
母は明るくて優しい。いつも僕のことを気にかけて美味しいご飯を作ってくれる。
僕が3歳の誕生日の日まだ小さな子猫だったルイが家に来た。
兄弟が居ない僕が少しでも寂しくないようにと父と母がプレゼントしてくれた。僕はルイを可愛がりそんな様子を父と母は楽しそうに見ていた。
僕は隣の家に住む年の近いコハクという女の子とよく遊ぶようになった。
初めはお互い人見知りで両親の影に隠れてしまう子だったが時間と共にお互いを知りいつしか心を許せる相手となった。
僕は幸せだった。愛のある家族とソウルメイトの幼馴染がいた。
僕は幸せだった。安らげる家がありお腹いっぱいご飯を食べ暖かい布団で寝れる。僕は幸せ者だと思っていた。
だけれどもいつも心に小さな穴が空いていた。
それは歳をとるたび少しずつ大きくなり8歳になった今も変わらない。
何が僕を焦燥させるんだと頭で考えては考えるのを辞めた。
小学生になり僕にはクラスメイトがいる。
男の子も女の子もいろんな友達ができた。
先生が言う「みんなの将来の夢はなんですか?」
クラスメイトは目を輝かせながらおしゃべりが始まった。
「俺はサッカー選手!」「私はお嫁さん!」「僕はパイロット!」
「私はアイドル!」「僕は実家を継いで料理人!」
みんながみんな揺らぐことのない心持ちで楽しそうにおしゃべりをしている中僕はただ呆然と下を向くばかりだった。
僕には特別優れた事は無かった。
サッカーをやってもいつも簡単にボールを取られてしまう。
サッカーが上手になりたいとも思わなかった。
大切な人を守り添い遂げるなんて僕には想像もできなかった。
飛行機を運転して大勢の命を預かるなんてとても恐ろしくて心が持たないと思った。
クラスの発表ですら緊張してしまう僕には人前で歌うなんて考えるだけで学校を休んでしまいそうだ。
僕は自営業でもないし料理なんてしたこともなかった。
僕はいつしか何かに希望を見出す事とはかけ離れた考えをするようになっていた。
どうせ、無理だ、僕なんか、向いていない、できっこない
何を考えるにもまずそんな言葉が浮かんでは夢を見ることを恥ずかしい事だとすら思っていた。
家に帰りコハクのところに行った。
僕はこの気持ちを父や母には言わなかった。
先生が言っていた。「夢を見る事はとても素晴らしい事です。あなた達には無限の可能性があります。これからの長い人生どう生きていくかどう生きたいかを決めるのは自分の心です。今心の中にある小さな夢をこの先も忘れずに叶えていけるよう努力しましょう」
きっと大人はみんなそう言う。
夢を持てない、夢を見ない子供なんて心配されるだけだ。
そう思うと父や母の前では本当の気持ちを伝えることができなかった。
僕はそんな時は決まってコハクのところに行った。
コハクは僕の話を肯定も否定もせず聞いてくれる。
ただ僕のことを優しい眼差しで受け入れてくれる。
コハクはどう思っているのかはわからない。
僕は人の心を読む力すらも無いみたいだ。
ただ僕が自分の考えを言葉にする。いわば感想文の発表みたいな感じだった。
私は君の話を聞くのが好きだ。
君はいつも下を向いている。
君はいつも否定から入る。
でもきっと不安なだけ。
私は君の良いところを沢山知っている。
君が気づいていない君だけが持っているものを知っている。
でも私は教えてあげない。
だってそれは私だけが知っているから。
その日はコハクと夜の散歩に出かけた。
冬の寒い日だった。僕たちは田舎町に住んでいたから夜は街灯が少なく外は暗がりが広がっていた。
いつもみたいにたわいもない話をしていた。
あまりの寒さに2人は肩を寄せ合いホットココアを飲んだ。
「私ね」とコハク
「夢があるの」
僕は一瞬コハクを見た。
今までそんな話を聞いたことがなかった。
コハクは僕の話を聞くばかりで僕はコハクの話をあまり聞いたことがなかった。
夢と聞いて少し構えてしまった。
コハクもみんなと同じで違うのはやっぱり僕だけなのかとまた下を向いた。
そんな僕を見てコハクは笑った。
僕のとった行動があまりにも想像できたのかそのまますぎてかコハクは僕への視線を空へと移す。
「強く優しい人になること。それが私の夢」
僕はコハクを見た。
僕の顔を見てまたコハクは笑った。
「そんなこと?って思った?」
僕は頷く。
「夢って何かになることだけじゃない。自分がどうありたいかそれも立派な夢だと思うの」
僕は心の中にある穴が熱を帯びるのを感じた。
熱が身体中に染み渡りとても寒い夜だというのに暖かく感じた。
コハクがまた空へ視線を移す。
僕も空へと視線を移す。
その一瞬空を駆ける星を見た。
僕は父との記憶を思い出した。
「流れ星に願い事を唱えると叶うんだって。でも流れ星って宇宙の砂粒や小石だって昔父さんが言っていた。なんだったそんなものに願いを叶える力があるんだろう」
「宇宙からしたら人の願いや夢なんて小石みたいにちっぽけだけど自分にとっては大事なことで。でも少し気恥ずかしくて。君みたいな恥ずかしがり屋さんにはほんの一瞬自分と向き合うことができる時間なんじゃないかな」
「なんだか僕のためにあるみたいだ」
「そうだね。じゃあ一緒に夢を見よう」
そう言ってコハクは目を瞑り心の中で流れ星に願いを唱える。
僕もそんなコハクを見て心の中で願いを唱える。
「コハクが強く優しい人になれますように」と。
子供の頃なら誰しもが夢を持っているのが当たり前な風潮がある中で、夢が無かったり夢を見ることを難しいと感じる方に少しでも心のゆらぎになれたらと思い書きました。特定の職業になることだけが夢ではなくどのような考えを持った人になりたいか自分の軸を見つめ直すきっかけになれればと思います。