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第8話 バカップル

 全力疾走のおかげで、学校には少し余裕を持って着いた。


 教室に入ろうとしたが、廊下にはいつも以上の人が居た。

 葉子さん目当ての野次馬かな?


 人を掻き分けて教室に入ると、龍児と葉子さんがイチャイチャしていた……


「……おはよう龍児。葉子さんもおはようございます」

「勇也、ありがとうな!お前のおかげで俺達は幸せだ!」

「……確かにそうじゃの。良し!お礼に今度里から金塊を送っておくから受け取ってくれよ」

「金塊は無骨過ぎないか?」

「ううむ……。そうじゃのう。旦那様は何か良い案があるか?」

「俺はモナからなら何を貰っても嬉しいかな♪」

「では金塊じゃな♪」

「勇也、モナからのお礼だからありがたく受け取ってくれよな!」


 ???


「………モナって葉子さんの事か?」

「うむ。妾の本当の名じゃ。じゃが、その名を呼ぶのは旦那様にしか許しておらんからな。お主達は今まで通り葉子と呼ぶのじゃぞ」

「………旦那様?」

「ああ、俺達今朝からめでたく夫婦になったんだ!」

「そうじゃ!旦那様よ、妾は結婚式がしたいぞ!じゃが、里でやると和式になってしまいそうじゃな……。妾はウェディングドレスが着たいのじゃ♪」

「モナのウェディングドレス姿か……。最高過ぎて死人が出ないか?」

「大丈夫じゃ。反魂の術なら得意じゃからな♪………ん?そうじゃ!反魂の術を使えば旦那様とずっと一緒に居られるのではないか!?」

「モナが一緒なら俺はいつまでも付き合うよ♪」

「くふふ♪旦那様、大好きじゃ♪」


 そう言って、葉子さんは龍児に抱き付いた。

 そして龍児は穏やかな笑顔で葉子さんの頭を撫でている。


 何だこのバカップルは……

 2人はどう見ても知的な感じだったのに。


「なあ亜弥。一体何が………」


 亜弥は余りのショックで立ったまま気絶していた……





 休み時間……


「葉子さん!里の事はどうするのですか!?」

「里の事?あのような辺鄙な所で何が起こると言うのじゃ?まつりごとの際はちゃんと戻る故、問題無いじゃろう。分身も置いてきておるからあちらの事も把握しておるよ」

「ですが……。今朝、ゆうくんが狙われました」

「……狸の輩共か。そう言えばこの学舎にも一匹紛れ込んでおったな。それでお主は妾にどうしろと?狸の一族を根絶やしにすれば良いのか?あれだけ妾に息巻いておったのに、困った時は妾頼みか?」

「い、いえ、それは……」


 葉子さんからの圧力が増していく……

 空気が重いと言うか………実際に体が重くなって動かないんだけど!?


「モナ。九龍さんは心配なんじゃないかな?」

「それは妾も承知しておるから問題無いと言うておるのに……。一族を見捨てる事などせぬし、『影』が抑えられんのなら妾が出しゃばるまでじゃ」


 龍児が葉子さんに話し掛けただけで、重い空気が一掃された。


「それより、里ってどんな所なんだ?」

「今度一緒に行くのじゃ♪里の皆にも旦那様の事をお披露目せんとな♪」

「……それは、凄く緊張しそうだ」

「勿論、盛大にもてなすからな♪そうじゃ、先に里の者に軽く伝えておくか」

「里か……。のどかな田舎道をモナと2人で歩くのも楽しそうだな♪」

「!?旦那様は何故その様な素敵な事を思い付くのじゃ!?想像しただけでワクワクするのう♪」


 さっきとは一転して、葉子さんは満面の笑みを浮かべて龍児に抱き付いている。

 亜弥は信じられないと言った顔で龍児を見ていた。

 龍児、お前葉子さんに何したんだよ……


「のう、亜弥よ。妾は幸せになってはダメか?勿論、里に危害が加えられようものなら全力で止めるし、『影』が暴れるのならちゃんと封じる。……今まで本当に永い時を無作為に過ごして来たのじゃ。やっと得た心の安寧を享受するのは許されぬか?」

「………………」


 亜弥が何も答えられないでいると、龍児が黙って葉子さんの頭を撫でた。

 それだけで、葉子さんは安心しきった顔になりその身を龍児に預けた。

 ここは俺が間に入るしかないか……


「亜弥。葉子さんは亜弥達にとって凄く特別な存在なんだろうけど、葉子さんにとっては龍児が特別なんだよ。葉子さんが何処かに行っちゃう訳でも無いし、心配要らないんじゃないかな?」

「ゆうくん……」


 我ながら語彙力が無いなと思いつつ、思った事を口にする。

 前に龍児が籠絡されたなんて思ってしまったが、きっと2人は相思相愛なのだろう。そこに立場や責任を押し付けるのは違う気がする。


「元はと言えば、その『影』の事だって俺個人の問題だろ?亜弥が居てくれるだけで助かってるよ♪」

「ゆうくん……。ありがとう♪」

「ほら、葉子さんに言うことあるだろ?」

「うん。葉子さん………いえ、『千幻妖狐』様。この度はおめでとうございます。未熟な我らを今まで見守って頂きありがとうございました。今後は、もし私の力が至らぬ時はどうかお力添えを頂ければと思います」

「うむ。了解じゃ」


 こうして、龍児と葉子さんのイチャラブ事件は一件落着となった。





 昼休み……


 亜弥が作ってくれた弁当を食べるだけの筈が、現状はとても混沌とした状況になっていた。


 葉子さんが教室は騒がしくて嫌だと言うので俺達は屋上に来ている。

 屋上は立ち入り禁止なのだが、葉子さんが鍵の掛かったドアを難なく突破し、4人でシートを広げた地面に座った。


「…………!!」

「……うそ!?」


 座って暫くすると、葉子さんがケモ娘状態に変化した。

 そして、龍児のあぐらの上に座ると頭を差し出し、龍児はそれに応えるように葉子さんの狐耳を優しく撫でた。

 ……因みに、九つのふさふさの尾は圧巻の一言だった。


 俺の驚きは竜二が羨ましいだけの嫉妬からだが、亜弥は何故驚いているのか?


「旦那様に撫でられると体が蕩けてしまいそうじゃ♪」

「ただ撫でてるだけなんだけどな」

「他の女子(おなご)にはせんでくれよ………と言うのは妾のエゴじゃな……」

「心配しなくてもモナ以外の耳を撫でる事なんて無いよ」

「くふふ♪浮気の心配はしなくても良いかのう♪」

「ああ。逆にこの耳は俺専用だからな。他の男に触らせないでくれ」

「勿論、旦那様専用じゃ♪それにもし触られたら存在ごと消し去る故、触った事実も残らぬから大丈夫じゃ♪」

「じゃあ、安心だな!」


 何か最後の方が凄く物騒だったんだが……

 それにしても龍児が羨まし過ぎる!!!

 あんな手触りが良さそうな耳を……

 俺は同じ狐耳を持つ隣の亜弥を見た。


「……やっぱり、ゆうくんも撫でたい?」

「是非!!!」

「でも、狐人の間では自分の意思で耳や尻尾を撫でさせるのは契りを結ぶ証しなの。要するに結婚するって事だよ?」


 さっきの亜弥の驚きは、言葉では聞いていたけど葉子さんが龍児にそこまで心を許してるのか……って所かな。


 だが今は何よりも目の前の狐耳だ!

 ケモ娘になってくれた亜弥の頭部には美しい狐耳がその存在を主張している。


 亜弥は許嫁なんだし思い切り触っても大丈夫かな?

 どんな手触りなんだろう?

 わしゃわしゃしても良いのかな?


「はあ……!はあ……!」

「ゆうくん………こわい……」

「旦那様や。もしやあれが今朝言っておった……」

「ああ……。見るだけならそこまででも無いけど、実際に触れると思ったら豹変するんだ。勿論、犬や猫には逃げられる」


 あ、あと少しで………


「む?……狸よ。覗きとは無粋じゃぞ?」

「「!!?」」


 俺と亜弥は一瞬で我に帰る。

 狸って今朝会ったあいつか!?

 あんなに好戦的なやつが近くに居るのならば尚更だ。


 そして、給水タンクの土台の奥から今朝の女の子が姿を現した。


「おかしいなあ~。完全に気配消してた筈なんだけど……」

「妾にバレたくないのなら、呼吸と心音を止めて来るのじゃな」

「……それって死んでますよね。それにしても、貴方が女王を攻略した勇者ですか……」

「因みに言っておくが……」

「大丈夫ですよ~。勿論手は出しません。でも、事故とかだったらしょうがないですよね……………」


 そう言って、女の子は項垂れたまま全く動かなくなった。


「……モナ。俺はまだ何もされてないからさ」

「じゃが!?こやつは旦那様に殺気を向けおった!!」

「殺気なら教室で他の男子からめちゃくちゃ向けられてるよ……」

「むう…。旦那様が許すと言うなら従うしかあるまい」

「モナ、ありがとう」

「じゃが、実際に旦那様に危害を加えようとして来た時は、たぶん抑えられぬぞ」

「それで良いよ。でも、モナはいつも気を張り詰めてくれてるから心配なんだ。やっぱり俺も自分の身くらいは守れるようにならないといけないよな……」

「な、何で旦那様はいつも妾が嬉しくなる事ばかり言ってくれるのじゃ?」

「俺は思った事を言ってるだけだけど……」

「なら、旦那様は妾たらしじゃな♪」

「はは♪何だよそれ♪」


 またイチャつき始めやがった……

 俺が呆れていると、女の子が動き出した。


「……かはっ!!はあ!はあ!一体何が!?」

「旦那様の慈悲で殺さんでやったぞ。泣いて感謝するのじゃな」

「うそ……私気絶してた……の?」

「そもそもお主の目的は旦那様ではあるまい?余計な事はせぬことじゃ」

「ば、化け物………」

「化け物か……。昔は嫌いな言葉じゃったが、今はそんな化け物でも旦那様が好いてくれておるから気にせんくなったわ。それより、用を済ませて去るが良い。昼休みが終わってしまうぞ」

「わ、分かった。もう貴女達には手を出さないから許しいて欲しい。……でもこっちの東谷くんは別。九龍さん、私と勝負しない?」


 狸人の女の子は急に俺達に向き直り、おかしな事を言い始めた。


「……何が目的ですか?」

「貴女が勝てば私達狸人は東谷くんを諦める。私が勝ったら彼を引き渡して貰うわ。どちらにしろ、彼も今後暗殺に怯える生活なんて嫌でしょう?」

「貴女達に都合が良すぎませんか?」

「……そうね。もし私が負けたら私も彼の盾になるわ。私は一族を代表して来てるけど、納得出来ずに余計な事をする連中も居るだろうし」

「何を血迷い事を……」

「貴女は彼の盾なのでしょう?本人に確認した方が良いんじゃない?」

「……ゆうくん。話に乗っちゃダメだよ!」

「大丈夫だ。名も名乗らないし、口調も安定しない奴なんて怪しいだけだ。勝負の結果だって認めないかもしれないし、約束を守るとは思えない」

「あら?ごめんなさい。私は2年3組の月詠香苗(つくよみかなえ)よ。口調が違うのはただのキャラ作りだから許してね。あとそうね、私を信用して貰うには………私の耳を触っても良いわよ♪狐人族みたいに契りの誓約なんて無いから後腐れも無いわ♪」


 そう言って月詠が変化する。

 腰まであるロングの茶髪に可愛らしくちょこんと狸の耳がついていた。


 ど、どうするんだ俺!?

 さっき触れなかった反動で触りたい欲求が……


「ゆうくん!何で迷ってるの!?」

「い、いや。だってそこにケモ耳があるから……」

「重症じゃの……」

「それはダメだろ……」

「触ったらきっとスッキリするわよ♪」

「貴女は黙ってて!!……分かったわ!貴女との勝負受けてあげる!その代わり私が勝ったら2度と私達に近付かないで!」

「ふふ♪そう来なくっちゃ♪じゃあ、明日の昼休みに運動場に来なさい。皆の面前で負けを認めさせてあげるわ!」

「それは楽しそうじゃのう♪妾が見届け人になるから思う存分にやるが良いぞ」


 もしかしなくても、これって俺のせいだよな……


「なあ、亜弥。別に受ける必要は……」

「大丈夫だよ!ゆうくんは私が護るから!!」

「……はい」


 亜弥の気迫に押され思わず頷いてしまった。


 くそっ!この性癖が恨めしい……










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