第6話 遅刻する暗記使い
早朝5時……
俺は亜弥と2人で庭先に立っていた。
そう!今日から護身術を習うのだ!
少しドキドキしながら、目の前の凛とした佇まいの亜弥を見る。
この前、牧瀬さんと戦った時の様な真剣な表情だ。
「先生!今日からよろしくお願いします!」
「えっ?そ、そんな先生だなんて……。なんて良い響き……」
途端にいつもの亜弥に戻った。
何事も最初が肝心だと思うのだが……
「こ、こほん!今日は九柱流の基本と集中の仕方を教えます」
「おお!早速なのか!」
「九柱流に必要なのはとにかく集中力。それこそ対峙した相手の事以外に意識が向かないようにするの。自分を中心にして柱を立てる様なイメージで、柱の太さと密度が集中出来る範囲と深さって所かな」
「ふむふむ……」
「まずは一柱を目標にするね。範囲で言うと1mくらいで深さで言うと正面からの速い突きを目で追えるくらいかな」
「因みに九柱だとどんな感じなんだ?」
「私もまだ体得してないから聞いた話だけど、範囲で言うと500mくらいで、深さは範囲内の相手の心音が聞き取れるらしいよ」
「そんな事が可能なのか?」
「私は七柱までだけど、100m先の相手の筋肉の起こりくらいは分かるから多分可能だと思う」
「マジか……」
俺からすればどちらも凄いとしか言いようが無い。
そんな凄いものを体得出来るのだろうか?
「実家の道場の門下生は二柱までなら体得してる子も多いから、そこから先は如何に継続して習練出来るかどうかかな」
「亜弥はどれくらい続けてるんだ?」
「私は10年くらいだね」
「……良し!俺も続けれる様に頑張るよ!」
「ふふ♪気合いは十分だね」
その後は、集中する時の呼吸の仕方や雑念の払い方などを教わって時間切れとなった。
集中するだけでも疲れるって初めて知った。
シャワーを浴びてダイニングに行くと、おふくろと亜弥がキッチンで作業していた。
今日は亜弥が弁当を作ってくれるみたいだ。
因みに、葉子さんは「声だけでは我慢出来ぬ!」と言って、昨晩の内に龍児の家に行ってしまった。
自由奔放とは彼女の為の言葉に違いない。
キッチンから2人の楽しそうな喋り声が聞こえてくる。
これなら将来も嫁姑問題なんて無さそうだなと、俺は余計な事を考えていた……
「おばさま、いってきます♪」
「はい、いってらっしゃい。勇也、帰りのおつかい忘れないでね」
「………ああ」
おふくろに見送られて家を出る。
「ゆうくん、元気無いね」
「……ああ。自分の母親から昔好きだったアイドルの写真集を買ってこいと言われれば、殆どの男子高校生は元気を失くすだろうな」
朝からテンションは駄々下がりである……
通学路も半ばに差し掛かった頃、住宅地の塀に囲まれた曲がり角を曲がろうとした時にそれは起きた。
「遅刻!遅刻ーー!!きゃあーーー!!!」
「ゆうくん、危ないよ」
亜弥が俺の手を引いて目の前の人とぶつかるのを回避してくれた。
「わ~危なかった~。ごめんね。急いでて……」
「俺の方こそ前をちゃんと見て無かった。悪い……」
「本当にごめん!お詫びにこれあげるね♪」
目の前の女の子が言い終わる前に、俺の首もとには鋭い刃物が突き付けられていた。
正確には、その刃物を亜弥が指で白羽取りしている。
えっ!?
一体何が?
この女の子が刃物を?
最近は驚く事ばかりだったが、流石に刃物とか出てきたら平常心では居られない!
「流石にそう簡単にはいかないよね~♪」
「貴女は何者ですか?返答次第では無力化します!」
「一昨日、偶然聞いちゃったんだ~。君が『影』なんでしょ?」
「「!!?」」
「なんで貴女の所の女王様もこんな危ない存在を放っておくのかな~?」
女の子は持った武器から手を離すと勢い良く背を向ける。
その拍子に女の子の長い髪が……
「ゆうくん!!」
俺は亜弥に強引に吹き飛ばされ、民家の塀に叩き付けられた。
「ごほっ!痛てえ……」
「今のは入ったと思ったんだけどな~」
「誰かは知りませんが今は退きなさい!こんな場所で『影』が暴れたら大変な事になる!」
「だからそうなるようにしてるんだよ♪」
女の子は標的を亜弥に変えたようで、両手に刀を持って斬りかかった。
両手に刀って……さっきまで何処にも無かった筈……
だが相手がいくら二刀流で斬りかかっても亜弥には当たらない。
「うわ~。流石狐人族の九柱流だね♪全然当たらないや……」
「九柱流も知ってる?……一体何者ですか!?」
「いや~。体育館で普通に話してたでしょ。しかも皆の前でしっかり披露してたよね~」
「………………」
「……確かに」
「う~ん。やっぱり貴女が居ると無理みたいだし出直すね♪それじゃあ、東谷くん。トイレに行く時は気を付けてね~♪」
女の子はそのままぴょんと民家の屋根まで飛び上がり、反対側へと消えて行った。
「ゆうくん、ごめんね!まさか暗器使いだとは思わなくて……」
「……暗器使いって存在するんだな。亜弥が居なかったら殺されてた。ありがとう」
「ううん。たぶんあの子は……」
亜弥が言い終える事はなかったが、確かにあの口振りからすると俺の中にいる化け物が目当てなのだろう。
「なあ、亜弥。本当に俺の中に化け物が存在してるのか?」
「うん。私は一度この目ではっきりと見てるから。でも……ううん。何でもない」
亜弥は見た事があるのか……
ん?何か引っ掛かるんだが?
「不味いよ、ゆうくん!遅刻しそう!」
「ほんとだ!急ごう!」
先生に通り魔に殺されかけましたって言っても信じてくれなさそうだしな。
その後は学校まで全力疾走だったので、疲れ過ぎて俺の変なわだかまりもいつの間にか頭から消えていた……




