第3話 『千幻妖狐』
「ち~す!……相変わらず凄いな」
「龍児か……。ただの野次馬だろうから、暫くしたら落ち着くだろ」
「いや、白昼堂々学校で腕を組んでるお前達のメンタルがな」
「……色々あったんだ」
「……そうか」
亜弥が転校してきて2日目だが、昨日より見物人が増えていた。
まだ遠巻きに見ているだけなのが救いだろうか?
すると、俺がそんな事を思ったせいなのかは分からないが、1人の男子生徒が俺達の席の前に歩いて来た。
「君、九龍さんって言うんだよね。俺は2組の咲崎徹。良かったら俺と向こうで話さないか?」
「無理です。ごめんなさい」
瞬殺だった。
咲崎徹………確かバスケ部のエースで女子から人気があるイケメンだ。
廊下で女子に囲まれて歩いているのを何度か見た事がある。
「い、いや、ただお話しするだけだよ!君と仲良くなりたいからさ」
「ゆうくんと一緒なら……」
「……遠慮しとく」
「やっぱり無理みたい。ごめんなさい」
「チッ!」
咲崎は悔しそうに舌打ちして去って行った。
俺の自惚れだと思うが、亜弥の気持ちがお前に向く事は無いだろうから諦めてくれ。
「おい、何か昨日と比べて2人とも打ち解けてないか?」
「……色々あったんだ」
「……そうか。何だよ色々って!?」
そりゃあ、亜弥が俺の正式な許嫁だと判明して、狐人でケモ娘で一緒の布団で寝たんだよ!
……とは口が裂けても言えない。
だが、よくよく考えると一緒の布団で寝るのはとても不味い。
昨日は俺が先に寝ていたから良かったが、亜弥が隣に居るのを意識しながら眠る自信が無い。
幸い今日は荷解きして自分の部屋で寝てくれるだろうが……
「……その内、お前妬まれそうな気がするな」
「妬みだけで済むと良いがな」
「理解しておいても尚だと!?」
「背後から刺されたりとかは嫌だな……」
「ゆうくんは私が護るから大丈夫だよ♪」
「昨日も少し思ったんだけど、九龍さんって空手か何かやってるの?」
「うん。空手ではないけど、実家が道場をやってるから」
「へえ~、そうなのか。何て名前なんだ?」
「うん♪九柱流護身術だよ♪」
全く聞いた事無いな……
まあ、亜弥の実家の話だろうから当たり前か。
俺は特に喧嘩とかしたことはないが、女の子に護られるだけと言うのは酷く居心地が悪い。
頼んだら護身術を教えて貰えるだろうか?
「なあ、亜弥。その護身術って俺でも覚えられるかな?」
「集中力と反射神経があれば大丈夫だよ♪」
それは武道全般に言える事ではなかろうか。
要するにやってみなければ分からない。と……
「俺も自分の身くらい守れるようになりたいから、その護身術を教えて貰えないかな?」
「うん、良いよ♪じゃあ、明日の朝から特訓しようね♪」
「……お手柔らかにお願いします」
「そう言えば、歌穂も習い事で何かやってたな」
龍児の呟きが聞こえていたのか、友達と話していた牧瀬さんがこちらに歩いて来た。
「東谷くんと九龍さん、それとりゅうくんも、おはよう♪」
「……ついで感が半端無いな」
「まあ、ついでだし。それより九龍さん護身術やってるんだね。実は私もなの。今度手合わせ願えないかしら?(東谷くんを護れるのはどちらなのかを証明してやるわ!)」
護身術の話だよな?
手合わせなんて出来るのだろうか……
「良いですよ♪何時やりますか?」
「……そうね。今日の放課後、体育館の隅の方を借りましょう」
小声で話してる訳では無いので、俺達のやり取りは周りに丸聞こえだろう。
彼女にしたいランキングトップと話題の転校生の対決だ。
俺は大騒ぎになりそうな予感をひしひしと感じていた。
午前の授業を終えて、昼休み……
「……あっ!お弁当作るの忘れちゃった!」
「弁当どころじゃなかったからな」
「ふふ♪今回は私の不戦勝のようね!私のお弁当を食べて、とくと舌鼓を打ちなさい!」
牧瀬さんが用意していたお弁当は五段の重箱だった。
俺はそんなに大食いではないので、亜弥が忘れていて良かったとも言える。
中身も豪華で伊勢海老なんかも入っていた。
材料費だけでいくらかかっているのだろうか……
「本当に食べて良いのか?」
「東谷くんの為に作って来たのよ。遠慮しないでどんどん食べて!」
「俺もご同伴に預かろうかな」
「りゅうくんはこれよ!」
「……マジか」
牧瀬さんは龍児の前にコンビニのおにぎりを一つ置いた。
だが、目の前のご馳走を見ながらコンビニのおにぎりを食べるのは、幾ら何でも可哀想だ。
「牧瀬さん、せっかく沢山あるから龍児にも分けてやろうよ」
「東谷くんはなんて優しいのかしら!りゅうくん、東谷くんからのお恵みよ。有り難く頂きなさい!」
「……もう訳が分からねえよ」
「私も食べて良いんですか?」
「良いわよ。私のお弁当に恐れをなして明日から作る気も起きないでしょうけど!」
牧瀬さんってこんな性格だったんだな……
何だかんだと言いながら、結局全員で食べる事になった。
「うまっ!!」
「確かに美味しいな!こんな美味しいのが毎日食べれるなんて、牧瀬さんと結婚する男は幸せ者だな!」
「やだ~!結婚なんてまだ早いわよ~」
「むむ…!明日は私の番です!ゆうくん、期待しててね♪」
「ああ、楽しみにしてる」
「俺だけ蚊帳の外なんだけど……。俺、明日は学食にするわ」
「ダメよ!りゅうくんも食べてちゃんと評価しなさい!」
「……勇也。お前恨むからな!」
「くくっ♪俺と一緒に仲良く見せ物になってくれや」
「てめえ……」
俺だけ吊し上げなんて真っ平ごめんだ!
俺達は友達なんだ。被害は均等に折半しようぜ!
流石に重箱はかなりの量があったので、昼休みギリギリまでの食事となった。
放課後……
俺達は体育館に来ているのだが、何故か貸し切りになっており体育館の真ん中に一段高くなった簡易のリングが出来上がっていた。
リングの外周にはロープが引かれ、観戦者が中に入らないように警備する人まで立っていた。
たぶん俺達の朝の会話を聞いた外野が、変に盛り上がってやったんだとは思うが、ちゃんと許可とか取っているのだろうか。
流石にリングアナウンサーや審判とかは居なさそうだが……
そして、リングの上には体操着姿の2人が立っていた。
護身術同士の戦いとは一体どんなものなのか……
「九龍さん、準備は良いかしら?」
「いつでも良いですよ♪」
「じゃあ、東谷くん。開始の合図をお願いするわ」
「お、俺か!?」
「ええ。よろしくね」
「わ、分かった。………レディー、ファイ!」
一瞬、体育館に静寂が訪れる。
「……普通に『始め!』で良いわ」
「最初から言ってくれ……」
「ゆうくん、頑張って!」
それっぽい掛け声にしただけじゃん!?
滅茶苦茶恥ずかしいんだけど!
「………始め」
俺の虚無の合図を皮切りに、2人が構える。
亜弥は体を半身にして左手の甲を相手に向ける。
カンフー映画で見たことがある構えだ。
対する牧瀬さんは姿勢を低くしてほぼ四つん這いの状態になっている。
タックルでもしそうな態勢だ。
……2人とも護身術だよね?
「力量が分からないから、三柱かな……」
「まずは様子見よ!……ハッ!」
亜弥が良く分からない言葉を発した直後、牧瀬さんが瞬時に間を詰めて手刀を突き出す。
亜弥は左手を軽く動かしてその手刀の向きを変えた。
即座に牧瀬さんは蹴り上げに移行するが、亜弥はそれも体を僅かに傾けてかわした。
更に牧瀬さんの蹴り上げからの変則的な踵落としを亜弥は体を一歩引いてかわした。
そして、2人は一旦距離を取る。
この間、僅か5秒ほどだ。
直後、体育館が揺れんばかりに観客は盛り上がる。
「うおおおお!!すげえ!!!」
「牧瀬が間合いを詰めたのって、もしかして縮地ってやつか!?」
「速すぎて良く分からんかった!」
「テレビで見る格闘技より凄くない!?」
何度も言うが、護身術同士の試合です。
「嘘でしょ……。全部かわされるなんて……」
そんな外野を余所に、一番驚いているのは牧瀬さんだった。
「牧瀬さんもかなりの腕前ですね。一柱だったら当たっていたかも知れません」
「……何なの、その柱って?」
「九柱流は集中力の深さを柱に例えます。数が増すごとに動きがゆっくりに見えて、体の反射速度が上がります」
「今のが3段階目って事ね。それが9段階目まであると……」
「私はまだ七柱までしか体得していませんが、九柱までいくと銃の弾まで避けられるそうです」
「………滅茶苦茶だわ」
「それより、牧瀬さんが習っているのは護身術だと言っていたと思うんですが?」
「私のは超攻撃的護身術で、攻撃は最大の防御を理念として、先に敵を無力化して身を守る教えなのよ」
……それって護身術って言うのか?
だが、確かに牧瀬さんの一連の動きは離れているから目で追えただけで、実際に対峙した場合に最初の一撃を避けるのは格闘技の経験者でも無い限り難しいだろう。
ボクシングの試合を想像したら分かりやすいだろうか。
プロボクサーのジャブを一般人が避けれる筈も無い。
まあ、それを軽々と避けている亜弥が普通では無いのだが。
その後、決着はすぐについた。
牧瀬さんがいくら攻めても亜弥の体に掠りもしないので、諦めて棄権したのだ。
途中でタックルして寝技に持ち込もうとしたみたいだけど、亜弥は牧瀬さんを軸にして体ごと反転させてかわしていた。
あんな避け方があるんだな……
「まだ九龍さんは全然本気じゃ無さそうだし、私も今度は道具ありの本気でやらせて貰いたい所だわ」
「実戦に勝る経験はないので是非お願いします♪」
「ふふ♪楽しみがまた増えたわ♪」
「こんなちゃんとした場所を準備してくれた人にもお礼言わないとですね」
「そうね。たぶん私のファンクラブの会長だと思うけど……。佐伯くん、居るかしら?」
「……は、はい!」
「貴方が準備してくれたおかげで思い切り動けました。ありがとうございます♪」
「佐伯くん。今日はどうもありがとう♪次があるかも知れないから、その時はよろしくね♪」
「は、はい!!次はもっと本格的な物を準備します!」
佐伯くんは2人からお礼を言われてデレデレになっていた。
そして、2人が固い握手を交わしお開きとなった。
観客だった生徒達は散り散りに体育館を後にし、部活動生と入れ替わっていった。
「今調べたら護身術にも色々あるみたいだな」
「習うなら普通の護身術が良いなあ」
「……諦めも肝心だぞ」
まだ熱気が冷めやらぬ体育館で、俺は一人不安になるのだった……
帰り道……
明日の弁当の食材を買うためスーパーに寄った。
他愛もない会話をしながら、2人で食材を選んで俺が持ったかごに入れていく。
それだけの時間がとても幸せに感じる。
亜弥もこの雰囲気を気に入っているのか、終始笑顔だった。
スーパーを出ると駐車場に人だかりが出来ていた。
何やら男達の叫び声が聞こえる。
揉め事か何かだろうか?
俺は関わり合いになりたくなかったが、亜弥の意見も聞こうと思って向き直ると亜弥の表情は驚愕に染まっていた。
「『千幻妖狐』様!?」
「………えっ?」
たしか、亜弥達狐人が住んでる里の長だよな……
亜弥の様子でも見に来たとか?
「ん?その声は亜弥か?」
千幻妖狐が亜弥に気付いたようで、此方に歩いて来た。
その姿は正に妖艶。
着崩した着物のせいで、肩は丸出しで胸は谷間が覗いており、足も太股がチラチラと見え隠れしていた。
一歩間違えば露出狂である。
……まあ、水着とかに比べれば全然露出は少ないんだけど。
髪は亜弥と同じ金髪だが、髪自体が発光しているかのように淡く輝いて見える。
極めつけはその容姿。
顔や体型の好みなんて人それぞれだと思うが、全男性の9割を超える数が好きそうな容姿だ。俺個人の感想だが……
でもなんか、ずっと見てるとどんどん彼女の魅力に引き込まれて……
「ゆうくん!!」
「……はっ!?俺は一体……」
「『千幻妖狐』様はその御姿を直視した雄の生物を魅了するの。そのままにしてると理性を失って精神が壊れるわ」
「マジかよ……」
こんなに人が多い場所に来て大丈夫なのか?
「おお、亜弥よ。久しいのう♪久方ぶりに里を出る者が居ると聞いて様子を見に来たぞ」
「『千幻妖狐』様。無礼は承知ですが、その魅了の術をお収め下さい」
「別に術でも何でも無いのじゃが。まあ、しょうがあるまい」
すると、先程まで屯っていた人達が急に興味を無くした様に散っていった。
ケモ娘ってだけでも摩訶不思議だったのに、とうとう術なんて非科学的なものも出て来たんだが。
「今、阻害の術を使ったから妾の姿は普通の女子しか見えぬ筈じゃ」
えっ?そっち?
じゃあ、特に何もしていなくても魅了されるって事か……
この人、半端ねえな!
「『千幻妖狐』様。改めまして、お久しゅうございます。態々お越し下さってありがとうございます」
「そんな堅苦しい挨拶など要らぬ。それに妾の事は気軽に『ようこ』とでも呼べば良い。いちいち千幻妖狐などと連呼されては堪らんわ」
「ですが……」
「命令じゃ。何度も言わせるでないぞ」
「畏まりました」
「じゃから堅いと言っておるのに。して、そこの坊主が今代の『影』か……」
「ようこ様!!?」
「何じゃ?隠しておいてもいずれ分かる事。いくらお主の許嫁とはいえ、お主が護りきれぬ時は妾が介入する約束じゃからの」
何だ?俺が……かげ?
言葉の意味も話の内容も何も理解出来ない……
「……その為に私が居ます。監視する必要は無いかと」
「ふむ。2人っきりを邪魔されたくないか?」
「そ、そんな話ではありません!」
「安心せい。時が来れば封じるだけのこと。それ以上でも以下でもない。まあ、妾も俗世は本当に久方ぶりじゃからの。見聞を広めるために暫し滞在させて貰うがの」
「全然話が見えないんだが?」
「……名は勇也と言ったか?簡単に説明すると、お主の体には厄介な化け物が潜んでおる。体が危機に瀕するとその化け物が外に出て暴れ回るのじゃ」
えっ?
この人は何を言ってるんだろう?
でも、冗談を言う雰囲気では無いよな。
俺の中に化け物が居る?
確かに、今まで生きてきて命の危機に瀕した事など無いが。
困った俺は助けを求めるために亜弥を見るが、亜弥は無言でその話を肯定していた。
「ゆうくん、大丈夫だよ!ゆうくんのことは私が護るから!!」
亜弥が俺の両手を取って宣言する。
………えっ?俺って普通じゃ無いの!?




