第14話 喧嘩別れ
目の前に広がるのは死屍累々の男子生徒達。
男共の倒れた姿なんて見たくも無いが、その余りに凄惨な光景に俺は目が離せないでいた……
……それは、月詠のこんな一言から始まった。
「私達には緊張感が必要だと思う」
「……緊張感？」
「そうよ。ダラダラ過ごす学校生活も良いと思うけど、私達は勇也くんを護っている以上、適度な緊張感は必要だと思うわ。咄嗟の反応や行動にも影響するしね」
「一理あるけど、ただの練習であればその緊張感も薄れるんじゃない？」
一理あるのか？
まあ、牧瀬さんが言うとそんな気はしてくるが。
「練習じゃ無くせば良いのよ！幸い沢山の殺気がずっと勇也くんに向けられてるしね♪」
「ま、まさか………」
「そうよ！名付けて、『勇也くんに一太刀浴びせたら私達3人と1日デート権争奪戦』よ！！」
「はあ！？」
「そんなの嫌です！」
「なるほどね……」
「勿論、デートだから勝者には3人とも恋人みたいに振る舞うわ。…………さて、男子諸君。準備は良いかしら？」
はは♪まさかこんな幼稚な条件で手を出してくる奴なんて……
「死にさらせや、ボケェえええ！！！」
月詠が俺の手を引いて自分に引き寄せる。
背後でホウキが音を立てて通過した。
「チッ、惜しかったぜ！」
血の気多すぎだろ！
「あら？亜弥さん、もしかして反応出来なかった？」
「くっ！そもそもこんなお遊びに……」
亜弥は乗り気では無かったようだが、男子達の殺気はどんどん膨らんでいく。
「何でアイツばっかり……」
「現実でハーレムとか許せねえよ！」
「九龍さん達の目を俺達が覚ましてあげようぜ！！」
「「「おお！！！」」」
ひいっ！！
俺ってこんなに妬まれてたのか！？
「そ、それなら！龍児はどうなんだよ！？龍児だって、葉子さんと常日頃イチャイチャしてるだろ！」
あんなに周りに見せつけてたら当然不満も買っている筈……
「なんか、千石さんの幸せそうな顔を見てるとこっちまで幸せな気分になるんだよな」
「分かる！2人を見てると自分もあんな恋してみてえなって思うわ」
「そうそう！あの2人を邪魔する気なんて微塵も湧かねえよな」
……言っておいて何だが、俺もそう思う。
「だが、東谷。お前はダメだ！九龍さんだけなら未だしも、学校のアイドルの牧瀬さんまで！しかも、もう一人の子も可愛いとか……。羨ま死ね！！」
「しかも、最近は九龍さんが暗い顔をしてるのを良く見る。許嫁と言う立場に胡座をかいて、ただ流れに身を任せてる感じが無性に腹が立つ！」
「何でこんな奴が……」
言われて何も言い返せない自分に腹が立った。
「はいは～い♪愚痴はそこまでにしてね！」
「……東谷くんが馬鹿にされたみたいだから、私も是非参加させて貰うわ」
「牧瀬さん、気が合いますね。……私のゆうくんには指一本触れさせません！」
亜弥が堂々と宣言すると、男子達はたじろいだ。
亜弥の話は聞いているが、俺は牧瀬さんにも何かしたのか？
正直、好意を寄せられる覚えが無いのだが……
「こちらもやる気十分ね♪……と言う事で、ルールも時間制限も無いから隙を見つけて勇也くんを襲って来てね！因みに、どさくさに紛れて私達3人にエッチな事しようとしたら身の安全は保障出来ないから気を付けてね♪」
「……えっ？」
今から時間決めてやるんじゃないの？
……トイレとか行けなくね？
「勇也くんが考えてる事も分かるよ。隠密時用の携帯トイレがあるから安心して！」
「……それをどこで使うんだ？」
「……………屋上とか？」
「嫌だよ！！！」
ルールが変わりトイレは安全地帯になった。
こうして始まった俺の生き残りゲームだが、最初の方はただ単純に俺だけを狙って来ていたので難なく対処出来ていた。
しかし、途中から亜弥達を狙ってくる輩が増え始め、ぶっ飛ばされて「ご褒美ありがとうございます！」と言って快感を覚える変態が現れてから流れが変わった。
そして、昼休みにその同志達が集まった結果が目の前の惨状である。
「多人数が相手の時の練習にはなったかな？」
「提案した私が言うのもあれだけど、この学校大丈夫かな？」
「でも、この程度じゃ正直……」
「またまたおかしな事をやっておるみたいじゃのう♪」
「様子見てたけど、お前どんだけ恨まれてるんだよ……」
葉子さん達が笑いながら近付いて来て……
ドス！
「ぐっ！」
龍児に腹を殴られた。
「「「！！？」」」
「どうじゃ？今ので一本かの？」
「いや、羽賀くんは……」
「殺気が無いから油断しておったか？もし、今ので勇也が刃物で刺されておってもそう言えるか？」
「「「……………」」」
「まあ、お遊びはこのくらいにして、真面目に鍛練する事じゃな。ただの息抜きなら構わんがの」
「勇也、悪ぃな。痛かったか？」
「あ、ああ。大丈夫だ。俺より……」
亜弥達を見ると目に見えて落ち込んでいた。
かける言葉が見つからない。
「……ねえ、ふと思ったんだけど。千石さんに稽古付けて貰った方が良くないかしら？」
「そ、そんな気安く……」
「私、殺気だけで気絶させられた事あるんだけど……」
「……私だって恐いけど、効率よく強くなるためには一番だと思うわ」
「妾か？別に良いぞ。ただ少しばかりスパルタじゃがの♪」
「えっ？良いんですか？」
「亜弥に九柱のコツも教えんといかんしの」
「！？ありがとうございます！」
「牧瀬よ。お主なら広い場所を準備する事も可能じゃろう？」
「え、ええ。家の庭でもこの学校の運動場よりも広いわ。もし、それでも狭かったら用意させるし」
「それは僥倖じゃ♪では早速今日の放課後からやるとするかの」
「……モナ。今日って携帯会社の人が来るんじゃなかったっけ？」
「おお、そうじゃった！では明日からじゃな」
こうして話は進み、俺もついでに鍛えて貰える事になった。
やっぱり肝心の俺が強くならなきゃダメだよな！
その日の夜……
コンコン。
「開いてるよ」
「お邪魔します……」
亜弥が俺の部屋に控えめに入って来た。
葉子さんと3人で同衾した以降は、亜弥はしっかりと自分の部屋のベッドで寝ていた。
「どうしたんだ？」
立ったまま話すのも気が引けたので座って貰った。
最初こそ過度なスキンシップがあった亜弥だが、俺がお願いしてからは抑えてくれている。
「……あのね。ゆうくんは今の状況をどう思ってるのかな？」
「そうだな……。まず『影』の脅威が想像出来ないから俺を護ってくれる人が増えるのは正直助かる。自分じゃ何も出来ないのが本当に情けない話だけどな……」
「護衛なら私一人でじゅうぶんだよ！」
「……でも亜弥が居なくなった時、実際に狸人から俺を護ってくれたのは月詠だったよ」
「それは……。あのままじゃ何も解決しないと思ったから！」
「一言相談してくれても良かったんじゃないか？もしくは、ちゃんと葉子さんに依頼して自分が居ない間だけでもって……」
「そんな事、畏れ多くて出来ないよ……」
……今亜弥は何て言った？
俺が狙われているのを分かってるのに放っておくのは『そんな事』か？
いや、そもそも亜弥が俺を護る義務なんて無いし、今までは善意で続けてくれただけだ。
それに、俺は死ぬ前に『影』が出てくるらしいから、実際には死なないのだろう。それが分かってるから『そんな事』と言った可能性だってある。
確かに、別に死なないのなら護る必要性も感じないか……
「……それに、元はと言えばあの女狸のせいだよ！」
……何で月詠のせいにするんだよ。
「女狸がゆうくんを誘惑するから！」
……でも、亜弥が居ない時に俺を護ってくれたのは月詠だった。
「本当は一緒に居るのも嫌なんだよ！」
「黙れよ！！！」
「！！？………ゆ、ゆうくん？」
「あの時、まさかそのまま居なくなるとは思わなかった！とうとう愛想を尽かされたのかと落ち込んだ！でもすぐに通りすがりの婆さんに殺されかけた！俺の中に『影』が居るから死なないとは分かってても、刃物を突き付けられた時の恐怖は失くならないんだよ！……この前まで普通の高校生だったんだ。誰か代わってくれるなら代わってくれよってずっと思ってる。……ほら、情けない男だろ！いい加減本当に愛想も尽きるんじゃないか？」
「ゆうくんだって強くなれば大丈夫だよ！」
何だよそれ……
「さっき元はと言えばって言ってたけど、それならそもそも亜弥が来なかったら俺は普通に学校行って、普通に就職して平和な人生だったかも知れないな……」
……言ってはいけない言葉を口にしてしまったかもしれない。
でも、実はこの気持ちも最初からずっと心の中にあった。
ただ、言ってしまったら全てが終わる気がしてたから、言わなかっただけだ。
「………………そうだね。私のせいだね」
「…………悪い。ちょっと頭冷やすわ。頭の中がぐちゃぐちゃだ」
俺は自分の部屋を後にした。
このまま龍児の家にでも行くか……
夜の住宅地を歩く。
あんなに感情的になったのはいつ以来だろうか？
連ねた言葉も相手の事を考えない最低なものばかり、本当に自分が情けなくなる……
人気の無い公園に差し掛かった。
この公園を突っ切れば龍児の家への近道だ。
足早に通り過ぎようと思ったが、途中にあるベンチで踞っている人を見つけてしまった。
「大丈夫ですか？」
「はい。……ちょっと具合が悪くなってしまって」
今の自分の状況を考えると危険だとは思うが、流石に見過ごすのも気が引けた。
辺りが薄暗くてはっきりしないが、容姿と声は中性的な感じだ。
「救急車呼びましょうか？」
「家は近いので大丈夫です……。とても図々しいお願いなのですが、家まで肩を貸してはいただけませんか？」
一瞬悩んだが、俺は肩を貸してその人を送って行った……
