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第11話 IQ3?

 亜弥の勝利で戦いは終わった……



 俺達は気絶した月詠を連れて保健室に来ている。

 月詠は気絶しているだけらしいが、亜弥の状態が酷かった。

 左手の甲は骨に罅が入っており、鼻の骨は折れ鼻血も出ている。

 特に酷いのが足で、深くは無いが刃物で刺された後が数ヶ所あった。


「流石に妾も傷を一瞬で完治させる事などは出来ぬが、治癒力を上げる事は出来る。何もせぬよりは治りも早かろう」


 そう言って、葉子さんは亜弥の応急手当した患部に触れていく。


「痛みが引いた気がします。ありがとうございます」

「別に気にせずとも良い。止血の処置は出来ておったみたいじゃしな」

「はい。七柱(なばしら)を体得した時に覚えました。傷口の周囲の筋繊維に意識を集中して動かしたら出来るように……」

「それを教えずとも出来ておる時点で十分な才があるのう。まあ、暇な時にでも妾が先を教えてやろう」

「ほ、本当ですか!!!」

「今回頑張った褒美のようなものじゃ」

「……ありがとうございます!凄く嬉しいです!!」


 亜弥は涙を溢していた。

 葉子さんが九柱流を直接教える事自体が珍しいのだろうか?


「それにしても、グラウンドが滅茶苦茶だな……」


 龍児がそう呟いたので、俺も外を見る。

 保健室の窓からも運動場が見えるのだが、月詠のせいで酷い有り様になっていた。

 当の本人はベッドでぐっすりだが……


「心配要らぬぞ。妾の式神で明日までに直しておく」

「式神って陰陽師っぽい奴か?」

「うむ。晴明とか言う小僧が使う鬱陶しい術じゃったわ。まあでも、便利そうじゃったからパクらせて貰った」

「「…………」」


 俺と龍児はあまりの驚きで言葉が出なかった……


「う……ん。ここは?」


 月詠が目覚めた。

 丁度良いので今後の話を始める事にした。



「私は貴女達の前に姿は見せないけど、陰ながら護らせて貰うわ♪」

「必要ありません!」

「どうせ里に帰っても任務失敗で責められて殺されるだけだし。流石に貴女でも銃は防げないのでしょう?」

「そ、それは……」

「長距離から狙撃されたら一貫の終わりじゃない?因みに狸人は目的の為なら使えるものは何でも使ったりするから、冗談では無いわよ?」

「……で、でもっ!!」

「亜弥よ。お主の目的は何じゃ?番に近寄る雌の排除か?……まあ、勿論それも大事ではあるが、狸も姿は見せぬと言っておるのじゃ。それで足りぬ所が補えるなら利用するのも良いかと思うがのう」

「亜弥!俺はもう浮気なんてしないから安心してくれ!!」

「ゆうくん……」

「だけど昨日の醜態を見てるとなあ?」

「……確かに不安ではあるのう」

「2人ともどっちの味方なんだよ!?」

「もうこの際、勇也が性癖を克服するってのはどうだ?」

「……どう言う事だよ?」

「菩薩様のような相手を慈しむ心で獣耳と尾を撫でられる様に特訓するんだ!」

「そうじゃ!まるで旦那様のように!!」

「い、いや。俺もそこまで悟っては無いんだけど……」

「そんな事は無いぞ!では旦那様よ、今から妾の耳を撫でてみよ」

「ん?……ああ。これで良いのか?」

「はあ~♪天にも昇る気持ち良さじゃ~♪」

「…………」

「どうじゃ!分かったか?」

「……全く分かりません」


 駄目だこの九尾の狐……早く何とかしないと……


「じゃあ、私で練習してみる?本番前に練習するのは当たり前だしね♪」

「女狸……コロス……」

「分かった!俺が我慢出来るようになれば良いんだろ!?」

「まあそう言う事だな!」

「そうとも言うのう♪」


 くっそ~。このバカップルめ!


「じゃあ、私は待機しておくわ。何か決まったら呼んでね♪」

「呼ぶ事は金輪際ありませんので、家に引き込もっておいて下さい」

「つれないわね~。だけど、束縛する女は嫌われるわよ~♪」


 月詠はそう捨て台詞を残して去って行った。


「束縛する女は嫌われる……」


 亜弥は項垂れてぶつぶつと呟いている。

 真に受けちゃってるじゃん!

 どうすんだよ、もう!!


「まあ、でも勇也が我慢出来たら万事解決なんだから、特訓する意味はあると思うぞ?」

「亜弥なら触っても問題ないのじゃから、練習相手にはもってこいではないか」

「「えっ?」」


 俺と亜弥は顔を見合わせた……





 所変わって龍児の部屋……


「良し、準備完了じゃ!始めるぞ」


 俺の目の前には背を向けて座っている亜弥の後頭部が……

 そして、2つの尖った耳がピコピコと動いている。

 更に、足下にはふさふさの尻尾がゆらゆらと揺れていた。


 視線を横に移すと、葉子さんの耳を撫でる龍児の姿。

 葉子さんの顔は蕩けきっており、龍児はそれを慈しむ様な表情で見ていた。

 ……悟り開いてんじゃん!!


 この状況で亜弥の耳にギリギリまで手を近付けて触れるのを堪えると言う特訓だ。

 因みに、客観的に見るともの凄くカオスな状況である。


「くふふ♪旦那様の愛撫は世界一じゃ♪」

「俺が1人目じゃ無かったっけ?」

「そうじゃ♪じゃが、たぶん……いや、絶対世界一じゃ♪……旦那様、尻尾も撫でておくれ♪」

「う~ん。こんな感じか?」

「くふふ♪くふふふふふ♪旦那様~♪大好きじゃ~♪」


 一体俺は何を見せられているんだ?

 葉子さんのIQが一桁くらいになってるぞ!!



 ……気を取り直して正面の亜弥に集中だ!


 ゆっくりと手を近付けていく。

 そして、あと5cmくらいの所で止めた。


 まあ、楽勝だろこんなの……

 たかがふさふさの耳……

 可愛くピコピコ動いちゃって……

 触ったらどんな感じなんだろう……

 きっと凄く気持ち良い手触りなんだろうな……

 すぐそこに……

 後少しで……


「はあ~!はあ~!」


 スパーン!!


「はい。アウト~!」


 龍児が持ったハリセンで叩かれる。


「はっ!俺は一体何を……」

「いつもみたいにキモくなってたぞ」

「流石に妾も嫌悪感を抱いてしもうた……」

「ゆうくん……」


 う、う、うわ~~~ん!!

 俺は心で泣いてトイレに駆け込んだ……





「いつまで落ち込んでおるのじゃ?特訓なのじゃから続けんと意味が無かろう」

「おい!早く出ろよ!俺漏れそうなんだけど!?」

「……ゆうくん。私は襲われる覚悟も出来てるから!また頑張ろう?」

「でも……。やっぱり俺なんかが……。無理だよ」

「無理でも何でも良いから早く出ろや!ドア蹴破るぞ!!」

「そうじゃ。妾が鍵を開ければ良いのじゃ!」

「モナ……。お前が居てくれて良かった!」


 無理矢理鍵が開けられた。

 俺は龍児に外に引き摺り出され足蹴にされた。


 その後も特訓は続いたが、全く治る気配は無かった……


「……これは思ったより根深いのう」

「獣耳と尻尾限定なのが救いだな。でももし捕まった時は、ちゃんと友人代表で『いつかやると思ってました』って言っておいてやるからな♪」

「捕まりそうな時は、里で匿ってやるから安心するのじゃ」

「それは勇也にとっては理想郷かもな」

「……やはり立ち入り禁止じゃ。大人しく罰を受け罪を償うのじゃ!」

「……………」


 結局、2人が勝手な事を言うだけ言ってお開きとなった。




 帰り道をとぼとぼと歩く……


「好き勝手言いやがって……」

「ゆうくん、元気だして!もし治らなくても私は大丈夫だから!」

「ありがとう、亜弥。でもこのままじゃハニートラップにかかり放題になるから、頑張って治すよ」


 今の現状では、この忌々しい性癖は弱点でしかない。

『影』なんかより余程深刻な問題である。


 ポケットの中の紙に触れる。

 葉子さんに帰り際に内緒で貰った式神だ。


「亜弥が見ておらぬ所でこれを使え、常に触っておれば欲求が解消され、逆に平気になるかも知らん」

「どう言う事ですか?」

「使えば紙が耳と尾が付いた狐人の姿を形取る。命令を下さなければ何も反応せぬただの傀儡じゃ。飽きるくらいに触っておればお主の悪癖も少しは改善されるかと思うての」

「それって……」

「思う所はあるじゃろうが、放置出来る問題でも無いからのう。妾なりの解決策じゃ」

「……ありがとうございます」


 それは昔、龍児と如何わしいブツをやり取りした時の雰囲気にも似ていた。

 くれぐれもバレない様に……



「そう言えば、さっき葉子さんから何を貰ったの?」


 思い切りバレてるじゃん!!


「い、いや。大した物じゃ無いよ……」

「……見せて」

「本当に大した物じゃ無いんだ!大丈夫だ!!」

「……見せて」

「……ただの式神だよ」

「式神!?全然大した物だよ!!里の誰もそんな貴重な物貰った事なんて無いのに!」


 俺は亜弥の勢いに負け、渋々式神を手渡した。


「……これ何?」

「俺の性癖の治療に使えってさ。獣耳と尾が生えた狐人の人形?になるらしい」

「……使うの?」

「折角用意してくれたみたいだし」

「……ぐすっ。ゆうくん酷いよ……。ずっと私で構わないって言ってるのに……」


 亜弥が泣き出し、そのまま走り去って行った……

 俺が悪い……のか?

 やはり、俺が受け取った事自体が許せないのだろうな。

 つくづく自分の浅はかな行動が嫌になる。




 俺がその場に立ち尽くしていると、杖をついて歩くお婆さんとすれ違った。

 お婆さんは、すれ違い様に杖から刀を抜いた。

 ……刀?



 キン!


 周囲に金属同士が打ち合った音が響く。


「あの子、馬鹿なの!?あれだけ危ないって警告してあげたのに!」

「月詠!?」

「香苗よ。邪魔するで無いわ!大人しく里に戻って罰を受けよ!」

「嫌よ!誰が好んで態々(わざわざ)殺されに行くのよ!」

「『金剛羅刹』様はきっと熟慮して下さる」

「今までに任務に失敗してアイツに許された奴なんて居ないじゃない!」

「……小娘が……言葉使いに気を付けろよ」


 その台詞と共に優しそうなお婆さんの顔が般若の顔に変わっていく。

 この婆さん滅茶苦茶怖いんだけど!?


「東谷くん。ちょっとこの老いぼれを黙らせるから待っててね♪」

「月詠、済まない」

「謝られるより感謝される方が嬉しいかな♪」

「あ、ありがとう」

「どう致しまして♪えっとね、そこの壁を背にして待ってて」

「ああ……」


『金剛羅刹』……狸人の長なのに羅刹?


 2人が一触即発で対峙する中、俺は恐怖を紛らわそうと至極どうでも良い事を考えていた……










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