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第1話 プロローグ

「あ~。幼馴染みが欲し~」

「また言ってんのか……」


 俺がため息混じりにそう呟くと、前の席のチャラ男が即座に突っ込んできた。


 俺の名前は東谷勇也(とうやゆうや)

 県立東春高校の2年生で、何処にでも居る目立たない一般生徒だ。

 容姿も普通、成績も運動神経もコミュ力も何もかもが普通。

 THE・普通って感じだ。

 ……自分で言ってて悲しくなってくるな。


 そして、前の席のチャラ男こと羽賀龍児(はがりゅうじ)

 チャラ男と呼ばれてはいるが、実際は顔良し、頭良し、運動神経抜群で更にはコミュ力も高いという文武両道容姿端麗のMR(ミスター)・完璧だ。

 そんな龍児とは中学からの付き合いでいつの間にか友達になっていた。


 因みに龍児は、俺が彼宛てのラブレター配達役を何回やらされたか覚えていないほどに女の子にモテる。

 だが龍児は何回も付き合っては別れるを繰り返していたため、周囲からはチャラ男と呼ばれているのだった。

 まあ、イケメンはイケメンなりの悩みがあるのだろう。

 ……贅沢な悩みだな!


 対して、俺にはそんな高尚な悩みなどある訳も無い。

 男子高校生にありがちな普通の願望を口走るくらいは許して欲しい所だ。


「別に幼馴染みなんて特別でも何でもないけどな」

「なろうみたいに『前の席の友人に転生したんだが?~今さら元に戻れと言われてももう遅い~』とか起こらないかな~」

「その場合俺の意識は何処に行くんだよ。って言うか勇也はあいつの本性を知らないから……」


 そう、龍児には牧瀬歌穂(まきせかほ)と言う同い年で美人の幼馴染みがいるのだ。

 彼女は艶のある長い黒髪が特徴の大和撫子で、姿勢や身嗜み、立ち振舞いにも品があり、大人の女性っぽい印象を受ける。

 更に、彼女にしたいランキング全学年トップ(ソースは不明)の実績を持ち、気さくな高嶺の花を具現化した彼女にはファンクラブまで存在するらしい。

 彼女が誰かと付き合っていると言う話は聞いた事が無く、俺の中では実は龍児に好意を寄せているに違いないと思っている。

 だが、龍児はどうやら鈍感系主人公らしくそれに気付かないのだろう。

 まあ、俺の勝手な妄想なのだが……


「もういっそのこと付き合っちゃえよ!身近すぎて恋心に気付いてないだけだと思うぜ!」

「そんなの死刑宣告と同じだ!そんな未来になるくらいなら俺も友人転生するぞ!」


 何をそんなに嫌がっているのか分からないが、俺に転生したいくらい嫌だと言われればその嫌悪感も推し量れると言うものだ。

 あれ?もしかして俺ディスられてる?


 そんな下らない会話をしていると、龍児の背後に立つ気配に気付く。


「……りゅうくん。今日家に行っても良い?」

「いや~。今日は勇也の家に泊まる約束してて……」


 はて?そんな約束をした覚えは無いが……

 背後からする声で誰か気付いたのだろう。龍児は振り向かずに答えた。


「えっ!?……そ、そうなの?」

「あ~、うん。牧瀬さん、ごめんね」

「(何て羨ま……。後で………殺す……)じゃあ、しょうがないね♪りゅうくん、明日は空けておいてね♪」


 龍児から目で射殺さんばかりの殺気を叩きつけられた俺は、牧瀬さんの問いに反射的にそう応えてしまった。

 牧瀬さんは何かぶつぶつ呟いた後に満面の笑みを浮かべて去っていった。

 流石にランキングトップは伊達じゃないな。

 意識を強く持たないと俺もファンクラブに入ってしまいそうだぜ。


「……行ったか?」

「咄嗟に合わせたけど、あれで良かったのか?」

「ああ、助かった。今度学食でも奢るな」

「ん?お前手が震えてるぞ。具合でも悪いのか?」

「いや、今は大丈夫だ。出来ればすぐにでも逃亡したいが……」

「?」


 何だか良く分からないが大丈夫らしい。

 俺から言わせて貰えれば、あんな美人の幼馴染みが居る時点で羨ましい限りなのだが。

 やはり何か贅沢な悩みがあるんだろうな。




 キンコ~ン♪カンコ~ン♪


 チャイムの音で皆が席に着き、慌ただしかった教室も静寂に包まれた。


 ガラガラ。


 暫くして先生が入って来た。

 いつもはすぐに入ってくるのだが、何かあったのだろうか?


「皆さん、おはようございます。……えっと。かなり急だが、今日は転校生を紹介する」


 その一言でクラスメイト全員が色目気立った。

 今は6月だ。転入するような時期じゃ無いよな……


「じゃあ、入ってきて良いぞ」

「はい」


 入ってきた転校生を見て全員が度肝を抜かれた。

 そこにはテレビでも見たことがないような美人で可愛い女の子が居た……

 黄金色で腰まである髪はふわりと波打っており、背は女子にしては高く、全体的にスレンダーな印象だ。

 だが、最も惹き付けられるのが整った顔から繰り出される屈託の無い笑顔。

 美人と可愛いは両立するんだと納得させられた。


 人は驚きすぎると無言になると聞いた事があるが、今の教室は正にその状態だ。



「あ~。先ずは自己紹介からお願いするかな」


 沈黙を破った山田先生も、いつもの調子では無かった。

 いつもは表情も変えずに連絡事項をぶっきらぼうに伝えるだけだが、今日は口調もどことなく柔らかかった。


「はい。私は九龍亜弥(くりゅうあや)と申します。………この匂いは!?」


 九龍さんが丁寧にお辞儀したかと思うと俺とバッチリ目が合う。

 そして、まだ席も決めてないのに俺の側まで歩いてきた。


「貴方は東谷勇也くんですか?」

「あっ、はい」

「ゆうくん!!会いたかったよ~!!」


 ガバッ!


 いきなり抱き付かれた!?


「ゆうくん♪ゆうくん♪ゆうくん♪」


 九龍さんは俺の胸に顔を擦り付ける。


 !?!?!?

 な、何が起きてるんだ!?


 ふと顔を上げると、龍児が大口を開けて驚いていた。

 そんな表情でもイケメンなのは反則じゃないか?


 その後、教室のざわめきは最高潮に達し、先生も慌てて口を開く。


「皆、静かにしろ!おい、東谷!知り合いだったなら説明してくれ!」


 知り合いでは無い筈なので説明のしようが無いのだが……

 俺が何も応えられないでいると、九龍さんは俺から身を離し先生の隣に戻っていく。


「私ったら何とはしたない事を。余りの嬉しさでつい……。改めて自己紹介させて頂きます。私の名前は九龍亜弥。あちらにいる東谷勇也様の許嫁です。以後お見知りおきを」


 教室が割れんばかりの怒号と叫び声に包まれた……





「はあ……。くれぐれも騒がしくするなよ!」


 そう言い放って先生は教室から出て行った。

 ……逃げたな。


「ゆうくん♪」


 隣の席には笑顔の九龍さん。

 俺の席は窓際の一番後ろなのだが、九龍さんが「ゆうくんの隣が良いです♪」と先生に圧力?をかけたせいで元々右隣に居たクラスメイトの飛鳥さんは廊下側へ追いやられた。

 移動させられたのに「どうぞ、どうぞ!」と頭を下げる彼女を見て申し訳なくなった。

 飛鳥さん、ごめんよ。


 先程は隣の席とは言ったが、実際は椅子を俺の真横に移動しており、腕に抱き着かれていたりする。

 男子の視線が痛い。

 女子はキャーキャーと盛り上がっている中、牧瀬さんだけはこちらを睨んでいた。何故だ……


 人は困惑が最高潮に達すると脳が仕事を放棄するらしい。

 俺は女子に腕にくっつかれていると言うのに、驚愕や興奮と言った感情が全く湧いて来ず、心の中は今までに無いほどに凪いでいた。


「えっ~と、九龍さん?」

「亜弥です」

「いや、流石にいきなり名前は……」

「亜弥だよ♪」

「じゃあ、亜弥さん」

「亜弥……」

「……わ、分かった。亜弥に聞きたい事があるんだが」

「うん♪何かな?」

「俺と亜弥はいつ頃会ってたんだ?悪いが記憶に無いんだ…」

「私達が5歳の時だよ」


 5歳か………覚えてなくね?

 もしかしたら、一緒に遊んでる途中で小さい子供が良くやる『大きくなったら結婚しようね』ってやつをやっちまったのか?


「いや、ごめん。結婚の約束した覚えが無い」

「ううん。私達も子供だったからしょうがないよ。だけど、婚約は家同士で決まったから、ゆうくんのご両親は知ってる筈だけど……」


 遊びの延長では無かったらしい。

 ……って言うか俺何も聞いて無いんだけど!?


 まだ授業開始まで僅かだが時間がある!

 今日はおふくろはパートが休みの筈だ。

 思い切って家に電話した。


 暫くのコールの後、おふくろが電話に出た。


『もしもし。東谷ですが』

「おふくろか?俺だけど、ちょっと聞きたい事が……」

『今時オレオレ詐欺はちょっとどうかと思いますが……』

「違う!!あんたの息子の勇也だ!!」

『何よ!最初からそう言いなさいよ!』

「あ~、もう時間が無い!単刀直入に聞くけど、今隣に俺の許嫁を名乗ってる人が居るんだ。おふくろは何か知ってるか?」

『あっ!………………サプライズよ』

「あっ!って何だよ!?」


 キンコ~ン♪カンコ~ン♪


『……時間切れみたいね。まあ、帰ってから話すわ』


 ツー、ツー。


 切りやがった……

 絶対忘れてただろ!


 でも、本当に俺には許嫁が居るのか?

 しかも、今も俺の腕にくっついてる美人で可愛いこの人が?


 だがいくら何でもこの超絶展開は理解出来ない!

 幼馴染みが欲し過ぎて都合の良い夢でも見てると解釈した方が良さそうだ。


「ゆうくん。授業が始まるよ」

「ああ、その前に………龍児、俺を思い切り殴ってくれ!」

「……良いのか?」

「ああ!親の仇くらいの勢いで頼む!」

「分かった。……恨むんじゃねーぞ!死にさらせこのボケなすがああああ!!」


 いや、そこまで本気じゃなくても……

 俺は痛みが来るのを待っていたが、一向にやってこないので恐る恐る目を開けると、龍児の拳を亜弥が受け止めていた。


「龍児くんだっけ?ゆうくんに暴力振るうなら私が相手になるよ」

「えっ?ちがっ……」

「ゆうくんも何で殴られようとしてるの?」

「い、いや。もしかしたら、今この瞬間が夢かも知れないと思って……」

「夢なんかじゃないよ!私のこの気持ちは現実だよ!」


 そして、怒った?亜弥は俺に抱き着いて口が触れ合うだけのキスをした。










「………はっ!…………ふう。やっぱり夢だったか。なかなか現実味のある夢だったぜ」

「おはよう、ゆうくん♪」

「ああ、おはよう。って、夢じゃない!?」

「またそんな事言って……。そんなに私とキスしたいの?」

「い、いや!大丈夫だ。現実って素晴らしいなあ!」


 どうやら俺は授業中丸々気絶していたらしい。

 俺は俺で一杯一杯なのだが、クラスの皆は近付き難い雰囲気を感じ取っているのか、俺達の動向を遠巻きに伺っているだけのようだ。

 更には、転校生の話を聞き付けた他のクラスの生徒まで廊下に溢れかえって物凄い騒ぎになっていた。


 どうすんだよ、これ……





 昼休み……


「龍児、学食行こうぜ!」

「ああ。良いけど……」

「私、学食なんて初めてだから楽しみ♪」

「ここの学食はデラックスチーズインハンバーグ定食が絶品なんだ!食べないと人生損するぞ!」

「ゆうくんのお薦めなら食べない訳にはいかないね♪」

「……私もご一緒して良いかしら?」

「うおっ!……歌穂!?」

「牧瀬さん?全然良いよ!今日は全部俺の驕りだ!!」

「お前もう自棄糞だろ……」


 もう勢いで今日を乗り切るしかないんだ!

 明日になればきっとまた平穏が戻ってくると信じてる!



 群衆を掻き分け、学食に辿り着いた。


「学食のお姉さん!デラックスチーズインハンバーグ定食4つお願いします!」

「はいよ!ちょっと待っててね~」


 まあ作り置きだろうからすぐに出てくるのだが。


「へい、お待ち!」

「お姉さん!いつも美味しい料理をありがとうございます!」

「え?あ、ありがとうね♪」


 貫禄のある学食のお姉さんは、率直なお礼を言われる事が珍しいのか少し照れていた。


「むむ……。明日からは私がお弁当作るから!」

「亜弥のお弁当か~。楽しみだなあ!」

「ふふ♪楽しみにしておいてね♪」

「………私も作ってくるわ!」

「マジで!?楽しみが2倍だあ!!」

「おい、歌穂。さっきから一体どうしたんだ?」

「どこぞの女狐に取られて堪るもんですか!」

「……えっ?そう言う事?」

「そうよ!悪い!?」

「い、いや。別に構わんが……」

「ほら、早く席に着けって!熱い内に食べないと美味しさ半減だからな!」

「……勇也。明日から頑張れよ」

「ああ!明日からなんて言わず、今日から頑張るぜ!」

「……取り敢えずそのテンション止めないか?」

「………………そうだな」


 勢いで乗り切るには俺のモチベーションが足りなかったようだ。

 何か色々と決まってしまったようだが、明日になればきっと平穏が……


 俺達は料理を美味しく食べていたが、案の定俺達の周りには野次馬が集まり、終いには写メを撮りだす輩まで出始めた。

 まるで動物園のアニマルの気分だぜ……


「周りの皆は食事しないのかな?」

「食事よりも興味を引かれるんだろうさ」

「そうなんだ。……あっ。ゆうくんご飯粒ついてるよ」

「えっ?どこだ?」

「そこじゃないよ。もう、取ってあげるね。……はい、取れた♪」


 パクッ。


 そのまま俺から取ったご飯粒を食べる亜弥……


 食堂は怒号と黄色い声に包まれた。




 放課後……


 いつもは教室で龍児と軽く駄弁ってから帰るのだが、今日は即座に教室を出る。

 そう!早く帰って親を問い質さないといけない!


「ゆうくん、一緒に帰ろ♪」


 足早に進む俺に亜弥が追い付いてきた。


「ん?別に良いけど」

「やった♪」


 その無邪気な笑顔は、流れ弾で周りに居た男子何人かのハートを撃ち抜いたようだ。

 周りに被害が出る前に一刻も早く家に帰らねば!




 帰る途中でお互いの事を色々と話した。

 話せば話すほど分かってくるのは、亜弥がどれだけ俺に好意を寄せているかという事。

 俺がその好意に応えるかどうかはさておき、こんなに他人に好意を向けられた事など無かったのでかなりむず痒く感じる。

 しかも、ずっと喋っているにも関わらず、全くと言って良いほど緊張したり気まずくなったりもしない。

 昔ながらの幼馴染みだったらこんな感じなのだろうか。



 しかし、もう少しで俺の家に着く距離になっても亜弥は一緒に付いてきていた。


「なあ、もう少しで俺ん家なんだけど、もしかして亜弥の家も近くなのか?」

「ううん。私が帰るのもゆうくんの家だよ」


 ……亜弥は何を言っているんだ?



 結局、一緒に俺の家に着いた。


 玄関を開けて中に入る。

 そこにはおふくろが立っていた。


「亜弥ちゃん、いらっしゃい♪あらあら、物凄く美人さんになっちゃって!」

「おばさま、これからお世話になります」

「良いのよ。自分の家だと思って寛いで良いからね。亜弥ちゃんの部屋は2階の右側の部屋ね。荷物は昼間に届いてるから確認しておいてね」

「ありがとうございます♪」

「ちょーーーーっと待ったああああ!!!」

「何よ、急に大声出して」

「待て待て待て待て!!許嫁の話もまだなのに、一緒に住むってのはどういう事だ!?」

「………サプライズよ!!」



 うわあああああ!!!


 何なんだ?俺の周りで何が起きてるんだ!?

 世にも奇妙な物語なのか?

 朝までは極々普通だった筈だ!

 そうだ!THE・普通とは俺の事だ!

 こんな美人で可愛い許嫁なんて居ない筈なんだ!


 神様!もう何も望まないから普通に戻し……


「ゆうくん♪これからよろしくね♪」



 俺の心の中の悲痛な叫びは、目の前の無邪気な笑顔にかき消された……










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