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8.砂の国の第二王子

 砂の王国・サーブルザントには、二人の王子と四人の王女がいる。


 第二王子であるアイユーブ・ワフシュ・アルミーザは、硝子張りの窓から聖女召喚の儀式を覗いていた。

 王族しか立ち入れぬここは、部屋と部屋の隙間にひっそりと作られた隠し部屋だ。


 聖女召喚の儀式は、神殿の者たち以外見られない決まりになっているが、代々の王族はこうして隠れて見張っていたのだった。




 召喚の間は、壁も天井も深い青色で塗られていた。天井には、金色のインクで星を模した図形が点々と描かれており、同じ色の環状の模型をいくつも組み合わせた複雑な形の巨大な飾りが目を引く。

 そして、それを囲むように、金色の星型のランプがいくつもいくつも吊り下げられていた。

 そこでは異変が起こっていた。確かに儀式は成功したはずなのに、召喚がなされていないのだ。






 アイユーブはふう、とため息をついた。

 褐色の肌に、黒い髪、そして暗い緑玉色の瞳をした美丈夫だ。

 この国では、黒色がもっとも高貴な色とされており、王族は皆、濃淡はあれど暗い色の髪をしていた。本来は瞳も黒いほうが尊いと言われているのだが、そちらはめったに生まれることがない。


 この国では、生まれ順で継承権が決まるわけではない。男女の別を問わず、もっとも賢く、強い者が王になることができる。


 アイユーブは、自分こそが王になるだろうと確信していた。

 妹姫たちは、王になることよりも、贅沢のできる嫁ぎ先のほうに魅力を感じている。それぞれに理想的な結婚相手を見繕おうと告げてあるため、すでにアイユーブを王として認めてくれていた。

 あとは、第一王子であるラフィークさえ排除できればいい。聖女召喚と魔王討伐に成功すれば、アイユーブの名声はますます高まるはずだった。







 砂の王国・サーブルザントの歴史は長く、過去にも異界の者が呼び寄せられた記録がいくつも残っている。


 異界からやってきたものは、その身が変質するのだという。外見や内面に変化が出るものもいるという手記が残っているが、もっとも大きな変化は魔力だ。


 魔法のない世界で育った者が、召喚によって強大な魔力を持つ。その力は、元からこの地に生きる者とは比較にならないほど強大だとされる。


 実際、彼らなくしてはこの砂漠の王国が長く生き残ることはできなかったであろう。




 このオアシスを囲む土壁と、地下に根を張るように伸びる貧民街を作ったとされているのは、最初に喚ばれた者だ。


 次にやってきた男は、水の魔力を持っていた。彼はオアシスの水をより美しく豊かにし、王宮の中庭には枯れない泉がこんこんと湧いている。


 それから百年ほど経ったころに喚ばれた者は緑の手を持っていて、この不毛な地でも育つ植物をいくつも作り出した。




 ただし、失敗例もある。ある者は絶世の美女となったが、人を操る力を持って驕り、この国を転覆させようとした。


 別な者は愛した者と引き離された苦悩から闇を纏う魔力を手に入れ、この国を破壊させようと砂丘を魔法で穿った。それがきっかけで、蟻地獄のように絶えず砂を引き込む流砂と、その中心にそびえ立つ禍々しい尖塔が生まれたのだ。







 彼らはいずれも黒い髪に黒い瞳を持っており、その影響力の大きさから、必ず王家の者と結婚させてきた。

 それは、罪人となった二人の異世界人でも同じこと。


 我ら王家の人間は、相手の魔力を奪うことができる。そうして力と血を取り込んで、この国は力をつけてきた。

 だから、アイユーブは水魔法も土魔法も使えるし、植物に特化した緑魔法や魅了の力、さらには闇魔法までも持っている。


 アイユーブにはやりたいことが二つある。それは、闇の王と称される、前回喚ばれし者の負の遺産を壊すこと、そして、砂漠の外の世界へと侵攻することだ。





 こんなにも便利なのだから、どんどん召喚をしたいところだが、やはりどんな物事にも対価が必要だ。


 召喚のためには、こちらから人員を送り込まねばならないのだ。それらは狩人(ハンター)と呼ばれ、異世界人を捕まえてこちらの世界へと送り込む役割を担う。


 だが、誰を送るかは大きな問題だった。

 というのも、向こうの世界に行ったものは知性を持たぬ異形となり、戻ってくることができないのだ。

 人ではないものに成り果てるため、奴らの理性が働くうちに召喚を終えられなければ、膨大な魔力に魂、そして金を無駄にしてしまうのだ。


 狩人になりたがる者などいない。だからこそ、あちらの世界に送り込むのは、何としてでも金がほしいような者ばかりだった。たとえば、重い病を抱えた子どもの母親など。




 さらに、二つの世界をつなぐためには多くの命が必要になる。いわゆる生贄である。

 普通に死んだ者では意味がなく、深い絶望を持ってこの世を去った者の魂が、召喚の間にある天井の模型から溢れるまで集めなければならないのだ。

 国民の不満をかわしながら魂を貯めるためには、数百年の月日が必要だった。


 ーーそれにしてもおかしい。召喚の儀を行ない、魔石での通信によると少なくとも四人を確保したはずなのだが、いっこうに転送されて来ないのだ。





 そのとき、部屋じゅうがまばゆい光に包まれ、思わず目をつむった。薄目を開けると、信じられないくらい神々しい少女が、召喚の間にぺたりと座り込んでいた。


 天井のステンドグラスから降り注ぐ色とりどりの光が、彼女の白い肌を美しく照らしている。


「――欲しい」


 アイユーブは少女を見つめた。

 ややあって、彼は目をこすった。少女の後ろに誰かが居たような気がしたのだ。汚らわしい、薄い色彩の……。


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