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6.メガネとK介(1)

 インターホンが鳴り、俺はびくりと身体を震わせた。


「脳筋メガネ、さっさと開けろ! K介だ」


 恐る恐る覗くと、スーツを着崩した美丈夫が立っている。その人は汗だくで、息を切らしていた。

 初対面の男が相手だというのに、俺はなぜだかほっと安心した。助かったという確信めいたものがあった。






 掲示板で、家の前になにかいると書いたあと、すぐに電話がかかってきた。知らない番号からだ。出てみると、それがこの人だったわけだが。

 K介と名乗ったその人は、体当たりするように室内になだれ込んでくると、後ろ手に扉を締めて、しっかりと鍵をかけた。


「メガネ、鏡はないか? 何でもいいから」


 俺は、数日前に泊まりに来た女の子の忘れ物をK介に手渡した。


 彼は、手近にあった分厚い辞書を掴むと、そのまま床に置き、ゆめかわな忘れもの手鏡を辞書に立てかけるようにして置いた。玄関のドアに向けて、反射させるように。シュールな光景である。

 もう一つ必要だと言うので、俺は忘れ物ボックスから、別な女の子の折り畳みミラーを取り出し、その人に手渡した。


 彼はなにかに感づいたのか眉をひそめ、俺に侮蔑の表情を向けた。


「とりあえず、これで時間稼ぎはできると思う。――聞かせてもらおうか」


 ふう、と疲れたように息を吐き出して、額の汗を拭う。

 同性とは思えない、色気のある大人だ。


 その人は、名を森島慧介といった。年のころは、俺よりも5つほど上くらいだろうか。色々なことがありすぎて、混乱していたが、とりあえず麦茶を出した。

 慧介さんは、ごくごくと一気に飲み干した。





「おまえ、ばあちゃんっ子だったんだな」


少し落ち着いてきたころ、慧介さんが言った。


「おまえのばあちゃんに呼ばれて来た、のだと思う。きっと誰か近場でおまえを助けられるやつを探したんじゃないだろうか。普段は東京に住んでるんだ。この街には出張で来ただけ。だから、今晩でなければ、こんなに早く駆けつけることはできなかった」


 慧介さんは、真剣な顔をして言う。


「えー、慧介さんキモいっす」


 俺が言うと、慧介さんはうなだれた。


「人に理解されないのはわかってるんだが、はっきり言われるといささか辛いものがあるな」


 今も謎の女が窓を叩いている。確かに現実に起こっていることなのだとわかっているのだが、それでも、なんだか怪しげで信じられない。


「とりあえず、話を聞かせてほしい。こうやって入れなくしたところで、一時しのぎにしか過ぎないんだ」


 そのとき、慧介さんのお腹が鳴った。ずいぶん残念なイケメンだなと俺は思った。





「すまないが、台所を借りても? これからラーメンを食べにいこうと思っていたんだ」

「ラーメンなら二丁目のWONDAがうまいっすよ」


 俺が言うと、慧介さんは難しい顔をした。


「いや、朝が来るまで絶対にここから出てはいけない」


 俺は背筋がぞくりとした。美紗希に読まされた怪談に、そういう話があったのを思い出したのだ。


「とりあえずキッチンは使わせてもらうぞ」


 慧介さんはそう言ってテーブルに千円札を二枚置いた。

 ワイシャツの袖をまくると、冷蔵庫を開けて唸り、しばらく考えてから野菜を取り出して刻みはじめた。


 俺はほとんど自炊をしないので、冷蔵庫にはいつも最低限のものしか入っていない。

 なんで野菜があるんだ? と思ったのだが、ふと思い出した。一昨日泊まりに来た子が焼きそばを作ると言っていて、でもその前に怒って帰ってしまったのだった。


 俺が一人で納得している間に、慧介さんは、手際よく料理を進めていた。キャベツを1口大に切り、人参は薄くて細い形に。もやしはそのまま。鍋に油をひくと野菜を強火で炒め、塩を振って皿に取り出す。

 それから同じ鍋にそのまま湯を沸かし、インスタントラーメンをゆで始めた。

 同時に、小皿に卵を割り入れ、卵の殻で黄身に穴を開けると、水を入れてレンジへ。しばらくすると、温泉卵ができあがっていた。


「え、マジですごい裏技ー!」


 俺が言うと、彼はじろりとこちらを睨み、手元に視線を戻した。


 やや少なめの水でゆでたラーメンには、最後に牛乳を加えて少し温めている。どんな味になるのかとぎょっとしていると、ラーメンをそのまま粉末スープの入った丼に移し、野菜と卵を乗せた。

 うまそうな匂いに腹が鳴る。慧介さんはにやりと笑って差し出し、自分の分を作りはじめた。


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