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34.砂の王国の最後(3)

砂の王国の物語にお付き合いいただき、ありがとうございました。次回で完結となります。


少し先になると思いますが、その後の神々の暮らしや王子たちの物語、メガネのその後など、いくつかの後日談を投稿予定です。そちらもお付き合いいただけるとうれしいです。

 あるとき、黒髪の少年が貧民街に似たその場所を出て、王都にやって来た。彼は夢を抱いて王都に来たが、そこで待っていたのは決して夢のような暮らしではなく、むしろその反対であった。

 捨ててきたふるさとのほうが、遥かにましな生活であった。そこでとうもろこし色の髪をした女と出会い、恋に落ち、--また砂漠の向こうの地下へと旅立っていった。





「--チータおばさん?」


 腕の中でテトが小さく震えた。

 産まれた子どもたちと共に活気づく、砂漠の隠れ家の人々。貧しいながらも力を合わせて生き抜く様子がつらつらと進んでいく。


 だが、それはある日、突然終わりを告げた。武装した男たちがなだれ込んできたのだ。そこからはまさに地獄絵図で、あまりにも凄惨な光景に、広間のそこここで悲鳴が上がった。アトゥールはテトの目を覆ったが、テトは静かにその手をどけて、じっと目の前に映し出されるものを見つめていた。


 殺戮が終わる。商人風の男が、恐る恐る隠れ家に入ってきた。そうして膝をつく。一人ひとり声をかけるが反応はない。たった一人生き残った幼子を見つけ、助け出す。

 だが、そばに倒れ伏していた黒髪の男がゆらりと立ち上がった。敵だと勘違いしたのであろう。その無防備な背中に一太刀入れて、そして力尽きて絶命した。最後まで幼子に手を伸ばしていた。

 商人風の男は、殺戮者たちが戻ってくるのに気づいた。そして、命からがらその場所から逃げ出したのであった。






 豪奢な広い執務室は薄暗く、書類を照らす手元灯だけがこうこうと輝いている。


「予定通りに殺ったか?」


 書き物机から顔をあげようともしない、王族の特徴を持つ少年。いささか年若く見えるが、間違いなく今この場にいる王子であった。誰もが彼に視線をやる。

 黒髪の王子は、真っ白な顔で、口を一文字に引き結び、静かに立っていた。今にも足元から崩れ落ちそうな様子であった。


「なるべく苦しめて殺さなければ意味が無いからな。恨みが強いほど大きな力になるのだと伝わっている。虐殺は、聖女召喚に必要な作業だ」


 王子は淡々と言った。


「召喚は必ず行わなければならぬ。魔王という名の人形を壊し、流砂を止める。わかりやすい功績を作らなければ。愚鈍な兄上に勝つための保険としてな」








 また場面が切り替わる。王子は少し成長している。


「貧民街に、闇の魔法使いアトゥーリの末裔がいるらしい。魔女ミザリーに瓜二つの顔をしているらしいから、すぐにわかるだろう。不穏だから始末しておけ。事故に見せかけて地底湖にでも沈めてしまえばいいだろう」


 王子はそう言うと、臣下らしき男に、姿絵をひらひらと放った。そこに描かれているのはテトの顔であった。

 臣下の男は雨の中、空き家となった貧民街の穴に隠れて、外の様子をうかがっている。やがて、一人の子どもが階段を上がってきた。子どもは、いつもと同じように、中ほどまで上がったところで地底湖を覗き込む。

 男はその背後につき、思い切り突き飛ばした。華奢な体は吹き飛び、そのまま落ちていく。子どもの目を、いく筋もの雨が涙のように流れていった。

 子どもは、音もなく地底湖に沈んで消えた。








 薄暗い地下牢。とうもろこし色の髪をした中年の女が繋がれている。その頬は腫れ上がっていたし、歳も随分上に見えるが、--先ほど隠れ家で殺されたはずの女に瓜二つの顔をしている。女は、臆せずに王子を見上げていた。


「貴様、孤児などにグラソンベリーを横流ししていたそうだな」


 そうして王子は、テトの命を盾に、女を狩人に仕立てた。虫の息の女を召喚の間に打ち捨てると、魔法陣が発動した。そして女は消えた。


「馬鹿な女だ。あの孤児などとっくに始末したというのに」


 王子はそう言うと、く、く、と笑った。






 静まり返っていた広場に、獣のような叫び声が響いた。それはアトゥールの腕の中から聞こえた。抱きしめていたはずのテトは、子どもとは思えぬ力でアトゥールの手を振りほどき、全身に炎を纏って王子に突っ込んでいった。


「やめて!」


 叫んだのは誰だったのか。若い女の悲鳴じみた声が響いた。

 燃え盛る炎が王子の目のあたりに肉薄したそのとき、彼は水球に包まれ、テトはわずかに届かないまま、床にどさりと落ちた。はじめての魔法であったのだろう。息を乱して振り返り「どうしてテトの邪魔をする!」と叫んだ。

 悪鬼がなにかぼそぼそと言ったが、聞き取れなかった。


 代わりにうろこのある男が言う。


「王女テト。あなたが自ら手を下さなくとも、この男はすでに大罪人です。私怨で殺すのではなく、皆の意見を聞いてから始末したほうが良いかと」

「テトは! …..むずかしいことはわからない」

「では、私に任せてください。あなたも、国民も満足するように取り計らうと誓いましょう」


 うろこのある男は、嬉々として「学んできた知識で王国の改革などをすると楽しそうですね」などとつぶやいており、アトゥールはいささか不安に思った。

 男は悪鬼に背中を叩かれて、はっと表情を引き締めたかと思うと、こちらに向き直った。


「--あなたならわかるでしょう。ツカサ。あなたとテトが、これからこの国を率いていくのです。王位に執着していたそこの男には、案外この先に待つ死罪よりも堪える罰かもしれませんよ」



 アトゥールは、ごくりと息を飲んだ。そして背筋をしゃんと伸ばし、片手を挙げた。それだけで近衛兵たちが駆けつけ、先ほどまで王族であった者たちを連れて行った。


 王や王妃は暴れ、王女たちは叫び、黒髪の王子はひときわ乱暴に引っ立てられていった。金髪の王子は暴れることなく、悲しげに、しかし嬉しそうに口元を笑みの形に歪めていた。




 その日、砂の王国は滅びた。

 王が変わり、新たな国が起こったのだった。黒の王国・シュバルツメラン。新王の名前は、アトゥール・ツカサ。

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