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28.ハリボテ魔王

 召喚の真実を知ったのは十二になったときのことだった。家庭教師らからではなく、父王から直接聞かされた。父は、野心などを持たず、国民を虐げるようなことも無かったが、彼らへの関心もまた持たない男であった。愚鈍で好色なだけの、害にならない人物である。

 父は興味がなさそうに欠伸をしながら、一応十二になったら伝える決まりだからと第一王子ラフィークを呼び出し、脚色がされていない筈の王国の正史と、召喚に関する報告書とを文机に投げ出し、ラフィークがそれらを読み終えるまで、自分はカウチに横になって眠っていた。

 ラフィークはふと考えた。怨嗟の念はどこへ行ったのだろう? と。

 人々の恨みのこもった魂を贄にして、莫大な魔力を生み出し、ほかの世界につなげる。それはわかった。では、その怨嗟を抱いた魂はどうなるのか。

 役目を果たして消えるのか、異界に漂うのか、それともこちらに残るのか。結論から言うと、答えはそのすべてであった。

 異界にはみ出してしまったものはこちらの管轄ではない。だが、残った魂には歴代の王たちも頭を悩ませてきたようだ。



 くり返し行われてきた召喚により、こちらに残った哀れな魂は膨らむように増え続け、ひとかたまりになった。そして、あるとき砂漠を穿ったのである。そこから波紋のように砂漠が崩れ出し、徐々に王国を飲み込もうと広がっていた。

 あれが異界から呼ばれた闇の魔法使いアトゥーリの仕業だと云うのは、王家があとから作った話に過ぎない。

 蟻地獄のように、少しずつ流れる砂の領域が広がっていく。そこには、ただただ王国を滅ぼさんとする、哀れな者たちの残滓だけが存在していたのだと思う。



 神官たちを駆り出したこともあったが、どうにもならなかった。汚れた魂の浄化は、異界の聖女にしかできないと言われている。だから、彼の者が喚ばれたときに備えて、王家は密かに禍々しい尖塔を立て、そこに魂を押し込んだ。

 さらに、尖塔の中は迷宮のように複雑に作り込み、数多の魔物を放った。遥か遠くの国から陸路をいくつも経由して届けさせた、この地には居ない魔物の死骸。それらに術をかけて、攻撃的に動くようにつくった人形であった。

 しかし、永きにわたり耐えうるものでなければいけなかったので、魔物たちには侵入者が入ってきたとき以外は眠るように魔法をかけてあった。必要な魔力は最小限で良く、定期的に魔術師を生贄として尖塔の小部屋に生きたまま取り込ませるだけでよかった。

 最奥には、特別な魔物を置いた。巨大で醜悪な猿の魔物。それを魔王とし、倒されると知らせの雪魔法が飛ぶように組み込んで、ようやく準備が整った。何代も何代もかけて、少しずつ行われてきたことだった。

 ーーつまり、魔王など存在しないのだ。聖女召喚の大義名分として何百年も前から用意されてきた、舞台装置に過ぎない。


 王家はいつの時代も、自分たちに都合の良いように歴史を作り変えてきた。





 ラフィークは、王家に生まれたことを呪っている。

 第一王子という複雑な身分も、毒を警戒しなければいけない環境も、贅沢を貪ることばかり考えている両親にも辟易して、お忍びと称してはよく貧民街にくり出していた。

 厳しい生活ながらもそちらのほうが活気や彩りがあり、人間くさくて、ラフィークの肌には合った。だが、貧民街に馴染めば馴染むほど、この国の歪さが見えてくる。



 ラフィークは愚鈍なふりをし、放蕩息子を演じた。毒の脅威もなくなり、期待もされなくなった。

 一方の弟は、母親にも省みられず、王宮の侍女たちに片端から魅了の力を使っては、自分にとって過ごしやすい環境作りに精を出していた。

 ラフィークにも同じ力はあるが、弟のように同時に複数展開できるようなものではなく、そういった使い方は思いつきもしなかった。





 この王国以上に醜悪な場所を、ラフィークは知らない。

 美しいオアシスは王侯貴族だけで囲い込み、貧しい民たちは濁った地底湖が与えられ、暗くて狭い家に押し込められるようにして暮らしている。


 彼らにはそこから這い上がる機会がない。他国であれば、国を捨てて新天地を目指すという選択肢もあっただろう。だが、広大な砂漠に囲まれたサーブルザントでは、それも望めなかった。


 だがしかし、貧民街の人々は愛おしかった。先の見えない生活の中で、その日その日の小さな営みの中に楽しみを見出している者が多かった。

 たとえば、荒れ果てた土地でも育つ穀物を試行錯誤してみたり、水を使わずに調理できる鍋ややり方を見出したものもいる。王族や貴族のように学んだわけでもないのに、自らの置かれた環境で精一杯できることをやる。そんな姿勢が愛おしく思えた。

 だからだろうか。生き生きとした目をした人間がそこかしこで見られた。苦しい環境にも関わらず、王城よりも自由があり、意味があるように思えた。

 彼らが報われる世界を作りたかった。



 そして、ある雨の日。

 ラフィークは決意した。この王国を滅ぼしてしまおう、と。それは彼の秘密の恋人であり、貧民街出身ながらも魔術師として取り立てられていたある少女が殺された日であった。


 ラフィークがやることはたった一つで良かった。弟に、黒髪の子どもの存在を伝えること。彼は頭が切れるし野心もある。ラフィークの想定通りに動いてくれるだろう。





 だが、こんな自体は想定外だった。召喚の儀からいくらも経たぬうちに、物言わぬ骸となったハリボテの魔王が持ち込まれた。

 魅了の力を使い傀儡にするつもりでいた聖女は、魔王を殺したらしい男に駆け寄り、愛おしげに抱きついている。





 だが、その後、聖女に頼らずともこの王国は滅びることとなったのだった。


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