20.メガネとK介(4)
「ねえ、Kちゃんって誰?」
刺々しい声とともに揺さぶられて、目が覚める。
目を開けたその瞬間、目の前に携帯の着信画面が突きつけられた。俺は少しいらっとしながら、この子と会うのも今日限りかな、などと考えている。キーキー五月蝿い女は苦手だ。
俺は最後の笑顔を作りながら「最近仲良くなった霊能師のオッサン」と答えた。
俺はスマホを受け取ると、にこにこしたままワカちゃんにしっしっと手を振る動作をした。すると彼女は顔を真っ赤にして怒り、服をかき集めて素早く着替えると、どすどす足音を鳴らして出て行った。
『おい、誰がオッサンだよ』
「ーーあちゃー、聞こえちゃってました?」
俺はおどけた感じで言った。
『ばっちりな。霊能師じゃなくてふつうのサラリーマンだし』
「いやあ、インパクトがある感じで言ったほうがいいかなあと」
画面の向こうから、呆れ顔の慧介さんの表情が見えるようなため息が聞こえてきた。
『女性の心を弄ぶのはやめたほうがいい。ーー真剣に忠告しておく』
慧介さんは、ややあって言った。
「で? 朝っぱらからなんですか?」
『ーーずいぶんな言い草だな。朗報と言えるのかわからないが、消えた仲間の居場所がわかったぞ』
「え! 篤司の居場所ですか?」
『いや、女性のほうだ。以前、おまえが投稿したオカルト系の掲示板があっただろう? あそこで話題になってたんだ。おまえが投稿する前日に、動画サイトにアップされた動画があってな。それが天狗森山でのものだったんだ。ーーちなみに、ばっちりお前の後ろ姿が映ってるのも確認済みだ』
「は? 動画? 俺の?」
そういえば美紗希が動画を撮っていたのを思い出した。まさか勝手に載せられているとは思いもしなかった。
『そこに、金髪の女が映り込んでいるって話題になったんだが、ーーその後、衝撃的なことが起こった』
俺はごくりと息を飲む。
『件の投稿者が、新しい動画をアップしたんだ。それが昨日の夜中だ』
「ーー美紗希は、生きてる?」
『……あ、ああ』
慧介さんはなぜだか歯切れ悪く言った。だが、俺は安心した。それならば、後で消えた篤司もきっと大丈夫だろう。
『まあ、説明するより見たほうが早いだろう。URLを送るから、自分の目で確認するといい』
すぐに慧介さんから動画のURLが届いた。俺はそれをタップした。
見慣れた動画投稿サイトの画面。投稿者の名前は「みさみさ」と書かれている。だが、アイコンは別人のようだ。長い黒髪にふさふさしたまつ毛の美人の女性が映っている。ぶっちゃけタイプである。
俺は、動画を再生してみた。
『みさみさの心霊突撃ちゃんねるへようこそ! ねえ、皆さん気づきました? あたしの声、変わったでしょう。実は、変わったのは声だけじゃないんですよ』
真っ暗な画面の中に、聞き慣れない女の声だけが響いている。女は興奮した様子で早口で喋っており、少し、異様だ。
次の瞬間、カメラがぐるりと回転して、そこにはアイコンと同じ、美少女が映し出された。
黒くてつやつやの、少しくせっ毛の髪。肌はきめ細かくなめらかで陶器のような質感に見える。黒目がちの瞳はうるうるしていて、庇護欲をかき立てられた。
『毎度お馴染み、みさみさです! びっくりした? ぜんぜん見た目が違うでしょ? これは整形じゃありません。なんと、……魔法です!』
俺は頭を抱えた。美紗希はなにかのカルト集団に連れ去られたのではないだろうか。この美少女が美紗希のわけがないじゃないか。
美紗希は、腫れぼったい一重の目に、エラの張った輪郭で、いつも卑屈そうな笑顔を浮かべていたのだから。
俺は一度動画を止めて、コメント欄を見てみた。案の定、荒れに荒れていた。頭がおかしいとか、気持ち悪いとか。一方で、かわいすぎるとか愛しているとか、彼女を崇拝するような異様な盛り上がりも見られた。
ユーザー名だけで見ていくと、美紗希をけなしているのは女性、崇拝しているのは男性がほとんどのように思える。
ただ、その中に、一つの気になるコメントを見つけた。
「作り物感がない。こんなに精巧なセットを作れるんだろうか?」というものだ。
どういうことだろうと思い、俺は動画の続きを再生した。みさみさを名乗る女の自分語りがしばらく続いたあと、彼女は、こう言い出したのだ。
『もうそっちへ帰ることはないからぶっちゃけちゃうと、あたしの本名は茅野美紗希って言います。S大の2年。検索してみて。行方不明ってわかると思うから。ーーそして、今あたしがいるのは……なんと! まさかの異世界です。流行りの異世界転移をしちゃったんです!』
俺は頭を抱えた。なんなんだこいつはーー。
だが、次の瞬間、またカメラがぐるりと回った。そこに映し出されていたのは、どこまでも広がる砂漠。そしてカメラはゆっくりと向きを変えていき、メレンゲみたいな形の屋根が乗った宮殿が映し出された。
確かに、合成だとかセットだとかには思えないような、リアリティのある映像だった。
『こちらが護衛のヤンさん!』
みさみさはそう言って、奇天烈な服を着た男にカメラを向ける。その人は怪訝な顔をして、ただただカメラを見つめているようだ。
『もう、ヤンさんったら。ここに向かってしゃべってって言ったでしょう?』
ころころと鈴の鳴るような心地いい声で、みさみさは護衛のヤンという青年を叱る。
ヤンはまるで女王に仕えるかのようにうやうやしく頭を下げると、みさみさの手の甲にキスを落とした。
それからしばらく、みさみさの自分語りが続いたので、俺はスキップして進んだ。
『ええと、前々回の動画では、天狗森山に行っていたでしょう? まだ見てない人は見てねー!』
みさみさは両手をぶんぶんと振り、俺はいらっとした。
『見てない人のためにざっくり説明するね! でも、あとで見てね! それでね、その後に怪奇現象が起こったんですよ。その動画は一つ前のものです。一緒に行った仲間の一人が、なんと霊に連れ去られちゃったの。ーーそうして、その仲間のところへ行こうとしたあたしも、金髪の幽霊に捕まっちゃって。
もうだめ! って思ったんだけど気がついたら、この国に来ていたの! どうしてだか動画投稿サイトだけにはつながるから、こうしてアップロードしてみました。ちなみに充電はまったく減らないよ。魔法ってすごい!
ではでは、今日の動画はここまでです。次回はみさみさの周りのイケメンたちを紹介するね! お気に入り登録よろしくねー!』
動画はそこで終わりだった。
「みさみさ、かわいい……」
俺はつぶやいた。
その後、慧介さんから電話があり、正気に戻るまで、俺はひたすらみさみさの動画をあさり続けたのだった。
だが、それから何日経っても、何週間経っても、みさみさの新しい動画がアップされることはなかった。




