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14.亡霊の叫び(1)

 身体がちぎれそうなくらいに痛い。

 頭の中が意味のわからない言語でいっぱいになりそう。

 ああ、もうやめてしまいたい、楽になりたい。ーーでも、早く捕まえないと。そうしないと、あの子が罰せられてしまう。私はなんとか身体を動かして、扉を叩いた。

 どうか、どうかここを開けて。私たちを助けてーー。








 王城の騎士たちが押しかけてきたのは、大雨の翌日の事だった。来るべきときが来てしまった。そう思った。


 昨夜、あの激しい雨の中をテトは乗り切れただろうか。私の可愛い姪っ子は。テトは私の姉、チータの子どもだ。




 私には、双子の姉がいた。

 チータと私は、声も顔もそっくりで、実の親でも見分けがつかないほどだった。


 この砂漠の国で考えると、とても恵まれた暮らしをしていたと思う。

 上級商人の家に生まれたからだ。私たちは、衣食住に困ることなく暮らすことができた。


 また、女の双子であったことも幸いした。同じ双子でも、男であれば忌み子とされ、後に生まれたほうが殺されてしまうのだ。





 運命が変わりはじめたのは、十七歳のときだった。

 姉のチータは、ある男と恋に落ちた。その男は貧民街の孤児出身で、野性的な風貌に、ぎらついた目をしていた。

 不思議なことに、貧民街で暮らしているのに髪の毛は王家の黒色をしており、彼はそれをターバンで隠していた。

 見た目とは裏腹に、気の優しい男だった。二人はすぐに仲を深めていった。

 ところが、長女であるチータには婚約者がいた。跡継ぎが生まれなかったので、入婿をとることに決まっていたのだ。




 満月の夜だった。月明かりが、窓の向こうに遠く浮かぶ砂漠の砂を金色に染め上げていたのを今でもよく覚えている。


 チータは、私を部屋に呼び出すと、瞳に涙をいっぱい溜めて言った。


「ねえ、リータ。あなた、私になってくれない?」


 入れ替わりごっこのことだ、とすぐに思い当たった。チータは真剣な目をして、私の手を握った。


「チータ、まさか、そんなこと……」

「どうせバレやしないわ。今までだってそうして遊んできたでしょう? 私たちの入れ替わりに気づいた人は誰も居なかった」






 結局、私は自分の人生を譲り渡すことを了承した。

 そうしたところで、変化はないと思ったのだ。私には好いた相手もいなければ、やりたいこともない。


 多少の打算もあった。本来なら次女の私は、どこかへ奉公に出るか、自分で結婚相手を見つけてこなければいけなかった。

 それよりは、親に決められた道に従って生きるほうが楽に感じられたのだった。


 変わるのは名前だけ。そう思っていた。






 次の満月の晩、二人は手を取り合って王都から出て行った。

 砂漠を抜けていくなんて狂気の沙汰だ。でも、二人が結ばれるには、王都から離れるしかなかった。


 姉の結婚相手になるはずだったブルハーンは、幸い、気のいい男だった。

 しかし、驚くべきことに彼は私がリータであると気がついたのだ。

 私のほうは覚えていなかったが、彼は店の手伝いをしている私に目を留めていたのだという。


「僕は、ーー結婚するなら、君が良かったんだ」


 ブルバーンはそう言ってうれしそうに笑い、私は初めて知る環状に胸の中が温かくなった。

 私たちは、穏やかで幸せな暮らしをはじめた。





 ブルハーンには商才があった。彼は新たな販路を開拓していった。


 気の遠くなるくらい遠い国、雪の王国ネージュニクスの特産品を仕入れることに成功したのだ。

 彼の国でしかほとんど取れないと言われるそれは、グラソンベリーと呼ばれ、つららのような形をした、鉱物のように美しく甘い果実だ。



 グラソンベリーは、魔術便をいくつも使って送られてくる。王都の外に唯一存在すると言われる街に、偏屈な魔術師がいることを探り当てたのがそのきっかけだった。


 老魔術師アンリは、ネージュニクス王国からやってきた旅人で、暖かいこの地が気に入って住み着いたのだという。

 彼の国は、ここよりも遥かに魔法文明が発達している。アンリはそれを利用して、彼がこれまで旅を続ける中で設置してきた中継点をいくつも通し、故郷の人々と手紙や物をやりとりしていた。

 ブルハーンは、そこに目を付けたのだった。


 ブルハーンがグラソンベリーの仕入れに成功したことで、我が家は王家御用達の称号を得た。ただし、グラソンベリーはすべて王家に卸すようにとの厳命が下ったのだった。


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