12.グラソンベリーと鏡守のペンダント
「これじゃろうか?」
アトゥールが両手を組み合わせると、そこからぱあっと白い光が漏れ出した。次の瞬間には、彼の手には赤く熟れた林檎の実が乗っていた。
「これ、ちがう。ーーこれも好きだし、おいしいけど……」
「うーむ、じゃあこれはどうじゃ?」
次にアトゥールが出したのは、いちごだった。それからラズベリー、グーズベリー、ジューンベリーと、赤い木の実をぽんぽんと出していく。
だが、そのどれもが、テトの食べたいものとは違った。
「赤い果物はほとんど出し尽くしたと思うのじゃが……」
アトゥールは、木のテーブルに山盛りになった赤い実を見て、肩をすくめた。
「せめて、どんな果物かわかればいいのだが……」
「ええと、皮ごと食べられる」
「なるほど」
「形はこんなふうで、ーー中はぷにゅっとしてる」
テトが身ぶり手ぶりを交えて伝えると、アトゥールは目を丸くした。
「まさかとは思うが……」
そうしてアトゥールがてのひらから出したものこそ、テトの好物の赤い果物だった。
「これ、これ!」
「テトは孤児だというのに、どうしてこれを食べたことがあるのだ?」
「チータおばちゃんがくれるから」
「それは誰じゃ?」
「ええと、上の店の人。いつもテトに果物をくれるんだ」
テトがにこにこして言うと、アトゥールは難しい顔をして考え込んでしまった。
「テト。大事なことを聞く。テトには、強く会いたいと思う人間はいるか?」
「チータおばちゃん! テトにとって、おかあさん、みたいな人」
「ーーそうか。それならば、今すぐに帰ったほうがいい」
テトは慌てて、いやだ! という。
「もっとアトゥールといたい! 文字もたくさん覚えたいし、本だって読みたい」
「テト、悪いことは言わん。今すぐに帰りなさい。そうしないと、きっと後悔することになるぞ」
アトゥールは、憐れむような目をしていた。
「わしとは、運が良ければまた会えるだろう。ーーどれ、このお守りをやろう」
アトゥールは、穴蔵の奥の棚から、木彫りの小箱を取り出した。その中には、小さなペンダントが入っている。
「これが、鏡守のペンダントじゃ。また再会するときに、きっと役立つから持ってお行き」
そういうとアトゥールは、テトの首にペンダントをかけた。そうして、抱きしめた。
「ーーテト、お前さんは……」
アトゥールは少し驚いたように目を見開いた。
そして、やはり奥の棚から、古ぼけた肩掛けを取り出してきて、先ほど出した果物や飲み水、さらには小銭までもを入れてもたせた。
テトは、自分からアトゥールの胸に飛び込んだ。
「もしテトに父ちゃんがいるなら、きっと、アトゥールみたいな人だと思う」
テトは言った。
アトゥールの身体は、チータおばさんとは違い、骨と皮ばかりでごつごつしていたが、温かかった。
アトゥールは悲しそうに笑い、「父ちゃんじゃなくてじいちゃんの間違いじゃろう」と告げた。
「さあ、そこの紐を三度引いてごらん。強すぎても弱すぎてもいけない。最適な力で。そうすれば、きっとーー」
アトゥールが言い終わる前に、テトの身体は吸い込まれるようにして消えた。
あとには静寂だけが残った。
「この街では、グラソンベリーはめったに手に入らない。すべて王族に献上することになっているのだ。ーーなにもなければいいのじゃが……」
アトゥールは、目頭が熱くなっていることに気がついた。
テトと暮らしたのはたった二ヶ月だけだったが、数十年ぶりに人と出会って、とても楽しい日々だった。
この先自分は、誰かと一緒に暮らすことがあるのだろうか。ーーアトゥールの目から、つう、と雫が落ちていった。
グラソンベリーやネージュニクス王国については、完結済み作品『はずれ王子の初恋』に登場します。雪の王国で婚約破棄からはじまる、魔女騒動の物語。




