表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/41

12.グラソンベリーと鏡守のペンダント

「これじゃろうか?」


 アトゥールが両手を組み合わせると、そこからぱあっと白い光が漏れ出した。次の瞬間には、彼の手には赤く熟れた林檎の実が乗っていた。


「これ、ちがう。ーーこれも好きだし、おいしいけど……」

「うーむ、じゃあこれはどうじゃ?」


 次にアトゥールが出したのは、いちごだった。それからラズベリー、グーズベリー、ジューンベリーと、赤い木の実をぽんぽんと出していく。

 だが、そのどれもが、テトの食べたいものとは違った。


「赤い果物はほとんど出し尽くしたと思うのじゃが……」


 アトゥールは、木のテーブルに山盛りになった赤い実を見て、肩をすくめた。


「せめて、どんな果物かわかればいいのだが……」

「ええと、皮ごと食べられる」

「なるほど」

「形はこんなふうで、ーー中はぷにゅっとしてる」


 テトが身ぶり手ぶりを交えて伝えると、アトゥールは目を丸くした。


「まさかとは思うが……」


 そうしてアトゥールがてのひらから出したものこそ、テトの好物の赤い果物だった。


「これ、これ!」

「テトは孤児だというのに、どうしてこれを食べたことがあるのだ?」

「チータおばちゃんがくれるから」

「それは誰じゃ?」

「ええと、上の店の人。いつもテトに果物をくれるんだ」


 テトがにこにこして言うと、アトゥールは難しい顔をして考え込んでしまった。


「テト。大事なことを聞く。テトには、強く会いたいと思う人間はいるか?」

「チータおばちゃん! テトにとって、おかあさん、みたいな人」

「ーーそうか。それならば、今すぐに帰ったほうがいい」


 テトは慌てて、いやだ! という。


「もっとアトゥールといたい! 文字もたくさん覚えたいし、本だって読みたい」

「テト、悪いことは言わん。今すぐに帰りなさい。そうしないと、きっと後悔することになるぞ」


 アトゥールは、憐れむような目をしていた。


「わしとは、運が良ければまた会えるだろう。ーーどれ、このお守りをやろう」


 アトゥールは、穴蔵の奥の棚から、木彫りの小箱を取り出した。その中には、小さなペンダントが入っている。


「これが、鏡守のペンダントじゃ。また再会するときに、きっと役立つから持ってお行き」


 そういうとアトゥールは、テトの首にペンダントをかけた。そうして、抱きしめた。


「ーーテト、お前さんは……」


 アトゥールは少し驚いたように目を見開いた。

 そして、やはり奥の棚から、古ぼけた肩掛けを取り出してきて、先ほど出した果物や飲み水、さらには小銭までもを入れてもたせた。


 テトは、自分からアトゥールの胸に飛び込んだ。


「もしテトに父ちゃんがいるなら、きっと、アトゥールみたいな人だと思う」


 テトは言った。

 アトゥールの身体は、チータおばさんとは違い、骨と皮ばかりでごつごつしていたが、温かかった。


 アトゥールは悲しそうに笑い、「父ちゃんじゃなくてじいちゃんの間違いじゃろう」と告げた。


「さあ、そこの紐を三度引いてごらん。強すぎても弱すぎてもいけない。最適な力で。そうすれば、きっとーー」


 アトゥールが言い終わる前に、テトの身体は吸い込まれるようにして消えた。

 あとには静寂だけが残った。





「この街では、グラソンベリーはめったに手に入らない。すべて王族に献上することになっているのだ。ーーなにもなければいいのじゃが……」


 アトゥールは、目頭が熱くなっていることに気がついた。

 テトと暮らしたのはたった二ヶ月だけだったが、数十年ぶりに人と出会って、とても楽しい日々だった。


 この先自分は、誰かと一緒に暮らすことがあるのだろうか。ーーアトゥールの目から、つう、と雫が落ちていった。


グラソンベリーやネージュニクス王国については、完結済み作品『はずれ王子の初恋』に登場します。雪の王国で婚約破棄からはじまる、魔女騒動の物語。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ