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11.不幸を呼ぶ少女(2)

「みっちゃん、おはよう」

 

 私が声をかけると、クラスメートたちはしんと静まり返り、それから波が引くように私を避けていった。





 一ヶ月近く学校を休んで、久しぶりに学校に来たのは、初雪の頃だった。


 誘拐されて、泉に投げ込まれたはずだった。けれども気がついたときには、見慣れた真っ暗な天井を見上げていた。


 そして、2週間以上が経っていた。その間じゅう私は眠りこけていたらしい。誘拐事件のことは、父がなにかしたのかほとんど報道されていなかったと聞く。


 だが、狭い田舎町だ。噂が広がるのはあっという間だった。


 毎日一緒に帰っていたリカちゃんも、淡い憧れを抱いていたタカシくんも、みんなが私を避け始めた。それはいじめというわけではなく、本当に気味悪がられているのだと感じた。




 いつからだったのだろう。不幸を呼ぶ少女と言われはじめたのは。


 それは、誘拐犯の末路に起因する。彼は、私を投げ捨てたあの池で溺れ死んでいたという。その表情は苦悶に満ちたひどいものだったとか。

 あの事件にはいろいろと不可解な点が多く、こうした諸々の話に尾ひれがついて、そうなったのだろうと思った。


 そして、他にも理由があった。





 私に対して不気味な感情を抱くのは、家族もまた同じようだった。


 当時、私の家族は複雑な事情を抱えていた。祖父が病気で亡くなり、優しかった母も事故で亡くなってから、すべてが変わってしまっていたのだった。

 祖父は地元の有力な議員で、父はその秘書から母の伴侶となり、市議になったという、経緯を持つ。つまり、入婿なのだ。


 だが、父は早々に後妻を娶った。その人には私と同い年の娘がいた。義妹の真理愛は、父と同じ耳の形をしていた。


 真理愛とは、仲がいいとは言えなかった。

 最初にほしがったのは、私の部屋だった。家を建てたのは私が七歳のときで、子供が一人だったから、子ども部屋はたった一部屋しかなかった。

 窓から海の見える、日当たりのいいその部屋がいいと真理愛は両親に強請った。


 私の部屋は、階段下の納戸に変わった。そこは窓もあかりもなく、ランタンがひとつ置かれているだけの場所だった。

 ほかにも真理愛の部屋としてあてがう予定だった客間があったのだ。それなのに、暗い納戸を私の部屋にすると決めたのは、義母の真愛子だった。


「子供って、秘密基地に憧れるものでしょう? ここならきっと隠れ家みたいでわくわくするわ」


 真愛子は、歌うように言った。


「まるで現代版シンデレラだ」


 暗い納戸には、外からしか開かない鍵が取り付けられた。家事こそ強要されないものの、まるで物語のような状況に、私は苦笑した。

 幸い、子どもらしくない子どもだったので、早々に諦めの境地に至った。


 誘拐犯が私を投げ捨てたのは、きっと、身代金を払わないとされたからだろう。だから、人気のない山奥の、あの池で殺そうとしたのだと思う。

 誘拐されたのが真理愛だったなら、いくらでも支払ったのだろうか。

 邪魔な私を始末してくれる人が現れたというのに、きっと残念だったことだろう。


 誘拐犯がどうやって亡くなったのか、なぜ私が助かったのか。それはわからない。通報したのは、あの付近の渓流で釣りをしていた老人だと言う。

 彼が見つけたときには、私は池のそばに横たえられ、一方の誘拐犯は池に浮かんでいたらしい。


 私を投げ込んだ後、罪の意識にかられて助けに入り溺れたと思われているようだが、あの男はそんな人間には見えなかった。





 あの誘拐事件以来、私は夢を見るようになった。

 そこでは私は白地に紫色で矢のような模様が描かれた着物に、紫がかった暗い茶色の袴を着て、広い屋敷の日当たりのいい部屋で過ごしている。


 そこは不思議な空間だった。


 まず目につくのは中庭だ。庭には巨大なもみじの木が植わっており、それは紅葉し、夕日に照らされてよりいっそう赤く輝いている。


 中庭を囲むようにぐるりと建物があるらしく、その様子を硝子障子を通して覗くことができる。


 私がいるのはサロンのような位置付けなのだろうか、焦げ茶色の木の床に、モスグリーンのアンティークなソファと、同じくアンティークな趣のある木のテーブルがあった。

 私はソファにくったりと身を沈めて、中庭に目をやっている。


 目の前には二段のケーキスタンドがあり、下段には一口サイズのサンドイッチが、上段には小さなケーキが並んでいた。ひとつつまむと、夢なのに、甘い。


「ずっとここにいるといい」


 怜悧で、それでいて甘やかな声が耳元で響く。私はそれもいいかもしれない、と、いつも思ってしまうのだ。


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