老化
イルネが亡くなってからセシルは、4人の回復魔法、いや、老化魔法に全力を注ぐようになった。
毎日、老化魔法を行使する事で、すでに両手とも手から離れた所での魔力コントロールが出来るようになっていた。これだけでも両手で同時に、違う文字を書き続けるような難しさがある。
左右で違う魔法を使う事はまだ出来ていないが、 老化魔法を両手でコントロール出来るようになれば復讐には十分である。
セシルは以前は、トイレに言った時などに老化魔法を使うなど、バレない様に気を使っていたが、もう面倒な事はしなくなっていた。
目についたら即、魔法を行使する。そこからは出来得る限り魔法をかけ続ける。
遂に、老化が特に進んでいた裏のボスである伯爵家ロールと、バーキンを殺した張本人である男爵家のカバーが授業に出なくなった。
学院寮を出て、貴族街の屋敷に戻ったのだ。
貴族街は詳しくないセシルだが、アルの侍女であるエリシュに、ロールとカバーの家の場所や行動パターンを調べて貰い様子を探っていた。
イルネの死を受けて、エリシュが4人を直接殺しそうな勢いだった為、セシルが『自分が殺る』と強固に主張して、エリシュには情報収集などで協力してもらう事で抑えて貰った。
セシルは時間が空いた時には、フードを被り、顔を隠して屋敷が見える丘などに行き、庭で散歩しているロールらの姿を見付けると全力で老化魔法を使った。
1人を相手に魔法をかける場合は両手で魔法をかける。
小さい魔法しか使えないセシルだが、両手を使う事で2倍の効果がある。両手を合わせても相変わらず平民以下の出力だが、威力よりも継続力が大事な老化魔法はセシルにしか使えない上に、それが2倍になった事はとんでもない事である。
時にはフードを被った状態の頭にこっそりライムを乗せて3倍にする事もあった。
ほどなくして、ゴライアスとシエントも学院に姿を現さなくなった。
どう考えてもセシルの仕業だとして、4人の親達は、セシルを罪に問おうとしようとする動きがあったが、証拠がない。未だ何が起きているのか分からないのだ。
さらに、何故セシルを犯人と断定したのかも言えない。息子達がずっとセシルを虐めていましたなんて言えるわけがない。
学院に入学してすぐの頃に4人がイジメている事がバレ、宰相から『セシルに手を出せば国賊とみなす』と言われていたのだ。
それにも関わらずイジメを続けていたことになる。
セシルに対する王からの評価はすでにほぼゼロに等しいが、今はまだ学院を辞めさせられておらず、能力が無くとも未だに立場は大賢者の卵のままなのだ。
セシルを処罰するつもりが、逆に国賊扱いされてしまいかねない。暗殺も考えたが、真っ先に疑われるのは自分達である。
ただでさえ、息子たちがセシルを殺害しようとしたとして、聞き取り調査までされている。
息子1人の為に、1族郎党国賊扱いされるリスクは取れない。
さらに、手を出すと老化をしてしまうという噂は、貴族達に想像を超えて恐怖を与えている。セシルは半ばアンタッチャブルな立場にもなりつつあり、援護してくる貴族は少ないと思われた。
貴族は永遠の命を望む者も少なくない。
そんな彼らが老化する可能性が少しでもあるなら、手を貸してくれるはずもないのだ。
一部の人物はセシルの老化させる力に興味を持っているが、そういう人物は得てして表立って動くことなはい。期を伺っているのだ。
そう。証拠はないが誰もがセシルの力だと認めていたことになる。
だからこそ逆に対処が難しい。
苦肉の策で息子たちを学院から出し、屋敷に連れて来たは良いものの、魔法の才能がある者を学院に通わせるのは、国策であり義務である。
どうしたものかと悩んでいたが、セシルを学院から退学する話が俄かに出ているため、それを推進し、セシルが退学になり次第、子供達を復学させれば良いだろうと4人の親たちは考えていた。
しかし、屋敷に戻しても老化が衰えることが無かった。むしろ早まっているのではないか? と思われるくらいだ。
これはエリシュの力が大きい。
裏稼業の者も雇って、寝室が見える場所の特定なども行った。
時には貴族街の高級宿の窓から、それぞれの寝室に向かって老化の魔法を掛けることもあった。
離れていても、視力強化の魔法で見える距離であれば、どうにかなったのである。流石に視力強化を行いながら魔法を曲げることは難しく、出来なかったが、片目で見て片手で真っすぐ魔法を飛ばすことが出来た。魔法を当てられたと確信すると視力強化を解いて、元々出していた老化魔法と同じ角度で、残っていた手で魔法を放つ。
宿から魔法をかける場合にはライムとマーモも連れて来て、最大4倍で老化を進めることが出来ていた。
「父上、助けて下さい。父上……死にたくないです。母上……」
「煩い。お前が勝手な事をするからだろう!! 移る!! 近寄るなっ!!」
「……」
「そんなっ……母上も何か言って下さい!」
「……近付かないで」
「母上……? うわああうわああああああああああ。助けて! 助けてよ母上ええええ!!」
☆
「セシル様、どうされますか? もう4人とも60近い年齢に見えます。これ以上やると死ぬと思います」
ゴライアスとシエントは学院を去るのが遅かった為、授業中も魔法を当てる事が出来、ロール達に見た目年齢が追い付いていた。
「じゃ後少しだね」
「私はもうここで止めた方がいいと思います」
「何で? あんなに殺したがっていたのに? もうあいつらが憎くないのですか? 許すんですか? そんなの認められないですよ。殺さないと。イル姉の仇を討たないと」
「落ち着いてください。良いですか? このままいくと4人は安楽死です。苦しむことなく生を全うすることになります。そんなの許せますか? 私は許せません」
「どうするの?」
「ここで終わるだけです」
「どういうことですか? 今終えても普通に穏やかな死を迎えるだけじゃないんですか?」
「いいえ。そうはなりません。まだ10歳程度なのに60近い年齢に見えるのですよ。親より明らかに、いえ、祖父母より上です。見た目は老人なのに中身は子供。誰が相手にしますか? ロールの屋敷の侍女にもお金を渡して内情を探りましたが、すでに日中にお漏らしをした事があるそうですよ。ハハッ。いい気味です。これから周りに蔑まされて生きていくのです。この先5年か10年かは分かりませんが、良い人生ではないでしょう。後悔して生きていくのです。今安らかに殺すより、私はそちらの方が良い。イルネ様を殺した罪をあっさり終わらせてたまるものですか! 場合によってはアキレス腱くらい切ってやりますよ?」
「……ちょっと考えさせてもらえますか? 明日までに答えを出します」
「ええ。分かりました。良いお答えをお待ちしています」
翌日、セシルは老化魔法で殺すのを辞め、その後の措置はエリシュに任せることを伝えた。
ただ、必ず1つは身体に障害を残して欲しいという条件を添えて。
「分かりました。ご英断でございます。これから私はあいつらの醜聞を広めることと致します。精神的にも追い込むのも当然ですが、万が一にもあの4人と婚約させられる女性が現れては可愛そうですからね。そうならないように私が情報操作致します。お任せください。ふふっ。絶望していく姿を見るのが楽しみです。身体の自由も1つは必ず奪ってやるのでご安心ください。ああ、よろしければ今後も調べたことや傷を負わせた事を報告致しますが、いかがですか?」
「いや、僕はもうここにはいられないから、それは必要ないよ」
「……いられない? それはどういう?」
セシルは答えず、背を向けて歩き去っていった。