初めての王都
1ヵ月近くも移動をしていると、セシルも簡単な調理や火おこしなどの技術を身に付ける事が出来た。
着火は魔法で行うので簡単に出来るが、風を通す為の隙間を作る事などは実際やってみないと身に付かない事だった。
ダラスはセシルに魔物退治も少しは経験をさせたかったが、ライムとマーモの戦闘力の情報を秘匿する必要があった為、ダラスが完全に抑え込んだ魔物をセシルが止めを刺す。という、以前行われてたライムとマーモによる接待戦闘よりも、さらに酷い接待による殺害の経験しか積ませることが出来なかった。
それでも殺す経験を積んでいるか積んでい無いかは天と地ほどの差がある。
戦闘では『殺す』という行為に一瞬でも戸惑うと命に関わってくるのだ。
礼儀作法については、たどたどしいながらも最低限を身に付ける事が出来て来ている。イルネも手を叩かれる回数が減って来た。
ダンスまでは手が回らない為、ダラス達が話し合った結果、まあいいか!と言う事になった。
サルエルは強固に「良いわけがないでしょ!」と言ったが現実問題、移動中に馬車内でダンスの練習は出来るわけもなく、停車時は格闘訓練がある為ダンスの時間はない。
学院でダンスの先生を付ける事で話はまとまった。
道中忙しくしながらも楽しく移動していると、多くの畑が見えるようになって来て、その先に王都が見えて来た。
王都は男爵領や子爵領の2倍はありそうなおおきな外壁で囲まれていた。
「おっきい~!! イル姉おっきいよ!!」
「そうだろうそうだろう!」
イルネの手が竹棒でパシンと叩かれる。
「イタッ……そうでしょう? 王都の外壁がこの国で一番高いんですよ」
城門に近づくと貴族の列、農作業をする人の列、商人の列、冒険者やその他の人の列と別れていた。城門を出入りする人数が多く列を分けないと捌けないらしい。
セシル達は貴族用の列に行く。
貴族用の列は基本的に並ぶほどの出入りがあまり無い為、比較的すぐ入る事が出来る。
「セシル様御一行ですね。お待ちしておりました。宿泊先はトラウス辺境伯様の邸宅でよろしいでしょうか?」
門兵が話しかけてくる。セシル達が来る事は先触れを出していた為、スムーズに進む。
どの貴族も王都にそれぞれの別邸を持っている。王都の呼び出しの時などに使うためだ。別邸と言ってもそこでパーティーなども開く必要がある為、それなりの大きさである。
「ああその予定だ」
ダラスが答える。
「王様との謁見の日時はそちらに連絡してもよろしいでしょうか?」
「それでよろしく頼む」
「畏まりました。それとお連れの従魔を王都内を歩く場合には従魔登録が必要になりますので、こちらにお願いします」
外壁沿いに門から少し歩いた所に、柵に囲まれた広めの広場と掘っ立て小屋みたいな建物があった。
従魔用の広場は王都の外に作られているようだ。
「中で手続きをお願いします」
ライムとマーモを連れて中に入ると、土などで汚れた服で髪の毛もボサボサの男が座って書き物をしていた。
「こんにちはー」
セシルが挨拶する。
「あぁ気が付きませんで、すみませんね。ご用件は?」
「この2匹の従魔登録がしたいのですが」
イルネが用件を伝える。
セシルも慣れたもので『従魔じゃない友達だ!』などと一々反抗したりはしない。
「おや? 2匹も従魔にされてる方は初めて見ました。魔力が多いのですね。さらに言うとスライムとマーモットを従魔にする方も珍しい」
「そうなんですか?」
セシルが尋ねる。
「乗り物に利用出来る魔物と契約する方がほとんどですね」
「契約?」
「おや? その2匹と契約してないのですか?」
「してないです」
「では、魔力パスが繋がっているか確認が必要ですね。確認してもよろしいですか? 簡単に済みます」
魔力パスの確認に関してセシルが頷く。
「ああ忘れてました! 2匹の登録に5000ギルを2匹分で1万ギル必要になります」
サルエルが小袋から銀貨を2枚取り出して渡す。
銀貨を受け取ると男がマーモに透明の魔石が付いた特殊な作りをした首輪を掛け、そしてセシルには透明の魔石が埋め込まれた板を渡してきた。
セシルはその魔石に魔力を込めるように言われる。
魔力を込め始めると、セシルが持っていた魔石が黒く濁り始め、マーモに掛けていた首輪の魔石も濁ってくる。
「問題無いですね。では次はスライムです」
新しい魔石と首輪を用意してまた同じことを繰り返す。
「スライムも問題無いですね。いやぁ凄い。契約の手順を踏んで無いのも珍しいですし、2匹同時というのも初めて見ました。非常に興味深いです。魔獣の研究がしたくなったら是非ここにいらしてくださいね。では登録作業をしますので少々お待ちください」
そうして登録証明として、マーモットには首輪を、ライムには頭に乗せるように王冠のような証明具を用意してもらった。魔物の形が様々なので色んな種類に対応出来るように用意があるらしい。
「街中ではこれを付けていないと討伐されても文句が言えないのでご注意してくださいね」
軽く説明があり登録が終わった。
「ではお手数ですが、また門番の所にまた顔を出してください。
そう言われ門に戻ると、いつの間にか門に戻っていた警備員に声を掛ける。
「はい。従魔の証明具を確認致しました。では改めまして、ようこそ王都へ」
城門を通ってトラウス辺境伯の邸宅に向かう。
セシルは馬車の窓から街を眺める。
「わ~凄い! 全部石畳だ!」
全面石畳はまだ王都だけだ。
王都の中は水路が幾重にも通っており、生活排水が流されている。
遠目で見るとかなり綺麗だが、近付くと水は濁って臭い。
それでも他の街ではそこらに汚物が捨てられていたりするので、それに比べるとかなり清潔で前衛的である。
スライムで処理する計画もあったが、従魔の才能を持っている者が少ないうえ、せっかくの従魔の才能を汚物処理用のスライムに使おう。という奇特な人はさらに少ない為頓挫した。
従魔は1人で1匹を従えるのが普通で、2匹も従えている前例はないようだ。
捕まえた魔物にエサを与えたりして心を通わせ、その後正式な手順で魔力を通わせて友達(従魔)となるのが本来のやり方だ。
野生で生きて来た魔物を無理やり捕まえ従魔にしようとしても、無理やり捕まえてきた人間と心を通わせようとする魔物なんて、当然ながらほとんどいない為、捕まえて来た魔物に子供を産ませ、その子供を赤ちゃんから育てて心を通わせるパターンが多い。
さらに、魔力が多くないとパスが通らないので必然的に従魔師は少なくなる。
ちなみにセシルの場合は、本人も気付かぬ内にいつの間にか友達(従魔)になったという特殊な例だ。
馬車は色んなお店がある雑多な道から外れて貴族街に向かっていく。貴族街に入るにはまた検問を通る必要がある。
「はい。証文を確認致しました。お通りください」
貴族街は背の高い建物が減り、その代わり広い敷地の邸宅が並び、どこからでも王城が見えている。
貴族街に入りしばらく走るとトラウス辺境伯家に辿り着いた。
門の前に警備員が2名立っており、ダラスを見ると挨拶をし、1人はすぐ邸宅内に走って行く。
しばらく待機するとバタバタと執事と侍女がやってきた。
「大変お待たせいたしました。お久しぶりですダラス様」
「ああ。お互い歳を取ったな元気にしていたか?」
「はい。お陰様で。こちらの方がセシル様でしょうか?」
「セシル=トルカです。よろしくお願いします」
貴族の礼をする。以前はぎこちなかったセシルの挨拶もだんだんと様になってきている。
「トラウス辺境伯様の別邸の執事長をしているマルトと申します。よろしくお願いいたします」
平民のセシルに対しても貴族に接するように丁寧に礼をする。
マルトは本邸の執事長サルーの弟で50後半の年齢だ。
髪が短く背筋がピンと伸びており年齢を感じさせない若々しさがある。
「長旅でお疲れでしょう。まずは身体でも拭いていただいて、ゆっくりしてくださいませ。夜のお食事にはリビエール様が学院から戻られますので、その時にご挨拶していただければと」
リビエールは今日、1学年目の修了式が行われていた。
新入生の入学式までは春休みとなり、この屋敷で過ごす事になっている。
セシル達はそれぞれ部屋に案内されるが、騎士達は隣に建てられている騎士宿舎に入る。
ここではイルネは騎士ではなく、侍女としてセシルのお世話係をする予定だ。サルエルがいるので必要が無いのだが抜け目がない。
ライムとマーモはいつものように馬小屋に案内されている。
夕食までは久しぶりにゆっくり出来る時間だ。