第9話 再会と再生
成り行きでとんでもねえことを引き受けちまった。まあしょうがねえ。やるだけやるさ。しかし暗黒王ってなんだありゃ?敵なのか味方なのかはっきりしねえ。まあ、面白がってるだけなのかもしれないけど。さあ、目指すは俺の生まれ故郷オーガスタ村だ。孤児院のあのガキども、まだ生きてるかな…。
新しい天と新しい地 最初の天と地は去った。神が人と共に住み、涙をぬぐわれる、死もなく、悲しみもない。そこにはいのちの書に名が書かれている者だけが入ることが出来る
「なんですか、それは?」
パリエスが馬上から俺に振り向いて聞き返してきた。なんか最初会ったときよりあたりが柔らかくなったな、こいつ。はじめは敵意むき出しだったのに…。
「聖書と言ってな、俺が小さかったころ通ってた教会の牧師が語ってやがった『新天新地』という一節さ。黙示録だよ」
「黙示録?」
「ああ、アポカリプスともいうか」
「聖樹アポカリプスですか!」
「なんだ、それ」
「グラン・デュラン中央に生える巨大聖樹です。木の幹は天にまで届き、その根元は一周するのに馬で三日はかかると言われています」
「なんだそのバケモノは」
「神聖な樹です。その葉は金色を帯び、神の祝福の言葉が書かれているとも。千年おきに枯れてはまた再生する偉大な信仰の象徴ともいえます」
「植物がそんな大質量に耐えられるのか?」
もうほんとこの世界やだ。異常すぎる。だがあることにも気がついた。それは俺も知らなかった変化だ。この地表、いや空気中にも地下にも何かの物質が感じられる。目に見えない何か、だ。
「そこにはもう一つ、聖域があります」
「いや、聞きたくない」
「そこは『神の啓示の丘』と呼ばれるところで、そこで神の言葉を聞くことができるそうです。そして選ばれしものがそこに立つとき、世界は祝福に包まれるといわれます」
その祝福っておそらくお前らの滅亡だぞ、という言葉を俺は飲み込んだ。俺がそんなとこ行かなきゃいいだけの話だ。神がどうしたいのかわからないが、当分は俺の好きにさせてくれるようだからな。
俺たちはそろそろグラーノスへ入るようだ。なんか懐かしい景色が見える。とは言っても、つい最近ここから来たんだっけ。もう何年も離れているような感覚だ。いろいろあったからな。
「単に復興と言っても経済を再生するだけじゃダメなんだ。食い物ばかり増やしても無駄ってことだな」
「どういうことです?食べ物が増えて暮らしが楽になれば人々は満足します」
「再生すべきは農地でも市場経済でもない。人の心だ」
「人の心?そんなものが再生?おかしいですよ」
「心ほど傷つきやすいものはねえんだ。また心ほど強いもんもねえ。一度折れた心を繋ぎ、癒し、ふたたび正しく考えられるようにしていく。確かにもう元通りにはならないかもしれねえが、だから再生だ。復活じゃねえ。そうして人間が生きる力を発揮できてこその復興なんだよ」
「つまり人間を復興させる、と」
「そういうことだ」
「手始めに、なにをすればいいんでしょう?」
「希望だ。そいつをみんなで創る。それしかねえよ」
「希望、ですか…」
パリエスは考えているようだった。人々に希望を?いったいそれはどうすれば与えられるのか。やせた土地、不順な気候、荒んだ人心…。そんなところにどうやって?
「パリエスさん」
「パリエス、とお呼びください、男爵」
「ああ、はい。じゃパリエス。人はね、希望は自ら見出すものなんだ。与えられた希望なんか、すぐに使い果たしちまう。使い果たしたらそれこそ虚無さ。自ら希望を見出していく、それこそ自己再生だ。復興とはそのプロセスのことだよ」
「あんた本当に十五歳なんですか?」
「まあね」
希望を見出す、か。でも種は必要だな。その種はある。あの修道院にね。
「ワンワンワン!」
「どうしたの、シュルシュ?」
「何か来るようだ。しかも大勢」
エミリーナが馬車を停めさせた。大勢の敵だった場合、移動しながら戦った方が分がある。あえて停めさせたのは、相手の正体が知りたかったからに違いない。
「ふうん、七、いや八十人はいますね。魔法使いがいたら厄介ですが、まあキリスさんがいるから大丈夫ですね」
「暗黒王インモルト・ゲオ・ゲリス、わかるの?」
「ゲオでいいですよ、あるじ。わたしの魔導波がとらえています。まあ、あそこのエミリーナさまも先刻承知のはずですがね」
「あの人も魔導波ってやつを?」
「魔導師ですから」
「それどうやってやんの?」
「体の、ちょうど首の付け根に当たるところに、魔力を持って生まれたものが感覚器官として備わっている核があります。そこから魔素を撃ちだすのです。魔素はあらゆる物質を突き抜けますが、そのとき反応波が返ってきます。それを核で受けて脳で処理するとイメージとして画像が浮かぶのです」
「ふうん」
レーダーやソナーみたいなもんか。コウモリみたいだな。しかし魔素って初めて聞いたな。どんな物質なんだろう?つらつらと考えていると、そいつらはやってきた。
「へえ、こいつは驚いた。こいつら逃げださずにおとなしく俺たちを待ってたみたいだぜ」
若い男だった。盗賊団のようだ。みな剣を腰につけているが、統一性はなく、農具やこん棒しかもっていないやつもいた。みな木の盾を持っているところから、弓矢の警戒はしているみたいだ。そういやパリエスが石弓をぶら下げていたな。
「何人か、まわりを警戒しろ!囮かも知れん」
そいつも若い男だった。凛とした顔立ちの、少しやせ気味の男だ。見たことがあった。そうだ、あいつは…。
「ヘイツ?ヘイツじゃないのか?」
「な、お、おまえはキリス?キリスなのか!なんでこんなところに…」
「へえ、盗賊団のリーダーやってんのか。すげえな。見なおしたぜ」
「変な褒め方するな!好きでやってるわけじゃない。それよりおまえこそなんだ?貴族みたいな格好して」
「てへっ、これでも男爵さまだぜ」
「おまえが?ばかな!同じ孤児院育ちじゃないか」
「それは努力と我慢の積み重ねで」
「嘘つくな!ありえねえだろ、こんな腐れた世の中で。おおかた貴族と偽って悪さしてんだろ」
「無礼な!わたしはウインデル王国騎士団、騎士パリエス・アーウインである。こちらのキリス男爵の護衛だ。わかったらさっさと道をあけろっ」
かっちょいい。そういうセリフ、俺も言いたい。
「こいつもイカレた偽騎士さまかい?」
「あんたたち死にたいの?」
「おーおー、このお姉ちゃんやる気かよ」
エミリーナがつかつかと進み出てきた。剣は抜いてなく、軍装の首のホックを外しただけだ。
「なんだ、見たことねえ軍装だな。ずいぶん高そうだが、近衛か?」
「魔導師士官を見たことないだと?ずいぶん田舎者だな」
「なんだそれ?そんなもん知らねーよ!」
「ふん、王宮宮廷魔導師エミリーナさまの名前も知らんとは、よっぽど疎外されていたんだな。哀れな」
「きゅ、宮廷魔導師エミリーナだと?ほざけ!なんでそんなやつがこんなとこに?」
「こんなとこにいるんだから仕方がない」
エミリーナは人差し指を突き出し、その先頭の男に向けた。鋭い音がしてその男は馬上から後方に吹っ飛ばされる。
「殺しはしない。まだ、な」
「こいつ!」
「まて!もうよせ。わかった。道をあけるから、そいつをしまってくれ」
「物分かりがいいな、盗賊のくせに」
「好きでなったわけではない。そう言ったはずだ」
「盗人にも三分の理、か。相変わらずだな、ヘイツ」
「まだそう呼んでくれるのか?キリス」
「生涯かわらない友だろ?俺ら」
「ああ、そうだった」
「命拾いしたな、おまえら」
エミリーナが軍装のホックを留めながら呆れたように言った。そばの馬上でゲオが残念そうな顔をしている。殺る気だったんだ。
「どういうなかまなんだ、おまえら」
「まあ話せば長い。それよりどうする?」
「どうとは?」
「ちょっと俺につきあわねえか?」
「逮捕するのか?」
「ちげーよ。話がしたいだけだ。俺たちはあの修道院に行くんだが、ちょっとその前に寄り道するのさ」
「盗賊団を引き連れていくつもりかよ」
「来るの?来ないの?」
「ああ行くよ。もう、好きにしてくれ。まったくもう、言い出したら聞かないんだな。むかしとぜんぜんかわんない」
「お互いさまだ、ヘイツ」
「はははは」
エミリーナはちょっと眩しそうに二人を見ていた。
夕方近くにそこについた。アルンゼン男爵の屋敷だ。かなり大きい屋敷だが、いまはひっそりとしている。みなが馬や馬車から降りると同時に屋敷のドアが開き、なかから喪服姿の少女が出てきた。
「お見受けしますところ、王宮の方々でございますね?わたしはこの屋敷のあるじ、アルンゼン男爵の一人娘でフィファナと申します。あいにく家人はわたし一人で、何のお迎えもできません。まことに大変申し訳ありません」
エミリーナがつかつかと進むと胸に手を当てて礼をした。
「われらは王宮より遣わされたもので、こちらはキリス男爵でございます。このグラーノスの地をそなたのお父上に代わって治めるため来ました。どうぞお構いくださるな」
「父の死の知らせは届きました。しかしどうして?そして遺体は?」
「王宮にい出た化け物と勇敢に戦い、そして果てました。死体は化け物に…」
「そうですか…」
気丈に聞いている。涙をこらえているのがわかる。
「ではここを明け渡さなければならないのですね。使いの者が、そのままいるように、とのことでしたが」
「あなたが出る必要はありませんよ」
「男爵さま、はじめまして。フィファナです。それはどういう意味でしょう?新しい領主に領主の屋敷を明け渡すのは当たり前ではございませんか?」
「俺たちは他に住みますから」
「それでは…」
「あなたはそこで暮らしてていいんですよ」
フィファナは考えている様子だ。きれいな子だ。しかし弱々しくて今にも消えてしまいそうだ。
「先日、ばあやが死にました。病でした。もうここには誰もおりません」
「人を雇えばいいでしょう?」
「悪名高きアルンゼン男爵の使用人になる人などおりませんし、そんなお金もありません」
うわあ、生活困窮してんじゃない?こんな屋敷の維持だって大変だろうに。今後どうやって生きていくんだ?
「まあ、少しくらいの援助ならできます。安心して住んでください」
「それより、あなたたちとご一緒させていただけないでしょうか!」
「はあ?」
「あたし、炊事とか洗濯とか得意なんですよ!みなさんのお世話だったらできると思います」
「仮にも男爵のご令嬢がなんてことをおっしゃるのです!」
エミリーナはそういう作法に厳しそうだな。さすが王宮魔導師。
「いまの時代、男爵の娘がどうとか、言っていられないんです!生きていかなきゃならないんですから」
「いいよべつに、俺は。一緒に行こう」
「キリスさま!」
「エミリーナさん、いいんだ。最初からそのつもりだったから。女の子ひとり、こんなとこに残しては行けないよ。それときみ、生きることは大事だけど、誇りまで失っちゃダメだよ。男爵の娘だってことを忘れず、堂々と生きていかなくちゃ」
「わかりました。ありがとうございます」
「そうと決まればちょっとお屋敷をお借りしていい?みんな泊まるとこなくてさ。あ、俺たちだけじゃなくてあいつら、盗賊団なんだけど、あいつらもついでにいい?」
「盗賊団?ですか。面白い方なのね、キリスさまは」
「いやー、よく言われる」
にやけた俺の尻をマミが強烈な力でつねった。
「痛でぇーっっっ」
みな見なかった振りをして屋敷に入っていった。ヘイツの野郎は下を向いて笑ってやがったが。
屋敷に入るとみな勝手にくつろいだ。盗賊団たちは農民の出かもっと貧しいものの出だろう。みな隅に固まってオドオドしてる。
「おまえら鬱陶しいから食事ができるまでどこかの部屋で休んでろ。いっぱいあるんだから」
「そうはいいますが、何しろこんな立派できれいなお屋敷ははじめてで…。どうか馬屋かなんかで休ませてください」
「キリス、無茶言うな。これでも藁の上が上等だと思ってるやつばかりだ。孤児院のころを忘れたのか?」
「忘れてねえが、今までさんざん搾取されてきて、いまさら遠慮するのもおかしいと思ってね」
「あの、本当にごめんなさい。みなさんが苦しいのは分かってたんです。父にもさんざん言ったんですが、貴族としての体面を保つためには仕方ないのだと…」
フィファナは本当に申し訳ない顔をした。
「フィファナのせいじゃないよ。どこもかしこもおかしいからこうなったんだ。間違いは正さなきゃならない。そのために俺が来たんだ」
「キリス、どういう意味だ?お前がなにをしに来たと?」
「俺はこの地に俺の理想を創る。だれも苦しまない、誰も嫌な思いをしない、豊かで美しい場所を作りに来た」
「そんなもんできるはずない!麦だってろくに育たない、雨も降らなきゃ気候も寒い。おまえだって知ってるだろ?」
「しかし山には植物もたくさん生えてたし獣も多かった」
「山には魔素が溢れているからな。温度は高いし湿気も充分ある。そういうのがありゃ獣も増える」
「やっぱり魔素か」
「知らなかったのか」
「いやさっき知ったばかりだ。俺は漠然とあの修道院の地下の酒蔵所のことを考えていた。あそこで作るワインは熟成がいやに早かったんで、もしやとは思っていた」
「たぶん地下に魔素が溜まっていたんだろう」
「なら道はある。種が芽吹くぞ」
「種?何の種だ」
「希望、だよ」
「はあ?」
料理はフィファナとイスメルダ、エルメルダが作ってくれた。いつのまにか材料が運び込まれていたところを見ると、俺たちの見えないところで何十人もの工作員がすでに動いていると思った。盗賊団は俺がいいというのに二十人が外の警備にあたって、ほかが交代で食事と休憩をとっている。けっこうきちんとした規律を持っているようで、さすがヘイツだと思った。
「なあヘイツ」
「なんだキリス」
「おまえ、俺と働かないか?」
「おまえとか?ああ、いいよ」
「軽いな」
「おまえだからな。俺たちは孤児院のころうまくやっていた。それはおまえがすべてうまくやっていたからだ」
「いや、それは…」
「聞け。俺はおまえがうらやましかった。なんでもできて、頭もよくて、みんなから好かれた。俺の親父は辺境の警備兵だった。国境を越えて来た賊に殺された。母親もそれからすぐに死んだ。俺は五つであの孤児院に入れられた。それからは地獄だった。多少読み書きができたので、少しはましだった。なにしろ修道女の八つ当たりで死ぬことはなかったからな。それでも何度も血反吐をはかされた。そんなときおまえが乳児室からやって来た。ああ、その包帯ちゃん、前は泥女って言ったな、その子も一緒だった。それからは俺の生活はましになった。おまえがいてくれたからだ。俺が十五になった時、あそこから出てすぐに脱走して盗賊に拾われた。荒んだ生活だったが、いつも心の中におまえがいた。だから変な間違いは犯さずに済んだ。そうしていたら、そういう仲間がどんどん増えちまって、いまじゃこのざまだ。だがちっとも恥じることはしてない。まだおまえに礼を言ってないからだ」
フィファナは泣きながら聞いていた。盗賊団もみな泣いている。
「じゃあ礼の代わりに俺の傭兵になってくれよ。そしてこれからやる仕事を手伝ってくれ。傭兵だから給料は払う」
「キリス、それだけはことわる」
「なんでだよ」
「家来ならいい。食わしてくれるだけでいいし、なんでもする。これでも俺、ちょっとは力ついたんだぞ」
「家来って、おまえの方が年上じゃんか」
「そこの騎士のおっさんだって年上だろ?」
「おっさんてなんだ!俺は未だ二十五だ!」
「おっさんじゃないか」
「ひどい!エミリーナさん、なんとか言ってくれ」
「知らないわ、あたしまだ二十四だし」
「大して変わらないぞ!」
「うっさい、はやく飯食って寝ろ!明日は早いのよっ」
結局、ヘイツは俺の家来として一緒に行くことになった。盗賊団も丸抱えだ。こんなにどうしよう。まあ人手はあった方がいいからな。
「まだ寝ないのか?」
俺は窓辺でぽやーっとしているマミに声をかけた。腕に抱かれているシルシュが気持ちよさそうに寝ている。こいつ、あの凶暴なドラゴンなんだよな?大丈夫かな。
「うん。寝付けなくて」
「色々あったもんな、今日は」
「ヘイツはさ、孤児院が地獄だって言ってたけど、あたしはそう思わなかった。つらいこともあったけど、あんたがいたからいつも楽しかった」
「へー、ちっとも知りませんでした」
「あんたはあたしなんか見ずに山ばっか見てた」
「生きるためです」
「フィファナはかわいい子よね」
「お、おう…」
こいつ、ここでそうくるか。
「彼女はあなたばかりを見てる」
「そ、そうか?気のせいなんじゃないのか」
「ならいいけど」
「俺はマミしか見てないからな。ぜったいマミしか見てないからな」
「ほんと?」
「もちろんさ」
「よかった」
「そうか」
「だって、彼女を殺さなくて済んだんだもん…」
ひー、神さまーっ!
「さ、寝ましょう。今夜は手をつないで寝るのよ」
「はい」
俺はとぼとぼと寝室に行った。もちろんベッドは別だ。俺はあいつのために一晩中手を伸ばし続けなければならない。
「ねえ聞いた?エルメルダ」
「聞いたわ、イスメルダ」
「これは面倒ね」
「マミって何者なの?なにあの支配っぷり」
「まあ、とにかくマミがフィファナを排除してくれた。それはいいが…」
「あたしたちがつけ入るスキは」
「ないみたいね」
「じゃあなたキリスさまをあきらめるのね」
「なに言ってるの?あなたこそ」
「まあ、もうちょっと様子見るしかないか」
「ないか」
陰謀は俺の知らないところで繰り広げられていた。
翌朝はよく晴れていた。腕がだるい。みんなが集合したのを見て少し変化があるのに気がついた。盗賊団が三つに分かれている。ヘイツとパリエス、そしてエミリーナにまとまっているのだ。
「なにこれ?」
「おはようございますキリスさま」
「パリエス、どうしたの、みんな」
「兵を三つに分けました。この方が迅速に動けます。敵が来ても防御、攻撃、陽動というふうに役割をこなせば素人の盗賊団あがりだとしても無様ないくさにはなりませんから」
「あっそう」
ずいぶん遅くまで話し合って決めたんだろう。まったくあいつらになんの得があるんだろうな。
「今日はオーガスタ村まで一気に行く。そこに残骸だけどもと聖ガルニエ修道院がある。そこが目的地だ。今後、われらの活動はその修道院跡で行う。到着後は各自分担して住居の確保とまわりの状況を偵察、拠点に対し防御の手段を講じる。おそらくわれらの行動をよく思わない貴族連中もいるだろう。さまざまな妨害工作が起きるかもしれない。だが重要なのは、われわれに協力してくれるであろう住人に危害が及ぶことを絶対避けねばならないということだ。それを肝に銘じて、俺を信じてついてきてくれ」
「おーっ」
マミ、いくさだぞ。俺はマミにそう目配せした。マミは、うん、とうなづいた。これは戦いだ。敵はそこら中、あらゆるものだ。だが負けられないいくさだ。しかしもう俺とマミふたりじゃない。みんながいるんだ。
あいかわらずみすぼらしい村だった。だが懐かしい村だ。ちょっと見なかっただけなのにその思いは強かった。孤児院の俺たちはずいぶん邪魔者だったに違いない。だが俺がワインづくりを教えて、すっかり金持ちになった、と思っていたが違うようだ。ブドウの木もすくすく育っているようで、今年も収穫は望めそうなんだが…。村人の表情は暗かった。
最初に俺を見つけたのは孤児院のたしかリリという女の子だった。俺を見るなり目をむいて飛んでいった。修道院は孤児院の部分だけ何とか修繕してあるみたいだったが、あとは石の壁だけになっている。そこからわらわらと子供たちが出て来た。みな農具を抱えてる。歓迎、というより戦闘態勢のようだ。
「ちょっととまれ。えーと、俺、忘れられたか?」
「あんただれ」
「キリスだよ」
「うそ。キリスはそんなかっこしてない」
「えーと、ほら、これだーれだ?」
子供たちの眼が一瞬丸くなった。
「マミちゃん!」
「みんな元気だった?」
「じゃあこいつは」
「キリスだってば」
「キリスーっ!」
みんなが農具を放り出して飛びついてきた。みんな泣いている。
「元気だったか、おまえら。ちっとも背が伸びてねえな。こら鼻水つけんな。おまえか、こいつって言ったの。おまえシキか?おねしょは治ったか」
「キリス?」
「ああ、ミリンダ。元気、でしたか?」
「うん、大丈夫。あなたのくれたお金で何とか今日までみんな生きてこれた。でももうお金なくなっちゃったんで、どうしようか悩んでたのよ。みんなで畑耕して頑張っては来たけど、ろくに実はならないし、家畜は盗賊にもっていかれちゃったし、あたしもうどうしていいかわからなくなっちゃって」
「いいんだ。もう心配しなくていい。みんな生きていける。俺やヘイツがいる。心配すんな」
「ヘイツも生きているの?盗賊に殺されたって聞いたわ」
「やあミリンダ。ひさしぶり。盗賊?蹴散らしてやったさ」
「ああ、マミ。ほんと、生きてまた会えるなんて神さまのおかげよ」
「まあ、あんまりあてになんねえ神だけどな」
「キリス、なんか立派になって帰って来たけど、またみんなと暮らせるの?」
「ああ、そのつもりだ。みんなにもいろいろ協力してもらうがな」
「やっと肩の荷を下ろすことができるわ。ありがとう」
「こっちこそ、今までこいつらの面倒をよくみてくれた」
「うん。ようやくこれで安心して天国に行ける」
「え、なに言ってんだミリンダ」
「あたし、もうダメなの」
そういやミリンダは真っ青な顔をしてやがる。ろくに食うものも食わないで無理ばっかりしたんだろう。身体もやせ細って、熱までありやがる。
「ミリンダ、病気なの」
「なに?」
「村のお医者がただで見てくれたけど、もう長くないって。ねえキリス、ミリンダ死んじゃうの?」
「な、なんで…こんなことに…どうなってんだ!」
いきなりこれか?俺が希望をみんなと創りに来たっていうのに、いきなりそれを奪うのか?ちきしょう、神の野郎め!
「バカ、慌てるな。見せてみろ」
エミリーナが俺をどかしてミリンダに手を添えた。
「過労と、肺の病だな。結核だ」
「それって死の病じゃねえか!なんだってそんな?ちきしょう、ペニシリンどこ行きゃ売っている!」
「落ち着け。ペニシリンってなんだ?そんなもので治るのか?」
「エミリーナ、ペニシリンっていう抗生物質があればミリンダは助かるんだ。どこか探してくれ!」
「そんなものはない。意味がわからない。こんなのは魔導で治る。肺に憑りついた菌を殺せばいい。あとは栄養のあるものを摂って、壊れた肺の組織を少しづつ治すんだ。いきなりだと負担がかかるからな。こんな小さな体じゃ心臓がもたない」
「あ、ああ、そう。すごいんだね、魔導って」
「いまさら言うな。気持ち悪い」
「はあ」
とりあえず死ななくて済みそうだ。ああ驚いた。それにしても魔法ってすげえな。なんでもありじゃねえか。
「ということでミリンダ。早く元気になれよ」
「キリス…」
「早く寝かしてやれ。あたしが治療する。まあ三日三晩かかるがな。その間、飯、よろしく」
そういってミリンダを抱いたエミリーナは粗末な小屋に入って行った。ちきしょう、俺は仕事だ!もう絶対負けねえ!
こうして俺たちは、この修道院跡から奇跡を起こすことになる。
荒んだ領地を再生するなんて、なん十年もかかる仕事を一気にやらなきゃいけねえ。それにはどんな手も使う。魔法だろうが魔導だろうが魔素だろうが。まあちょっとは明かりが見えている。そいつを最大限に利用させてもらうぜ!
次回、『魔素の使い道』です。