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第7話 クーデター

俺たちは王のところに行かなけりゃならなくなった。まったくめんどくせー。だがこの国の人間が困っているんだ。しょうがねえぜ。王を一発ぶん殴って…。そう簡単に行くわけねえか…。

この世界にも四季があると聞いた。


俺たちの部屋の前にあのメイドの一人がいる。俺たちを監視しているのか、そいつは部屋の前に立っていて、少し興味があって話しかけたときそいつが言っていた。


「今夜は月が冴えきって綺麗だ。割に合わない生き方をしているこの世界の人間には、この美しさが見えているのかな?」

「あなたさまが何をおっしゃっているのかわかりませんが、地面から目を離す余裕のある人間はおりません。ですが、池に映った月、水桶に映った月、みなそれぞれの月を見ております」

「現実に仰ぎ見る勇気は皆にはないの?」

「誰しもすぐ後ろに迫る死に、振り返るものなどおりません。いまはそういうときでございます」

「じゃあ、この世界に四季はあるのか?」

「春夏秋冬、それぞれ美しい季節です。ですがみな生活に追われて、感じる心の余裕を持っておりません」

「きみ、名前は?」

「名などないただのメイドです」

「もしかりに俺に名を呼ばれたいならなんと?」

「イスメルダ。野に落ちる星、という意味です」


それきり彼女は何も言わなくなった。


マミは相変わらず楽しそうだ。窓辺に腰かけて夜空を見ている。俺といる時が、楽しいと言っていた。それは何も変わっていない。泥女と呼ばれていたあの頃から、あいつは俺しか見ていなかった。あいつは俺のすべてが見えていたんだと思う。恐怖も、安楽も、焦燥も、落胆も、希望も。いまもあいつは窓辺に座って、冷たい現実を、その小さな肺一杯に吸い込んでいるんだ。


「キリス、星が墜ちた。また人が死んだよ」

「そりゃご愁傷だな。ちなみにそいつは俺の味方?それとも敵?」

「この世にあんたの味方はいない」

「じゃあお前も?」

「あたしはあんたの一部。敵も味方もない。あんたが自分をどうしたいかよ」

「そういうのを平然と言えるのはパラノイアといって医者に行かなきゃいけねえレベルだぜ」

「病理的不都合を言うならもう手遅れね。あたしはもう充分幸せだから」


それは常軌的心因作用を逸脱してもなお心情は一定の現象世界に依存しているということだ。俺にすべて身も心も寄せている?彼女は、一体あの泥女と呼ばれた、いまは包帯だらけの、か弱く見えるその美しい髪の少女は、なんなのだろう。


「なあ、魔法とかいうのを吸い取ったのっておまえか?なんでそんな力がある?」

「なにを言っている。力はキリスの力。あたしはまだ芽吹いていない。あたしの力はあなたの前に身を投げ出すことしかできない微々たる力。永遠をなげうって得られる永遠の幸せ」

「俺のもといた世界に心療内科という医療区分があってな…」

「もといた世界という現実じゃないことを言うあんたの方が、ここじゃ病んでるってことになるけど?」

「いや、どこの世界でもそうです」


現実に魔法というものが肯定されている世界で、その力の根源を探ることは有益であるかもしれないが、実際そういう現象をまだ見てはいない段階で、説話的なものでしかない存在を確かめるにはまだ経験が俺には不足している。


「あした、王さまに会ってどうするの?」

「さあな。まあ一発ぶん殴る、だけで済みゃあいいんだけどな」

「そういうわけにはいかないわね、きっと」


窓からははあいかわらずきれいな月が見えている。俺のいた世界とあの月は、同じなのだろうか…。



早朝、王宮に向かう。オールストン侯爵と一緒の馬車だ。つき従う二十人の兵に、先導するのはクランベルトとパリエスだった。これだけでも俺たちへの破格の待遇だってことことで、裏返せば、王への叛意の何ものでもない。国王の名はアダマシス・クライン・コーエンと言って圧政を何年もの間続けているらしい。弟のライゼンハルスというやつが諫めようとして逆鱗に触れウインデルの外れの幽谷の森ってとこに幽閉されているという。


「もうこの国に秩序はない。正しきことを進言する弟ぎみまで退けられた。もう王の思うがままだ。そして王はあくまできみを殺す気だ。それはすんなりと殺すか、苦しみを与え続けその果てに殺すか、の方法論であってそれ以外選択はない。つまり、死から逃れられないということになる。そういう状況にあるきみのプランをわたしは聞いておきたいね」


オールストン侯爵は馬車の狭い空間で腕組みしながら俺にそう聞いた。まったくこの馬車という乗り物の乗り心地ときたらまったくひどいもので、おしゃべりなんかしたら何度も舌を噛むことになる。そういうなかで侯爵が聞いてきたってことは、それなりの焦燥感が彼にあるということだ。


「生きて戻れたら、お礼にこの馬車へショックアブソーバーをつけてやりますよ」

「ショックアブ?よくわからんが、それは孤児院での習慣かね?」

「侯爵のベッドのように、ですよ」


不思議そうな顔をしている侯爵の、その馬車の側窓へ身を寄せるように騎乗のクランベルトが近づいてきた。


「もうじき広場です」


それはオールストン卿の息子、シュレダーの死体が吊るされている、そうクランベルトは伝えたいらしい。それは騎士としての行動というより、父親としての行動のように思われた。


「ありがとう、クランベルト。もう行ってよい」


車窓をふさぐ位置に馬を歩かせていたクランベルトを侯爵は先頭に行かせた。しっかりと自分の目で見るつもりなのだ。それは父親というより、責任ある貴族としてのありようだ。息子の犯した罪をしっかりと見て、その責任を果たそうとする侯爵に、俺は好意を抱いた。


閑散とした広場の中央に死体が吊り下げられていた。何か物のようだ。もはや人間だったとはいいがたく、それはさらされていた。


「片腕がねえな」


俺はマミを見たが、知らない、という仕草をした。


「腕はラインハルト男爵が切り取って持って行かれた。シュレダーの婚約者だったミリスという娘の父親だ。母子の墓前に供えるのだ」

「ああそう」


馬車の振動か、話のネタのせいか俺は気分が悪くなった。『死人はなにも感じない。ただ生者のみがそれを憂う』、そういう誰かの言葉を思い出した。


「もうじき着く。くれぐれも慎重に」

「わかってます」


だが約束はできねえ。こういう状況じゃ、俺は無茶しかできねえんだぜ、生まれつきな。そう心で思っていたら、マミがクスッと笑った。


「犬もいいんですか?」

「かまわんさ。それもきみの飼い犬なんだろう?」

「友だちですよ」

「ほほう。興味深いな。じっくりそういう考え方を聞きたがったが、もう無理なようだな」

「帰ったらいくらでもお話ししますよ」

「楽しみにしているよ」


侯爵は俺の肩に手をおいてそう言った。さあ、戦争だ。武器は俺の言葉だけ。味方は、いない。だが俺は誇り高いレンジャーだ。どんな死地からでも生還する。それは国民を守るため。いまはこの包帯だらけの女、マミを守るためだ。


「包帯ちゃん、行こうぜ」

「うん」


マミは俺の手を握りしめ、うなずいた。ずっと戦ってきた俺たちの、最初の大きな戦いだ。絶対負けられない。シルシュが俺たちを先導するようにふたりの前を歩いた。尾っぽを振っている。


王宮の一階は広間になっていて、そこに三百人くらいの鎧を着た兵士が左右にわかれ、その最奥に王座があった。王座のまわりには騎士や貴族がいて、オールストンやクランベルトがいる。パリエスも後方にいて俺たちを睨んでいた。


「被告人、キリス。そしてその付随する者たちよ、王の御前に」


騎士の一人がそう言って俺たちを王座の前に行けと促した。被告人か…。いきなりそうきたか。まあそんなのは予想済みだけどな。


王がのそのそと現れると、みな騎士や貴族は膝まづいた。おまえもやれ、とクランベルトが目で合図をしてきた。はいはい、わかってるよ。俺は膝まづいた。そして俺は俺のまねをしてきちんと膝まづき、頭を下げたマミを見てなぜか胸にジンと来てしまった。こいつは王に敬意を払っているんじゃなく、俺と同じ場所にいさせてくれたことに純粋に感謝しているだけなのだ。その生と死のはざまという場所に。


「キリスというのはお前か?」


王は勿体ぶってそう聞いてきた。俺は傍の騎士に向かい言った。


「王に直答してよろしきや?」

「王はそなたの言をお聞きになる。かまわん、お答えしろ」


俺は王に向かって顔を上げ、こたえた。


「俺がキリスだ。孤児院を出たばかりの取るに足らない人間だ。そんな俺に、何か用か?」


場が険悪な雰囲気になった。


「口の利き方に気をつけろ!」


騎士が怒鳴った。最悪だ、という顔をオールストン卿がしている。


「俺がなぜここにいるか俺自身わからないのだが、さっき俺を被告人と言った。ということはれっきとした告訴理由があるってことだ。訴えた者と理由を知りたい。これは被告たる俺の当然の権利だ」

「被告人風情が権利などと」


騎士は重ねて威圧的にそう言った。


「被告人は犯罪者ではまだない。被疑者であって、犯罪者と判断されるまでまだ一般の権利を有する」

「ガキのくせに生意気だ」

「ガキの口ごたえが生意気と言われるなら、さぞかしここは優等生ばかりがいらっしゃるのだろう。だが、こちとらあいにく孤児院出だ。あんたら大人の常識は持っちゃいねえんだよ」

「きさま王の御前で!」

「諫めよ、レンブルトン」


名指しされた騎士はおっかない顔をして俺を睨んだ。俺のせいじゃないだろうに。


「ここは王の前である。礼節を守り話してくれないか、キリスどの」


静かにその男は言った。どうやら貴族のようだ。


「わかりました。態度を改めます。ごめんなさい」

「殊勝である。さて、わたしは王政の司法を預かるラインハルトというものだ。おまえの権利については、租税を払うものの権利は存在しないうえに、すでに放浪罪という罪が確定するところから、権利自体存在しない。しかしこれもオールストン侯爵からの申し出で、おまえが侯爵の奴隷使用人として孤児院より召し出されたというならば、この限りではなくなるが」


どうなんだ、という目をラインハルトという男はした。この男は名前から、シュレダーに殺された娘の父親であることがわかる。そして、俺の命をちょっとだけでも救おうとする意図が見えている。


「ラインハルト。僭越である。余はそれを許してはおらぬ」

「しかし王よ、それはオールストン卿の申し出であって…」

「おまえとオールストンは仲が悪いはずではなかったか?それなのに、なぜオールストンのかたを持つ」

「それは…」


娘の仇の親だったやつが、その仇を殺したやつを屋敷に招いて歓待し、そして擁護しようとしている。何もかも信じられなくなったラインハルトは目を覚まさざるを得なかった。このキリスという少年の目を見ているうちに、妻と娘の墓前に、その冷たい土の中に追いやったケダモノの醜い腕を供えて、どれだけ妻子たちが喜ぶか?清い死者にそれは酷だということを考えもしなかった。まして、自分が宮廷での出世につながるため娘を素行の評判の悪い男に嫁がせようとした、自分のあからさまな野望に父親として何ら恥じるところはなかったのか、自問せざるを得なかった。ラインハルトは自分と王に対して恥じる心を持った。


「正義、でございます。法の正義は、法の中で順守されるべきと考えます」

「この浮浪の少年たちに正義があると?」

「正義は常に法にあります。その法に合致すると、申し上げております」

「余の行いに正義がある。法ではない。それに照らすなら、そのものは罪を犯しており、それは極刑をもって然るべきだ」


話しあう余地さえない。王という特権を持ちだされたら。どんなへ理屈も通っちまうのが王政のいいところだ。バカで強欲な悪人がなったら最悪なポジションだ。なら俺は言いたいことを言うべきだ。


「で、あるなら俺ゃあ有罪ってわけだろ?もういいよ。そっちの言い分はわかった。じゃあ今度はこっちの言い分を聞いてくれよ」

「黙れ。罪人の言葉など誰がいまさら聞くか」

「王よ。その罪人の言葉を、みな聞きたいと思っております。最後の断末魔たるその小汚い少年の最後の言葉を」


オールストンが言った。みなに聞こえる、透き通った低い声で。王はいやらしい笑いを浮かべながらオールストン卿を指さし、首をかしげながらそれに応える。


「卿よ、そなたの息子を殺したこのガキをどうしたいかは余は痛いほどわかる。あえてその声を聞きたいというのか?」

「仰せの通りで」

「よかろう。さあ、大罪人よ、さえずるがよかろう。汝の声をもって今生の最後の言葉とせよ」


言いたいことを言ってもいいと許可が出た。まあ、許可がなくたって言うつもりだけどな。


「えーと、まず、あんたは死ね。それがふさわしいと判断した。俺は人を殺すのに抵抗がある。それはまともな人間だからだ。それをもってしてもあんたの行いはひどすぎるので、俺はここに、お前の死刑を宣告する。猶予はない。悔い改めるのに、時間は充分あったはずだ」

「なにを言うかと思えば…」


王は呆れた顔をした。


「王よ」

「なんだ、オールストン卿?」

「われらも同じ考えでございます」

「はあ?」


険悪な雰囲気が広間に漂った。貴族や騎士が互いに顔を見合わせ、やがて二つに分かれた。


「そうかそうか、かねてより余に不満を持つ輩と企んでおったのか?なるほどなるほど。それならば好都合。ここでそのガキともども葬り去ってくれよう」

「王の想いのままにはなりませんぞ」

「たわけが。近衛がおるなかでよくそんな」

「どうですかな」


近衛と呼ばれる兵たちはオールストンの側へ動いた。王のまわりの騎士や貴族も、大半がオールストンの方についたようだ。ああ、こいつは最初から仕組まれていたんだと、やっと気がついた。最後まで腹を読ませない狡猾さは、さすが大人だと思った。


「それで余に勝てると思ったか?たしかに国のほとんどの貴族がそちらについた。だがな、ここは余の国だ。余は何でも想いのままだ」


そうでしょうね。じゃなきゃ王なんて仕事、ばからしくてやってられませんよね。


「いでよ、サーキュラー。ガイアの禁獣よ」


王がそう言い放つと、ここにいる人間すべてが恐れおののき、震え上がった。


「きさまらの最後は、この悪魔の化身たるサーキュラーに委ねる。その吐く毒と炎でのたうち回るがいい」

「王よ!なぜそのようなものを」

「余はな、ゲリスと契約を結んでおるのだ」

「ゲリス?悪魔王インモルト・ゲオ・ゲリスとか?」

「そうよ。神代から生き残る最強の暗黒王、ゲオ・ゲリスだ」

「バカか、あんたは!そんなことをしたらこの国中の人間の魂の供出を…」

「知るか」

「きさまという男は」

「やかましいオールストン!きさまは最初に殺してやる。さあ、やれ、サーキュラー!」


全身緑色の大きなバケモノが入ってきた。これは恐怖というより増悪の塊だ。大きな六本の腕だけじゃなく、全身に気味の悪い触手のようなものが生えてウヨウヨとさせている。顔は扁平で大きな口に不ぞろいの大きなとがった牙が見える。二股にわかれた舌を蛇のようにチョロチョロと出しているのは、おそらく感覚器官なのだと思った。


「魔導兵をっ!」


オールストンが叫んだ。魔導兵って言ってる。魔法を使う兵士なのか?


「侯爵どの、お下がりを!」

「エミリーナ、やれるか?」

「わかりません。しかしできるだけ。みなさまは速やかに退避を」


綺麗な女の兵士だった。紺色の生地に金の縁取りのある軍装は、いままで見たことがなかった。


「ほら、あんたたちも逃げな。ガキはお家でおねんねの時間よ」


いきなりそのきれいなおねえさんに言われた。口調は乱暴だが、なぜか暖かく感じられた。


「ガキはあってるけどお家もないしおねんねの時間でもねえよ」

「うっさい!早く逃げろっつってんの」

「切れやすいおねえさんだ。婚期逃すぞ」

「ほっとけっ!ほら来るっ」

「いや、どこへ逃げろと?そこら中にわいてくるんだけど」

「マジ?」


それこそうようよとその緑色の化け物は這い出てきた。もう数十人が食われているようだ。エミリーナという魔導兵は手をかざしてその緑色の化け物に立ち向かっていった。


「クラウ・ソラスを放つ。備えよ!」

「備えるって言ったってどんな威力かわかんねえよ」

「うっさいっ!とにかくしゃがんどけ!」


言い終わらないうちに手からとんでもない強い光が筋になって緑色の化け物に向かって行った。光は強烈な振動をともない、緑色の化け物の身体を切り裂いた。


「ちっ、グニャグニャしやがって」


どうやら仕損じたらしい。切り裂かれた断面はすぐにふさがってしまった。わあ、ばけものじゃないですか、あれ。


「なに感心してるんだ!逃げろ」

「退治できないんですか?」

「努力はしているが、あいつは簡単に倒せるしろもんじゃない。悪魔と同等な力だからな」

「悪魔って本当にいるんですね?」

「ああ見たことはないがな。見たらそれでおしまいなのだ」

「ふーん」

「いやに冷静だな。あきらめたか?」

「往生際は悪い方です」

「なら早くその女を連れて逃げろ。今ならほかのやつが食われているすきに逃げられる」

「なんで俺を」

「うーん、そうだな…まあ、気に入ったというか」

「おねえさん、来ますよ?」


いきなり緑色の触手が伸びてきて魔導兵の軍服を切り裂いた。白い下着が見えた。


「かわいげのない子だ」

「なあ、ほかに魔法はねえのか?」

「あるが、いまのが最大の奥義だ」

「さっき魔法を放ったとき強い振動があったが」

「あれはあの魔法に特有の現象だ。光とともに物質が振動する」

「じゃあその振動だけ出せませんか?」

「こんなドタバタで無茶言うな」

「できるの?できないの?」

「まあできないことはない。光の力を指向性の念波に置き換えるだけだからな」

「じゃあはやく」

「振動させるだけで何の意味がある?」

「いいから」

「ちっ」


いやな顔をしながらもエミリーナという兵士は光の魔法を思念波に転換して放った。


「なにもおきん!振動しているだけだ」

「それでいい。もっと震わせてやれ」

「意味が分からん」


そう言いつつもエミリーナは力を込めた。やがて振動は他の緑色の化け物にも伝わっていった。次第に化け物の身体が細かく震えだし、やがて動きを止めていった。


「なんだ?どうした」


エミリーナが驚いている。


「共振さ。同じ物質からできているあいつらが固有振動をも共有しているからな。じき、内部から崩壊する」


俺の言っている傍から緑の化け物は内部で破裂を起こして崩れていく。


「ほらな」

「おまえは、いったい…」


何なのだ、という顔をエミリーナはしていた。物理、と言ってもわかんねえだろうな。


「なんだと?サーキュラーが?」


王は驚いたようだ。後ろ盾を失ったからなおさらだろう。


「ゴーレムっ!ここにきてこいつらを皆殺しにしろ!」


それはもう人間として終っている。魔法ではないのだ。ゴーレムを動かすのは悪魔の使う呪術なのだ。それはあとからエミリーナから聞いた。


「もう終わりだわ!そんなものまでこの国に…」

「それって強いのか?」

「あんたねえ、さっきの緑のの何万倍も強い、それこそ比べるものなんてないほどの…」


すっかり戦意をエミリーナは喪失していた。巨大な石の人形が迫ってきていた。こいつは今度こそおしまいだ。ゴーレムがそばまでやってきた。俺はマミの肩を抱いてかばった。踏みつぶされても、まず俺が最初だ。


「なに、あれ?」


エミリーナの声が聞こえた。まばゆい光が広間を満たすのが見えた。そこには一匹のドラゴンがいた。ドラゴンはゴーレムを咥えると振り回し始めた。


「シルシュ」


マミはそう言って、ほほ笑んだ。いやおかしいでしょ。なんでシルシュがあんな怪物に?あれ?


「まだわかんないの?」


いきなり女の子の声がした。振り向くと、荘厳な衣をまとったあいつがいた。


「久しぶりね良樹。元気そうね」

「お、おまえはイシュタル!なんでここに。いままで何してやがったんだ、クソ女神」

「まー、ごあいさつね。あんたの命の危機だからわざわざやってきてやったんじゃないの。それにしてもチンケなものに絡まれてんじゃない?笑えるわー」

「笑うな!どういうことか説明しろ。なんだ、あのバケモンは」

「バケモンて、失礼ね。シルシュは立派なドラゴンよ。あんたの命を守るためパパが遣わしたのよ」

「だってムシュフシュっていうやつが…あっ?」

「いまごろ気づいたの?そうよ、あの子はムシュフシュの妹、シルシュよ」


当のドラゴンはゴーレムをくわえて振り回している。じゃれているようだが限度がある。みるみるゴーレムがバラバラになっている。


「おい、もうやめさせろ」

「あら、ずいぶん優しいのね」

「ちげーよ。あの石人形の破片がそこらじゅうぶん撒かれてまわりの人間が怪我する」

「そういう意味なんだけどな」


そう言いつつ女神は手をあげてシルシュをなだめた。


「いい子ね。言いつけを守って良樹を助けてくれて」

「ワン」


返事は犬のままだった。


「あの、キリスさん、ご説明していただけないですか?」


オールストン侯爵がおそるおそる俺に聞いてきた。マミは笑って小さく元に戻ったシルシュを抱きしめていた。国王アダマシス・クライン・コーエンは広間の隅でぶるぶると震えている。








突如現れたドラゴンと女神イシュタル。救われたがなんか納得できねえ!などと思っていると、さらに難題が待ち構えていた。政変にはほかの国からの侵略がつきもの。ああ、まったくどいつもこいつも!


次回、『暗黒の王』です。

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