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第6話 王都ウインデル

そこは巨大な城塞都市だった。俺らはそこに連行された。だがそこには思いもかけないことが…。

早朝、俺たちはウインデルに向けて出発した。


夕べ襲ってきて罠にかかっている盗賊はそのままにした。かからなかった罠だけを始末して、野営場所をあとにする。盗賊は全部で二十五人いやがった。みんなまだ昏倒してて、このままだと死ぬかもしれないが放っておいた。生きててもろくなことをしないだろうし、どうせこの世界を滅ぼすんだから別に構わないだろう。


街が見えてきたところで一休みした。街、というより巨大な要塞のようだった。俺のいた世界にあったヨーロッパの城塞都市のようだと思った。まあ、実際行ったことはなくネットで見たことしかなかったけど。


「十万人は住んでそうな大きな都市のようだな」


城塞都市を囲む田園の広さで俺はそう判断した。広さはあったが無秩序な土地利用をしていると思った。農政さえきちんとすれば、百万ぐらいじゅうぶんに養えるだろうに。


「ワン」

「キリス、誰か来る。大勢よ」

「ああ、鎧の音が混じってる。兵士だな」


しばらくすると休んでいる俺たちの後ろから騎馬に乗った兵隊たちがやってきた。鎧を着た騎士がふたり。あとは軽鎧の兵士のようだ。


「とまれ」


先頭の中年の騎士がそう言った。どうやらこいつが隊長のようだ。俺たちをジロジロと見ながら、傍らの若い騎士になにやら小声で話してる。


「おまえたちはどこから来た?どこへ行く?」


何者だ、と聞かないところをみると、おおかた俺たちのことは何か知っているということだ。兵士の数は三十人くらいか。ちょっと厄介だ。ライフルでもありゃあ楽勝なんだが、いま手持ちの武器はフラッシュバンと破片型グレネードそれぞれ二個ずつとナイフだけだ。相手の武器を奪って戦っても、こっちにはマミがいて守りながらじゃちょっとキツイ。


「オーガスタ村からウインデルに行く」

「こいつ口の利き方を知らないらしい」


いきなりそばの兵士が言った。こっちがガキだと侮っている様子がありありとわかる。


「失礼。だが俺は孤児院育ちで、ろくに教育も受けていないから仕方ないだろ」

「孤児院育ちがここで何をしている?孤児院育ちなら奴隷か兵士だろう?生意気に馬など連れて旅なんかできないはずだ」

「クランベルト隊長、この馬、カルネ村はずれのモーガンの農場の馬です」

「なぜこの馬を?説明してくれるかな?」


クランベルトという名なのか、この隊長は。まあ、ごまかしてもめんどくさいし、本当のことを話すしかない。


「俺とこの娘はオーガスタ村にある聖ガルニエ修道院の孤児院にいた。この前盗賊が襲ってきて、しかも仲間割れまで起こして生き残ったのは俺たちを含めわずかだった。俺とこいつは逃げ出したんだが、どういうわけか盗賊のなかまだった男がついてきた。名前はたしかシュレダーと言った」


その名を出すと兵士たちは一斉にざわついた。隊長は片手をあげそれを制した。


「静まれ!小僧、続けろ」

「そいつは最初俺たちと逃げたと思った。しかしカルネ村っていうところまで来たら豹変した。俺たちを縛り上げ、農場を襲いだした。二つ目の農場から馬を盗んできたそいつは血まみれになってて興奮してた。こいつの縄をほどくと犯そうと襲いかかったんだ」


隊長はじめ兵士たちはすごく嫌な顔をした。


「俺はその隙に隠し持っていたナイフで縛られていたロープを斬り、シュレダーというやつをめった刺しにしたんだ」

「ふうん、騎士相手に怪我もなしによく殺せたな」


俺は騎士とは言ってないし、殺したとも言ってない。こいつらはおそらくシュレダーの死体を見つけているんだと思った。そしてシュレダーがどんなやつか知っている。


「後ろを向いていたからな。頭の付け根を刺したら動かなくなった」

「そこは延髄と言うんだ。偶然にしろ命拾いしたな」

「俺は恐かったからわからん。あとはめちゃくちゃに刺して、最後に胸を突いたらナイフが取れなくなった」


兵士が隊長に耳打ちした。おおかた死体の状況と違いないことを言っているのだろう。まあシュレダーを殺したのはマミだが、いまここでそいつは関係ない。


「おまえの話のつじつまはあっているようだが、それだけじゃないだろ?お前ら、ここに来るまで何をした?」

「ああ、盗賊がいちいち襲ってきたんで退治してきた」

「おまえらがか?まさか」

「疑うなら別にいいです。どうでもいいことだからね」

「盗賊を百人近く退治しておきながらどうでもいいことか。ずいぶん変わっているな」

「孤児院育ちですから」

「孤児院は関係ないだろ。とにかく裏付けがない。このままウインデルまでしょっ引く。そこで裁判にかける」

「お断りしても強引にお持ち帰りになるんでしょうね」

「そういうことだが、もしお前が本当に百人もの盗賊を倒し、しかも全員殺さなかった力量を鑑みると、いまここで手荒なことをしたらわれわれの被害も相当だと思われる。だから頭を下げ、頼むのはどうかな」


隊長は馬からおりて頭を下げた。まわりの兵はまたざわついた。


「わかった。一緒に行く。どうせ行くつもりだったんだし、また盗賊に襲われるよりましだからね」

「こいつ、生意気だ」


若い騎士がそう言って怒ったようだが、隊長に制され不貞腐れた表情になった。


「では馬を牽いてこい」

「いや、勝手についてくるからいい」

「そうか。面白いな」

「この国の動物は変になつっこいようだからね」


そんなことはない、と隊長は変な顔をした。俺たちが歩き出すと隊長は困ったように言ってきた。


「馬に乗れ。歩かれたんじゃ着くころには朝になってしまうだろう。いいな」

「わかったが、走って逃げるかも知んねえぜ?」

「おまえがそんなことをするなんて思えない。計算高そうだからな、お前は」

「買いかぶりっす」

「ほざけ」


なんかいい対応だな。まんざら着いてすぐには殺そうとはしないだろう。問題は王だ。こいつらは王の追手なのだろう。王に引き出された時点で死刑かな。死刑はいやだな。どうやって逃げようか。


「逃げようと考えているだろうが、無駄なことだ。絶対に逃げられんよ」

「世の中に絶対ってのはないんですよ」

「ほう?まさかおまえも魔法が使えるのか?たしかにシュレダーや百人もの盗賊を倒したんだ。魔法が使えてもおかしくはない。シュレダーも厄介な魔法が使えて苦労させられた」

「魔法?そんなものは使えませんよ」

「まあいい。じきわかる。魔法を使うものはあの門に無反応で入れない。結界が張ってあるのだ。何らかの魔法を使えるなら警報が鳴り、兵が飛び出してくる。もちろん魔導兵だ」


魔導兵?初めて聞く言葉だ。まあ、魔法に特化した兵士だということはなんとなくわかる。ああ、ここは本当に異世界なんだなあ。俺は妙に感心してしまった。


門は大きく、何人もの兵士が守っている。トンネルのようなものをくぐると、中間に光る石が並べられていた。これが結界のもとだろう。俺らが近づくと兵士が整列した。この隊長はきっと位の高いものなのだろう。


「おかえりなさい、クランベルト様」

「ああ。客を連れてきた。夜分すまないな」

「どうぞお通りください。しかし魔法の反応があればそうはいきませんが」

「ああ、わかっている」


隊長は横目で俺たちを睨んだ。馬と一緒に俺たちが通ろうとすると、急にその光る石は光るのをやめた。


「あ?結界が!」

「どうした!」

「結界が消えました!」

「なんだと!どういうことだ!魔法攻撃か?」

「いえ、なにか、吸い取られたような…」

「結界魔法が吸い取られたと?」

「さあ、なにがなんだかわかりません」

「クランベルト隊長っ!説明してもらえますか」

「さあ、故障じゃないのか。古いものだし」

「うーん…」


隊長は横目で俺を見てニヤニヤと笑った。いや、俺関係ねーし。


「まあ、魔法使いはいないようだ。通らしてもらうぞ」

「いやしかし…」

「規則は守っている」

「はあ、どうぞ…」

「ちゃんと直しておけよ」

「は!」


なぜかクランベルト隊長は胸を張りなおしていた。なんかうれしそうだった。


城塞の街の南側に王宮があるようで、そこに続く道は広く、広場のようなところが見えた。俺たちはある程度進むと急に道をかえた。大きな屋敷がいくつも並んでいるようなところで、金持ちか貴族が住むような場所じゃないかと思った。その一番奥の、一番大きな屋敷に俺たちは連れていかれた。


「馬はあずかろう。ちゃんと手入れをして餌をやっておく。心配しなくていい」


隊長が自らそう言ってくれた。他のやつらはてきぱきと下馬し、帰着の仕事をこなしている。


「今夜はもう遅い。兵に部屋に案内させよう。食事の準備もあるんでそこで食べろ。あー、犬はどうする?預かるか?」

「いや、一緒に」

「そうか。まあ楽にしてくれ」

「はあ…」


てっきり牢屋とかにぶち込まれるのを予想していたから、ちょっと戸惑ってしまった。若い兵士が建物の中に案内してくれた。相当部屋数があるようで、うかうかしたら迷子になりそうだ。


「こちらでお休みください。それと、鍵はかけませんが、あまり出歩かないでください。執事たちや女中たちはあなたたちの顔を知りませんから、驚いてしまいます」

「わかりました。ありがとう」

「食事はあとで届けます。食べ終わったらワゴンごと廊下に出しておいてください」

「はーい」


兵士が案内してくれたのは立派な客室で、孤児院出の俺たちには分不相応に思われた。広いそこは付属の部屋がいくつもあり、大きなベッドが二つ並んでいる広い寝室があった。


「キリス、これなあに?」


マミが別の部屋を覗いていた。部屋の中央にバスタブがあり、湯が張られている。


「風呂だな。へえ、まるで貴族だな」

「風呂ってなあに?」

「えーと、この中に入って体を洗ったり温まったりするんだ」

「行水じゃないのね」


孤児院じゃ風呂なんてないからな。せいぜい行水や沐浴だ。湯なんて沸かさないから冬でも水で体を洗ったり拭いたりする。


「入りたい」


そう言ってマミは服を脱ぎだした。


「まてまてまて!ちょっと待て!今脱ぐな。俺が出てってからにしろ」

「え?一緒に入らないの?」

「いやそういうのは何というかホレ」

「子供の頃は一緒に行水したじゃない」

「五歳児とは違うから。もう俺らけっこういい体してるから」

「まあ、狭いわね、これじゃ」


いや、狭いとかじゃなくてな、倫理観とかそういったものがあってだな。


「とにかく髪まで洗ってな。あ、そうだ、こいつをつかえ」


俺は荷物から小さい塊を出した。


「なにこれ?」

「石鹸だ」

「石鹸?」

「これで体をこすって汚れを取る。泡が出るからよく流せよ」

「いい匂いがする」

「ハーブ入りだ。ちょっとした高級品と変わりない」

「ふーん」


まあこの世界じゃ石鹸なんてねえけどな。これは俺が作った。貝殻の砕いたものを焼いたものと、塩っ気のある土で育った草を燃やし、その灰を混ぜると水酸化ナトリウムができる。いわゆる苛性ソーダだ。それを植物からとれた油に混ぜて固めたものが石鹸だ。四週間ぐらいかかるし、苛性ソーダも少量しか作れないから貴重なのだ。


「着替えを用意してくれているみたいだな。これを着ろとよ」


小奇麗な女物の服と男物の服があった。服だけはあまりいいものが手に入らなかったからちょっとうれしい。マミが入浴しているあいだ、俺は部屋の中を観察していた。調度類は中世程度のデザインと造りで、みな手作りのようだ。いたるところに肖像画がかかっている。どうやらここに住んでいる貴族のもののようだ。いったいどんな奴が住んでいるのだろう?聞いておけばよかった。


「キリスー、出たよー」


マミが布一枚をまとって出て来た。


「バカ、そんな恰好で出てくんな!」

「だってキリスしかいないじゃない」

「まあそうだからっていっても…」


絶句した。すんげえかわいい。濡れた髪が超絶色っぽかったんで、俺は危うく悶死するところだった。


「いいから髪乾かせ!」


俺は乾いた布を何枚も使って、マミの長い金色の髪を拭いた。汚れが落ちて、すごい綺麗な髪だと気がついた。しかも透明なほど白い肌なのだ。俺は急にビビってしまった。


「どうしたの?真っ赤になってる。熱があるのかな?」


俺の額を手で触って来る。布一枚向こうにマミの身体があるかと思ったらまた血が頭に上っていく。クラクラする俺を救ってくれたのはドアの向こうからかけられた声だった。


「お食事をお持ちしました」


恐る恐る開けると、美しいメイド姿の二人の女と食事を乗せた大きなワゴンがあった。


「テーブルに準備しますので、少しお待ちください」

「あ、じゃあ俺、風呂に入って来る」

「お背中流しましょう」


メイドがそう言った。意味がわからない。だがうれしい。


「キリスの背中はあたしがこする。ほっといて」

「はあ」


ええ?何で断っちゃうの?とマミを見たら、ものすごい怖い目で睨まれた。もうすでに包帯を巻いているので余計恐い。それでもなかなか上等な服のようで、美しい姿のマミにぴったりだった。


風呂から出て俺も服を着替えると、まあそこそこいい感じにはなったような気がする。


「キリス、すっごい素敵!」


とマミが喜んでくれたので俺もちょっとうれしかった。食事は上等なもので、こっちの世界に来てからは初めてのものばかりだ。まあ、どっちかというとフレンチに近かったが。


「ぎゃあ、これ美味しい!」

「いちいち叫ぶな。まあ、バターやクリームをふんだんに使ってるからな。やっぱ金持ちの食事はうめーぜ」

「王妃になったらあたし、こんなの毎日食べられるのね」

「まあなれたらな」


頑張れよ、というジト目をマミはした。


「いやしかしおかしいな。なんでこんなにいい待遇なんだ?俺たちはべつに何かしたわけじゃないし、わけわかんないな」

「いいじゃない。きっと親切な人なのよ」

「どうだかな。死刑になる前の最後の食事ってことじゃねえのか」

「だったら残さず食べなくっちゃ」

「それは賛成だ」

「うふふふ」


そばでもうおなかがいっぱいになったシルシュがのびのびと寝ていた。


翌朝、メイドの声で起こされた。昨夜、別々のベッドで寝たはずのマミが俺の隣で寝てたのには驚いた。夜中、寂しくなって俺のベッドにもぐりこんだそうだ。よかった俺、寝てて。気がついたら一睡もできないところだ。


「朝食ののち、侯爵様がお会いになられるそうです。上着をご用意しました。奥様は別の服にお着換えください」

「奥様?」

「はい、こちらの」

「いやいやいや、まだです」

「ああ、ではご婚約者様ですね」

「え?ええそうともいいます」

「やった!うれしい、キリス」

「ちょっと、なによろこんでるんだ?」


メイドはそれでも知らん顔をしている。さすが上流階級のところで働くメイドだ。いちいち無反応を貫いている。


朝食も信じられないほど豪華だった。孤児院育ちの俺はなんだか頭に来た。この世界、貧富の差がありすぎるんだ。きっと庶民なんかこんな食事は一生できないんだろうと想像できた。


「ゆうべはよくお休みになられましたか?」


クランベルト隊長がやってきてそう言った。昨日の甲冑姿とは違い、細身の軍服のようなものを着ている。腰には剣を吊るしていた。若い騎士も同じような格好でそばにいた。


「昨日はどうも」

「おお、お二人とも見違えました。あ、こっちはわたしの副官のパリエスです」

「どうもー」


パリエスは黙ってお辞儀だけした。なんか愛想のないやつ。


「はっはっは。こいつは気位が高くて。ご気分を害さないでいただきたい」

「いえ、俺らの方が恐縮してしまいます。こんな孤児院育ちの俺たちなんかを泊めて、さぞかしここのご主人はご迷惑だったのではないでしょうか?」

「さあ、それはご本人から直接お聞きしてくださいますよう」


なーんか含みがあるなあ。いったいここの主人て何者なんだ?侯爵って言ってたけど、相当位の高い人間だろうな。


「応接の間においでいただきますよう、いいつかっております」

「あなたはその人の部下なんですか?」

「はい。わたしは侯爵様に仕える騎士であります。アルステアス・クランベルトと申します。お見知りおきを」

「どうも。キリスでーす。こっちはマミ。孤児院育ちなので名前だけです」

「侯爵がお待ちです。ファラエル・オールストン侯爵ですよ」

「え?」


俺は血の気が引いた。オールストン侯爵?俺はそいつの息子を殺したんだぞ。なんで?なんでこんなとこに?


まあ、こうなったらしょうがない。仇なら討たれてやるしかない。しっかし驚いた。殺した相手の親父にもてなされるなんてな。これもきっと復讐なんだ。喜ばしといて奈落に突き落とす。いい手だ。俺はその豪華な内装にもまったく感動せずその応接の間に入って行った。


「キリスさまをお連れ致しました」

「どうぞこちらに」


見ると、長身の紳士然とした男がニコニコと立っていた。殺気はないが、なんか不気味だった。自分の息子を殺した男がここにいるのに、そんなふうに笑っていられるものなのだろうか?


「はじめまして。わたしはファラエル・オールストンと申します」

「はあ。俺はキリス。こっちはマミ」

「お嬢さんはどこかで怪我でも?」

「あ、ああ、むかし盗賊に襲われて、顔をひどい目に」

「それは失礼しました。余計なことをお聞きしましたな」

「いえ、それが普通ですから。本人も気にしておりません」

「そうですか。それならよいのですが」


本当に困った顔をしている。いい人なのか?もう何だかわけがわからない。


「あの、俺、あなたの息子を殺してしまったようなのですが」

「調べさせていただきました。どうやら事実のようですね。あなたのそのナイフと同じものが息子の心臓に刺さっておりました」

「ことはどうあれ、申し訳ありません」

「は?何で謝られるのですか?まさかご存じないとか?どうなっている、クランベルト」

「ですからお伝えした通りです。そのお二人は何も知らないようです」

「まさか…。まあ、確かに修道院の中なら知らなくても当然か」


いったいなんなんだ?なにが知らないというんだ?


「これは有名な話なんだがな。わたしはこの国で宰相を務めている。王の代わりに国を治めているのだ」


それくらいわかるぞ。


「三年前、わたしの息子、シュレダーはこの屋敷を飛び出した。非常に重い罪を犯してな」

「罪、ですか?たしか婚約者が不貞を働いて、許せなくて母親ともども殺してしまったと。それを悔いている口ぶりでしたが」

「ああ、なんてこと。あいつは根っからの悪人なのです。不貞を働いたのはあいつの方です。人をだまし、傷つけ、そしてついには婚約者まで。しかも命乞いをした母親まで手にかけてしまった。あいつは婚約者の家の財産まで食いつぶし、最後はわたしの妻、母親まで殺してこの屋敷を出て行ったのです」

「そんなにひどいやつだったのか」

「それだけじゃあありません。あいつは盗賊の仲間に入り、村々を荒らしまくった。皆殺しなんて当たり前の極悪人になってしまいました。何度も追手を差し向けましたが、あいつは生まれつき魔法が使えた。それでいつも追手は殺されて。ようやくクランベルトたちが手掛かりを見つけ、あいつを追っていたらあなた方に出会った、というわけです」


まったくあいつは嘘ばっかつきやがって。マミじゃなく俺の手で殺したかった。


「じゃあ結果的によかったのですか?でもまあやはり胸は痛みます。ごめんなさい」

「なぜ?感謝こそすれ、謝罪など無用です。できればこの屋敷にとどまっていただき、末永く暮らしていただけたらと」

「そうはいきません。俺もやらなきゃならないことがありますから」


この世界を滅ぼさなけりゃならないんだよ、俺は。


「それは急ぐのですか?差し支えありませんなら、今しばらくご逗留を」

「わたしからもお願いします。侯爵殿は三年の間打ちひしがれておりました。息子とはいえ極悪人がこの国にのさばり歩いている。宰相として不適任だと糾弾する貴族もおりました。あなたたちのおかげでその声も消えましょう。いま彼の死体は広場でさらされております。どうか国民が落ち着くまで、ここに留まってはいただけないでしょうか」


困ったな。そういう展開になるとは思わなかった。しかし王だ。王が裏で糸を引いているとあいつは言っていた。それも嘘なのか?


「これはあいつから聞いた事です。怒らないで聞いてください。あいつはここの王様が盗賊団を操り、民から金品を巻き上げていると言っていました。自分を正当化しようとしたのかもしれませんが、何か引っかかるものがあります」


そう俺が言ったら侯爵と隊長は黙ってしまった。


「それはあなたの他に聞いたものは?」

「いません。俺とマミだけです」

「ではあなたたちは死ぬことになりますね」


ああ、やっちゃった!やらかした。黙ってりゃよかった。図星だったんだ。まったくどいつもこいつも腐ってやがる。


「クランベルト、まわりを見てきてくれ」

「はい」


隊長は急いで辺りを窺いに走って行った。


「誰にもそれは話していませんね」


重ねて侯爵は聞いてきた。もうどうにでもなれ、だ。


「ああ。あいつは用心深かったようだ。俺たちしかそれは知らない。あいつはマミまで殺せと言ったんだ」

「なるほど、魔法が効かないうえに二人に…。まったくどうしようもないやつだった」

「俺らはいつ殺される?」

「それは王次第だ。だが殺させやしない」

「はあ?」


何だか意味がわからない。そうこうしているうちにクランベルトが急いで戻って来た。


「誰もおりませんでした。例の二人に見張らせています」

「よろしい。では話の続きだ。だがこれから話すことは重大なことだ。下手をしたら多くのものが死ぬ。それは善良な民も含まれる」

「聞かなくてもいいか?」

「それは困る。この話を知っている人間だ。悪いがどこかに閉じ込めさせてくれるとありがたい。ことが終わるまで」

「侯爵様、王がこの一件を知るのは時間の問題です。すぐに二人を召し出せと言ってくるでしょう。王は疑り深い方です。かならず殺されます」

「そうだろうな。そしてわれらも、か」

「王に反する者たちも一蓮托生でしょう」

「ことは急がないと」

「早急に兵を集めます」

「そうしてくれ」


なんかヤバくなってきた。これはもしかしてクーデターってやつか?


「なあ、俺を王に会わせてみちゃあどうだ?」

「へ?」

「そんな、兵を動かすなんてことしたらすぐにばれちまうぞ。あちこちを閉鎖されてそれで終わりだ。きっとそういうことにも備えてるだろうから、あんたらが成功する確率は恐ろしく低いんじゃねえか?」


侯爵と隊長は暗い顔になった。どうやら当たってるようだな。ことが起きてから動き出したクーデターなんて失敗するのは目に見えている。こんなのは何年も下地を作って、しかもチャンスは一回きりだ。


「きみにはなにか考えがあるのか?」

「まあね」


侯爵と隊長は互いに顔を見合わせていた。


「仕方ない。きみに任せよう。しかしきみが失敗したらわれわれは迷わず兵を動かす。それが失敗しても構わない。どうせ生きてはいられないのだ」

「まあ、みんなが幸せにってえのが、俺のモットーなんだ。なんとかなんだろ」


俺は根拠のない自信を見せた。まあ、やるしかない。何をしたらいいかはわかんねえけどな。








ついに俺は王の前に。俺はこの王を一発ぶん殴る気でいた。まったく、王のくせに庶民をいじめやがって。根性を叩き直してやる!


次回、『クーデター』です。

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