第4話 裏切り
前世の記憶で作った火薬。こいつがあれば俺は最強だ。悪いやつらはみんなぶっ飛ばしてやる。だがこいつは誰だ?変なやつに出会ってしまった。どうなる俺とマミ。
この世界、この時代ではまだ火薬は発明されていないようだ。酒の取引で訪れる商人に聞いてみても、そんなものは知らないという。戦争でもいまだ弓矢や投石が主な飛び道具らしい。
そういう場合、火薬の存在を知っているだけでもどれだけ優位に立てるか、想像に難くない。まして俺は自衛官だった。世界征服もこりゃ夢じゃねえ。しないけどね。
「もっと頭下げてその毛布を被ってろ」
マミは俺が何をしようとしているかわからず、ポカーンとしている。ドアのカギを吹っ飛ばすだけだが、破片がどこに飛んでいくかわからない。もっとも、こんな少量の黒色火薬でドア全体など吹っ飛びはしない。魔法でもあれば別だが。魔法か…。たしかにこいつは魔法なのだ。
五歳のとき、修道院の家畜小屋でよく働かされた。豚や鳥に餌をやったり、掃除をさせられたりした。ここは古くある修道院らしく、その家畜小屋も大きく古いものだった。五歳のガキの身体じゃ重労働だったっけ。あるときその土壁を見て笑ってしまった。白い結晶が見えたからだ。硝石だ。糞尿が土壁にしみて硝石の結晶になっていた。硝石は黒色火薬の原料となる。木炭はすぐ手に入るし、硫黄も鉱山から商人の手で手に入れた。ワインの防腐剤の原料としてだ。
黒色火薬は簡単に作れるし、貯蔵も安定した性質なので大量に保管できる。だが大きな破壊力を得るにはこのままでは難しいのだ。紙に包んだそれを圧縮させ、火をつけるとそれなりに爆発してくれるが、いま革袋に入っている量ではドアはぶち破れない。火薬の燃焼を一気に進める炸薬が必要なのだ。
商人の持ち込む硫黄には少量の辰砂が含まれている。辰砂とは賢者の石ともよばれ、硫化水銀という硫黄と水銀が化合してできたものだ。硫化水銀から簡単に水銀が取れ、そしてそれを硝石を溶かした水溶液に溶かすと硝酸水銀となる。これをワインから取り出したアルコールで処理すると雷酸水銀というものになる。これが、ちょっとの衝撃でも爆発する起爆薬なのだ。耳かき一杯ほどの量を小さな金属のキャップに詰めれば、雷管として黒色火薬の燃焼速度を飛躍的に増大させることができる。
つまり、手のひらに収まるほどの火薬でドアのカギくらい楽勝で吹き飛ばせるのだ。
雷発はそいつをぶっ叩いてもいいし、火をつけてもいい。革袋に入っている火薬は燃えないから、俺は布にアルコールをしみこませたものを被せ、それに火をつけた。革袋にぶっ刺した雷管に火が回ると、それは大きな音を立てて爆発した。もの凄い煙だ。
「マミ、行くぞ!」
「?」
マミは爆音で耳が一時的に聞こえなくなっているようだ。俺はマミの手を引いて部屋から出た。爆発音で地下室に降りてきた修道女を片っ端からぶっ倒してしまおうと身構えていたが、おかしなことに誰一人降りては来なかった。
「なんかへんだな…」
人の気配はするのだが、誰も降りては来なかった。しばらく様子をうかがっていると、ようやく誰かが降りてくる気配がした。ドアが開き、ガチガチと階段を下りてくる金属の音がする。鎧のようだ。なんでこんなとこに鎧を着たやつが来るのかわからなかった。だがそいつはひとり、まさに鎧の騎士がそこにいた。
「でかい音がしたからなにかなと思ったが、こんなとこにガキが隠れてたなんてな」
「あのー、あんたはだれですか?」
「俺か?俺は盗賊さ。仲間とこの修道院を襲ったのさ。なんせここは最近えらく稼いでいるらしいからさ。ほら酒とか毛皮の取引とかで」
「ああ、そういうこと。それじゃ一切合切持ってちゃってください。だれにも言いませんから」
「うーん、そうもいかないんだよ。目撃したものは皆殺しにする。これ、盗賊の常識ってやつさ」
「そういう常識知らないです。大丈夫です。おれたちなんも見てなかったことにしますから。約束します」
「古来、そういう約束は守られたことがないんだよな」
まあおっしゃる通りだ。もし聞かれたら絶対俺はしゃべる。いや、聞かれなくてもしゃべるぜ。
「考えていただける余地はないと?」
「まあないね」
「そうですか…」
「あきらめたまえ」
「じゃあ抵抗させていただきます」
「ほう?この騎士の俺と戦うと?」
「できれば戦いたくはないんですよ。まだ人を殺す覚悟ってえのがなくてね」
「ガキのくせに」
騎士は持っていた剣を構えた。ふつうならそれだけで震え上がるところだ。まあ通常、鎧の騎士に生身の人間がかなうわけはない。ましてそれなりに剣の修練を積んでいるだろうし、そういうのに立ち向かうほど愚かな人間はこの世界にもいないだろう。
「これわかります?」
「なんだ、それは」
「俺はグレネードって呼んでます。まあ何種類かあるんですが、こいつは閃光型のやつですよ」
「それがどうした。石ころで俺は倒せないぞ」
「これはこうするんですよ」
正式にはフラッシュバンという。破壊力はないが強烈な光と音を出す。ちゃんとした防御をしないと一時的に視力や聴力が奪われ、平衡感覚も奪われる。
バン
あたりは真っ白に、そしてキーンという音がいつまでも頭の中に響いているはずだ。
騎士は頭を抱えて棒立ちになっていた。こんなのを殺すのはわけはない。兜の隙間からナイフを突き立ててやればいいだけだ。まあ俺はすっころばせて首をねじるだけにした。鎧をつけたものが倒されて、上に載っかられたら起き上がるのは並大抵ではない。
「いででででで」
「もうちょっと体力をつけねえと軽歩兵に囲まれたらおしまいだぜ」
「ちょっと離して。これは修道女とか素人をビビらせるこけおどしなの。実際の戦場では一騎討とか決闘でしかこんな格好しないよ」
なんだわかってんのか。まあそれならそれでこいつは厄介なやつだってことだ。実際の戦場を知っている。このまま離したらこっちの形勢が悪くなりそうだ。
「悪いけどこのまま死んでよ。どうもあんたは危険な気がする」
「ちょっと、軽く言わないで。わかった。降参するよ。兜を脱がしてくれ。それが騎士の降参の印だ。これでも作法は心得ている」
「そういう常識もあいにく知りません。おとなしく死んでください」
「あーわかった。もうなんにも言いません。だけどこの後どうすんの?上には盗賊のなかまがいっぱいいるよ」
「さっきのでみな蹴散らす」
「十五人はいるよ。あ、俺はいないから十四人か。さっきのはせいぜい五人くらいしか動けなくさせられないんじゃないかな」
こいつ、一回受けただけでよくわかるな。なおさら生かしてはおけない気がした。
「あっそう。じつはまだ違う種類があるんでね」
「ハッタリだね」
「どう思おうとかまわない。とにかく死んで」
「もう、勘弁して。じゃあいいことを教えてあげる。この盗賊を裏で操ってるやつを知っている」
「どうでもいいよ」
「そ、そんなこと言うなよ!せっかく取引できる話なのに」
「盗賊と取引はしない」
「そんなのいつ決めたんだい」
「いまです」
「だから、それ知らないとここから逃げ出しても捕まって殺されるよ」
「べつに捕まりませんから」
「話になんないね!」
「死んで」
「嫌だよ。わかった。わかったよ。教えるから。教えたらおったまげて俺のことなんかどうでもよくなるから」
騎士は必死だった。ほっといたら俺の靴にキスをしてしまう勢いだ。
「じゃあ話せば」
「そのまえにそこの包帯巻いた女を殺してくれ」
「包帯ちゃんを?なんで」
「俺とあんた以外聞かれてはならないからだ。盗賊のなかまにも聞かれたくない」
「こいつは俺が金で買った奴隷だ。俺の言うことは絶対だ」
「信用できん」
「じゃあお前が死ね」
「待って!わかった、信用する。まったくもう、奴隷なんて信用できないんだけどなあ」
マミのことはそう言っておいた方がいい。俺が死んだとき、マミの命まで危なくならないようにするには金で買われたことにするのが一番なのだ。マミは頭がいい。それを上手に受け取ったようだ。
「ご主人さまの仰せのままに」
「ほらね」
「ふん、まあいい。あのね、この盗賊を裏で操っているのはなんとこの国の国王なんだ」
「へー」
「信じてないでしょ!」
「いや信じるよ。そういうこともあるんだなー、と思って」
「どんな許容量してんだよ。いや、仮にも一国の王が盗賊たちを使って民から金品を奪ってるんだよ!普通なら驚いたり憤ったりするだろ?」
「ここはそういう世界だ。違うか?」
「なんでそんなに達観してるんだ?お前だってこの世界に生まれたんじゃないのか?まさか別の世界から来たんだって言うんじゃないだろうな」
「そうかもよ」
「バカなこと言うな。おおかたこの修道院でずっとつらい目にあってきたんだろうけど、現実から逃げちゃだめだ」
「いやそれあんたから聞きたくない。だいいち、おまえが逃げようとしている気がする」
「だからちゃんと聞いてくれよ!」
正直めんどくさくなった。こんなやつも盗賊団もどうでもいい。俺の中で何も怖くなくなってしまったからなのだ。
「あんた何者なんだ?」
俺は疑問に思った。さっきからこいつだけで後は誰も降りてこない。ふつう、遅かったりすれば誰か降りてくるはずだ。よっぽどこいつが特殊なやつなのかと思ったからだ。
「気がついたか。ああ、俺は魔法を使える。まあ、少しだがな。人を意のままに操ることができるんだ」
「へえ。じゃなんでそれを俺に使わない?それに包帯ちゃんに使えば俺を殺せるだろ?」
「できなかったんだ」
「なんで」
「知らん。あんたたちに魔法はきかなかった。上のやつらは下に来ないように魔法をかけているのがあだになっちまったが」
「なんで一人で来た」
「この奥に院長の隠し部屋がある。院長から直接聞きだしたから間違いない。そこに今までため込んだ金貨があると言っていた。俺はそれを取りに降りてきたんだ」
なるほどね。だが魔法がこんなやつに使えるなんて意外だ。しかし俺たちになんできかなかったんだろう?考えても余計わからなくなるだけだった。
「もうどうでもよくなった。好きにしろよ」
俺は騎士の背からおりると、騎士が放り出していた剣を拾った。なかなかいい剣らしい。切れそうだしバランスもいい。刃こぼれが数か所あるからこれで人を何人も殺している。剣の打ち合いだったらもっと激しく刃こぼれがするから、おおかたこれは人を斬ったときその骨で刃が欠けたのだろう。
「ほらよ」
「返してくれるのか」
「いらねえもん」
「なんなんだ、あんたは」
「ただのガキだ」
呆れたように騎士は俺の顔を見ていた。まだ若い騎士のようだ。甲冑に兜だからよくわからなかった。兜を脱ぐと騎士は真顔で言った。
「俺はこれから上へ行って、みなにここに降りてくるように言う。俺はどうすればいい?」
ふうん、こいつなかなかの策士だ。たぶん俺には勝てないと踏んだのだろう。じゃあ仲間のところに戻って俺を殺すか?いや、こいつはそれも計算したはずだ。仲間が俺に殺される確率を。剣を騎士に返した時点でこいつは俺が何かとんでもないものを隠していると読んだのだ。まあ当たってるけど。
「奥の隠し部屋ってところに案内してやれ。それから急いでそこを離れる。いいな」
「あんたたちは?」
「気にすんな」
「わかった。どれだけ時間をかければいい?」
「三百数えたら降りて来てくれ」
「三百だな、わかった」
騎士は石段を昇って行った。
「さあマミ、隠し部屋に案内してくれ。知ってるんだろ?」
「仰せのままに、ご主人さま」
「それやめて」
「いつもあんたの報告を聞くときは隠し部屋を使った。院長は誰も信用していない」
「ならお前も」
「あたしにはいつも目隠しをした。だが歩けば方向はわかる」
やっぱりこいつはただものじゃないのだ。頭がいいだけじゃないような気がする。
「こっち」
「待って。こいつを持って行く」
「ワイン樽?そんなものどうするの?みんなで酒盛りさせてその隙に?」
「そういう手もあるか」
「バカなの」
ちょっとムッとした。冗談なのに。
「あんたの腹はなんか読めない。すごく複雑で。もしかして何にも考えてないような不気味さを感じる」
当たってるやん。何だこいつ、人の心が読めるのか?きっと孤児院じゃこういう能力が必要で、そういうのが研ぎ澄まされたんだろうな。ある意味哀れだ。こんな子供が、だ。
「火薬が入っている。ここらをぶっ飛ばすくらいの量だ。そいつを隠し部屋に持って行くんだ」
「みんなぶっ飛ばすのね」
「あとくされなく、ね」
「賛成」
包帯ちゃんはウフフと笑った。変に罪悪感がない。やっぱりこの子はおかしいのかも知れない。
部屋は地下室の一番奥にあった。隠し戸を開けると、なにやらものがいっぱい詰まった部屋がそこにあった。
「ありゃりゃ、なんかいっぱい隠してるな」
「みんな信者から巻き上げたものよ」
「なに教なんだ、こいつら」
「あきれた。知らないの?ずっとここにいて」
「興味なかったからな」
「そういう問題?いい、ここはグアゼリン教団の聖ガルニエ修道院よ。エンリル神を主として仰いでいる」
「そういやお祈りにエンリルって出てくるな」
「やあね。知らないでお祈りしてたの?」
なんだか立場が逆転した感じだ。いいじゃんそんなこと興味ないし。
「とにかくこいつをセットする。ここにろうそくを立ててな」
俺はろうそくに似せた起爆装置をワイン樽に立てた。ここに火をつければ瞬時に樽の中の火薬が爆発する。
「もう三百だ。そろそろみんな降りてくるぞ」
俺たちは急いで戸を閉めて、反対側のレンガで仕切られたさっきの小部屋に戻った。
「マミ、また毛布被ってさっきの姿勢な」
「えと、目をつぶって耳を抑えて口を開く」
「そうだ。爆発の対処法だ。そうしないと圧迫した空気が肺を強く押すからな。鼓膜が内側から破れないようにするんだ」
「わかった」
どやどやと人が降りてきた。先頭はあの騎士だ。院長のババアを連れている。どうやら戸を見つけたみたいだ。騎士がこっちに走ってくるのが見えた。俺は思わず手招きしてしまった。騎士が小部屋に飛び込んでくるのと同時にもの凄い衝撃波が起こり、それは巨大な炎と爆風をもたらした。何もかもが粉々に舞っていた。
しばらくして音と炎が収まると、そこここに火がついた瓦礫があり、何か得体の知れないものが散乱していた。人間の体の一部だ。地下室はすっかり瓦礫となったが、爆風は上に逃げたらしく、一階の天井が見えていた。
「すげえな…」
騎士は起き上がりあたりを見回すと、すぐに仲間の死体を確かめ始めた。ほとんどバラバラになっていたが、数人はまだ五体がまともなやつがいた。まあ、ほとんどが衣服がはぎとられ、まるでマネキン人形が倒れているようだ。騎士はそれでもいちいちとどめを刺していった。
「院長がいる」
騎士がそう呟くと剣で院長の首を切り離した。そのとなりに盗賊の親玉がいたらしく、鎧を身に着けていたそれはまだ息があった。
「しぶといですねえ、頭目」
「シュレダーか?助けてくれ。目が見えねえ」
「そいつは国王に言ってくださいよ」
「ドジったんだ、殺されちまう。お願げえだ、隠れ家まで連れてってくれ」
「あそこは王に知られてるんでしょ?」
「カルネ村の農場だ。そこなら知られてねえ」
「そいつは初耳だ」
「金もそこに隠してある。アンツィという爺さんが番をしているんだ」
「ふうん、なるほどなるほど」
そう言って騎士は剣で盗賊の親玉の首を突き刺した。奇怪な声を出して痙攣すると、それはやがて動かなくなった。あたりは火薬と血と死の匂いで満ち溢れてきた。
「さあ、用件は済みました。出かけましょう」
「なんで?俺たちはべつに一緒に行かないよ」
「王の追手がかかります。わたしはじつは王の宰相のオールストン侯爵の息子なのです。わけあって家出していましたが、それなりに力はあるのです」
そんなのがなぜ盗賊団に入っているんだ、と突っ込みたかったが、もうめんどくさくなっていたので知らん顔をしていた。
「疑ってますね。いいでしょう。教えますよ。わたしには婚約者がいたのです。だがその女はとてつもなく不誠実で、幾人もの男をたぶらかしていました。わたしはそれが許せなくて、ついその女の母親ともども殺してしまったのです。いまでは申し訳ないことをしたと思っています。婚約を解消すればいいだけだったのですから。しかし家名とわたしの誇りを傷つけられたと思い、手にかけてしまった。わたしは思い悩み、そしてついに盗賊団にまで身をやつしてしまいました」
気の毒だけどどうでもいい。悲惨な孤児たちをずっと見てきた俺には退屈なだけの話だ。マミなんかあくびしてるし。
「わかったよ。とにかくここを出よう。話はそれからだ」
俺たちは院長の隠し部屋に散乱していた金貨だけを集めて一階にあがった。そこはもっと陰惨な光景だった。修道女たちはほとんど殺されていた。ただミリンダという修道女だけが片腕を斬られただけで倒れていた。子供たちもほとんど殺されていたが、暖炉の後ろに隠れているガキどもがいた。俺のグループのやつだった。暖炉の後ろに隠し部屋を作っていて、そこに食料を隠していたのだ。
「キリス!」
「おお、お前ら生きていたか」
「盗賊が来てみんな殺した」
「わかってる。みなやっつけた」
「キリス、これからどうすんの?」
「俺とマミはここを出る。おまえたちはここに残れ。外で生きていくにはまだ早いからな。でも心配すんな。金はあるからな。ミリンダをお前たちの世話に残す。いいな?」
「いやだ!一緒に行きたい」
「俺も生きていけるかわからねえんだ。無茶言わないで我慢しろ」
「無茶はキリスの得意技って言ってた」
「それは俺限定。お前らはまねすんな」
「キリス寂しいよう」
「いつか迎えに来るから、それまで耐えろ。できんな?」
「わかった。きっとだよ」
「約束する」
命があったらな、お互いに。俺はミリンダに手当てをして金を渡した。ミリンダはなぜか涙を流していた。助かったのがそんなにうれしいのだろうか?片腕をなくして、俺なら悲観して自殺しちまうぞ?
まあなんにせよガキどもは何とかなる。あとは俺たちだ。荷物、と言ったってろくなものはなかったが俺たちは支度をして修道院を後にした。門のところでガキどもと修道女のミリンダが手を振っていた。そういやミリンダに一度もいじめられたり嫌な言葉を言われたりしてねえな。なんだ、いいやつなのかもしれねえな。だがこんな世界だ。きっとあいつらは長生きはできないだろう。
そんなこんなで村の外れの水車小屋に身を隠して、俺たちは山に隠してあった金や毛皮、燻製肉や干し肉などを集め、行商人に叩き売った。買いたたかれると思ったが、あの若い騎士がいたおかげでこっちの言い値で売れた。おまけに読み書きや計算もでき、毛皮の相場や品質の良しあしもわかっていて損することなく取引ができた。ひとりじゃ大変だったので大助かりだ。
そんな俺たちをマミはずっと黙って見ていた。読み書きも計算もできるはずなのにちっとも手伝おうとしない。たまに頼むとニコニコ笑うだけでごまかされてしまう。まったくよくわからん。一週間くらいでかなりまとまった金になったので、残りの燻製肉を食料にして旅に出る。目的は特になかったが、どこか大きな町に行って商売でも始めようとおもった。
「そういやあんたの名前ってなんだ?」
「俺か?俺の名前はシュレダーっていう。シュレダー・オールストンだ。あんたはキリスって言ってたが、苗字は?」
「俺は孤児なんだ。苗字なんかないよ。家がねえんだからな」
「そっちの娘もか?どうしたんだ、包帯巻いちゃって」
「あたしはマミ。むかし盗賊に襲われて顔をぐちゃぐちゃにされた。家はないけどそのうちできる。あたしは王妃になるの。キリスが王よ」
「こいつは失礼した。じゃあ俺はあんたたち王家の最初の家来だな」
「家来なんてよせよ。友だちでいいじゃないか」
「友だち、ねえ…」
妙に寒々した笑いをシュレダーはした。いろいろこいつにもあるんだろうなと、それだけ思った。
何日目かの旅でカルネ村というところまで来た。俺たちにあてはなかったが、シュレダーに誘導された形になった。
「盗賊団の隠れ家があります。あの農場です」
「おまえ、はなからここに来るつもりだったんだろ?」
「まあね。やつらいろいろため込んでんですよ。放置したらもったいないでしょ?」
「べつにほしくないけどね」
「これから商売するときに役に立ちますよ」
シュレダーはきかなかった。強引に俺たちを農場の方に連れて行くと、林の中で隠れているように言った。
「見張りの爺さんがいるだけです。なに、チョロいですよ。合図しますからちょっと待っててください」
「殺すのか?」
「爺さんと言ってももと盗賊です。侮れません」
「そうかなー」
「いいですか?合図しますからね」
「気絶させるぐらいにしろよ」
「わかってますよ」
絶対わかってないと思った。シュレダーは忍び足で農場の隅にある小屋に向かって行った。かなり時間が経ったころ、ランプの明かりが振られるのが見えた。
「合図だ」
「キリス、血の匂い」
「ああ、わかってる」
俺とマミはそっと忍び足で小屋に近づいた。戸口に倒れている人の足が見えた。
「おい、シュレダー」
「キリス、こっち。早く中へ」
「殺したのか?」
「ええ、抵抗されたんでね」
こんな年寄りがどれほど抵抗したって言うんだろう。小屋の隅に杖もある。爺さん足が悪いんじゃないのか?確かに手には短剣を握っているが、なんで血が刃についているんだろう?シュレダーは傷ひとつないのに。
「ここに置いておけない。外に井戸があるから放り込みましょう」
「井戸が使えなくなるぞ」
「盗賊の隠れ家ですよ。かまやしません。足持ってもらえます?」
「え、あ、うん」
そのときもマミは黙って見ていた。しかし俺から目線を外したのは見逃さなかった。妙に不安と何か引っかかるものがあったが、俺たちは爺さんの死体を井戸に運んで、投げ入れた。バシャンと音がした。水が少ないようだ。
「あれ?あの爺さん生きている?声がしますよ」
シュレダーがそう言って井戸の中を覗いた。俺も慌てて井戸を覗き込む。爺さんと、そして底の水に月が映っている。俺の顔も見えた。あれ?シュレダーは?そう思ったとき俺の身体がふわっと浮いた。
真っ逆さまに俺は井戸に落ちた。シュレダーに足をすくわれたのだ。狭い穴で受け身が取れず、浅い水の底へ肩から落ちた。幸い、爺さんの死体と少しの水がクッションになって死なない程度に落っこちたが、右肩を脱臼してしまった。
「はっはっは。どうだね?井戸の底は。まさか騙されるとはね。まだガキなんだな。まあ寂しくはないだろう?そこの爺さんと仲良くやんな」
シュレダーは得意になって言った。
「ほら、荷物を持て!ぐずぐずするな。さっさと来い」
チラッとマミの包帯まみれの顔が見えた。そうだよな。俺ってバカだよな。でもシュレダーはともかくマミに裏切られるとは思わなかった。俺の嫁になりたいって言ったのに、あんなヤツの方がいいのかな…。まあ、俺はモテたことねえしな。こんな終わり方でいいんだろうな。
「ああ、神さまの命令は果たせそうにないや。ま、どうせまた地縛霊だな…」
俺は井戸の底でそうつぶやきながら、井戸から見える月を見上げてため息をついた。
はあ…。ついてねえ。土の中から今度は井戸の底。つくづく俺は暗い穴が好きなんだ。もう金輪際、井戸には近づかねえ!まあそれも生きてたらの話だ。これはおしまいだ。ちっきしょう、マミに裏切られたのか…。なんか悲しすぎて涙も出ねえや。
次回、『少女と犬とバカ』です。