末
何とか10月中に投稿しようと頑張りました。この小説は今回で完結します。
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村長が去っていったこの場所には、女性になったロランと男性になったノエルの二人だけしか居ない。今まで自分の内に秘めていた想いをロランに伝えるのは今をなくして他にないと、ノエルは意を決したようだ。
「ロラン。……あのね、私。ロランにずっと言いたかった事があったの」
ノエルは何とかロランに伝えたい事を紡いでいく。今言わなければ絶対に後悔してしまうと感じていたからだ。
「それって、何?」
「そ、それは…………」
しかし、ロランが質問するとノエルは言葉に詰まってしまう。ロランの声を聞くと何故か心臓の鼓動が早まり、緊張して言葉が出なくなってしまうのだ。ロランが男の時も同様の事が起きており、女になったロランなら大丈夫だろうと思って伝えようと決めたのだが、全然上手くいかなかった。
(私ってば何やってるのよ!練習と同じ事を言えば良いだけなのに!)
ノエルはロランに告白する為に何度も練習して、これなら大丈夫だと息巻いたものの、結果は毎回と同じように言いたい事が言えなくなってしまったのだ。
(もう、一体どうしてなのよ!ロランに早く言わないと!)
言いたい事が言えなくなってしまう事が何故だか理由が分からないノエルは、気持ちが焦るばかりで時間が過ぎていく。
「……ノエル?」
先程からずっと黙って何も喋らないノエルに、ロランはどうしたのだろうと疑問を抱く。
(あぁもう!女ノエル、……って今の私は男だった。今言わないでいつ言うの!こうなったら、当たって砕けろよ!)
ノエルはここから逃げ出したくなる何とか抑え、勇気を振り絞ると口を開く。自分の思いの丈を、正直にありのままを今のロランに伝える為だ。
「わ、私ね。…………ロランの事が、小さい時からずっと、好きだったの!」
その言葉をロランに伝えるのに、一体どれだけの時間を掛けたのだろうか?ノエルは自分の内に秘めていた想いを、ようやく言葉にして伝えられたのだ。
「……はぁ、はぁ、はぁ」
短い言葉を話しただけなのに、まるで何時間も話し続けたような疲労感がノエルを襲う。息を整えつつもロランの様子を伺う。
「……そうだったんだ」
しばらくして、ロランの口から出たのは、今まで見つからなかった答えがようやく見つかったような言葉であった。
「え?」
「……ノエルの今までの行動って、僕の事が好きだったからなの?毎日のように僕に会いに来たのも、女性になった時も同じように会いに来たのも、今まで何かと世話を焼いてくれたのも、全部そうだったんだね?」
ロランはこの時になって、ノエルが自分の事が好きだという気持ちにやっと気づいたのだ。そして自分はノエルの事がいつも頭から離れなかった事にも、ようやく気づいたのである。
それは、ロランがティアナによって女性へと変えられた時から彼女が妹達を引き連れて村にやって来る五日の間も、ノエルは一日も欠かさずロランに会いにいったのだ。その理由が分からないロランは両親に相談したのだが、二人は自分達の息子がこんなにも鈍感だったのかの呆れていた。ブライとミカは早くからノエルがロランに好意を抱いている事に気づいていたのだ。
しかし二人は、答えを絶対に教えなかった。これはロランに気づいて貰わないといけないと考えたが、それがいつになるのかという不安は二人の中にはあった。
「……そうよ、私はロランの事が好きなの!それなのに、今になって気づくなんて遅すぎるわよ!鈍感にも程があるわ!」
「ご、ごめん……」
ノエルに鈍感と言われて謝るロラン。今までのノエルの行動を見れば誰もがロランに好意を持っていると分かるのだが、当の本人は全く気づく様子が無かったのだ。鈍感にも限度があると言われても、致し方無いだろう。
「で、でもさ。僕のどんな所が好きなの?」
「そ、それは……、ロランは農業とかを一生懸命やってる姿勢とか、鈍感な事を除いては皆の事を気遣う優しさとか、素直になれない私を嫌な顔をしないで受け入れる包容力とか……って、何恥ずかしい事言わせるのよ!!」
「いや、それはノエルが勝手に言ったんじゃ……」
ロランの好きな所を矢継ぎ早に言っていくノエル。先程までの言葉の詰まりが嘘のように滑らかだ。
「ねぇ、ロランの好きな所を言ったんだから、私の好きな所を言って?」
「えっ?……毎日のように僕に会いに来て世話を焼いてくれた優しい所とか、気づかなかった僕を一途に考えてくれてた所とか、かな。今言えるのはこれくらいだよ」
「そ、そう?何か嬉しい……」
ロランは今までの事を振り返って、ノエルの好きな所を言っていく。鈍感であるが全く感じていない訳では無かったようだが、ロランが気づくのが遅すぎただけなのだ。
「で、でも、ノエルは僕で良いの?今の僕って女なんだけど?」
「今の私は男なの。ロランはさっき私達の性別が入れ換わったって言ったわよね?なら、問題無いわよ」
「そ、そっか。そうだよね」
ロランは女になってしまっている自分で本当に良いのかと尋ねるが、ノエルは今の自分は男になっているのと、先程ロランが言っていた、二人の性別が入れ換わったという言葉を聞いて今の自分達なら何も問題は無い事を伝えると、ロランは納得する。
「それに、……私が男になったからかもしれないけど、今のロランは可愛いって思うの」
「そ、そう?僕は今のノエルは格好良いと思うよ」
「か、格好良いの?私が?」
二人はお互いに、性別が入れ換わった今の姿の方が良いと褒め合う。特にノエルは格好良いと言われて、満更でもなかった。
「と、とにかく!これだけ気づくのが遅かったんだから、私の言う事の一つや二つ聞いて貰わないと割りに合わないのよ!今から一つ聞いて貰うから!拒否権は無いからね!」
「えぇっ!?」
ノエルは今まで焦らしに焦らされた分、ロランに埋め合わせをして貰わないと気が済まないようである。拒否権は無いと言われて、一体どんな無茶振りをさせられるのだろうか?ロランはそれが気になって仕方が無かった。
「えっと、……き、……き、……キスさせて?」
「えぇっ!!?き、ききき、キスぅぅ!?」
ノエルはロランにキス、つまり接吻をさせろと言ったのだ。告白を受けたロランだが、とんでもなく戸惑っている。今のロランには拒否権は無いので絶対にノエルとしなければならないのだ。
「そ、そうよ!拒否権は無いって言ったわよね!?今からするわよ!」
「い、今からっ!?」
しかも、それを今すぐ行おうとするノエル。ロランは流石に早過ぎると思って逃げるように後ろに下がるのだが、ノエルは逃がすまいとロランの顔を両手で挟むように掴む。
「ちょ!ちょっと待ってノエル!順番が違うんじゃないのかな!?それに、ぼ、ぼぼ、僕にも心の準備がっ!!?」
「ここまで来て、まだ私を待たせる気なの!?問答無用に決まってるでしょうが!!観念しなさいっ!」
「ちょっ、ま、……んんんっっ!!?!?」
ノエルはロランに四の五の言わせず、力一杯自分の方に引き寄せる。そして、ノエルの唇とロランの唇は重なり合い、二人の周囲の空間は静寂に包まれる。ロランの頭の上にある麦わら帽子が地面に落ちるが、二人はそれを気にする素振りを見せなかった。
突然のキスに目を見開いて驚くロランだが、唇に感じる温かさを覚えると観念して目を閉じる。しばらくの間、二人の唇は重なり合っていたが名残惜しさを覚えつつも離れた。
「……初めてだよね?」
「……う、うん。何か、甘酸っぱいね」
「わ、私も……」
お互いに初めてのキスだったようで、二人は顔を真っ赤にして照れている。
「ロラン。……その、これからは恋人としてよろしくね」
「う、うん。お互いに性別は変わっちゃったけど、これはこれで良かったのかな?」
「良いんじゃないの?私達、ようやく恋人になれたんだから」
ロランとノエルにとっては、今回の出来事は総じて良かったのかもしれないと二人は考える。生まれた時から過ごしていた性別が変わるという、普通なら起きもしない事が自分達の身に起きた事により、ノエルは告白が出来て気持ちを伝えられ、ロランはそれに気づく事が出来たのだから。
「そういえばノエル。もう少ししたら都会に行くんだよね?しばらくは遠距離になるの?」
以前から都会に行くと言っていたのをロランは思い出すとノエルに尋ねる。
「……ロランってば、本当に鈍感ね」
「え?」
それを聞いたノエルは、性別が変わっても自分の恋人になっても、ロランの中身はすぐには変わらないと思った。
「言わなきゃ分からないだろうから言うわ!それはね、あんたに気づいて欲しいと思ったから、私は嘘言ってたの!都会になんか行かないわよ!」
「えっ!?嘘だったの!?」
ノエルは都会に行く気など無く、ロランに気づいて貰う為に、あえて嘘を言っていたのだが、鈍感だったロランはノエルの考えなど知らず、本当に都会に行ってしまうのだと思っていた。
「……だったら、正直に言ってくれれば良いんじゃないの?遠回しに言っても分からないと思うよ?」
「私の気持ちにずっと気づかなかったロランにだけは、その台詞を言われたくないんだけど!!?」
ノエルの言いたい事はごもっともである。鈍感だったロランには遠回しに言っても絶対に分からなかっただろう。
「……でも、正直に言ってなかった私も私かな。いきなりは無理だけど、少しずつ自分に正直になってみるね」
「うん。それが良いと思うよ」
「なら、さっそく!」
「えっ!?」
自分に正直になると決めたノエルは、すぐさま行動に移した。ノエルはロランの事を引き寄せると、ロランの背中に手を回して抱き締める。
「の、ノエル!?」
「お願い。……今だけは、こうさせて?」
「……うん、分かったよ」
突然抱き締められて驚くロランだが、望んだ事をさせてあげようと決め、同じようにノエルの背中に手を回して抱き締める。
「……私ね。ロランが女になったって分かった時に、どこかの男の恋人になって私の前から居なくなるんじゃないかなって思ったの。そんな事は絶対に嫌だって、そうなるくらいなら私が男になってロランを恋人にしてやろうと考えたけど、……まさか本当に私が男になるなんて思ってもなかった」
「ありがとう。ノエルが僕の事をこんなにも思ってくれてたなんて分からなかったよ」
「もう、本当に鈍感なんだから……」
ノエルはロランが女性へと変えられたと聞いた時に、もしも元に戻れなくなった場合は自分の手が届かない所にロランが行ってしまうのではと考え、そうなってしまうのなら自分が男性になってロランの側に居たいと思っていたのだが、まさか本当に自分が男性になるとは思いもしなかったようである。……だが、結果的に二人は、幼馴染から恋人という深い関係になったのだ。
「ロラン。……また、キスしていい?」
「いいよ。ノエルが満足するまでしていいからね」
「……ありがと」
ロランとノエルは照れながらも唇を重ね合わせる。二人の周囲は再び静寂に包まれた。
二人は今までの空白を埋めるかの如く、ノエルは初めての時よりも長く唇を重ね合わせたいようであり、ロランはその思いを感じ取れたようである。自分達の周囲で今何が起ころうとも唇を離したくないという二人の気持ちは、初めて一致したのであった。
「とても情熱的じゃのう。……これなら、生きている間に曾孫の顔は見れそうじゃな」
二人の様子を遠目で見守っていた村長は、自分が生きている内に見られないであろうと考えていた曾孫が数年の間に生まれるだろうと確信したのであった。
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ロランとノエルの二人の性別がティアナの魔法によって変えられてしまってから、実に三年の時が経った。
村は一大事業として行っている農業が軌道に乗り始めており、評判も上々であり、移住してくる人も多くなっていた。
そして、広大な村の畑の一角では今、一人の男性が農作業に従事していた。
「ふぅ、ここも随分と広くなったな」
茶髪の男性が農作業で流れ出た汗を拭いながら、畑を見渡していた。彼は周囲の人達の手を借りながらも広大な畑の一角の管理を任されているのだ。
「……ほんと、私もこんな風になるなんて。今は結構気に入ってるけど」
彼は少し前まで農作業に従事するとは微塵も思っていなかったのだが、今は気に入っているので毎日の作業も苦ではなかった。
「私ももっと頑張らないと。何せ……ん?あれは!?」
作業の手を止めていた男性には、どうしてもそれを頑張らなければならない理由があったので、止めていた作業を再開しようとした時に一人の金髪の女性の姿が視界に入ったので、慌てた様子でその女性の方へと駆け寄っていく。
「あれ?そんなに慌ててどうしたの?」
「どうしたのじゃない!今は激しい運動はしないようにって言われてるよね!?」
「少しは運動させてよ。家からここまでそんなに距離は無いんだから、様子を見に来ただけで歩くくらいなら激しくないよ?」
「だ、だけど!?もし何かあったら……」
「心配してくれるのはありがたいけど、自分の身体なら良く分かってるから安心して」
男性は女性がここに来た事に驚いて、今の女性は激しい運動は厳禁だと言われていた事を思い出して注意をするが、彼女はそれを分かっているので、家から畑までの距離を歩くくらいなら激しい運動にはならないと答えを返す。
「分かっているなら良いけど、もう自分だけの身体じゃないんだからね。……ロラン」
「うん、僕の事を心配してくれてありがとう。……ノエル」
……そう、この二人の男女というは、男性になったノエルと女性になったロランだ。二人はその後、ロランが勤しんでいる農業をノエルが一緒に行いつつも交際を続け、恋人関係になってからの二年後にめでたく結婚した。二人の結婚式の時は村全体がお祭りのように盛り上がり、数日はどんちゃん騒ぎが続いたという。
そして今、ロランはノエルとの間に出来た子供を身籠っており、来月には出産予定なのでお腹が大きくなっている。身重の妻が農作業を行うのは無理なので、夫であるノエルが一手に引き受けているのだ。
「……あれからもう、三年も経ったんだね」
「ほんと、ロランも私も随分と変わったわね」
ロランは大きくなっている自分のお腹を撫でながら、ノエルはその様子を微笑ましく見つめながら、性別が変わってしまった三年前のあの時の事を思い出す。あの出来事が起きたからこそ二人は結ばれ、その愛の結晶である子供を二人は授かれたのだ。あれが無ければ今は無い、良い事も悪い事も全部含めて今があるのだ。
「まさか、僕が身籠るなんて思ってもなかったよ」
「ごめんね。本当なら、それは私がやらないといけない筈なのに……」
「気にしなくていいよ。僕が必ず元気で可愛い子を産むから。その代わり、僕の分までしっかり働いてよね」
「任せなさい。私も父親になるんだからそれは分かってるわよ」
本当なら女性だったノエルが子供を身籠る筈なのだが、今は女性になっているロランが身籠っているので、ノエルは身重のロランの分まで働かなければならないのだ。
二人はもうすぐ親になる。彼らはいつまでも子供のままではいられない。次の世代に命を繋いでいるのだ。
「……でもさ、いつかは子供達に僕達の性別が変えられたって事を話さないといけないのかな?」
「それは、……まぁ、その時が来たら正直にありのままを話せば良いんじゃないの?」
「そっか。そうだね」
二人には性別が魔法によって変えられてしまった事を、これから生まれてくる子供達に話さなければならない時が絶対に訪れるという一つの不安があったが、ノエルが正直にありのままを話せば良いという答えを出した事で、それは呆気なく解消された。
「あ、そうそう。ここに来たのは様子を見るだけじゃなかったんだ。ノエルが畑にいった後に団長さんからの手紙が届いてね、一緒に読もうって思ったんだ」
「手紙?何が書いてあるの?」
「僕もまだ読んでないから分からないよ。今から開けるね」
ロランはノエルが仕事場である畑へと出掛けた後に、団長から自分の元に送られて来た手紙を取り出す。ロランと団長はあの出来事があってから手紙を定期的にやり取りする関係になった。手紙によって団長はノエルが男性に変えられてしまった事と、ロランとノエルの二人が結婚した事を知ったのだ。
手紙を開けたロランはノエルに見えるように手紙を持つと、二人は読み進めていく。
「……あの人に、ティアナに妹にされた人達の洗脳が最近になって完全に解けたんだってさ、良かったね」
「そう。性別は私達と同じで元に戻らないけど、記憶は戻って良かったわね」
「でも、全員が女性になっている事に驚いてたみたいで、これから先どうするかは決めていないみたいだよ」
「自分の性別が変わってたら誰だって驚くわよ。私も最初は驚いたし」
その手紙には、ティアナの魔法によって妹にされた者達の洗脳が騎士団の働きによって完全に解除された事が記されていた。
彼女達は洗脳される前の記憶を取り戻したのだが、男性だった自分達が女性の姿になっている事に驚き、元の性別には戻れないと騎士団から告げられた彼女達は、この先をどう生きていくのか模索しているとも書き記されている。
ロランとノエルの二人も彼女達と同様に模索している途中であるが、確実に未来へと歩を進めている。
「ノエル。これからもよろしくね」
「何よ改まって。……まぁ、こちらこそよろしくね。ロラン」
これからも二人は夫婦として互いを支え合って生きていく。健やかな時も病める時も、常に一緒で同じ時を過ごしていくのだ。
そして、一ヶ月後にロランは無事に夫婦の愛の結晶である赤ん坊を出産し、ノエルと共に喜びを分かち合ったのであった。
二人の他にも、ブライとミカにノエルの両親の四人にとっては初孫であり、村長にとっては待ち望んでいた曾孫である赤ん坊が産まれた事に、彼らは二人以上に喜んでいた。その喜びは村全体に拡散していき、村は幸福に包まれていった。
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ティアナはどこにあるのかも分からない花畑で寝転がっていた。そこは彼女と花以外は何も存在しない場所であった。
「……あれぇ?ここどこぉ?」
ティアナは身体を起こす。彼女は何故このような場所に居るのかが全く分からなかった。
「……お姉ちゃん?」
周囲は見渡しても誰も居なかった筈なのに、ティアナを呼び掛ける声がしたので、彼女はその方に顔を向ける。
「え?……何で?」
「どうしたの、お姉ちゃん?私の顔に何かついてる?」
「う、ううん。何でもないよ?」
そこに居たのは、ティアナが二度と会えないと思っていた彼女の妹だった。何故ここに妹が居るのか疑問に思うティアナだが、その妹に不思議な現象が起こった。
「お姉ちゃん!」
「お姉ちゃん!」
「お姉ちゃん!」
なんと、一人しか居ない筈のティアナの妹が次々と増えているのだ。その増え方はとどまる事を知らず、今も増え続けている。
「……あ、あははぁ、あはははぁぁ!!妹が一杯だぁ~!」
次々と増え続ける妹達を見て、ティアナは先程の疑問など気にならなくなった。自分の周りにはこんなにも沢山の妹が居る。それだけで彼女はとても幸せだった。
「…………あははぁ、ひひぃ」
……しかし、ティアナが本当に居るのは花畑ではなく、とある場所の地下深くに設けられた暗い牢屋の中であった。そこは人一人が横になれるベッドがある以外は何も無い。彼女はベッドの上で寝転がりながら虚空を見つめ、何とも不気味な笑みを浮かべながら独り言を呟き続けている。ティアナが見ている妹達は全て幻であったのだ。
騎士団によって連行されたティアナは妹達と引き離され、これから受ける罰を言い渡された。ティアナは最愛の妹を失った事で心神喪失の状態になったのだが、何度も凶行に走った彼女に情状酌量の余地は無いという判断がされた。
ティアナを世に出してしまえば同じ事を繰り返すと考えられ、彼女をこの国のとある場所の地下深くに設けられた牢屋に、生涯を終えるまで幽閉される事が決まったのである。
牢屋に入れられてからのティアナは最初の頃は妹達に会わせろと大きな声で叫んでいたが、妹達の笑顔が見れず、温もりを感じない、声が聞けないなど、支えになっていた妹達が傍らに居ない彼女は徐々に弱々しくなっていき、今のような状態になった。妹達が居た事で何とか保たれていたティアナの心は、遂に壊れてしまったのである。
「ふふぅっ、あははぁ!!」
このようになってしまったティアナは再び太陽の下を大手を振って歩く事は無い。暗い暗い牢屋の中で、一生を終えるのだ。
「み~んなぁ、大好きだよぉ~!!!」
……しかし、ティアナは生涯で最高級の幸福感を覚えていた。会えないと思っていた妹に沢山会えて、それを失う事は二度と無いのだから。現実では辛い事も幻想の中では絶対に起こらない。彼女はその中を一人だけで過ごし、命の灯火が消える時まで生きていくのである。
そしてティアナは、捕まってから実に7年という長い時を暗い牢屋と幻想の中で過ごし、誰にも看取られる事なく、その生涯を終えたのであった。
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ハッピーエンドにも色々と種類がありますので、それを書いてみました。ティアナの結末も捉え方によってはハッピーエンドです。
至らない所が沢山あるかと思いますが、この小説を読んで頂き、ありがとうございました。