第95話「邂逅」
昔話入りまーす
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彼らが遭遇したのは、春の嵐に山がざわめく頃だった。
場所はオルシニア北西部――ウォルメナの端。
古来よりシェブナグラと呼ばれ、畏れられるその山中。
そこには、人知れず聳え立つ遺跡があった。
なぜこんなところに、と首を傾げたくなるような山頂間際。針葉樹林の谷間に沈む石造の神殿。
おそらく最奥には祭壇か何かあるのだろうが、暗がりで一切窺えない。言い換えれば、それだけの大きさを誇る建造物だ。
イメージとしては地球のギリシャ神殿が近いだろうか。
立ち並ぶ太い柱は見上げるほどの高さであり、それらに支えられた屋根は底辺の広い三角形。柱にも屋根にも細かな装飾が残っており、建造当時はさぞや立派だったのだろうと想像がつく。
だが、乾燥が強い地球の地中海性気候とこの地域のそれは違う。
山からの吹きおろしによる風化、雨や雪による浸食で、神殿は苔類や地衣類に覆われ今にも崩れ落ちそうであり、元の威容は見る影もない。
今もなお風雨にさらされ、表面の緑からは滝のように雨水が流れ落ちている。
長く人が近寄っていないのは明らかであり、ましてや信仰を寄せられているはずもない。
まさに、朽ちるに任せた無残な様相だ。
そこに。
フラフラとした足取りで接近してくる人物がいた。
金髪に翠の瞳、特徴的な形の耳をもつ青年――アルフレッドだ。
横殴りの雨に打たれるまま、足元には血の混じる泥だまり。
意識もはっきりしているのかわからない、そんな不確かな面持ちで、しかし一心に古びた神殿へと向かっていく。
それというのも、神殿を中心にしたこの地には“土”の魔力が異常に豊富だった。
“植物”の魔力を扱う青年にとって、“土”の魔力は回復の手助けになる。そのため、ほとんど無意識のうちにここまで辿り着いたのだろう。
今にも倒れそうな朦朧とした様子で、一歩一歩、谷間を陣取るその遺跡に足を踏み入れていく。
しかし、彼が正気を保っていたのなら、間違ってもこんなところに近づこうとはしなかっただろう。
なにせ神殿は見るからに怪しさ満点。魔力濃度が高い点から魔物の棲み処と考えるのが妥当だ。
それでも、満身創痍の青年にとって背に腹は代えられず、ましてやそういった可能性を考える余裕もなく、雨を凌ぎ、少しでも回復しようと奥へ奥へと歩を進める。
そうして。
彼らは遭遇したのだ。
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「――あの時あなた、僕を一目見てなんて言ったか覚えてますか」
『わー!!』
「“異世界エルフ、来たー!!”ですよ」
『言うなよ、それを!』
翻って現在。
イリューシアの森にて、中心部へと向かう道すがら、“あの時”邂逅を果たした青年と黒い獣は軽口を叩きあっていた。
「当時は突然殴られたかと思いました。念話を大音量で叩きつけられたので」
『いや、悪かったよ。……感動が大きすぎてな』
そう言った黒い獣――宵闇は、気まずげにゆらりと尻尾を揺らす。
本人からすれば、黒歴史を掘り返されたようなものだ。獣姿で表情は乏しく、内心はうかがえなかったが、かなり恥ずかしいらしい。
そんな1人と1匹は、肩?を並べて歩き、慣れた調子で言葉を交わす。
青年――アルフレッドは言った。
「おかげであの瞬間、意識がはっきりしましたよ」
『あー。お前ケガしてたもんな。……朦朧としながらこっち来るからヒヤヒヤだった』
四つの脚を前に進めつつ、宵闇は苦笑したようだ。
これに、アルフレッドは顔を顰めて回顧した。
「……あの時ほどしくじったことはないですね」
『いや、あるだろ。その数日後に最大級のヤツを』
「……」
都合よく記憶を消去したらしいアルフレッドがわざとらしく視線を逸らせば、半ば本気でツッコミが入る。
『なんでアレを忘れてんだ、てめえは!』
ちなみにアレとは、アルフレッドが宵闇を消そうと詠唱魔術で無理をした“アレ”だ。
当時は本当に色んな事があった。
まだ1年も経っていないのだが、もはや遠い過去のように、宵闇は懐かしく思い返す。
一方、その彼らの後ろには。
3人の女性が銘々に歩いていた。
先ほど思わぬ醜態を晒し、軽く動揺を見せているのは地球の女子高生――麗奈。
少し間をおいて落ち着いたかと思いきや――。
「え、え、あれがアルフレッドさん?! ってか、落ち着け、私! ……でも、でも。まさかの完璧エルフとか、わー!!」
あいもかわらず興奮気味だ。
それでも、こだわって整えている髪型は完璧であり、服装もどんな魔法が働いているのか一切汚れもなく綺麗なまま。上半身はシャツにベスト、下は紺のスラックス、靴はローファー。肩には女子高生おなじみの通学用カバンをかけ、それがパンパンになっていて重そうだ。
そして、そんな彼女に呆れつつ、そこはかとなく距離をとっているのはプラチナブロンドの女。
もちろん、レイナだ。
ちなみに、便宜上、“彼女”と呼称しているが、露わになっている長めの髪以外、女性とわかる特徴はほとんどない。
体格を誤魔化す暗色の装束はいつも通り。歩き方ももはや癖なのか、男と変わらない仕草のまま。鋭利な視線や表情からもレイナを女性と思う者はほとんどいないだろう。
彼女の体調は回復したのか、少なくとも外見上は何の問題もなく歩いている。
そして、その隣を行くのはディーだ。
常のように何を考えているのかわからぬ笑みを浮かべ、足音もなく静かに歩を進めていた。
黒が基調のレイナと違い、ディーは赤が基調の丈の長いゆったりしたモノを身に着け、その上に一般的な旅装を羽織っていた。
空を映したような碧眼は、彼女の穏やかな性情を如実に表している。
その柔和な雰囲気は、しかし、同時に老成した得体のしれなさも混在させており、近寄りやすいのか近寄り難いのか、ある種独特な気配を纏っていた。
そんな一行が森の中央に達する直前、黒い獣が少女へ言った。
『あ、そういや、麗奈。これから会うルドヴィグって奴に、地球の話は無しな』
麗奈は目をパチクリと瞬き、斜め前方を歩く宵闇を見下ろす。
「え、あ、はい。……でも一応、グスターヴさんとかにはほとんど話しちゃってますけど……?」
躊躇いがちな返答にも宵闇の調子は変わらない。
『ああ、別にそれはいい。どうせ話が伝わるのは相当後だ。とにかく、目の前の面倒を避けたくてな』
そう言って、黒い獣はゆったりと尾を揺らす。
まさに経験者は語る、といったところか。
何しろ“異世界”という超概念に始まり、地球のはるかに進んだ文明やら文化やら、説明を始めればキリがない。少しでも口を滑らせればルドヴィグは間違いなく食いつくだろう。
なにせアルフレッドがそうだった。
もちろん、彼からの質問に宵闇はほとんど完璧に答えられたわけだが、麗奈にそれらを理路整然と説明できるだけの力はない。回避するに越したことはなかった。
だが、そう言われてもあまりピンときていないらしい麗奈へ、今度は宵闇の隣をゆくアルフレッドが言った。
「……間違いなく、隅から隅まで聞きだされます。全て説明できる自信が無いなら、従ってください」
ちなみに。
彼的には至って何気ない言葉だった。
だが、その声音は淡々としており、チラリと麗奈に向けられた視線はまるで彫像のように色がない。
いつも通りの彼ではあるが、初対面の彼女は当然、知らないこと。
「わ、わかりました」
麗奈は思わず緊張しつつ頷いた。
一方、アルフレッドは気にしない。
「ちなみに、貴女がクロと――この彼と同じ出身であることは話してあります。魔力が高く、防御に特化した一方、攻撃手段は今の所無し。同情心で連れ出した、と」
宵闇も言う。
『補足すると、俺の出身は東の果ての島国ってだけ言ってある。詳しく聞かれても、麗奈はわからない、で通してくれ。必要があれば適当な嘘でフォローする』
「りょうかいです。お願いします」
神妙に少女が頷けば、続いて話の矛先がもう1人の方へ向いた。
「そしてレイナ」
アルフレッドは言う。
「――貴女に関してはイスタニアの従魔術士であり、グスターヴ派の配下だったことは言ってあります。殿下の主な興味はおそらく貴女に向いているでしょう。
……先の襲撃、といえば伝わりますか?」
「……ああ、あれか」
少しの間のあと返った呟きに、青年は振り向きもせず言った。
「間違いなく尋ねられます。何を話すのかはご自由に」
「……」
眉を潜めてレイナが沈黙した一方、軽く振り返り宵闇は言った。
『とりあえず、あんたの有用性は今も当然変わらない。何があってもルドヴィグに引き渡すなんてことはしないと約束する。信用してくれ』
これに、レイナは口端を引き上げ皮肉気に笑った。
「……信用、ねえ」
物言いたげなディーの視線もどこ吹く風。
酷薄な笑みを浮かべ、レイナは言った。
第95話「邂逅」




