第94話「確信」
「メッチャ端的に言うと、アルのことを殺しかけた」
「え!!」
「で、その直後に最上級の精神攻撃かましながら助けた」
「えぇ……!」
想像をはるかに超えた答えに、麗奈は当然絶句。
どんな状況だったのか想像もできず、二の句が継げずに押し黙る。
しかし、事情を知る2人にとってはこれ以上語る必要もなし。
百面相する麗奈は脇に置き、ディーが言った。
「それで、そのアルフレッドは今どこに? 宵闇、どうだ?」
答えを知りながら訊いているのだろう彼女に、呆れた視線を向けた男は人型を崩しながら適当に言う。
『この森の中じゃ、さすがの俺でもわからねえよ』
そうして、代わりに現れる全身真っ黒な獣は『普通に考えてあっちだろ』、そんなことを言って銀色の視線と鼻先を、とある方向へ向けた。
ディーもまた「そうか」と短く返したきり、沈黙する。
ちなみに、初めてこの場に来た2人は知らぬことだったが、宵闇が指し示した方角にあるのは森の中心部たる大きな泉。青藍が向かったのも同じ方向だ。
ついでに言えば、彼らが今いる場所は転移するにあたって仲間内で取り決めた目的地――いわゆるポイントだった。
それは、泉から数メートル離れており、木立に囲まれ、不自然に少しだけ開かれた空き地。文字通り自然にはできないような、妙に整えられた空間だ。宵闇とアルフレッド、そして月白とで、わざわざ木を切り、整地した。
そうして、予め決めたポイント目指して転移することで、その転移先での事故を減らす目的がある。
そのためこの場所は、森の中心部から少しだけ離れた所に位置していた。
一方、青藍によれば、今日もルドヴィグはイリューシアの森に来ており、いるのは十中八九、その中心部。
諸々の報告をしなければならない宵闇は、特にそちらへ向かう必要性があるのだが……。
しかし、なぜか本獣にはその気が薄いらしい。
ディーからの問いに答えたのちは、のんびりと上半身、次いで下半身、と四肢を最大限に伸ばし、久しぶりに戻った本性に馴染もうとしきりに身体を動かしている。
その仕草はまさに大きな猫。
しなやかな黒地に銀の縞が波打ち、否が応でも視線を惹く。
特に麗奈は眼を輝かせ、頻りに手をワキワキさせていたが、まさか撫でまわせるはずもなし。「はわわ~」とでも内心叫んでそうな表情だが、なんとか見つめるだけに留めている。
そんな、急ぐ気の全くない、気ままな振る舞い。
ディーにも異論はないようで、急かすでもなく微笑みながら、周囲のわずかなさざめきに耳を澄ませているようだ。
なんのための時間なのか。
その目的が不透明なまま、しばらく流れる沈黙の時間。
宵闇の毛並みに釘付けな少女とは違い、レイナなどはその意図に気づいて苦々し気な表情だ。が、ありがたいのはありがたい。
思考を切り替えこれ幸いと、整いきっていない息を吐き、体内の魔力を安定させるのに注力する。
実際、慣れない瞬間移動を経験した麗奈とレイナを慮っての小休止だ。
気休めにしかならなくとも、少しでも休憩してもらおうと宵闇もディーも気を遣った結果だった。
しかしやがては、麗奈も不思議に思い首を傾げて問いかける。
「……あの、移動、しないんですか?」
これに、尻尾をゆっくり揺らしながら宵闇が言った。
『まあ、ちょっとした時間稼ぎでな。先に行った2人が色々報告してるだろうから、それが落ち着いてからの方が楽でいい。だろ?』
再度、言葉に詰まった麗奈に対し、ディーもまた微笑んで言う。
「――それに、おそらくあちらから来るだろうからな」
これにも、麗奈はただ首を傾げるしかない。
だが間もなく。
パタ、と耳と髭を震わせた黒い獣が呟くように言った。
『ほら、噂をすれば』
「やはり、な」
続く、ディーのわざとらしい言葉の直後。
ガサリ、カサリと、茂みや下草を踏み分ける音が麗奈の耳にもようやく届く。
その音は明らかに二足歩行の間隔で、まず間違いなく人間だ。足を進めるリズムから青藍でないのも確実であり、初対面の人間が近づいてきていることに、麗奈は知らず緊張する。
そして、そう時間もかけずに現れた人物は――。
「「!!」」
木漏れ日を思わせるような、金と翡翠の色彩をもつ美丈夫だった。
「――そろそろ、こちらに来ていただけると嬉しいんですが?」
そう言って、やってきた人物――青年は、その整った顔を皮肉気に歪めて不機嫌を表す。
ある意味で初対面の2人が目を見張り驚いていようと少しも構わず、その青年は黒い獣に向かって眉を寄せた。
「正直に言って、あの2人の相手は僕の鬼門なんです。わかってますよね」
『ハハッ、確かに。悪かったな』
至って軽い慣れた返答に、益々青年は顔を顰めて息を吐く。
しかし、そうしていかに表情を歪めようとも、彼の美しさが損なわれることはなく。また、たとえその口から悪態が吐かれようと、その声音で発せられれば十分聞きごたえがある。
――そんな形容が、まるきり冗談にならないのだから凄い事だ。
更には、実戦の中で鍛えられた身体は服で隠されていようと決して他人より見劣りするモノではなかったし、抑えようとも漏れ出ている魔力は、他人を威圧しかねないレベル。
そんな、あらゆる意味でほぼ完璧な青年は、しかし――。
ただ一点だけ。
この世界においては異様に映る、特徴があった。
それは、耳だ。
横に張り出し尖った耳、それだけが、彼をヒトという枠から疎外している。
だが、黒い獣――宵闇からすれば、もはや気にする点ではない。
悪びれることもなく飄々と彼は訊いた。
『で、話は、一通り終わったか?』
「……やはり、押しつけましたね」
青年の恨みがましい言も、宵闇はどこ吹く風。
半分口実ではあったが、ルドヴィグをそこはかとなく苦手としているのは宵闇も同じだ。事前情報が青年の口から伝わっていれば、彼が説明するのはグッと楽になる。
堪えた様子もなく、宵闇は言った。
『――まぁまぁ、そうカッカすんなよ。こっちもトラブルがあってな』
その一言に、青年は迷いもせず言い放つ。
「アオが失敗でもしましたか」
断定する口調だった。
もちろん宵闇に「YES」以外の答えはなく、半眼になって彼は言う。
『……そこで間髪入れずに言うあたり、お前はホント容赦ねえよな』
対する青年は、首を傾げて不思議がった。
「アレに対して何を容赦しろと? あなたはまだ子供だと言いますが、アレが周囲に与える影響はその範囲を逸脱している。ましてや、直接言ってもいないのに、何を配慮しろと」
ぐうの音も出ない反論に、宵闇は情けなくも耳を横一文字に倒しながら、ぼそりと言った。
『…………やっぱ、お前ら似てるよな』
「?」
含意をくみ取れず、青年は顔に疑問符を浮かべ押し黙る。
ちなみに、蚊帳の外のディーは1人笑いをかみ殺すのに忙しそう。
一方、そうしてようやく止まったやりとりに、割り込むのはここしかないと、果敢な少女が声を上げた。
「あの! お話し中、すみません!」
この瞬間、一斉に場の視線が少女に集まった。レイナでさえ視線を向け、何を発するのかと注意を向ける。
これには多少怯んだもののすぐに持ち直した少女――麗奈は、意を決して言い放った。
「私――。……私、この世界にエルフの方がいるなんて、聞いてないんですけど……! どういうことなんですか、ショウさん!」
『あ、ちょい待ち、麗奈――』
この時点で、宵闇には彼女が言いたいことの予測がついた。ついでに、彼女と自分は同類なのだという確信も。
だが、宵闇の制止もむなしく、すっかり興奮を顕わにしたした彼女が、キッと顔を上げて言う方が早い。
「――と、いうか! エルフ! エルフなんですけど! 森の中の生エルフ!! キャー、マジヤバい!」
「「「『……』」」」
そうして、指こそ指さないものの麗奈は小さく飛び跳ねるほどの興奮ぶり。
一方、その急に天元突破したハイテンションな反応に、そこにいる誰もが沈黙する。
……いや。
1人、納得したような顔をして一早くリアクションした者がいた。
当の青年だ。
彼は、真っ黒な獣姿の相棒に歩み寄り、その居たたまれなさそうな相手に向かって淡々と言った。
「……別に、これまでだって疑ってたわけではないんですが。今、確信しました」
器用にも宵闇が口元を引くつかせているのもお構いなく、青年――アルフレッドは妙に感心したように断言した。
「――彼女、間違いなくあなたと同郷ですね」
『……』
もちろん、黒い獣が、何か言えたはずもない。
第94話「確信」




