第91話「信頼」
視点:1人称
「レナぁ、早く起きなよっ! 探検いこう! 探検! 昨日の続き!」
「アオちゃん……? ちょっと待って……。あと5分……」
俺が魔物姿のアルを引き連れ戻ってみれば、毛布にくるまった麗奈がお約束みたいな寝言を言っていた。
その彼女を、アオが容赦なく毛布から引きずりだそうとしている。
現在、およそ7時すぎ。
ぎり早朝と言っていい時間帯だが、この世界では起床時間として遅めかな。
高校生としても常識的な時間だし、電気なんてないから夜更かしもしていないんだが、彼女はここ数日こんな感じだ。明らかに睡眠時間が9時間超え。よくもまあ、それだけの時間眠れるよな。
確かに、高校生なんていくら寝ても寝たりない時期ではあるし、成長期の睡眠はこの上なく重要だが、一方でこの間は徹夜してたし、彼女の生活習慣が乱れまくってるのは大人として心配だ。
……とはいえ、17歳の頃なんて誰しもが似たようなもんか。
かく言う俺も、連日一夜漬けに休日の寝だめ、とか平気でやってたしな。
ちなみに。
休日だからといっていつもより長時間寝てしまうような場合、つまり、寝だめとか言って朝寝坊している場合、それは慢性的な睡眠不足の証拠なんで、生活習慣の改善をオススメする。
実際、平日の睡眠不足の皺寄せが来てるだけであって、寝だめなんて不可能だし。体内時計が狂うだけでデメリットしかないらしいから止めた方がいい。
常に決まった時間で早寝早起き。
それが古来より言われる健康の秘訣ってな。
死ぬまで実践できなかった俺が言っても説得力に欠けるが。
一方、朝早くからこっちに来て、じりじりと麗奈の起床を待ってたアオは、意外にも早寝早起きだ。
ハクやディーと違ってどうやら眠ることができるアオだが、まるでスイッチが切れた様にスコンと寝始めるから毎回面白い。で、日が昇る少し前にはむくりと起きて、しばらくするとまた活動し始める。
もしかすると、本性が爬虫類で変温動物なのが関係してるのかもしれない。――が、アオ本人の身体はちゃんと体温調節機能があるみたいだから、真相は未だ不明だ。
そのアオは、ここ数日イリューシアの森とこっちとを行ったり来たり。
ディーは居っぱなしなのに、アオだけ毎日通ってくる。
あいにく、森に帰る理由は知らないが、こっちに来る理由は明白だ。
麗奈とここらを探検するのにハマったからだ。
どうも、アオに連日付き合わされている麗奈は下の子の面倒見るのに慣れてるらしく、弟か妹かいるんだろう。ほぼ初日にアオが懐いた。
それはもう速攻だった。
以来、アオは早朝こっちに来ては、寝ぼけ眼の麗奈を起こし、飽きもせず繰り出していく。そのやりとりは、まるで年の離れた従姉妹みたいで仲良さげ。
今もアオは、漸う目が覚めた麗奈にしつこく纏わりつき、ディーに止められたりと忙しない。
対する麗奈は、のったりと起きだしては気温の低さに身震いしつつ、アオを宥めて朝支度だ。
それにしても。
あいつの本性がおっきな蛇だってことはもう麗奈に話してあるんだが、実際に彼女がアレを目にした瞬間の反応が、俺は今とても怖い。
場合によっては、悲劇がおきる。
ひとまず、彼女自身には特に嫌悪もないらしく (ただ実感が湧いてないだけかもしれないが)、連日アオと一緒に周囲を歩き回っては、昆虫だの爬虫類だの平気で観察してる様子を見るに、大丈夫かなとは思っている。
……嫌だぞ、俺は。
あれだけ微笑ましく交流してる2人の間に、修復不能な傷ができるのは。
悲しすぎる。
すべては麗奈のリアクション次第だ。
祈るしかない。
そんな彼女は引き続きアオに纏いつかれながら、賑やかに朝の身支度に向かったらしい。俺の視界から外れた。
ちなみにディーも一緒だ。
一方、そのディーが熾したんだろう焚火の傍に座り込んだ俺は、同じく腰を落ち着けたアルの身体を背にしつつ、向かい側のレイナをなんとなく見遣った。
こっちの彼女は身体を温めるのに専念しているらしく、いつもの服に髪は隠さず肩に垂らし、しきりに布で拭っては乾かしていた。
正直、この寒空に水浴びなんて正気の沙汰じゃないと思ったが、レイナはどうやら慣れているらしい。
身体を洗いたい欲求も頂点だったらしく、朝方、何も言わずに消えた時は、あらゆる意味で心配しちまった。
単純な身の安全への心配はもちろんだが、一方で、逃げられたんじゃないか、という危機管理上の懸念のためだ。
何しろ、彼女は俺が口八丁でこっちに引き入れたわけで、可能性としては十分あり得る。
レイナとしては、どうやら “安定した働き口” が欲しいらしく、逃げられるのは確率的に低いと思ってはいたものの。
だからといって信じ切っているわけでもない。
それで、彼女のことはそれとなく気にかけていたんだが――。体調も回復してきた本日早朝、何も言わずにいなくなったものだからほんの少し焦った、というわけだ。
とはいえ、すぐ方角的に目的は知れたし、ディーと一緒にノゾキにならない程度の距離感で傍にいた。
……念のため繰り返すが、誓って下心は何もない。
元よりその手のことに関心も低ければ、ぶっちゃけ服の上からでも骨格から体格を推定できるし、殊更その真相を確かめたいとも思わない。何より彼女は俺にとってまだ子供だ。年齢差的にも、そういう対象にはなりえない。
かつての同性の友人には枯れてるとかなんとか言われたもんだが、別にホモ・サピエンスとして異常は無かったし、好きな相手以外に反応しないだけのどこがおかしいのか、俺は逆に不思議だ。
ついでに、生物学や心理学を下手に知ってると理性が先に立つようになるから、冷静になりやすいと言うのもあるかな。
誰しも「この落ち着かない感覚はテストステロンやフェニルエチルアミンに脳が踊らされているからなんだな」とか思ってしまえば、熱も冷めるってもんだろう。ついでに、男が女性の胸を見るのは、安定的な子孫繁栄を考えた上での合理的な判断基準であって正常だし、たいていの “好み” というものは理由が後付けではっきり、明確には成りえない。
俗に言う「人間に自由な意思はほぼない」って奴だな。
……ちょっと違うか?
まあ、いい。
余計なことを言った。
で、そこからの経緯はさっきの通り。
一応、配慮して慎重に距離とってたのが仇だったな……。違和感に気づいて駆け付けた時には一触即発でものすごく焦った。
何しろ、痛覚あるのはアルも同じだろうし、アルの反撃でレイナに怪我されても困る。
正直、彼女には「立ち向かわずに逃げてくれよ」と思った俺は悪くない。
どうにも向こう見ずなところがレイナにはあるから、 “逃げるが勝ち” とか “臨機応変” とかそういう柔軟な対応を習得してほしいところ。
他者を頼る、なんていう選択肢が彼女の中にないのも一因だろうがな。
そんなレイナは現在、アルと共に近づいた俺のことを一瞬見たが、あとは我関せず。なんの感情も窺えない様子で濡れた髪を丁寧にぬぐっていた。
顔色も特に問題はなさそうだし、寒さに震えているわけでもなさそうだ。
身体が慣れてるんだろうなぁ。ある意味悲しいことだがひとまず良かった。
なんてことを思っていれば、彼女が言う。
「――そいつが、例のシルバーニ様か? まさかそんな姿もあるとは驚きだな」
相変わらず何を思っているのかわからないが、少なくとも蔑むような感じはない、かな。率直な驚きを表してるってことでいいんだろう。
俺は頷いた。
「そうだけど、こうなったのはつい最近だ。諸事情あってな」
「ふーん」
ごく無関心な相槌だったが、その視線がこっちをさりげなく向いているあたり、興味がなくはないらしい。
そういや、以前レイナにはアルについてちょっと話したっけな。で、初対面がまさかのコレ……。
あの時、俺は何て言ったんだったかな……。
ま、いいや。
こいつのこと、彼女に紹介してなかったから、今しとこう。
「遅れたが、改めて。こんな姿でカッコがつかないが、こいつが例のアルフレッド・シルバーニ、位は雄爵、派閥で言えば第3王子殿下寄りのお貴族様、の1人だが、とはいえ見ての通り、人間であることに拘りもない、ある意味ぶっとんだ奴だ。気難しいところもあるんだが、慣れてくれれば幸いだ。よろしく頼む」
ここまで一息に言ってみれば、アルからも、なぜかレイナからも、なんとも言い難い視線を頂戴している。が、当然無視。
ついでに、ここまであいまいになっていた重要事項にも触れとこう。
「――で、あんたの雇用条件なんかについてだが。
そこらへんは、こいつが話せるようになってから正式に文書にさせてくれ。それまでに互いの希望をすり合わせられたら、理想だな。
ひとまず俺からは以上だが、そっちからは質問あるか?」
何しろ、レイナを確実に繋ぎ止めるためにも、この点は重要だ。
俺はなるべく早く話をまとめたかった、のだが、まったく。
せっかく2人を引き合わせられたのに、アルがしゃべれない状況なのはホント困っちまう。
しょうがねえから、俺が代理で取り決めよう。少なくともアルの賛否はわかるしな。
そんなことを俺が考えていれば、対するレイナはもっと何とも言えない顔をして言い淀んでいた。
なに。俺、またなんか変なことした……?
内心で冷や汗をかきつつ数秒待っていれば、彼女は言った。
「…………色々言いたいことはあるが。とりあえず――」
なおも言葉を迷い、次いで言う。
「――オレのことを、その貴族様は承知してるのか? まるであんたに決定権があるように見えるが、大丈夫なのか」
……え。
まさかのそこ?
もっと具体的なことを訊かれると思っていたんだが。
俺は首を傾げ、右下を見る。
「いいよな、アル。彼女はイサナと同じだ。ついでに優秀。程度はさっき見た通りで、元はグスターヴの下についてたんだが、こっちに寝返ってもらったんだ」
イサナみたいに面倒見てもいいだろ? と、再度仕草で訊けば、アルはこっちをじっと見たのち――。
「ふー」とため息みたいなものを漏らして顎を地面につけた。
「いいってさ」
「……本当か?」
微妙な返答だったのは確かだが、否定しないってことは了承だ。
「大丈夫、大丈夫」
俺がそう返しても、レイナの不審そうな表情に変化はなし。
なんで信用ねえのかな。
「……まあ、いい。別にオレは急いでない」
「そうかい」
ふいと逸らされた視線に一抹の不安を感じるが……。
うーん。
つまりは、自分の雇用条件にあまり関心がない、ってことだよな。
……これはまだ警戒しといた方がいいのか?
そんなやりとりをしていれば、今度は麗奈の声が数十歩先でした。
「わ、びっくりした! その鹿? なんですか?!」
「鹿……」
「ブッ」
その“鹿”の正体を重々わかっているレイナが呆れたように呟く一方、俺は堪らず噴き出した。
今まで半分寝ぼけていて、彼女の視界に入ってなかったんだろうなあ。
おい、アル。お前、鹿とか言われてるぞ。
確かに角とか顔とかそっくりだけど。
何か言いたげに右下から見上げてくるアルの頭を宥めるように触れ、俺は近づいてくる麗奈に言った。
「紹介するよ。今は訳あってこの姿なんだが、俺たちの仲間でアルフレッドという。ついでに、しっぽとか鬣とか色々違うから、鹿とは言わないでやってくれ」
「あ、すみません! アルフレッド、さん、ですね」
俺の例もあったせいか、彼女は素直に納得し、怖がりもせず数歩先まで寄ってくる。そうして膝を突き、アルに視線を合わせ律儀に言った。
「――私は、三森麗奈と言います。失礼なこと言ってすみません。よろしくお願いします」
「よろしく、だってさ」
微かに頷いた仕草を俺が通訳すれば、彼女も首を傾げて言う。
「話せないんですか?」
「そう。まだこの姿に慣れて無くてな。ついでにここだと人型にもなれない。まるっきり魔物にしか見えないよな」
ホント、だからお前は呼ばなかったのに。
なんで来ちまうかなぁ。
俺が苦笑しながら内心独り言ちていれば、麗奈と一緒に戻ってきたんだろう、ディーが歩み寄りつつ言った。
「ちなみに、その姿のまま話せないわけではないらしいぞ。ただ、そうして言葉に出す、思念の選別ができないそうでな。ひたすら黙っている、とのことだ」
ああ、そういうこと。
「確かに、お前が俺みたいに失言しまくったら面白いのが聞けそうだ。要は、恥かくのが嫌で話さないんだな?」
そう言ってやれば――。
痛った!
ちょっと揶揄っただけなのに、アルが角振り回してきやがった。
危ないだろうが。折れでもしたらどうすんだよ。
わき腹から背中にかけて思いっきり当たった硬質な感触にビクついていれば、割と近い距離にいた麗奈も驚いたらしい。
ちょっと身を引きながら言う。
「わ、けっこう、気が荒そう。触れない感じですか?」
そんな彼女の言葉に、俺は不覚にも爆笑する。
「アッハハッ――! おい、麗奈、やっぱ、こいつがモフモフの鹿にしか見えてねえな?」
別に本人から許可さえ出れば触ってもいいが、アルが人型になった時に後悔するぞ。
何しろ、こいつの本性は外見エルフの完全な美形だからな。それを見た瞬間の彼女の反応が見物だ。
アレさえ見れば、彼女も気おくれして撫でようなんて思わないんだろうが――。
「だって、私、犬とか猫とか、毛深いのが好きなんですぅ! 本当はショウさんの魔物バージョンも触りた――って、なんでそんなに笑うんですか……! あ、アルフレッドさんも嫌そう……。いいなぁ、ショウさん!」
「ク、ハハッ」
あぁあ。笑った、笑った。
基本的に人が嫌いなアルだ。もうしばらく、この感触は俺の独り占め、になるんだろうな。
まあ、何より。
このぶんだと、きっと麗奈ならアオの本性を見てもすんなり受け入れるんだろうし、アルの元の姿を見ても素直に感動するだけなんだろう。
あまり根拠に欠ける希望だが、ひとまず今は、そう願っておこう。
第91話「信頼」
今話をもちまして拙作は計90話、40万文字超!
総合評価876ptとなりました!
不定期更新ながら、投稿開始より1年半ちょっと!
飽きずに読んでくださる皆様のおかげです!
ありがとうございます!




