第81話「交渉」
視点:1人称
「あああ~、いってぇぇ……」
なんとか場を落ち着かせるのに成功した俺は、しかし薄暗い倉庫の中、本性から人型になった瞬間、胸を押さえてうずくまる羽目になる。
「っ。……マジ、なんなんだろうな、この痛みは……。穴はもう無いのに痛みだけとか、どうなってんだよ。幻肢痛の逆バージョン、みたいな……?」
盛大に独り言を呟いて、なんとか意識を逸らそうとするが、ダメだ。耐えられないレベルで痛い。まさに心臓を抉り出されたのか? ってくらいの痛みだ。
これじゃあ、例え本体がノーダメージだろうと支障がありすぎるな……。
ちなみに。
事故なんかで突然四肢を失った人間は、無くなった手足にあるはずのない痛みを感じるらしいが、これを幻肢痛という。そして、たぶん俺のこれも似たようなものと思われる。
実際、幻肢痛のメカニズムは未だ解明されていないが、脳機能の混乱で現実を誤認識するからだろうと想像はつく。
俺の今の身体? にも、記憶を保持するための集積回路は少なくともあるようだし、それが前世の経験を基に、感じる必要のない“痛み”を再現しちまっているのが俺の現状、なんだと思う。
だから、例え患部が元に戻ろうと、集積回路の混乱が直らなければ痛みは引かない。しかも、自己修正できないのが目下の悩みだ。
一方、身体の損傷の方は一旦、本性に戻れば自動的に修復される。
だから、胸と腹に空けられた穴は、本性の時はもちろん、再度人型になっても存在しない。魔力さえ有れば、俺たちはそうして身体を修復できる。
要は、魔力が尽きない限り、俺たちには“死”というものがない。
しかも、この世界じゃ魔力というエネルギーは環境中の酸素並みにありふれているから、ほとんど不死身と言っていいだろう。
ひたすら、痛覚あるのだけが難点だ。
そんなことを考えながら、俺はたまらず本性に戻って一息つく。
思った通り、この姿なら痛みはない。
ホント、不思議な存在に生まれ変わったもんだよ。
どういう仕組みになってんだろうな。
俺は述懐しつつ、暗がりに向かって一声かける。
『――で、だ。会話するにも不便なんで、まずは自己紹介していいか』
もちろん相手は、さっきまで元気に俺へ攻撃してきていた御者のあいつ。今ではすっかり鳴りを潜め、暗がりの向こう、怯えの強い表情でこっちを警戒してる。
ちなみに、こうして見てみると中々小綺麗な顔だ。ついでに小柄。髪は頭に巻かれた布で隠されよくわからないが、瞳は深い蒼、肌は北欧人並みの色白。
一方、声は低めだ。マジで性別どっちかわからないんだが……。しかし、腕を取った時の感触からすると――。
そんなことを見取りつつ、俺はどう話しかけたもんかと少しの間、悩む。
何しろ、上半身に穴が空いても平気だった俺の姿、プラス、今のでっかい魔物姿を見せられたんだ。向こうが感じた衝撃は想像して余りある。そりゃ、思考も停止するし怯えもするだろう。
実際、俺が本性で迫った時には顔面蒼白だったし。
だから、あんまり怖がらせるのも忍びなくて人型になろうと試したんだが、痛みのせいで叶わなかったのはご覧の通り。
もうしょうがない。
こればっかりは、慣れてもらうしかねぇ。
俺はなるべく威圧感を与えないよう、ゆっくり動いて身を伏せる。
もちろん、距離はかなりとった。
その状態で言う。
『――ひとまず、俺のことは、ショウとでも呼んでくれ。少し目的があって、あんたの馬車に潜り込ませてもらったんだ。俺のせいで面倒かけて悪かったな』
「……」
『で? あんたのことは何て呼べばいい?』
「……」
『……。答えないなら適当な名前つけて呼ぶけどいいか? 例えば――』
「17番」
『は?』
勝手に名前を付けられるのが余程嫌だったのか。ようやく言葉が返ってきたかと思えば…………。おもわず理解を拒絶したくなる答えに反射で聞き返す。
が、相手は僅かに口端を上げ、同じことを言った。
「オレは、17番だ」
たっぷり俺は黙り込み、だが、信じたくもない話を確かめようとなんとか念話を発した。
『…………まさかそれが、名前か?』
「ああ」
嫌な予感がした俺は、イサナのことを思い出しつつ、続けて言った。
『…………もしや、正確には8桁あったり……?』
「はっ!」
俺の問いに、短く吹き出した相手は、なんとも言えない暗い眼で言った。
「さてはあんた、イスタニアの出だな」
『いや?』
やけに確信を持って言われたが、もちろん俺は否定する。
再度、思考が停止したような顔をされたが、事実だからしょうがない。
俺は間を持たせようと口添えた。
『――知り合いに、おそらくはあんたと同じ境遇だった奴がいる。だから心当たりを言ったんだ。ちなみに、今そいつは自由の身だから安心してくれ』
何気なく言った俺の言葉に、相手は顔を顰めて吐き捨てる。
「誰が見ず知らずの相手を心配するかよ」
……まあ、そうだよな。
『ついでに、あいつの下3桁は137だ。本当に知らないのか?』
「……ああ。全く」
『ふーん。……そんなもんか』
現状、大事な話でもなし。
俺は論点を変え、言った。
『で? あんたは差し詰め“レイナ”ってところか? 数字の羅列だけじゃ不都合だもんな。そんな感じの名前も、あんたにはあるんだろ?』
「!!」
案の定、図星だったらしい俺の問いは、相手の驚愕の表情によって肯定される。
「お前、なんでその名が……!」
だよなぁ。
この世界の人間にとっては意味不明だろう。なにせ、この命名法は、日本語がわかってないとわからない。
だが、知ってさえいれば、当たりをつけるのは簡単だ。
『……多分だが、その名付けのルールを決めた奴と俺の故郷が同じ、だからかな』
「は?! そんなはずはない! だってアイツは――」
予想外に取り乱して反論しようとする相手に、俺は言葉を重ねて遮った。
『ああー、ちょっと待て、落ち着け。俺は今ここでその点を議論する気がない。必要ならあとで話すからまずは……取引の話をしたい』
俺がそう言えば、御者――あらため、暫定“レイナ”は、いくぶん間を開けて言った。
「……あんたの事を他に話すな、ってあれか」
『そうだ。ついでに、俺とちょっとばかし“オハナシ”をしてくれるとなお嬉しい』
「おいおい。……それは高くつくぞ」
だいぶ調子がでてきたらしいレイナは、そこそこ強気に言ってくる。
俺は鼻で笑って言った。
『情報は渡せないってか? だが、俺がしたいのはこういうおしゃべりだ。ただの暇つぶしだよ。今みたいな、な』
これに、レイナは盛大に眉をしかめる
「…………あんたと話していると、すぐに身ぐるみはがされそうだがな」
『ハハ。そんな無粋なことするかよ』
確かにその気ではあったけども。
……いや、もちろん比喩だぜ?
ぎくりと俺が身を震わせた一方、レイナは相変わらず淡々と言った。
「どの口が言っている。現状、あんたは無粋の極みだ」
『そりゃどうも。一応、すまないとは思っているんだけどな、これでも』
なるべく俺が軽く言えば、ギッと、音が出そうな勢いで睨まれる。そうして唸るように言った。
「なら、今すぐ出ていけ。疾く出ていけ。
……オレにとって他人は全て危険因子なんだよ。もちろん、あんたもな」
そう言ったレイナの表情には、攻撃的な言葉とは裏腹に――やはり怯えが見える。
「――可能な限りすぐにここから出ていくのが、あんたが提示する要求への条件だ。元から、ここにはほとんど人は来ないし、オレには交流もない。心配しなくとも、他には漏れねえよ」
『……』
「――だから、出て行け」
鋭い一瞥でこっちを見てくる相手に、俺は既視感を覚えつつ、努めて明るく言った。
『おおう。思ったよりも強い拒絶。…………だけど、こんなところに1人でいるのは寂しくないか?』
「……」
『ついでに言うと、馬車を1人で操作してたのはなんでだ? 防犯上、止めた方がいいぜ。現に俺みたいのが紛れ込めるわけだしな』
「……」
『実際、実用的な面でも、単独行動は不利益が多い。だろ?』
「……」
『じゃなきゃ、伊達に警察や軍隊がツーマンセルを基本としない。常識だぜ?
今後、同じ目に遭わないためにも、少しは他人と付き合えよ。俺が練習台って事でいいからさ』
「……」
多少、煽ろうともだんまり、か。
『――はあぁ』
これは手ごわい。
ま、ホントに初期のアルを思い出すとこんな感じだったし、やることはあの時とほぼ一緒だ。とにかく、話しかけ続ける。黙っていても効果はないとわかってもらうしかない。
ついでに、“こっからの退去”が条件に出された俺は、この点を譲ってもらわないとマズい。何しろ今は昼日中だ。やりようはいくらでもあるが、この状況から追い出されるのは可能な限り避けたいところ…………。
なら、かなり気は進まないが、最後の札を切るとしますか…………。
ただ、これやると、確実に相手の機嫌を損ねるからやりたくないんだが…………。
『――あー、えっと。一応、あんたの事情はその言葉遣いと併せ、察しているつもりだがな。……実際問題、夜になるまで俺はこっから動けないんだよなぁ。
ちなみに、あんたのためでもあるんだぜ?』
「……」
俺はかなりの気まずさを抑え込み、言葉を継ぐ。
『あんた、従魔術が使えるな? 俺が出て行く前に使った詠唱魔術がそうだろ』
ちなみに、先程“従え”と呟き、何やらやっていたアレだ。イサナが使っていた従魔術とは違ったが、状況的にそうだろう。ついでに言うと、レイナの魔力の属性は、アルやイサナと同じく“植物”の様だしな。
返答はないが、確信とともに俺は言った。
『つまり、この状況でもし俺が外で見つかった場合――というか、もっと言うと、この建物の近くで見つかった場合、少なくともあんたに声がかかるのは確実だ。従魔術で魔物を制圧しろ、ってな』
「……」
『だが、あいにく俺に従魔術は効かない。あんたは命令を遂行できない。…………けれど、果たして周囲は、それをどう思うだろうな?』
「…………チッ」
お、これでもう想像がついたらしい。察しがいいな。
実際、レイナにとってはかなり不都合な展開になるはずだ。
ついでに補足すれぱ、レイナが操作していた荷馬車の荷台は、魔物姿の俺が入れる程度にでかい上、お誂え向きに空っぽの檻だ。
何を運搬するためのモノだったかは全力で思考を逸らしたいが、状況的には好都合。
レイナが、一体どんな命令で動いている人間かはわからないが、俺を従魔術で制圧できないとなれば、良くて無能者扱い、悪ければ――王城内に魔物を手引きした疑いがかかる。というか、十中八九そうなるだろう。
雇われている側としては、致命的な嫌疑だ。
問答無用、速攻で縄を打たれる。
俺も俺でわざと見つかる気なんてもちろん無いが、可能性としては十分ありうる展開だ。
レイナも同じ想定に至ったのか、メッチャ忌々しそうに睨まれる。
俺は良心の呵責を抑えつつ、精一杯の虚勢を張った。
『つまり、俺をここに置いとく方が、よほど面倒は少ないはずだ。そうじゃないか?』
そう言ってやれば、レイナは低く唸る。まるで獣の威嚇のよう。だが、その口から押し出されるように言葉が出た。
「……よくそこまで回るもんだな。その口、縫い付け、頭かち割ってやろうか」
おお。こわ。
殺意高すぎだろ。
正直ドン引きだが、口じゃあなんとか取り繕う。
『ハ。やれるもんならな』
「チッ。…………つくづく癇に障る」
心底、苛立った表情でレイナが吐き捨ててくるが…………。
いやー。今、ホント獣姿で良かったー。
人型の時より、表情なんてないようなものだし、視線も読まれにくいから、俺が今どんな心境か、レイナはわかっていないだろう。…………わかってないといいなぁ……。
何しろこいつには、俺が痛みを感じる、という弱みを握られているからな。それに本人が気づく前に、俺は話をまとめたいのだ。
……あ? どういうことかって?
つまり。
レイナにはまだ、やろうと思えばかなり有効な抵抗手段がある、ということだ。
例えば、だが。
俺が痛みで動けなくなるレベルの損傷を、絶え間なく与え続ける、とかの身の毛もよだつ方法だ。
まさに拷問。
だが、実体にダメージがない一方、痛覚があるならその方法自体は成り立つ。そして、それが可能なくらいには、こいつには“力”がある。
実際、こいつの戦闘力はかなり高い。
さっき俺が刃物に刺された時も、魔法を食らった時も、決して油断していたとか、わざと避けなかったとか、そういうことはない。
純粋に、真剣に向き合って。結果として、俺の反射神経をもってしても反応できなかった。そして刺されたし、上半身に穴が空いた。それが事実だ。
その技術と力をもってすれば、単純に俺が敵うはずもない。あとは、ほぼ無限に修復される俺の身体をベースにした、人並の痛覚vs.プロの技、の持久戦にもつれ込む可能性も無きにしも非ず、な訳で。
そして、そんな気違いなチキンレースを制するほど、俺の感覚は人外じゃアない。絶対に嫌だ。
もちろん、そうなる前に逃げ出す気は満々だが。
なので、俺はなるべくレイナの思考がそっち方面に向かわないよう、ハラハラドキドキしながら現在の交渉を行っている、というわけだ。
だが、少しでも俺の懸念と不安が向こうに読まれてしまえば、それをキッカケに拷問紛いの手を思いつかれかねない。
そうじゃなくても、レイナから伝わってくるのは研ぎ澄まされた殺意だ。内心、ざわざわと肌が泡立つような心地だが、俺は努めて優位を維持しようと余裕の態度を見せかける。
『で? どうだ。俺はここにいてもいいか?』
「…………っ。…………チッ。…………ああ。いいだろう、好きにしろ」
『よっしゃ!』
かなりの溜めがあったが、最終的には許可が下りる。まあ、ああ言われれば許可せざるをえないだろう。
いやー、緊張した!
ひとまず、当座の居場所は確保できたな。
第81話「交渉」
追記
いいね、ブックマーク、評価等々、いただいております!
この場をお借りして御礼申し上げます!ありがとうございます!ヾ(*´∀`*)ノ
【以下、駄文】
ちなみに、1人称にバリエーションがある言語ってかなり珍しいようですね。
さっと調べた限りだと日本語とベトナム語には男女で1人称に違いがあります (追記 古代中国語には一人称にバリエーションが存在したようです!)が、どうやらヨーロッパ系の言語には丁寧語とフランクの違いしかないようです。英語で言えば、1人称はすべて「I」ですし。
と、いうわけですが。
この世界の言語、特にイスタニアやオルシニアで使われている言語には、男女で1人称に違いがあるんだな、とは思っていてください (そうでないとここらの話が成り立ちませんし笑)。現に、日本語やベトナム語など例がないわけじゃないので、ご都合展開、というほどでもないだろうな、とは思ってます。……どうでしょうかね?
また、今話ではまるで「後出しジャンケン」のように新情報を主人公が漏らしてくれましたが、私としては伏線と言うのもおこがましい、説明が足りてなかった部分を補完しているつもりです。また、主人公がいつも言葉が足りないせいでもありますね (責任転嫁)。
まあ、ひとまず作者としては楽しい。
けれども、一向に話が進まないのももどかしいw
実際、ここまで2人の会話に文字数食うとは思ってなかった……w
しかし、無駄な要素は一切ないのでお楽しみください。
言い換えれば、ちんぷんかんぷんで読み手を置いてきぼりしているかもしれませんが……。
そんな拙作にお付き合いくださる皆様には本当に感謝しております!
ちなみに今話で拙作は計80話!いやあ、感慨深い!
これからも楽しみながら書き続けます (徹夜テンションなのでお許しを)!
それではまた次話で!




