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第75話「侵入」

視点:1人称


 さあ! そんなわけで!

 やってまいりました、オルシニア王都!


 なにげこれで3度目でしかないのが驚きだが、とにかくこの三重の城壁は圧巻だな。

 しかも今回は()()()()()()()()から、その規模がよくわかる。


 ちなみに、今の俺は両腕を上げた状態で、飛行する鳥型のハクの脚と握手? して吊り下がっている――つまりは、身体のほとんどが風に煽られほぼ水平だ。


 おかげで眼下の地上を眺めるには苦労がない。……ハハ。


 いやぁ、耳元を横切る風音がいい加減、痛い!



 ついでに、現在の時刻は前世で言う22時くらい。電気のないこの世界じゃ、ほとんどの人間が寝静まっている時間だろう。


 だもんで、月明りもない曇り空の下、着実に近づいているデッカい城郭都市は、北から南東へ抜ける河の流れも含め、ほとんどが黒々として見えている。


 王城と第1城壁に点々と灯る松明だけが、その都市の存在を上空に向けて主張している有り様だ。



 しっかし、それにしてもデカい。


 ざっくりした俺の知識で言えば、古代ギリシアとか古代ローマの城郭都市がたぶんこんな感じだろう。


 特に、ローマ帝国衰退期、ゲルマン人の侵入を警戒して首都ローマに建設された城壁が確か全周20 km弱。これを円だとみなしてめっちゃアバウトに計算すれば(円周率で割れば)、直径は6 kmちょっと。


 これを参考にオルシニアの城壁を目算すると、こっちはもう少し大きくて、一番外側の第3城壁で直径10 km前後ってとこか。

 魔力があるとはいえ、ほぼ人力でよくやるもんだ。しかも3つも。


 だんだん都市が拡張するにつれ、城壁の数は増やしてったんだろうが、一体どれだけの資材と時間と労力がかけられてんのか想像もつかない。


 まあ、でも、中国北方の万里の長城は、前漢の時代に30年くらいで全長8000 km近かったらしいし、中央集権体制下ならやってやれないことじゃないんだろう。


 あとはやっぱ、ローマ帝国にとってのゲルマン人や、漢王朝にとっての北方民族とかと同じく、オルシニア王国にとっての魔物という予測不能な脅威が、これだけの建造物を人々に造らせるんだろうなぁ。


 うーん。

 そう考えると、この国の魔物に対する恐怖心を改めて認識せざるを得ないな……。



 そんなことを俺が徒然(つれづれ)に考えていれば、頭上前方からハクの念話がきた。


『ショウ、このまま落とす。きっかけはお前の好きにしろ』


「りょーかい」


 俺は口で答えつつ、ハクの脚を片手で小さくタップする。


 何しろ、かなりの速度で飛行してる現在、念話はともかく俺の声は届かない。俺自身だって自分の声が風にさらわれて、聞きとれないような状況だから当然だ。


 ……なら、なんで声に出したかって話だが。

 まあ、なんとなくだ。気にするな。


 現在の速度は恐らく時速100 km程度。アレイア領ルドヴィグの屋敷から、体感5時間ちょっとでもう王都だ。

 陸路じゃ数日かかるが、対する空路はほぼ直線移動でなおさら早い。


 ちなみに、これだけ速いと風圧も半端ない。加えて、飛行高度は約1000 m。気温はかなり低いし、空気も薄い。普通の人間なら呼吸もままならない環境じゃねえかな。


 ついでに、俺がこれから挑むのはそんな高さからのフリーフォール(自由落下)


 計算が間違ってなけりゃ、地表に着くころには俺の身体は時速500 km近くまで加速する予定だが、もちろんパラシュートなんてものはないし、ヘルメットもない (ま、人外の俺が頭部を守る必要も殊更ないが)。


 身近なモノで言うと、新幹線が時速300 km程度だから、それよか余程速いと言えば伝わるだろうか。


 ちょっとニッチなモノなら、第二次世界大戦時の戦闘機だ。アレはモノに寄るけど時速500から600 kmだせたらしい。


 いやあ、()()()()()とは言え、俺もかなりムチャやってんなぁ。

 まさかゼロ戦(零式艦上戦闘機)に迫る速度を生身で体感することになろうとは。


 しかし、既にハクは何度もやってるらしいし、俺もおそらく平気だろう。……たぶん。




「……どうか計算が合ってますように」


 俺は溜息をこらえて呟いた。


 目指すはアルが王都に持ってる屋敷の、その庭だ。

 この高度からじゃ、最早ほぼ点。


 机上の試算では、俺がハクの脚を離した瞬間から14秒後には地上に到達。

 ついでに現在、水平方向に時速100 kmで運動してるから、地上に着くまでのその14秒で、俺の身体は慣性に従い約400 m前方に動く筈だ。


 その点を考慮し、俺はハクの脚を離さなくちゃいけない。


 ただし。


 さらにここに、空気抵抗とか風速とか、そんな細かな要素も絡んでくるから、せっかくここまで計算しても、マジでどこまで有効な数字か微妙なところなんだよな……!


 つまり、もうあとは勘!

 究極、それが最も信頼できる選択だ!



 どうか、失敗しても自己責任の範囲で収まりますように……!
















 とかなんとか思いながら、俺は上空1000 mから飛び降りたわけだが……。


 結論から言うと、俺の無謀な挑戦はひとまずなんの問題もなく成功した。


 手を離したタイミングも上々で、細かな姿勢制御で落下点を微調整。あっという間にアルの屋敷の庭へ接近し、そして着地の瞬間、俺は人型を崩して衝撃を緩和。ほとんど庭の土を乱すことなく着地?することができた。


 ……できたのだが。



 無我夢中でやったから――今更、手足の震えが止まらない。



 俺は再度人型を形成しつつ、あっという間に終わった大冒険の記憶を頭の隅へ必死に追いやっていた。

 それでも堪らず俺が膝を突く一方、少し離れた地点に降り立ってきたのは人型になったハクだ。


 あっちは本性が鳥のぶん、空気をほぼ無意識に操れるらしく (だから(重量物)を抱えて飛ぶなんてことができるんだが)、簡単に着地点を調整できる、らしい。


 ただ、それでも着地の衝撃はどうにもならないんで、ハクも地面に達する直前、人型を崩して衝撃を抑えていた。


 傍から見ると、白い人影が一瞬メタリックな粒子に変わった直後、地表に到達。そこから数秒、再度人型が形成され、いつものハクが現れた、って感じだ。


 なにせ、こうやって運動エネルギーを散らしとかないと、庭師のエドガーさんが丹精込めて世話している庭に、でかいクレーターを造ることになっちまうからな。


 実際、ハクは最初にやらかして、エドガーさんにしこたま怒られたらしい。




 そんなことを俺が考えていれば、近づいてきたハクが不思議そうに言ってくる。


「どうした、ショウ。屋敷へ移動しないのか」


 その()()()()()()()()()言い方に、俺は溜息を禁じ得ない。


 相変わらずしゃがみ込んだ体勢から、俺はハクを見上げ言った。


「ああ。……ちょっと足元がおぼつかなくてな。今立つから待ってくれ」


「?」


 表情が乏しいハクでも、この瞬間、頭の中が疑問符で一杯になったのは俺にもなんとなくわかった。


 が、俺にとってはそれだけ心理的ダメージが大きかったんだ。

 少しでも立て直す時間をくれ。


 ホント。



 何あの速度。

 さすが時速500 km。


 マジで死ぬかと思った (死なねーけど)。



 俺は()()()()()()()()()()()()()()()を恨みつつ、よっこらせと拍子をとって、ようやく立ちあがることが出来た。




==========================================================================





 屋敷の玄関へ向かう道すがら、俺は数日前からのゴタゴタを思い返す。


 その始まりはやっぱり、あの驚きの知らせだ。



 なんと。

 王太子が死んだらしい。



 とはいえ、元々彼の容態が良くないのは俺たちもローランドさんから知らされていたし、同じくルドヴィグも知っていた。


 だから、王太子アルバートがそのまま看護の甲斐なく死んだと聞いても、各自それほどの衝撃はなかったと思う。元から病弱だったらしいしな。


 ま、異母兄とはいえ肉親を失ったルドヴィグは、そこそこ沈んではいたか。


 だが、純粋に悲しんでだけいられないのが高貴な血筋というもので。


 アルもルドヴィグもその側近方も、その日から連日連夜、今後の対応を協議して缶詰め状態。

 俺もなぜかその場に同伴させられ、うんざりするほど政治の話を聞かされた。


 もはや細かく覚えちゃいないが、これから誰がどんな動きをしそうだの、どこに根回ししとくかだの、まあ色々だ。


 少なくとも次代国王が変わるわけだから、それに関して利権があちこち動くんだろう。


 ちなみに、“王太子の死”それ自体は未だ公になっていないらしい。


 仮にも最も重要な王族の死だ。公表前に諸々の準備を整える必要があるんだろう。


 一方、そんな極秘情報を早々と送ってきたのは例によってルドヴィグの子飼いだ。


 ホントどこから仕入れてんのか不思議なもんだが……。きっと、王城の下働きにでも息のかかった奴がいるんだろう。察しが良ければいくらでも情報拾えるだろうし。


 また、そうやって城内のことを探っているのは何もルドヴィグだけじゃない。王城に勤める侍女とか侍従とかは、当然もれなく貴族の子女なわけで、情報収集能力はピンキリだろうが、有力な貴族ならみんな既になんらかの情報は得ているはずだ。


 そうして、徐々に様々な思惑が動き出す、というわけだ。


 順当に考えれば第2王子のグスターヴが世継ぎに昇格。対する第3のルドヴィグは、相変わらずの立ち位置のまま。


 これが表面上のまっとうな予測だ。


 しかし、ここで問題になってくるのが、未だにそのルドヴィグが保持する王位継承権だ。

 本人が放棄したいと願っていたにも関わらず、国王がそれを許していないのがなんとも不穏。


 つまり次期王太子の座を巡り、()()()()()()面倒な争いをし始めるんじゃないかというアレだ。


 ルドヴィグの情報網をもってしても国王の真意はいまいち不明だし、貴族の中には勝手に斟酌して動き出す奴もいるかもしれない。


 その点、ルドヴィグが謹慎状態で自領に下がっていたのは不幸中の幸いだ。煩わしい権謀術策に巻き込まれる可能性がグッと低くなるからな。


 ただ一方、第2王子のグスターヴが元からこの状況を狙っていた可能性も捨てきれないわけで……。



 そうなると、また別の可能性が浮上してくるんだよなぁ。

 しかもかなり不穏な。


 ……何しろ、この事態を()()()()()()()()ってことになるからな。





 ま、そんなことはさておき。


 本日、俺たちが王都にやってきた目的は、ここの屋敷にいるシリンさんたちをルドヴィグの領地へ移動させるため、と、もう1つ。


 ひとまず前者の目的に関しては、いい加減、ハクが痺れを切らしたのも大きい。なんでも「嫌な風を感じる」とかで、あいつの強い希望が通ったわけだ。


 確かに、王太子が死んで()()()()()もありそうな王都に、これ以上シリンさんたち親子を置いとくのは不安がデカい。

 主人(アルフレッド)が長期不在の屋敷、というのも安全が保障できないしな。


 また、ローランドさんや料理人のベス、庭師のエドガーさんとその奥さんで家政婦のマティさんも、本人たちが願うなら連れていく予定だ。


 そうして、王都内の不安の種を取り除いたら――。



 俺は、もう1つの目的のために動こうと思っている。

 

 つまりは、第1城壁内への侵入だ。


 

 あんまり危ないことはできないから王城内とは言わないまでも、可能ならバリオット宮(グスターヴの持ち宮)に辿り着ければ御の字。

 そうして数日張り込んで、何かしら有益な情報を得られればと思っているんだが……。


 まあ、人の出入りを観察するとか、立ち話を拾うだけでもわかることは色々ある。

 人型を崩して日陰に潜んでれば見つかることもないし、ひとまず気長に取り組むつもりだ。


 アルにはもう言ってあるし。




 あいつと別行動できるようになった分、こういうところでも力になれたら重畳だ。









 さぁて、夜中で悪いがローランドさんに起きてもらって、屋敷の中に入れてもらおう。

 諸々の話は、たぶん明日、になるかな。




第75話「侵入」











 なんか、主人公が理系っぽいこと宣ってるm9(^Д^)!

 前半だけだけど! 結論、勘とか言っちゃってるけど!

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