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第72話「それぞれの色」



 ルドヴィグ麾下(きか)の1隊が駐留するアレイア街道沿い、その斜向かい――街道を挟んだ木立の(きわ)に、今、6つの人影があった。


 果たしてどんな関係性なのか。一目では首を傾げるような者たちだった。


 何しろ、6人のうち2人は年端もいかない子供、1人は女、残る3人は男だが、年齢も容姿も全く違う。ちなみに、彼らが羽織る旅装は一様にごく質素なことから、平民階級だろうとだけは窺えた。


 そんな不思議な彼らは、つい先ほど合流したばかり。



 その中の1人、黒髪黒目の男が、心なしか顔色の悪い少年に向かって言う。


「……大丈夫――じゃなさそうだな、イサナ。水でも頼んで持って来ようか?」


「いえ、だい、じょうぶ、です。膝が笑っているだけ、なので」


 明らかに無理している少年の言に、それでも男は彼――イサナの心情を慮り言った。


「……そうか。じゃあ、とりあえず座っとけ」


「はい。すみません」


 素直に膝を突きながら謝る少年に、男は苦笑を浮かべて首を振る。


「いや。そりゃ、本性のハクに引っ掴まれて運ばれたら、誰だってそうなるさ。相当怖かったろ」


 これに少年は頬を紅潮させて頷いた。


「……はい。すごく。……申し訳ありませんが」


 後半は、もう傍らに立つ白髪の男に向けた言葉だった。


 思わず零れてしまった前半に対し、言いにくそうに謝ったのち、少年は顔を俯ける。横顔が赤いことから、恥ずかしがっている、といったところか。


 一方、白髪の男――ハクは、無表情に言った。


「……気にしていない。次があれば可能な限り善処しよう」


「ありがとうございます。僕も慣れるように努めます」


 そんなことを大真面目に言い交す2人。

 対して、黒髪の男は慌てたように言った。


「いやいや、ちょっと待て。そもそもこんな強引な移動、滅多にねぇから! 慣れてもらってちゃ困る! 危ねえし!」


 しかしその瞬間、ハクからはなぜか剣呑な気配が発された。


「……ショウ。それは私を見くびっているのか?」


「は?!」


 思わぬ返しに男――ショウが狼狽する一方、ハクは淡々と言った。


「かつてシリンたちがコレによって危険に晒されたとはいえ、いくらなんでも落としはしない。安全だ」


 その返答に、男は片手を顔にやって呻く。


「ああ、もう! そういうことを言ってねぇよ。めんどくせえなぁ!」


「あ、えっと」


 ショウの言動には芝居がかり、軽口なのだとわかる。だが、それに気づかないイサナは困惑し2人を交互に見遣り、一方のハクは――。


「そうか。ならいい」


 端的に返したのみだった。

 これには、さすがの男も拍子抜けする。


「え、納得すんの?」


「ああ」


 ハクは頷き、無味乾燥に言った。


「お前がそうではない、と言うのならそうなのだろう」


 相変わらず額面通りに言葉を受け取るハクに、ショウはゆっくり苦笑して言った。


「あんたも、変わったようで変わらねえな」


 そんな穏やか? な会話が交わされるその傍では――。


 残る3人が、お互い合流するまでの経緯や状況等を話し合っていた。とはいえ、主に話していたのは金髪に尖った耳の青年と、中性的な見た目の赤い髪の女性、2人。


 一通り青年が説明し終わったのち、赤毛の女が言った。


「――つまり、我らはこれからあちら(ルドヴィグの陣幕)に出向かなければならないのだな?」


「ええ……」


 赤く豊かな長髪を後ろで束ねた彼女が、片手を口元にやって苦笑した一方、金髪の青年は何かを思い悩む風情だ。


「ふーん」


 対してその足元には、つまらなそうに座り込む、青い髪の子供がいた。

 その表情からも声からも、気乗りしていないのは明らかだ。


 膝を抱えて座る子供を見下ろし、青年は言った。


「アオ、嫌ならここで待ってもらってもいいですが?」


 そんな問いに、子供――青藍(アオ)は口を尖らせ首を振る。


「やだ。大人しくしてればいいんでしょ? ボクもいく」


「……そうですか」


 元より、青年は否定されると思っていたらしい。それがわかる気の抜けた返答だった。


 一方、赤毛の女は微笑んで言う。


「どうした青藍(セイラン)。我に運ばれていた先程は楽しそうにしていたではないか」


 これに子供は、女性を見上げ言った。


「だって、さっきは森の外に出るって聞いて、ディーの背にも乗れて楽しかったけど。日が昇ってからは走らなくちゃいけなかったし、()()()()()()()()()()()()()()()し。

 で、今度はあそこにいる人間たちのところいくんでしょ。

 ボク、ああいうカッコした人間たち、あんまり好きじゃないんだよね」


 そんなことを言って、子供はまた口を尖らせる。


 これに青年は、再度思い悩むように眉を寄せた。


 一方、「少しの辛抱だ、青藍」などと声をかけていた赤髪の人物が、今度は青年を見遣り、不意に言う。


「……アルフレッド」


「なんでしょう」


 静かな応答に、先よりも躊躇いを含む声で彼女は言った。


「我の気のせいであればすまない。だがどうにも、お前の気分が先程から()()()()()ように見えてな。

 ……なにか、あったのではないか?」


「……」


 咄嗟に黙った青年に対し、この会話を横で聞いていた黒髪の男――宵闇(ショウ)が割り込んで言った。


「ああ。こいつは他人の前に出た直後はこんな感じなんだ。とはいえ、よくわかるな、ディー」

 

「…………。違いますよ」


 青年は眉を顰めて否定する。


「僕は既にああいう状況に慣れています。今更、どうもしません」


 しかし、そう言った青年は、声音を落として言葉を継ぐ。


「……ですが、あなた方にとっては初めての経験になると思います。……あの、無遠慮な視線を向けられるのは」


 これを、男は笑い飛ばして微笑んだ。


「ハハッ。お前らしいな」


「……わかってないんですか。笑い事ではないでしょう」


 不愉快そうに言った青年に、男の微笑は複雑だ。


「ああ。笑い事じゃあない。が、どうしようもないことでもあるだろ」


 そう言って、男は傍らを見回す。


「――それに、少なくともハクとディーはどこ吹く風でやり過ごせる。だろ?」


「ああ。私には既に慣れたことだ」


 そう言って頷くハク。

 ディーもまた、多少思案しつつ頷いた。


「ふむ。我もあまり気にしない方だとは思うが」


 そんな返答に笑みを返し、男は一転、物憂げに言う。


「だから、強いて問題を挙げれば、アオの髪色に関して、かな。白髪も赤い髪もなくはないが、こいつのコレはこっち(異世界)でもありえない色、なんだろ?」


 アオが彼らの足元でピクリと目元を震わせた一方、青年は頷いて言った。


「ええ。なので、おそらく相当……不愉快な対応もあるかと思います」


 言葉を濁した青年に対し、男はあえて遠慮容赦なく言った。


「どういう感じなんだろうな。不気味がられるか?」


 そんな予想に、子供は不満を表し唸るように言う。


「……ショウはそういうこと言うから、ボク、キラーい」


「あ、もう経験あるのか」


 軽く返った言葉に、アオもまた似たような調子で言った。


「そうだよ。大体ニンゲンは、ボクの髪見て“チガウ存在”ってわかるみたい。本性(別の姿)見せなくても半分くらいには逃げられた」


 首を傾げ怪訝そうに吐かれた言葉に、当時の状況を想像した男は、さもありなんと言いたげだ。


「……まあ、それには他の要素も影響大だと思うがな」


 実際、恐ろしい魔物が出ると噂の森で、アオのような子供を見かければ、不気味以外の何物でもないだろう。


 とはいえ、今度は辛うじて言葉を選んだ男だった。


 そんな会話にディーも乗る。


「ちなみに、我のような赤い髪はどんな印象を持たれるのだろうか?

 道中でも随分、珍しがられていたからな。純粋な興味で聞くのだが」


 彼女もまた、バスディオ山からイリューシアの森へ至る道中、既に人目を感じていたらしい。


 この問いに答えたのはアルフレッド。


「ひとまず、他国の人間、特に北部出身だと思われるでしょう。また、その北の人間の中でも赤毛は珍しいですし、更にあなたほど鮮やかな赤もあまりないので、それで注目されるのかと」


「そうなのか」


 ディーに続き、男も言った。


「変なとこ共通してんだな」


 ちなみに、彼が思い返していたのは前世のことだ。


 彼の前世――地球においても、統計データはまちまちだが、赤毛は全人口の1〜2%で見られ、特に北ヨーロッパ系の人間では6%前後と頻度が上がる。

 これは2つのメラニン色素、フェオメラニンとユーメラニンのバランスが関わっており、前者が多く、後者が少ないと赤毛の形質が発現することがある。だが、ユーメラニンが少ない人間の皮膚は紫外線に弱く、皮膚がんの発症確率も高くなる。そのため、赤毛を持つ人間は日照時間の短い北部にしか残らなかった、といった考えもある。


 またこれは余談だが、比較的希少な赤毛は時に偏見や羨望の対象になり、創作物でもいくつかのステレオタイプの特徴として赤毛は扱われる。有名なところでは、主人公が赤毛の少女の小説、などか。


 閑話休題。



 ハクもおもむろに言った。


「私の色も滅多にない色、らしいな。時折、人間でも生まれ持つ色だと、シリンは言っていたが」 


 確かに、白髪に黄みの強い瞳という外見のハクは、中々ない色彩だ。

 とはいえ、色素が薄い、という点では例がある。


 地球では、いわゆるアルビノ――正式には先天性色素欠乏症などと言われる遺伝子疾患がそれだ。この場合、メラニン自体の生合成に関わる遺伝子が欠損することで、髪や皮膚、瞳に色素が入らず、全てが白く生まれつく。


 その疾患がこの世界にも共通して存在すると、アルフレッドは静かに頷き、肯定した。


「ええ。ハクのような色は、ごく稀にもって生まれる人間がいます。ただ……」


 言葉を探すように黙った青年に代わり、ショウが言った。


「多くは幼いうちに死ぬ、とかなんだろ」


 青年は言った。


「ええ。……僕も記録でしか例を知りませんが、日光に弱かったり、視力が低かったりで、多くが短命であると」


 男は苦く口端を上げる。


「ハ、そっちの事情か。俺はてっきり――。……いや、すまん」


 言いかけた言葉を不自然に切り、彼は珍しく口を噤む。さすがの彼も容易には口にできない話題だった。


 アルフレッドは言わんとするところを察し、瞳を伏せる。


「ええ。……あなたの()()()()でもあります」

「……まあ、やっぱそうだよな」


 この会話に、アオは元より聞いていないようなものだったが、他の3人は、イサナでさえ言外に内容を察し、それぞれに反応する。特にハクは、無表情ながら肩を竦めて内心を示していた。



 ちなみに、ショウとアルフレッドが言外に指していたのは、アルビノとして生まれた者の多くが時には酷い偏見に晒され、幼くして命を絶たれることも珍しくない、ということだ。


 比較的重い障害を持つことも含め、この世界では碌に生き残ることができないだろう。


 また地球であっても、地域によっては本当に酷い偏見が未だに残り、呪術の道具として四肢を切断され売買される、などという傷ましい事件も実際にある。


 アルフレッドによれば、この世界においてもそういった事象は変わらないようだった。


 男はやるせなく息を吐く。


「で、俺の黒髪黒目も不吉な組み合わせ、なんだろ?」


 これにも否定は返らない。


「どうやらそのようですね。ただおそらく、印象は地域に寄ると思います」


 そんな返答に、男は記憶を遡り納得して言った。


「確かに。イルドアのあたりじゃ初め遠巻きにされたけど、カルニスだとあんま気にされなかったな」


「ええ。海を越えた先では黒髪はあまり珍しくないそうなので、そちらと交流がある東部から南部の一部では、ある程度見慣れた色のはずです」


 青年からはそんな補足もつけられる。


 一方、興味深そうに一連の会話を聴いていたディーが、ここでふと言った。


「……そういえば、イサナやアルフレッドの翠の眼も珍しいのではないか? あまり見ないと思ってな」


 これにも、アルフレッドは慣れたように頷く。


「ええ。少なくともこの国ではそうです。ただこれも、他国では少し違うようですが」


「へえ。じゃあ、イサナ。イスタニアではどうなんだ?」


 ショウから回った話の矛先に、イサナは軽く身体を跳ねさせ言った。


「あ、えっと、比較的珍しい色だと思います。ただ、北の方とか、島の人間ではよくある色だと聞いたことが」


「ほう、そういった違いがあるのは面白いな」


「……」


 ディーが朗らかに感想を漏らす一方、男は再度呟いた。


「……ホント、なんでこういうとこまで共通してんのかねぇ」


 そう言って、男は微妙な顔で腕を組む。


 もちろん、彼が口にしたのは地球とこの世界の共通性への苦情だった。


 もはや男も頭を抱えはしなかったが、いい加減、異世界間の共通性について本格的に考察し始めるべきかと悩みかける。

 

 とはいえ、立証も反証も困難なのは確実だ。

 いくつかの仮定を既に考え出してはいるのだが、いかんせんそれを確かめる術がない。







 男は益体もない思考に見切りをつけ、相棒へ小声で呼びかけた。


「なあ、アル」


 視線だけを向けてくる青年に、男は言った。


「アオについては、ルドヴィグにどう説明するつもりだ?」


 この問いに、さりげなく他の4人に背を向けつつ、青年は数秒黙る。


 ちなみにこの間、ディーはイサナへと質問を重ね、アオは自由気ままに周囲を見ている。残るハクも似たようなものだった。


 それを脇目に青年は言う。


「殿下には全てありのままに話します。誤魔化そうとも無理が出ますし」


「……確かに。とはいえ、面倒なことになりそうだなあ」


 微妙に顔を顰めつつ、ショウは言う。


 ルドヴィグが領民を大事に思うがゆえに、領内のイリューシアの森、そこに潜むと言われた魔物に対し、相当の敵意があることは想像に難くない。


 一方、イリューシアの森で一悶着あった後、ハクが1度王都へ向かったのだが、その際にはルドヴィグが謹慎中であったため、アオに関して一切の事前情報を伝えられていない。


 そんな状況で、アオに関しての説明を間違えば男の言う通り、面倒なことになるのは明白だ。


 だが、アルフレッドは淡々と言った。


「結局のところ、かつての惨劇にアオはほとんど関与していません。彼ら騎士たちの直接的な死因は、森で迷った末の餓死、もしくは他の魔物による他殺です。それを理解していただければ、問題はないと思っています」


「ま、ルドヴィグはひとまずそれで納得するかもしれないが――」


 言葉を切りつつ、ショウは振り返ってアオを見た。 

 その表情に抑えきれない懸念が、チラリと見える。


 青年もまた頷いた。


「……ええ。僕も()()()を心配しています」


「ま、あとは為るようにしかならないからな……」


 そんなことを言って肩を竦めた男は、少し声量を上げて言った。


「そんじゃあ、そろそろ行くか」


 その呼びかけは、もちろんその場の者たち全員に届く。




 休養充分。

 彼らは、未だ種々の準備に動き回る騎士たちの中心へと銘々に歩き出した。




第72話「それぞれの色」











 いやあ、今回は文字数食いました……。

 6000字に迫るなんてホントびっくり(;'∀')

 とはいえ、必要事項はここまでで大体出せたので、ようやく話を前に進められそうです。


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