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第71話「黒衣の男」

視点:3人称


「――ショウ、お前とアルフレッドがいれば、大概の魔物は問題ではない。そうだろう?」


 今後の同行と助力を前提とした物言いに、黒衣の男は口元を引き攣らせ言った。


「…………まあ、そうだと思います」


 元より想定していた展開とはいえ、それを言下に強制する問いを、しかもアルフレッドではなく男に投げてくるあたり、ルドヴィグの性格が透けている。


 男としては消化しきれない言葉を呑み、なんとか無難に返したのだが――。




 この時、俄かにウォーデンとイネスを除く5人の騎士から、殺意にも似た敵意が発せられた。




 仮にも王族の近侍を務める者たちだ。本人たちは抑えているのだろうが、それが5人ともなるとそうもいかず、圧は尋常ではない。


 なぜ突然、そんな緊張が走ったのか。


 実のところ、これは以前から黒衣の男――宵闇に対して彼ら騎士たちがよく見せていた反応だった。


 何しろ彼らからすると現状は、ルドヴィグの寛容さに(かこつ)けた宵闇が分不相応な振る舞いをしている、という認識だ。


 それが彼らは許せない。


 何かと粗野な言動もあることから、男の元の身分が低いことは明らか。そんなどこの馬の骨とも知れない人間に、しかしルドヴィグは何かと声をかける。


 ではイネスのように何か突出した才があるのかと思えば、しかしそれにしては剣も帯びず、武芸に優れるようでもない。雄爵を賜るわけでもないことから、魔力に優れているわけでもない (傍から見ればそういう認識になる)。


 また、ルドヴィグ本人に男の正体を尋ねようと明確な答えが返ってこないことも、彼らの悪印象に拍車をかけていた。


 ひたすらその存在が謎な男に対し、不信感が湧くのは当然のこと。


 そのため以前から彼らは、この「ショウ」と呼ばれる男のことを快く思っていなかったのだ。


 瞬間的に緊張が増した空間で、申し訳程度に礼を取りながら男が言う。


「――少なくとも、魔物に対しては俺たちで対処できるかと。……ただ対人の場合は、申し訳ありませんが請け負いかねます」


 場の空気に気づいているのかいないのか、強張るでもなく、丁寧ながらはっきりした答えに、ルドヴィグは軽く笑う。


「正直で何より。それに、人間は元から俺たちで対処するつもりだ。……とはいえ、なぜ人は相手にしない」


「ああぁ。えっと、それは……」


 ズバリと返ったルドヴィグの問いに、一転、男は言い淀み視線を泳がせる。

 意味もなくアルフレッドの背に視線をやりつつ彼は言った。


「――お恥ずかしながら、俺の良心が邪魔をする、と言いますか」


 そうして返った拍子抜けな答え――この世界の人間からすれば甘いといってもまだ足りない――を聞き、ルドヴィグは口端を上げた。


「……本当に、お前と言葉を交わすと人とそれ以外の境がわからなくなるな」


「……」

 

 そんな感想に男は曖昧な笑みを向ける。

 彼自身、傍から見た己の異端さは承知しているつもりだ。


 黙った宵闇に代わり、アルフレッドが言った。


「彼はまた特殊です。仲間内でも不思議がられていますから」


「ハッ、そうなのか」


 話者を代わろうという意図が叶い、ルドヴィグの視線がアルフレッドへと移る。


「――そういえば、文書にはあったが、道中に増えたというその仲間はどうした。別行動か?」


 その問いに、アルフレッドは淡々と頷いた。


「はい。現在、こちらに向かっているところかと。……先の件(魔物による襲撃)を察知した時点で私達だけでもと、急ぎ別れましたので」


「ほう」


 続く、「互いの位置は魔力で捕捉できる」というアルフレッドの言に、ルドヴィグは床几に座りなおすように身体を伸ばして言った。


「……どうやら、そちらの状況もかなり変わったようだな」


 そうして眼を細めてアルフレッドを見遣るルドヴィグに、相手から返ったのは沈黙、および、軽く肩を竦める動作のみ。


 そんなやりとりの中、ルドヴィグの背後に控えたイネスが徐ろに言った。


「殿下、1つよろしいでしょうか」


「なんだ」


 端的な(いら)えに、イネスは躊躇しつつ言う。


「道中、殿下の身辺を預かる者として申し上げます。……今一度、ショウ殿について詳しく知りたいと思うのですが、お許しいただけますか」


 そんな問いに、ルドヴィグはわざとらしく思案して見せつつ、視線で先を促した。


 イネスは続ける。


「もちろんシルバーニ卿の力であれば、我らも既に知っています。この期に及んでは何よりも心強い。

 ……しかし、ショウ殿に関しては未だ何も知りません。何かご事情があるようにお見受けしますし、殿下も既にご信頼を置かれているのは承知しています。

 ですが、我らもその理由を、改めてしかと知っておきたいと思うのですが、いかがでしょう」


 下手をすればルドヴィグの命に係わる切迫した状況なだけに、時に寡黙なイネスにしては長く、しかもはっきりと意見する言葉だった。


 ちなみに、イネス個人が宵闇に向ける感情は至ってフラットだ。むしろ、彼もまた出自が低いだけに、一方的な親近感さえあるほど。


 そんな彼の言に、ルドヴィグは軽く頷いた。


「確かに、今後頼みにするならこいつの力をお前たちにも把握してもらわねばならんな」


 そうして彼は対面を見遣って言う。


「どうだ、アルフレッド。遂にこの場で明かしてしまうか?」


 どこまでも演技がかったその様子に、問われた方は溜息でも吐きそうに言った。


「……私も元からそのつもりで参りました。それに、殿下も意図してこの話を振られたのでは」


 そんな返しにルドヴィグは笑う。


「もちろんだとも。いい加減、俺もこいつらに黙っているのが辛くてな」


 (うそぶ)くように言った後、彼は黒衣の男へ視線を向けた。


「それではショウ、まずは種明かしといこう。お前の正体に関して、こいつらも興味津々なのだ。……少々、行き過ぎるくらいにはな」


 この瞬間、5人の騎士がさっと顔を強張らせた一方、黒衣の男は肩を竦めて言った。


「俺なんかに畏れ多いことです。……けど、そこまで注目されると今更明かしにくいですね」


 そうして「くれぐれも攻撃しないでいただけると嬉しいんですが」そんなことを飄々と言った男の身体が。


 次の瞬間、()()()()()()


 それはあまりに突然のこと。


 そして、何が起こっているのか認識しきれない騎士たちの目の前で、黒い影のようになったナニかが有形にまとまっていき、やがてアルフレッドの背後に黒く大きな魔物が現れる。


 最初に形になったのは頭だった。

 犬などよりも丸みを帯びた輪郭にピンと突き出た2つの耳。そこから首、そしてスラリとした背筋が続き、肉付きのいい胴体から頑強そうな四肢が伸びる。最後に長くしなやか尾が現れ、それがゆらりと一打ちされた。


 騎士たちが先程目にしたあの魔物だ。


 艶のある黒い体毛には何本もの銀が走り、周囲を射抜く瞳も銀。

 体長は人より余程大きく、顎門を開けば鋭利な牙が覗く。


 そのしなやかな体躯が躍動すれば、一体どれほどの脅威なのか。

 あいにく、その場にいる者たちは既にそれを知っていた。


「「「「「「「っ!!!」」」」」」」


 もはや反射的に剣帯に手をかけ、臨戦態勢をとった騎士たちに囲まれながら、しかしその魔物とアルフレッド、ルドヴィグは至って平静だ。


 悠々とアルフレッドの隣に回りこんだ魔物が、腰を下ろして言葉を発する。


『さすが、訓練されてんな』


 そんな呑気な感想に、ルドヴィグは鷹揚に微笑んだ。


「だろう。俺の自慢だ」


『へえ』


 魔物から返ったのは関心も低い相槌。

 人型であればまだしも、この姿で本音が隠せないのは相変わらずだった。もはや、取り繕う気配もない。


「……ルドヴィグ殿下」


 そこに呻くような呼び声がかかる。

 ウォーデンだ。


 比較的魔物に近く、その背後で未だに最大の緊張を漲らせる彼に視線をやり、ルドヴィグは言った。


「ああ。楽にしてよい」


 そうして、ルドヴィグはニヤリと笑いかけて言う。


「どうだ? こいつが、お前たちの知りたがっていた男――その正体だ」


「…………」


 殊更面白がるようなルドヴィグに、ウォーデンをはじめ騎士たちからは声もない。


「こんな場でもなければ信じられないだろうからな。今まで黙っていた。許せよ」


「いえ……。理解、いたしました」


 静かに言ったルドヴィグに、今度応えたのはイネスだった。

 とはいえ、その声音には未だ戸惑いが滲み、他の者たちも似たり寄ったり。


 一方、その場の中央にいながら、黒い魔物はのんびりと傍らのアルフレッドを見遣って言った。


『アル、もう俺、人型に戻っていいと思うか? このままだと間違いなく失言すると思うんだが』

「……好きにしてください」


 今度こそ溜息と共に返った答えに、魔物は眉を下げた一方、ルドヴィグは膝に片腕を突いて飄々と言った。


「お前はその方が、話が円滑でいい。俺は構わんぞ」


「ではそのままで」


『うぉい……』


 無表情だがアルフレッドは内心面倒になってきているらしい。

 声音からそれを察した魔物は半眼で呻く。


 ルドヴィグもまた何かを思ったのか、重心を後ろに戻しつつ言った。


「とはいえ、こいつらの態勢を整えないことにはこの先の話が無意味になりかねんな」


 視線で指したのは周囲の騎士たち。

 ウォーデンなどは比較的持ち直してきているが、他の者は未だに現状を受け入れられず、ほとんど棒立ちだった。


 そんな珍しい様子を楽し気に見ながら、ルドヴィグは床几から立ち上がって言う。


「ここで一度(ひとたび)、休憩としようか。……この間に、お前たちの増えた仲間というのも合流できれば御の字だ」


 後半はアルフレッドに向けての言葉だった。

 倣って立ち上がったその彼は、何かを探るようにしたのち、言う。


「恐らく可能かと。かなり近いところまで来ていますから」


「ならば、決まりだな。そいつらが到着したら再度こちらに来い」


「承知しました」


 アルフレッドが頭を下げた一方、魔物が言った。


『ちなみに、今日は終日ここで駐留か?』


 もはやルドヴィグ公認だからと、言葉遣いに躊躇いもない。

 問われた方も気にすることなく返した。


「ああ。ゴストロイから小荷駄がもうすぐ追いつくそうでな。それを待つ。情報の収集と整理も必要だ。出発は明日になるだろう」


 これに、魔物は頭を揺らす、


『ってことは野宿か。第3とはいえ王子殿下が街道沿いで野営とか、もろもろの準備はあるもんなのか?』


 そんな問いに、ルドヴィグは破顔する。


「ハッ! もちろん。危機管理の1つだ。

 とはいえ、天幕などは小荷駄の方にあるからな。日没までには準備を終えられるかどうかだ」


 これには魔物も感心したように言う。


『へえ、準備が良いな。それに今夜はほぼ満月だし、日が沈んでも光量は十分なはずだ』


「そういえば、そうだったな」




「……では、御前失礼します」


 話も一段落付き、人型に戻った男を伴い、アルフレッドが幕内より下がっていく。


 一方、その場に残された者たちは1人を除き、再び目にすることになった信じられない光景(魔物が人になる様子)に、またしばらく言葉を失っていた。


第71話「黒衣の男」

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