第70話「首謀者」
そうして移動し、十数分。
俺たちは、アレイア街道沿いで本格的な駐屯体制を整えている数百人の騎士たちを眺めながら言いあった。
「なんか、ただの休憩って雰囲気じゃないな」
「ええ」
アルも頷く。
ルドヴィグの言い方から、勝手に俺たちは「人員が集まったらすぐ出発」的な印象を受けてたんだが、それが目の前の光景を見るにどうも違うらしい。
何しろ、馬の世話とか荷物整理とか、動き回る騎士たちの中心部には明らかに「貴人がいます」感の強い陣幕が見えている。つまりは、ある程度長居するつもりってことでいいんだろう。
何か予定とか事情が変わったのかね。
俺はアルと共に歩き出しながら、目的の集団を観察する。ちなみに、彼我の距離は現在数十メートル。俺たちは木立から出て街道に合流し、道の斜め向かいに陣取る物々しい集団へと近づいていく。
そうして距離が詰まってくれば。
アルがとあるモノに気づいた。
「クロ、あれを。……どうやら魔物以外にも襲撃者がいたようです」
「あ、ホントだ」
アルが指したのは、明らかに場違いな、縛り上げられ転がされている3人の男。騎士たちの足元で痛みに呻いているのが遠目にも分かった。
と言うか、うわぁ。
あれはかなり痛めつけられてんな……。
捕らえた犯罪者に危害を加えることは、この世界では未だありふれた対応なんだろうが、俺の――地球の感覚からすると直視に耐えない犯罪だ。
見過ごすだけでも罪悪感半端ない。が、仕方ない。まだこの世界では、あれを犯罪と定義する法律がないんだからな。
俺は中途半端な良心と戦いつつ、アルに倣って彼らを観る。
予想が当たってれば、あいつらが世にも大胆な襲撃者たちなわけだが……。
「なんか、王子殿下一行を襲うにしては……どうにも貧相だな。食うに困ったゴロツキって感じだ」
「そうですね……」
アルも既に同じことを思っていたらしく、返ってきたのは生返事。
何事か思案しているようなんで、俺は大人しく黙っておく。
その間にも俺たちは街道を横切り、厳重警戒の集団へ近づいていく。まだ早い時間なだけあってアレイア街道は人通りもなく、俺たちは相当目立つだろう。
当然、何人かの騎士に気づかれる。
一瞬、警戒の目を向けられたが、すぐにあっちも俺たちが何者かわかったらしい。
ピシリと敬礼を返され、一方ではルドヴィグへ知らせが走るのが見えた。
そうして俺とアルは騎士たちの間に分け入りつつ、ルドヴィグがいるのだろう陣幕を目指して歩く。
直近の騎士たちからは礼を返されるが、やっぱ、少し離れた位置からは好奇の視線がそこはかとなく飛んでくる。
それもそうだ。
何しろバスディオ山の噴火以降、アルは行方不明扱いだったから、「なんで彼がこんなところに」って感じだろう。
それに、今のアルは無駄に警戒されないよう耳を隠してないから、それで注目を集めているのもある。
だが、ルドヴィグ配下の騎士とはイルドアの件のあと数日一緒に行動したり、そもそもルドヴィグがアルの後見的立場だったりで、単純に接触回数が多いから、王城で向けられる視線より嫌悪とか恐怖とかの嫌な感じはない。
これでマシだと思うんだから、俺もいい加減慣れてきたってことかな……。
そんな中を横切り、俺たちはようやく陣幕の目前にたどり着く。
四角に囲われた幕の周りはかなりの騎士で固められ、彼らの発する緊張感ですげぇ物々しい。
そこに歩み寄り、アルは気負うことなく言った。
「アルフレッド・シルバーニ、遅ればせながら参上いたしました。どうか拝謁の許可を」
そうして待つこと数秒。
折り重なった陣幕の切れ目、その前に立つ騎士の誰かが取り次いでくれるのかと思っていれば。
まもなく幕が内側から揺れ、そこから見覚えのある顔が覗いた。
「お待ちしていました。どうぞ中へ」
そう言って幕を支え入るよう促してくれたのは、確かルドヴィグの側近のウォーデンさん。
茶髪に碧眼、程よく引き締まった体型に、他人に警戒心を抱かせないような笑顔を作る、どうにも侮れない人だ。
その人の視線が素早くアルの周囲を見遣り、一瞬警戒を露にする。
「……失礼ですがシルバーニ卿、先程我々が見たアレは今どこに」
そう言った彼の表情は、既に柔和なモノに戻っていたが、内心で何を思っているかは明白だろう。
…………ちなみに、アレとは十中八九、俺の事だ。
事情を知らないウォーデンさんからすると、俺が監視もなく、近場に潜んでいる状況だとでも思ったんじゃないかな。
真相を知らなきゃ、そりゃ怖いよな。
一方のアルは声音も変えずに言った。
「心配は無用です。また、殿下もこの状況はご存じです。必要であればご説明しますので、まずは拝謁を」
「…………。承知致しました」
ウォーデンさんはなんとか言葉を呑み込んだらしい。
再度、彼の手によって上げられた陣幕をアルがくぐっていく。
対する俺はどうしもんかと迷ったが……。
「もちろん貴方も来てください」
と、有無を言わせず、一歩で戻ってきたアルに襟首をつかまれた。
「うわぁ!?」
おかげで変な声出ちまったし、その場の耳目が一気に集まったのが分かる。
俺の視界に入ったウォーデンさんなんか、咄嗟に反応しきれず呆然としてたし。
気まずっ。
一方、なんとか体勢を整えた俺がアルを見遣れば、「僕にだけ押しつける気ですか」とでも聞こえてきそうな一瞥がきた。
でも、どうせ話すの、お前だろ……?
俺は無言で答えつつ、仕方がないのでアルの背後に付き、気まずさを誤魔化しながら幕内を視線だけで見回した。
まず、正面には床几に座ったルドヴィグがいる。膝に片腕突いて思案げだ。さっきの俺の奇声にも我関せず。
その背後には騎士2人とイネスさん。更に、彼らと俺たちの中間くらい、幕の間際に左右1人ずつ。そして俺たちの背後にウォーデンさんともう1人、の計8人。
たぶんだが、さっき魔物に襲われた人員が揃ってるんだろう。
とかなんとか、俺が思っていれば――。
「アルフレッド、お前の意見を聞かせろ」
ルドヴィグから唐突に問いが飛んできた。
言葉が不足しまくってるが、アルにはちゃんと伝わったらしい。まもなく言った。
「……おおよその検討はついているつもりですが、まずは現状の把握を願っても?」
そんな返答に、ルドヴィグは顔を上げ口先で笑った。
「まあ、いい。お前たちの状況もあとで聞かせろ。文書では不足だったからな」
そんなことを言われつつ、「そこに座れ」と示されたもう1つの床几にアルが腰掛け、俺はその背後に立つ。
そうして場が整えば、口火を切ったのはルドヴィグだ。
「まずはこちらの状況だが――」
そして王子殿下直々に語られたのは、彼らが王都を出て以降の不審な動き――ゴストロイ橋への工作から昨夜の野盗による襲撃について。
俺からすれば「まさか」といった話だ。
まず、街道の橋と言えば国の動脈だ。警備もあるはず。更に、件の橋は石橋だそうで、かなり頑丈な造りだろう。
にも拘らず、それが落とされたということは、少なくとも魔力が使われている可能性が高い。
……雄爵制度のあるオルシニアじゃ、高い魔力を持っている人間はほとんどが管理下に置かれているはずなのに、だ。
加えて、王族御一行を襲うにしてはどうにも貧相なさっきの男たちも気になる。
一連の工作が同一の目的で行われと仮定した場合、街道の橋を落としてまで整えた場に投入するにしては、あの男たちではなんとも片手落ちだ。
ルドヴィグも似たようなことを零しつつ、ため息を吐いた。
「――俺たちに挑みかかってきたあのアホどもは、俺たちの正体も知らなかったらしい。更には、囲い込んで囃子かければそれで良い、生きて戻れば前金の5倍出す、と言われていたそうだ」
さっきの男たちを尋問して得たんだろう、その情報に、アルは眉をひそめて言う。
「……つまり、彼らの襲撃は本命ではなく――」
「ああ。……あの魔物の存在までが、敵の意図するところだった、と考えるのが自然だろう」
「……」
アルの言葉を待つことなく、ルドヴィグが言った。
まあ、やっぱそうだよなぁ……。
そして、これが意味するところは当然――。
「従魔術が使われた、ということですか」
「…………ほぼ、そうだろうな」
押し出すようなアルの呟きに、「やはりか」とでも聞こえてきそうな顔でルドヴィグも言う。
ここで俺たちの背後のウォーデンさんが言った。
「……ですが、従魔術は隣国で重く用いられ、それを扱える者は平民でも豊かな生活を約束されると聞いています。つまり、我が国の者が雇い入れたと考えても、相当の金が動いていることになりますが」
普通なら、そんな大金を動かせる人間が早々いるはずもない。
だが――。
「――それがどうも、ここ数年で隣国の状況が変わっている可能性があるのだ、ウォーデン」
そう。
恐らくは、イスタニアにおける従魔術と、それを操る術者――“植物”に適性のある人間の価値が、近年大きく変わってきた可能性が、既に示唆されている。
背後のウォーデンさんの表情はわからないが、他の人たちが俄かに訝し気な表情をしたことから、未だに彼らが知らなかったのかと、むしろ俺は驚いた。
次の言葉を待つような雰囲気の中、ルドヴィグが言った。
「……以前、イルドアへ向かった際、隣国の学者を連れ帰ったのは覚えているな?」
「はい。もちろん」
答えたのはウォーデンさん。他の騎士たちも頷く。
ルドヴィグは言った。
「あの時、お前たちには詳細を話さなかったが。実は、あの学者からはかなり有益な情報を得ていてな。…………それによれば、今まで従魔術の欠点と言われていた、術者本人だけが従魔を従えられる、というその点が、あの学者の手によって近年改良――いや、改変することに成功したそうだ」
「「「「…………!!」」」」
やはり、王子殿下の近侍を務めるだけはある。
要領を得ない今の言葉だけで、この場にいる騎士たちもおおよそを知ったらしい。
情報漏洩も怖いから、どうしてもこういう場ではぼかした言葉が飛び交う。幕で囲っているとはいえ、仮にもここは野外だしな。
一気に緊張が増した声音で、ウォーデンさんが言った。
「…………つまり、隣国では術者の価値が下落している、というのですか」
人の価値が下落、だなんて聞きたくもない言葉だが、端的に言えばまさにそうだった。
ルドヴィグは頷く。
「おそらくな。
極論、1人いれば事足りるようになったわけだ。すなわち魔力量が優れた者から残され、それに漏れた人間の一部が、我が国に流れてきていても不思議ではない」
そう。
……現に、かつてイサナは使い捨ての駒状態でイルドアでの工作に従事していたし。
彼1人がそんな扱いを受けていたとは思えないから、他にも似た状況の人間は多くいるんだろう。中にはオルシニアに紛れ込み、上手くやっている奴もいるかもしれない。
そういう人間が今回のためにオルシニア人に雇われた、という可能性はひとまず否定できない。首謀者がイスタニア人という可能性も、現時点では否定できないが。
「…………と、なると術者を捕らえられていない現状、次の襲撃も備えた方がよろしいですか」
そう言ったのは例の如くウォーデンさん。
ちなみに、夜襲をかけてきた一団の方は、捕らえたあの3人を残してほぼ全滅だそうだ。視界も悪かったから2、3人は取り逃がしたかもしれないが……という話に、俺は正直ドン引きした。
何しろ、初めから逃走ありきで交戦したらしいのに、終わってみれば皆殺しって。
相当ヤバいだろ。
一方、ウォーデンさんの問いに、ルドヴィグは視線を下げて言った。
「お前はどう考える、アルフレッド」
「…………」
すっかり空気になっていたアルと俺だが、なにも忘れられていたわけじゃないらしい。……いやアルとは違い俺は相変わらず視界の外か。
まあ、そんなことはどうでもいい。
問われたアルは、数秒沈黙したのち言った。
「可能性として、次の襲撃を否定はできません。……ただ、今回以上の用意はないのではないかと考えます。あって従魔による単発の夜襲。……ついでに、市街地で狙われる可能性は低いかと」
これに、ルドヴィグは言う。
「前半はいい。後半はなぜだ」
そんな重なる問いかけに、アルは言った。
「今回、橋を落としてまで山道へ誘導していることからそのように考えます。……手法としては他にいくらでもあるはず。また、従魔の特性に左右されたとも考えられますが、それにしても回りくどく、殿下の性格を余程承知していなければ、確実性に欠ける」
まあ、そうだ。
内心俺も頷く。
続けてアルは言った。
「そこをあえて選択したということは、首謀者の意図として人目をなるべく避けたいのか、あるいは他の目的か」
そうして言葉を切ったアルに対し、ルドヴィグがニヤリと笑って言った。
「――俺の性格をよくよく承知していた、というのも大きいと思うが?」
そんな、いかにも含んだようなルドヴィグの物言いに、アルは声音も変えず言った。
「否定はできません。…………が、無辜の民を無差別に巻き込めるほど、あちらも思い切ってはいない、かと」
「…………そうだといいが」
軽い物言いの中にも、ルドヴィグの表情は明るくない。
まあ、それも当然か。
本来安全なはずの自国内で命を狙われるなんて、なかなか無い。しかも、首謀者の予想が当たっていれば、かなり状況は悪いと言える。
ただ、ひとまず懸念される当面の課題については――。
そうして思考しながら気を抜き始めていた俺を、ご丁寧にもルドヴィグはほっといてくれなかった。
「――しかし、この状況でお前たちと合流できたのは幸いだったな。……ショウ、お前とアルフレッドがいれば、大概の魔物は問題ではない。そうだろう?」
そう言った奴の視線は、最悪なことに、そして間違いなく、俺の方に向いていた。
嘘だろ。
こんなところで俺に話を振らないでくれませんかねえ……!
第70話「首謀者」




