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第52話「将来性」

視点:1人称


 ディーの新しい名前が決まったその日の日没後、俺たちは林道のド真ん中で野営していた。


 本来なら通行の邪魔になる場所だが……、まあ、問題はないだろう。


 何しろ、踏み均された地面の方が火起こしにもいいし、藪の中には何がいるかわかんねぇし。……こんな時間に通りかかるような旅人は、ヤバいのしかいないだろうし、な。



 そんなこんなで煮炊きをし、アルとイサナが腹に夕飯を納めた頃。



 ガザガザと藪を掻き分け、白い人影がヌッと俺たちの視界に入ってくる。

 それは勿論、幽霊なんかじゃない。――人型をとったハクだ。


「今、戻った」


「やっと辿り着いたか、月白(ゲッパク)


「よぉハク、お疲れー」


 ディーも俺もだいぶ前からハクの接近は察知してたし、アルもイサナも数分前くらいにはわかってた。第一、藪を掻き分ける音がしてたしな。


 だもんで、全体的に白いハクが闇夜を割って現れようが、俺たちは特に驚かなかった。


 いや、イサナはちょびっと動揺してたかな。まあ、そんなことはどうでもよくて――。


「預かりものだ」


「ありがとうございます」


 車座で焚火を囲む俺たちに歩み寄りつつ、ハクはアルへ紙の束を差し出す。

 当然、その正体はローランドさんが書いた報告書だ。


 アルはハクからそれを受け取り、すぐにも眼を通し始めた。


 因みに、ハクが王都を行き来するのはこれで3度目だ。1度目と2度目は慌ただしいやり取りになったが、対する今回は時間がかかったな。


 恐らく、ルドヴィグ側と本格的に繋ぎが取れて、その返事待ちに時間を喰ったんだと思うんだが……。


 ま、ひとまず。あっちの状況(ルドヴィグの返事等々)についてはアルに丸投げし、俺は隣に座ってきたハクに身体を向けた。


 話題にするのは、王都に残っているハクの家族。

 特に、最近大きく環境が変わった幼子2人――。


「アランやセリンは、元気だったか?」


 彼らの様子について訊いてみる。


 今回は時間もあったし、ハクも久しぶりに構ってあげられただろう。俺も他人ながら、あの子たちの事は気になっていたんだけども。


「ああ」


 そう短く答えるハクの表情は、いつもの如く無機質だ。

 けれど、焚火を見つめるその視線には、何となく温かみがあるように、俺には感じられた。


 数舜言葉を迷ったのち、ハクは言う。


「――あの子らも、徐々に新しい生活に慣れたようだな。むしろ、元気すぎてシリンが手を焼いていた。……下手すれば一日中、邸の中を駆けまわっているくらいだった」


「そっか。そりゃよかった」


 実のところ、王都に着いて早々ハクを長期間連れ出しちまったから、俺は、あの子たちが心細く思ってないか心配だったんだ。


 だが、どうやら大丈夫みたいだな。


 俺が傍で安堵していれば、ハクが次いで言う。


「特に、セリンには一通り邸の中を案内された。……どうやら私に自慢がしたかったらしい」


「ハハッ。その様が目に浮かぶな。――アランの方は?」


「あの子は……常にセリンに引っ張りまわされていたな」


「クハッ。いいねぇ。兄妹仲がいいようで何より」


 俺は、キャラキャラとした2人の笑い声が容易に想像できて、どうにも微笑んじまってしょうがない。


 ちなみに、アラン君は今年で6歳、セリンちゃんはもう4歳になるそうだ。特に妹ちゃんは動き回りたい盛りだろう。


 そうしてニコニコ?している俺を不思議そうに見遣りつつ、ハクが言った。


「……そういえば、アランが知識を学んでみたいと言っていた。……書を読むシリンに影響されたようだ」


「お!いいことじゃねえか!」


 ハクの言葉に、俺はすっかり親戚のおじさん気分で喜ぶ。


 やっぱ、本人のヤル気が最重要だからな!それがあるうちに可能な限り機会をつくってやらねえと!


「アル? 聞こえてたかよ!」


 俺はさっそく相棒へと声をかけた。

 それに対し、あいつは顔も上げずに淡々と言う。


「ええ。聞いていました」


 そう返すアルがいるのは、焚火を挟んだ俺の向かい側だ。

 相変わらず視線は紙面へ滑らしつつ、あいつは続ける。


「――前々から、彼らの教育に関してはローランドに話を通しています。また、書庫への立ち入りは許可済みです。ひとまずは、シリンさんが教育されればよろしいかと」


 おお! さすがアル。


 とはいえ、シリンさんたちに王都へ来てもらうメリットとして、2人の教育面は既に引き合いに出してたからな。アルは、きっちり契約を履行してたってわけだ。






 しかし、そういや教育といえば――。


「なぁアル、一般的なオルシニアの教育制度ってどうなってんだ?」


 半ば反射的な俺の問いに、さすがのアルも顔を上げてこっちを見た。

 そうして幾分、眉間に皺を寄せながらあいつは言う。


「……ひとまず、貴族の子弟は各家で家庭教師をつけて教育をうけます。一方、商人階級や富農は10歳前後から私営の学び舎に通います」


「ふーん」


 日本で言えば大体、江戸時代がそんな感じだよな。


「また、騎士や神官、政務官を目指す者なら、成人後(15, 16歳)に専門の教育機関の選抜を受け、そこで学びます。……まあ、決め手の7割が伝手だそうですが」


「へえ……。伝手採用とはいえ、それさえあれば身分の垣根はない感じ?」


「……ええ、まあ。少なくとも制度上は。……中々厳しい道でしょうが」


 ふーん。

 俺は地球の西洋史に明るくないんで、生憎そっちとの比較はできないが。

 とりあえず、制度上に身分の壁が無いのは先進的、なのかな?


 ただ、身分が明確化されないのは社会不安の芽になりかねないから、最善手とも言い難いんだけれども。


 ついでに、伝手採用とか縁故採用というのも別に悪いことばかりじゃない。要は、相応の人物から高いお墨付きをもらった人材を簡便に確保する手法だ。

 その“お墨付き”が正常に働いている限りは、効率的な手の1つではあるんだろう。


 俺が内心、首肯していれば、アルが付け加えて言った。


「――なので、将来的に2人がもしそういった道を志すのであれば、僕も尽力しますのでその時はご相談ください」


 ……へえ。


 アルは、アランとセリンに関してそこまで責任持つ気でいたのね。

 なんか意外だ。


「ああ。伝えておこう」


 ハクも静かに頷いた

 現状、アルが王都に戻る算段もついちゃいないが、そこに突っ込むことはない。





 話が一段落したところ。


 パチパチと木の爆ぜる音を聞きつつ、俺は言った。


「それで? ルドヴィグ殿下はなんて?」


 そんな俺の無責任な問いに、アルは心底呆れた表情で言う。


「……貴方がさっきから話しかけるんで、まだ目を通しきっていませんよ」


「あ、わりぃ」


 そういやそうだったわ。


 俺が手を合わせて謝れば、アルは一瞬不可思議そうな顔をしたあと答えてくれた。


「――ひとまず、殿下の領地で保護はしていただけるようですね」


 その少し引っかかりを覚える言い回しに、俺は思考を巡らせる。


 えーっと?


「……つまり、表立って邸とかに迎え入れるのは難しい、ってことだよな?」


 俺の言葉に、ディーやハクも身じろいだ。そんな反応を視界に入れつつ、アルは首を縦に振る。


「ええ。そのようです。領内のどこかに潜伏し、静養に努めることは許す、と。……ただ、今王都は災厄の後処理に掛かりきりだそうです。そちらが収束すれば、やり様はいくらでもある、とも」


 さもありなん、か。

 何しろ、バスディオ山の噴火が収まって()()1()()()だ。向こうにも色々あるんだろうしな。


「ひとまず腰を落ち着けられるだけマシか」


「ええ」


 アルは再度首肯する。

 あいつにとっては予想の範囲を出なかったらしく、期待外れといった感もない。


 慌てることなく言葉を継いだ。


「――なので、しばらくはイリューシアの森を目指しましょう。僕の復調の為にも、(くだん)の泉を目指すのは悪くない選択のはずです」


 ディーも頷いて言った。


「現状では、それが最も有力な手だろうな。――何しろ、火のない所に煙は立たぬ、だ。魔力がらみの風説(うわさ)が既にある泉ならば、十中八九、魔力の源泉でもあるだろう」


 俺もひとまず同意する。


 確かに、高い確率で例の泉は“特殊な水源”に該当するだろう。そこで療養できるなら、アルの不調も完全に回復するかもしれん。


 強そうな魔物がいるのが大きな懸念といえば懸念だが――。とはいえ“水”に所縁のある強い魔物、ねえ……。


「ついでに、その泉の魔物が俺たちのお仲間だったりしてな」


「「「……」」」


 俺はふと、思った事を口にした。

 しかしその瞬間、シーンと横たわった沈黙に、俺は慌てて言葉を足す。


「なんだよ、この間は! 冗談だよ! そうに決まってんだろ。第一、こんなに都合よく見つかるはずが――」


 だが、アルは奥歯に物が挟まったような顔をして黙り、代わって口を開いたディーはそれほど表情も変えずに言ってくる。


「宵闇よ。その予想はきっと正しいぞ。

 例えば、我はバスディオ山で神と畏れられていたのだ。その一方で、水の気を持つ同胞が、森に潜む残虐な魔物として恐れられていても不思議ではあるまい」


 珍しくハクも追随した。


「なにせ、私たちの力は目立つからな。シリンの祖国でも、私の存在は瞬く間に明るみになった。もし本当に同類がこの地にいるのであれば、何らかの形で名を売っているのが道理だろう」


 ……まあ、確かにそうだろうけど、えー??


「でも、俺イヤだぜ? 少なくとも500人以上殺してるってことだろ、そいつ」


 自分で言い出しといてなんだが、俺はぜひともこの可能性を否定したい。

 俺が膝に両腕を置きつつそんなことを言ってみれば、ハクはいつだかも見たような「理解しがたい」といいたげな表情をした。


 うわぁお。ハクにこんな表情何度もさせるなんて、俺ってある意味すごくない?


「……お前は、見ず知らずのニンゲンにさえ情を寄せるのか?」


 そんな問いに、俺は深く考えずに言った。


「いや、殺された奴らがどうのって話じゃなくてだな。そんな大量殺人犯した奴は、倫理観も俺と合うわけないから、遠慮したいなって話だよ」


 俺は暢気に構えつつ、「至極当然だろ」と思いながらこの言葉を口にした。


 とはいえ、元からこの点でハクと共感できないことは俺も知ってる。お互いにそういうモノか、と承知しておくしかない、んだが――。


「クロ」


 今度はアルが反応した。


「――生物を殺すにあたって、それが人間かそうでないかなど、些末でしょう」


 そう言って、アルは俺をまっすぐに見て言った。


「僕が、今までに殺してきた魔物や獣も、等しく命には代わりない。それを考えれば、僕だって多くの命を奪っています。それに――」



「言ってしまえば、あなたも似たようなものでしょう」


「……」



 ……まあ、確かに。


 前世を含めたら、俺だって牛や豚や鶏なんかを間接的に殺してる。それも大量に。そして、今世では直接魔物を狩ってるしな。


 ぐうの音も出ねえ。


 アルの言う通り、命に優劣があるはずもなし。つまり俺も、多くの命を奪ってきたという点では泉の魔物と大差ないわけだ。


 元人間として、当然の感覚を口にしたつもりだったが、命のやり取りが日常茶飯事なこの世界においては、確かに軽薄な事を言っちまったかな……。


「あー。……悪かった。今のは全面的に俺が悪い」


 反省した俺が頭を下げれば、アルは一瞬動揺する。


「…………いえ。僕こそ、すみません」


 そう言って、アルは視線を外して言葉を継いだ。


「――実のところ、あなたの言の方が一般的ではあるんです」


 ……ありゃ、そうなの?


 眼を見開く俺に、更に気まずげな表情をしてアルは言う。


「それに、泉の魔物に関しては、ルドヴィグ殿下や多くの民の、目の敵でもありますし」


「??」


 いや、一般市民に関してはいいけども、なんでここで急にルドヴィグの名前が出た……?


 ……あ、待て。

 例の泉って、あいつの領地内にあるわけだろ……。


 ルドヴィグのことだから、当然そういった事件を知らないはずがない。案外一般人のことも気にかけるあいつは、被害者たちに同情もしただろう。


 その過程で泉の魔物へ敵愾心が募る、というのは全然不思議な話じゃないわけで……。


 その結論に思い至った俺はついでに、初対面時のルドヴィグがやたら魔物()を毛嫌いしていた様子も思い出す。


「――もしかして、最初あいつがやたら俺の事嫌がってた理由って、それ?」


 思わず零した俺の言葉に、アルは静かに頷いた。


「ええ、恐らく」


 アルは次いで言う。


「討伐隊が組まれた当時、殿下はまだ生まれてもいませんでしたが、その後、領地として下賜された際に一通り調べたことでしょう」


「――併せて、討伐のために集められた騎士にはこの地の出身者も多かったはず。少なくとも、遺族は未だ生きている頃合いです」


 ……なるほど。

 ルドヴィグに殺気マシマシで斬りかかられたのは、もう懐かしいくらい昔に思えることだが。


 記録的な大被害をだした魔物が比較的身近にいて、それによって悲しむ人たちを間近に見ていれば、あれだけ俺を毛嫌いするのも納得だ。


「……今更だが、あの時のあいつにも相当な葛藤があったわけだ。それでも、最後には俺を受け入れるんだから凄いもんだな」


 全く。若いのに空恐ろしい限り。




 しかしそんな俺の言に、アルはただ肩を竦めただけだった。





第52話「将来性」

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