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第17話「隴西の李徴も虎になった」

視点 : 3人称


 再びタイミングを外し、それぞれに小屋へと突っ込んでくる魔物たち。

 

 巨鳥も再度魔法を放つが、今度は手数が足りず、後続の1頭は屋根から舞い降り、自前のかぎ爪でけん制することを余儀なくされる。


 そうしてやむを得ず地に降り立った巨鳥へ、その機を逃さず1頭のウルフが飛びかかった。喉元を狙った牙は、しかし寸でのところで躱され、巨鳥の片翼の付け根に食い込む。


 致命傷ではないが、これで巨鳥の不利が決定的となった。


 ウルフ1頭を支えられず、巨鳥の体勢がグラリと傾ぐ。

 倒れこんでしまえばそのまま数に物を言わせ、抑え込まれてしまうだろう。


「ハクっ!」


『下がっていろ!』


 小屋の方からは女性の身を切るような叫びが届き、巨鳥は立て直そうと苦心しながら反射的に言葉を返す。


 その間に、更にもう1頭のウルフが地を蹴った。今度こそ、巨鳥の喉笛を捉えんと迫る。


 あわや均衡が崩れるかと思われたその瞬間。





――ッゴォゥ!!


 身のすくむような吠え声とともに、黒い影が巨鳥とウルフの間に割り込んだ。


 その場にいるモノたちがそろって動きを止める中、黒い影はそのままウルフの喉元を捕らえ、地に引きずり倒してとどめを刺す。


「“盾となれ”ッ」


 同時に、1人の青年が小屋から飛び出そうとしていた女性の前に駆け寄り、言葉を放った。


 そうすれば、ザワリと周囲の木々が反応したばかりか、瞬く間に土中から緑が顔を出し、急成長して彼女とその家を囲む。


 魔力を使い、土中に眠っていた種子を強制的に発芽させたのだ。そして、更に魔力を注ぎこみ、自然界ではありえない速度で成長させる。


 そうして現れた植物の蔦や茎が、まるで獣らを捕らえようとするように蠢いた。


「アルフレッド様!? ……ハクは、いえ、その魔物は……!」


 草木に隔てられながらも、女性――シリンが必死の声をあげる。

 それに対し、アルフレッドは前方へと剣を抜きつつ冷静に返した。


「ええ。僕はあなた方を守るだけです。あちら(黒い獣型)にも鳥型を攻撃する気はありません」


 一方、体勢を崩した巨鳥の脇を抜け、シリンへ襲い掛かろうと迫っていたウルフ2頭は、突然現れた草木の壁に阻まれ唸り声をあげていた。


 その垣根は、彼らの膂力を持ってすれば飛び越えられなくない高さだが、そうするよりも前に青年(新たな敵)の存在を彼ら2頭は視界に捉える。


 鼻っ柱に皺を寄せ、邪魔をした相手に向かい最大限に牙を剥く。特にその片割れは、ウルフの中で最も体格のデカいアルファ個体だ。威圧感も相応。


 その四肢は今にも飛び出さんと地を踏みしめ、体勢は低く、黄色の双眸はこれ以上なく開かれている。


 完全な攻撃態勢。


 一方、そんな2頭と対峙するアルフレッドは、油断なく正眼に構え淡々と告げた。


「ひとまず、こいつらを始末します。少し待っていてください」


 








 他方、ウルフを振り落とし体勢を立て直した巨鳥、そして虎と、残りのウルフ2頭は互いに睨み合っていた。

 ただし、巨鳥は片翼に負荷がかかり、少し動きに支障がでている。


 仲間を1頭殺されたウルフらはまるで憤るような唸り声をあげ、体躯に勝る虎にも全くひるんでいない。


 対する虎は口元を赤く染め、仕留めた魔物が完全に息の根を止めたことを確認したのち、巨鳥を庇うように前へ出た。


 その眼光は1頭でウルフ2頭と張り合うほどに鋭く、しかし、ウルフとは対照的に至って静かだった。


 それだけに威圧感が際立つ。


『お前は……』

 

 巨鳥もまた気圧されたように言葉を切る。

 だが、一方の虎は飄々と言った。


『噛まれたとこは大丈夫かよ』


『……ああ、問題はない。まもなく直る』


 彼らは眼前の敵から一切注意をそらすことなく、最低限の言葉を交わす。


『そうかい。でも、ちょっと俺が相手変わるから、その間に休憩しとけ』


『……頼んだ』


 巨鳥はわずかに迷った末、虎に託した。

 片翼の動きは制限されるが魔法を使うのに支障はなく、まだまだ巨鳥も戦闘可能だったが、何しろウルフ相手には分が悪い。


 回復が先だった。


『任された』


 一方の虎はいっそふざけているかのような明るい調子だ。


 本虎(ほんにん)は笑みを浮かべているのだろう表情で――実際のところ牙を剥き出しにした威嚇顔で――、まるで口上の様に高らかに言い放つ。


『さあさあ、今度は俺が相手だ、オオカミども。ネコ科とイヌ科、どっちが強いか勝負といこうか!』 


 そして次の瞬間――。

 

 黒を纏う銀の巨体が躍動した。














 争いの趨勢(すうせい)は一目瞭然。

 何しろ、体格が違う、地力が違う。


――何よりも“魔力の使い方”が歴然だった。


 ウルフもまた知能が高く、連携も巧みで厄介だ。だが、彼らは身に纏う魔力をその相互の連携にしか使っていない。


 一方、虎が用いる手段は多様。

 身体強化は勿論、魔法で地を隆起させ、(れき)を飛ばし、更には魔力反射による立体把握で死角はない。


 複数のタスクを同時並行させる巧みな魔力運用により、数的劣勢など関係なく虎はウルフを翻弄し圧倒していた。


 そしてまもなくウルフの片割れが地に叩きつけられ、虎の前脚に頭蓋を割られた。


 パキャッという軽い音、次いで水気が飛び散った。

 それに伴い、パッと拡がる鉄錆の匂い。

 

 本能に訴えかける血の色が、つぶされたウルフの頭部から流れ出る。


 全てをつぶさに見て取った黒い虎。

 だが動揺もなく、次の瞬間、その銀の瞳が残る1頭に固定される。


 対するウルフは、さすがに不利を悟り退こうとしたが――。


『逃がさねえよ?』


 その瞬間、虎が一歩踏み出し、同時に土中を走った魔力がウルフの眼前で派手に爆ぜた。巻きあがった砂が視界を塞ぎ、たまらずウルフの足が止まる。


 そして動きの止まったその上に、跳躍し距離を詰めていた虎が伸し掛かった。


 ウルフの喉が、内臓が、骨格が、その重みに耐えられずに潰され、割れる。悲鳴さえ碌に上げられず、3頭目のウルフも息絶えた。


「ハ……」


 獲物にのしかかった姿勢のまま、虎が短く息を吐く。


『……』

 

 次いで振り返った双眸に、暴力性は欠片もない。


『アル、そっちはどうだ』


「1頭逃がしました」


 青年も、ウルフの死体から剣を引き抜きつつ応える。そのまま流れる動作で血を払い、剣を鞘に納めた。


 結局、4頭のウルフが物言わぬ骸になるまで、大した時間はかかっていない。






 そして、青年が魔法を解けば、途端に生い茂った緑が萎れ、防壁の用をなさなくなる。

 その中から、転げるようにシリンが巨鳥へ駆け寄っていった。


「ハクッ!」


『シリン』


 一心に近づいていく彼女へ、巨鳥もまた念話で返す。


 その巨鳥は虎からそう遠くない位置にいた。

 ちなみに体高は2 mに近い。当然、女性の背丈よりも頭1つ分は抜けている。更には鋭い(くちばし)も備え、それが振るわれることを想像すれば決して気軽には近寄れない。


 だが、シリンはそんな巨鳥の胸元へ臆することなく駆け寄った。


『子供たちは』


 巨鳥が尋ねると同時、今度は小屋の木戸がバタンッと開き、小さな兄妹も駆け出る。


「かあさん!!」「ハク!」


『アラン、セリン』


 そのまま、子供たちも巨鳥のもとへ一直線に駆け寄っていく。


 そして、兄の方は母親の隣で止まったものの、妹は巨鳥の腹にがっしりとしがみつき、そのため巨鳥は下手な身動きができなくなった。


 乏しい鳥の表情の中にも、狼狽が見て取れる。

 

『――よく、言いつけを守ったな』


「!!」


 それでも、巨鳥は存外柔らかい雰囲気で念話を発し、それを受けた幼い妹は、感情が決壊したように泣きじゃくった。


「……っふ、こわっ、こわかったぁ!」


 顔を真っ赤にして泣く妹に対し、多少年嵩の兄は、懸命に泣くのを我慢しているのが見て取れた。目尻を赤く染め、身体を小刻みに震わせながら、気丈に母親の傍らに立っている。


 それらを見回した巨鳥は、シリンへ厳しい目を向けた。


『……シリン、この子らになぜついていなかった』


 それを言われた彼女もまた、罪悪感に瞳を伏せる。


「ごめんなさい」


 そう言って、彼女は子供たちへと視線を向けた。


「……アラン、セリン、不安にさせてごめんなさいね」


「ううん。セリンには僕がついてるから。かあさんはハクに」


「アラン……」


 中々健気なことを言う息子に、シリンは言葉を詰まらせ、巨鳥は呆れた視線を彼女に向けた。


『……シリン、子供にこんなことを言わせていいのか?』


「反省するわ」


『わかればいい』


 まるっきり“家族”でしかないやりとりが展開されているすぐ傍らで――。





 ズリズリと無粋な音が頻りに鳴っていた。


 虎と青年が4つの死体を木立の中へと引きずり移動させている音だった。

 微笑ましい子供たちの声が続く一方、『後で穴を掘って埋めておくか』「明日にしましょう」そんなやり取りを交わす。


 そうした作業も一段落し、虎が腰を落として息をつく。


『ふい~。……ああぁぁ、口のなか濯ぎたい。ペッペッ』


「口というか割と全身血で汚れてますけど」


 青年が指摘する通り、虎の真っ黒な毛並みで目立たないが、日の落ちた薄闇の中でも銀の縞が所々赤黒くなっているのがわかる。


 かなり派手な方法でウルフを(ほふ)ったのだから当然だろう。


『わーってるよ。鉄臭くて鼻もげそう』


 そんなことを漏らす虎へ、アルフレッドは思考を巡らせ呟いた。


「……そういえば、この近くに清水が流れてましたね」


『それだ! すぐ行こう!』


 青年の言葉に虎は喜色を浮かべて言う。


『シリンさーん、俺たち身体洗ってきます。……あ、近くの水場、使っていいですか?』


「!! ……あ、どうぞ!」


 ひたすら、互いの無事を喜んでいたシリンは、まるっきり虎とアルフレッドのことを忘れていたのだろう。急に話しかけられ慌てて返す。


 そんな様子を気にすることなく、虎は言った。


『あと、ウルフがまた来るかもしんないんで、家の中入っといた方がいいですよ! もう暗いし!』


「ええ! そうさせていただきます! お二方も、用がお済になったらどうぞこちらへ!」


 そんな会話を交わし、虎と青年は清水の流れる木立の中へ、シリンは子供たちを促し小屋へと向かう。


 一方、巨鳥は何か言いたげに虎と青年を見送った。






==========================================================================






 そうしてしばらくののち――。


 水深の碌にない沢で、大きな黒い虎がゴロゴロと転がり血を洗い流していた。

 言わずもがな、先の戦闘で被った血だ。


 自らの牙で、爪で、相手を屠る虎は、毎回とは言わないまでもこのように血だらけになることがよくあった。


 一方、虎とは違いほとんど汚れなかった青年は、岩に腰掛け、騒がしい水面を何をするでもなく眺めている。



 夜のとばりは、既に降りていた。



 幸い、衛星(この世界の月)が昇り真っ暗闇、というわけではない。また、虎は元より青年も夜目は利いた。暗い中でも互いのことは見えている。


 しばらく無言の時が流れたが――。



()()は、今のあなたと地続きなんですか」


『ん?』


 青年の口から、ふと問いが漏れた。


 対する虎は、言われた意味がわからず青年のことを見上げる。


「……あなた前に言ってましたよね。あなたがかつていた世界では、剣で斬りあう時代はもうはるか昔だったと」


『ああ、言ったな』


 虎は答えながら水流の中に大人しく身を沈めた。といっても、その黒い身体のほとんどは水に触れず、濡れた毛皮が月光を受けゆっくりと綺羅めく。


「――それに、仕留めた獲物の解体もできない」


 青年の言葉に、もちろん虎は同意した。


『ああ。覚える必要がなかった。特に俺のいた国ではな』


「……つまり、そちらの世界では血を見るのが非日常に近いわけですね」


 静かな声音だった。

 虎は軽く笑う。


『その通り。よくそこまで想像できたな』


「……なら――」


 言葉を探す雰囲気の青年を遮り、虎は言った。


『こんなふうに、血だらけになるのは忌避するんじゃないかって?』


「ええ」


 虎は数秒沈黙し、その代わり尻尾でパシンと水面(みなも)を打った。


『今更ツッコんだとこ聞くなあ、アル』


「……今のは結局あなたが言ったじゃないですか。それに――。……いえ、なんでもないです」


 虎は再度、静かに笑った。


 青年が、つい最近()()()()に思い至ったのだろうと想像はつく。打ち切られた言葉はきっとそんな感じの内容だろう、と虎は思った。


 軽い雰囲気を保ったまま、虎は少しの間悩む。


『どうなんだろうなあ。……確かに人間のままの俺なら、絶対やらないことではあるな』


 間を持たせるように、虎は前脚や尻尾で水面(みなも)を打つ。


『……今の俺にも忌避感が無いわけじゃない。でも、そんなこと言ってらんないだろ。お前は守るのが得意、一方の俺にも十分な力はある。なら、ベターな選択をとるべきだ』


 虎の言葉はあくまで軽い。


 そこには、人外となった驚きも葛藤も、ましてや自己犠牲的な響きや抑えがたい嫌悪などもなかった。


 だが、少なくとも葛藤はあったはずだ。何しろ彼は元々人間だ。しかも平和な国(日本)で普通に暮らしていたただの人。


 それが自らの鋭い牙と爪を用いて生物を殺す。


 普通ならできないことだろう。

 だが、虎には――宵闇(ショウアン)には可能だった。


 それが、アルフレッドの眼には矛盾して映ったのだ。だからこそ“あれ(戦闘時の振る舞い)は今のあなたと地続きなのか(共存しているのか)”と聞いたのだ。



 実のところ虎もまた、その点には自問自答を繰り返していた。



 初めこそは、それこそ驚きも葛藤もあった。

 だが結局のところ、彼は()()()()()()()その身に帯びた牙と爪を振るっている。


 様々な理由(言い訳)はあれど、それだけは確かだった。



『――それに、あの瞬間は俺もアドレナリンに操られてんだろうな、あんまり躊躇も忌避感もない。むしろ楽しい――、……そうだな、俺はあの瞬間を楽しんでる』


 まるで答えを探すように虎は呟き、次の瞬間自嘲の息をついた。


『いやあ、改めて認めると中々な衝撃だが……。やっぱ不思議と嫌悪感はねえな』


 そう言って、もう一度パシンと虎の尻尾が音を立てる。


『これが元から俺の持ってた性状なのか、あるいはこの世界に来てから生まれたモノか、判断はつかねえけど。ま、文豪の中島さんに言わせると、“人はみな猛獣使い”だそうだから、案外元から持ってた性質、なのかもな』


「……」


――とはいえ、隴西の李徴(「山月記」の主人公)ほど拗らせちゃいないが。


 そんな、笑みを含んだ言葉が薄闇に続く。


「……また、いくつか言葉が不明なんですが」


 虎の返答を聞き、青年は言葉を迷った末いつもの文句を口の端に乗せた。

 常なら虎の懇切丁寧な説明が続くところだが――。


 おもむろに、虎は水中からザバリと立ち上がり、青年を振り仰いで告げた。


『それは後だな、アル。あんまりシリンさんたちを待たせちゃ悪いだろ』


 話を打ち切りたかったのか、それとも本気で言ったのか、その判断がつかない声音で虎は言う。


「……そうですね」



 わざわざ逆らう理由も無し。

 青年もまた大人しく虎の言葉に従った。



第17話「隴西の李徴も虎になった」











挿絵(By みてみん)


今話の2人。

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