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第119話「嫌味」

視点:3人称

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 ギチギチと奇怪な音を振りまいて、小型犬ほどの大きさの魔物が数匹、鈍重に動き回っている。


 場所はオルシニア北部の森林、その辺縁。

 人が住む村にもほど近い、人間の生活圏。


 林業で生計を立てる者たちも多いこの地域で、山間部に魔物が発生した――しかも複数匹で、というのは、相当に急を要する案件だ。


 実際、オルシニア王国の誇る騎士団も、既に迅速な対応へ乗り出したところ。

 特に今回動いたのは、東北部を管轄する王国随一の騎士団、ロウティクス城に拠点を置く『クレムゼン(赤の)騎士団』だ。


 その名の通り、王国第3王子ルドヴィグ・ライジェントにあやかって名付けられ、組織された一団だ。


 また、魔物による被害報告は、春から夏にかけ一定の確率で増えていく。中には毎年と言わずとも、魔物の大量発生もなくはない。前年で言えばイルドアでの被害が記憶に新しく、また、ロウティクス城が接するイリューシアの森から一連の森林地帯にかけてでは、とりわけ珍しい事態でもない。


 そして、クレムゼン騎士団はそんな危険な地域を一手に担う、対魔物のエキスパートと言って良かった。

 その信頼感は、不安に苛まれた村人たちが揃いの赤備えを一目見れば安心し、枕を高くして眠れるほど。


 ついでに。

 今回は、()()()()()()もいるため、多少、過剰戦力とさえ言えた。




 一方、今回発生した魔物の方はと言えば。


 生い茂った木々の間を動き回る、少なくとも十数匹はいるだろうその身体は、頭部、胸部、腹部の3つに分かれ、胸部から生える脚の数は3対6本。

 (はね)はなく、頭部には2本の長い触覚と、コブ切り鋏(ブランチカッター)のような発達した下顎。この下顎が噛み合わさる度、ギチリ、と耳障りで不快な音が発生する。


 地球上では、およそ2京匹が生息すると試算され、女王を頂点に見事に統率された群れを形成し、土中に複雑な巣を築き、高い社会性を構築する非常に身近なとある昆虫。


 そう、蟻だ。


 ただ、サイズを除けば昆虫の蟻に酷似しているが、一方で体色はつるりとした白。

 G()()()()()()()()()に連なるシロアリとも形態が異なり、正真正銘、ハチ目アリ科の白化個体といったところ。


 そもそも、無脊椎動物でありながら地上で子犬ほどの大きさに巨大化できている時点で、常識の通じる相手でないのは明らか。


 まさに、埒外の存在。

 魔物だ。


 巨大化した弊害だろう、本来の蟻とは異なり、その動きはのっそりとしたものだが、発達した顎や硬質に輝く体表を見るに、決して侮れないのは当然のこと。


 更には、(しき)りに動く触角を観察するに、彼らも蟻と同じく俗に言うフェロモン――匂い物質を周囲との連絡ツールにしていると推測され、それによって可能になる集団行動は、単純な物量としても大きな脅威。


 何しろ、群れのためなら個々の生存も度外視する、そんなある種、機械的な側面さえある昆虫だ。

 「敵が来た」「獲物がいる」、そんなメッセージが空間中に発された瞬間、恐らくは集団で波を打って押し寄せる。


 いくら場慣れした戦士でも、そうなってしまえば対処しきれるものではない。

 それは、専門家であるクレムゼン騎士団の面々でも同じこと。


 なら、どうするのか。

 もちろん知恵を使うのだ。


 国土が豊かなだけに魔物の発生率が高く、長年それらに対処してきたオルシニアの先人たちが、常に無策で突っ込んだはずもなく。既に確立された対処法が、いくつもある。

 

 現に今、蟻に似た白い魔物は、とある“獲物”にわらわらと群がり、我先に咥えている最中だった。


 それは、山と積まれた拳大の茶色い何か。周囲に甘ったるい匂いを振りまいており、主成分は糖だろう。恐らくは樹液かハチミツ。それを何らかの方法で固体にし、大きさを整え、積み上げてある。


 明らかに()()()


 当然、罠だ。巣に持ち帰らせて大量死を狙う、地球の現代でも一般的な害虫への対処法――毒餌(どくえ)だ。


 それを魔物相手に行おうという話。

 もちろん、製作および設置をしたのはクレムゼン騎士団の兵士たち。


「……さしずめ、毒は炭酸塩の何かってところか。あいつらギ酸みたいなの吐いてるし」


 そんな現場の傍、毒餌が設置された地点からそう遠くないところに腰を落とし、ぼそりと呟いたのは全身黒一色の男、宵闇。


 なぜか騎士団に同行している彼は、動き回る巨大な蟻を半眼で眺め、重力に逆らったその巨大さに「ありえねぇ」と頻りにぼやいては半笑いを浮かべている。


 ちなみに、その更に背後では、甲冑を着込んだ十数人の兵士たちが、皆一様に緊張の面持ちで配置についていたりする。


 ただ、兜の隙間から覗く容貌からすると、ほとんどが十代から二十代前半の若者たち。武装に慣れる程度には訓練を積んだが、現場に出たのは片手で数えるほど、といった様子。


 クレムゼン騎士団へ今年配属になった、いわゆる“頭に殻が付いたままのひよっ子たち”だ。


 玄人集団とはいえ、どんな組織にも新人はいるもの。

 赤の騎士団に配属されるほどには魔力に優れ、実力は充分だが、おそらく厄介な魔物が複数匹、なんて事態は初めてなのだろう。


 そんな彼らが発する気配は落ち着きがなく、一方で緊張感の欠片もない宵闇とは対照的。よほど魔物に近い位置に居ながら、甲冑もなく身軽な姿。


 無防備に座り込み、隣を見上げて呼びかける。


「なあ、アル」


「……」


 宵闇がいるなら当然彼もいる。ただ、同じく身軽、一般人とそう変わらない装備に剣だけ腰に吊るした青年――アルフレッドは、無言で視線を向けるだけ。


 構わず男は言った。


「もしかしなくても、魔物の中で昆虫型が一番厄介だったりする?」


 再び魔物たちへ視線を戻しながら青年は肩を竦めて言った。


「……厄介具合の方向性に寄ります。魔物は、魔物であるだけで民にとっては厄介極まりないので」


 赤を纏う兵士たちからは完全に浮いている2人。

 だが、そんな些事を気にすることなく言葉を交わす。


「ホント、ぶれねえな、お前」


 苦笑した宵闇の一方、アルフレッドは次いで言った。


「ただ、貴方が言いたいことはわかっています。要は、この状況が頻繁にあるのか、ということですよね」


「ああ」


 頷いた男は、おもむろに前傾し、立ち上がる。

 そうして適当に節々を伸ばしながら、彼は言った。


「得てして、昆虫は多産だ。恐らく魔物化したら有性生殖は不可能だろうが、産卵場所が魔力溜まりだったとか、卵抱えたメスが魔物化したとか。そもそも単為生殖可能な奴もいるし。とにかく、同種で複数の昆虫型が発生する可能性は、他より断然高いだろう」


 相変わらず専門的な単語を遠慮なく口にする男。

 既に相棒からの質問攻めは覚悟の上か。


 ちなみに、彼の言葉を要約すれば――下手な鉄砲数打ちゃ当たる、この一言に尽きるだろう。

 ライフサイクルも短く、次々に世代交代し、その度に多くの次世代を残す昆虫は、単純な確率論として()()()()()()()


 加えて、地球においては全生物種の半分以上、100万種を占める昆虫は、それだけあらゆる環境に適応し、哺乳類などとは比べ物にならない速度で進化するカテゴリーと言える。


 そんなことを念頭に置きながら、宵闇は言った。


()()()()()()()()()()()()。それが魔物だとするならば、昆虫類は群を抜いて適応しやすいだろう。つまり、昆虫型の魔物には厄介な奴、特に大量発生するパターンが多いんじゃないか、って話だ」


 細部はひとまず脇に置き(後で尋ねるとして)、概要に対してアルフレッドは肯定する。


「確かに、魔物の大量発生は昆虫型の例が目立ちますね。獣型のウルフは珍しい部類だ」


「あれは単に同じ食生活、同じ行動範囲で同時に魔物化したからだろう」


「でしょうね」


 淡々とやり取りする宵闇とアルフレッド。

 一応、視線の先ではギチギチと顎を鳴らして動き回る夥しい数の魔物が居るのだが、それを意に介さず、何の感慨もなく眺めているだけ。


 実のところ、魔物は毒餌にばかり集中しているわけでもなく、時折こちらに近づいてきたりするのだが、それでも彼らに動揺はない。


 充分に対処できる相手だからというのは元より、既に魔物たちが嫌う匂いも特定しており、それを忌避剤(きひざい)として周辺に散布しているのも理由として大きい。


 すなわち、魔物が接近してきても長くは留まらずに引き返す。その繰り返し。


 だが、背後に居並ぶ新人たちは一々ビクついては武器を構えており、その度にガチャガチャと小煩い。十数人もいるから猶更だ。


 また、そうした怯えの裏返しだろう、ただ見ているだけの現状に不満を示すような気配も、そこはかとなく増えている。


 そんな背後に苦笑しつつ、宵闇は話題を変えて言った。


「それにしても、王子殿下は何を考えていらっしゃるんだろうな。……まぁ、大体は想像つくけども」


 幾分、声を落としたその呟きに、アルフレッドも次いで言った。


「おそらく、貴方が考える以上のことはありませんよ。要は、僕らは体のいい壁だ。利用できるものがあるのなら、こうした場に出しておくのも大事でしょう」


 肩を竦め、要領を得ない言い方をする青年。

 背後の兵士たちを意識し、内容をボカシた結果だった。


 何しろ、経験の浅い彼らにはなるべく危険度の低い現場から慣らしていくのが理想的だ。例えば今回なら、毒餌の設置とその後の経過観察、可能であれば形態の特定。


 そのお()りとして、宵闇とアルフレッドという、これ以上ない防壁を置けるなら更に文句はない状況。


 クレムゼン騎士団の主、ルドヴィグの意図はきっとそんなところ。


 だが、プライドだけは一人前だろう彼ら新人たちに、そういった意図を直截に聞かせるのは、さすがのアルフレッドもマズいと判断した末の事。


 それでも。

 アルフレッドの投げやりな言い方は、意味が不明瞭でも新人たちに不満を感じさせたらしい。


 壁って――

 ――本当に実力が――

 亜人――

 あいつも何が――


 十分な小声かつ距離もあったが、俄かにざわつきが高まった。

 いくら上官への絶対服従を叩きこまれていようと、この場にいるのは臨時の上官、部外者2人。兵士たちの口も緩くなる。


 詳細を聞くまでもなく、彼らの実力を侮ったり、なぜ早々に始末をつけないのかと疑問視したり、そんなところだろう。


 それらを承知しながら、アルフレッドは再度肩を竦めるのみ。

 初めからこうなるのは承知の上だ。


 一方の宵闇は、話題を振ったのが自分なだけにピクリと身体を震わせ、一瞬の瞑目。やがては、口元に苦笑を()きながら、瞳を開いて一計を案じる顔になる。


 まもなく、()()()()()彼は文句を言った。


「にしてもこれ、俺たちの必要あったか?」


 言っても栓ない言葉。

 背後に聞かせるような声量。


 何を意図した言動なのか、アルフレッドの視線が向くなか、宵闇はわざとらしく言った。


「毒餌も忌避剤の準備も、全部騎士団がやったろ。嗅覚頼りの魔物だろうし、忌避剤が効くのは確認できたから村の方はある程度安全。本隊が見回ってるしな。対して、毒餌はまだ効き目が確認できてないが、そっちだって数日待たないとわかんねえし」


 そう言いながら、宵闇は意味ありげに背後へ一瞬視線を向ける。

 ついでにニヤリと笑った表情で、アルフレッドもまた()()()()()()


 やがて彼も言った。


「……つまり、貴方は暇を持て余してつまらない、と。なら、ちょっとあそこに突っ込んできたらどうです」


 彼が形の良い顎をしゃくって示すのは、当然、白い魔物たちが蠢く方向。

 そして既に宵闇も承知している内容を、背後の面々に聞かせる目的で口にする。


「――僕の経験では、ああいうのは1匹死ぬと仲間を呼ぶ。おそらくは、人に聞こえない音を発するか、匂いでわかるのか。とにかく一斉に向かってくる。次々寄ってくるので手間は省けますが、噛む力も強いですし、毒を吐くこともあるので気を付けてください」


 様々なパターンがあるため一概には言えないが、最悪を想定するに越したことはない。事実、アルフレッドが対処した魔物にはそういったものもいた。


 対する宵闇は、無事に察してくれた相棒へ笑みを深めつつ、しかし口では不満を言う。


「いやいや。俺だけかよ」


 お前も来いよ。

 そんな含意の言葉に、アルフレッドは首肯する。


「確かに、僕と貴方なら全滅も可能でしょうね。恐らく、ここにやってくる個体数からして全体では少なくとも100匹程度」


「まあ最悪、噛まれたり毒で腫れたり、目にかかれば失明もあり得るが。基本、魔力でフッ飛ばせばいける数だろ」


 ちなみに。

 蜂の仲間である蟻は、一部を除いて毒を持つのが大半だ。有名なのはギ酸だろう。口から吐いたり、蜂と同じく針で刺すタイプもいる。また、アルカロイド系の毒を使い、侵略的外来生物として名が挙がるのはヒアリだ。旺盛な繁殖力は全世界で警戒されていると言っても過言じゃない。


 ましてや、異世界で魔物化したならば、どんな繁殖力、どんな毒性をもつのか知れたものではなかった。


 とはいえ、数はともかく2人とも既に人間ではないため、毒に関しては既に気にする必要もない。もちろん、新人たちを脅すための適当な話だ。


 また、一匹残らず殲滅するのが理想的にも関わらず、吹っ飛ばすなどという手段はまさに悪手。例えば、敵を認識した時点で狂暴化するタイプの場合、せっかくの忌避剤も効き目が低下するのは目に見えているし、そうなってしまえば被害拡大は避けられない。

 

 宵闇にしては適当も適当、かなり好戦的で短絡的な提案だった。さすがのアルフレッドも意図を承知しつつ、曖昧に頷くしか反応できない。


「不可能ではないでしょう」


 表面上は肯定したのち、彼は言う。


「――ですが、なぜ、労力を割かずに殺せるのに、わざわざ消耗する必要があるんです」


 心底呆れた調子を含ませ、彼本来の毒舌を発揮する。


「僕らが行うべきは守ること。それを疎かにし、ただ無暗に蛮勇を証明したいだけなら、()()()()()()()


 宵闇との会話を装い、直接相手に言わないだけ更に陰湿だが、しかし、直属の配下でもないド素人への訓示としては、これが精一杯とも言えた。


「お前の言い方は相変わらずきっついねえ」


 既に背後の面々は静まり返っていたのだが、宵闇は苦笑したのち、()()()()()()()()()更にダメを押す。


「――て。ことだそうだ、皆の衆。俺も余計な被害は出したくないからから、このまま待機するわ」


 にっこりと言い放って前を向く。


 その異様な明るさに、当然、若者たちは反応もできずに固まった。嫌味としては最上だろう。


 実のところ最後のは完全に余計な一言だったが。

 しかし表情とは裏腹に、珍しく宵闇も虫の居所が悪かったのか。


 意外そうな目を向けるアルフレッド。

 それに構わず、表情を真面目なものにして、宵闇は言った。


「実際、毒餌が効かないとなれば、俺たちがやるしかねぇかな」


 返るのは頷き。


「ええ。巣の中が面倒ですが、そちらはディーにでも頼みましょう。あるいは、貴方が魔力で直接潰してもいいでしょうが」


 ディーの火で卵も女王も焼き殺す、あるいは“土”の魔力で土中を操作し物理的に潰す。


 その手があったかと首肯しながら、宵闇は言った。


「なら、どっちもやるべきだろう。万が一にも取り逃したら、また繰り返しだ」


 その顔に書いてあるのはアルフレッドと同じく「はぁ面倒」という内心。







 とはいえ、この後さらに面倒な指令がルドヴィグから下ることを。

 この時の彼らはまだ、知らなかった。









第119話「嫌味」


まさか、ルドヴィグさえだせないとは思わなんだww

文字数嵩張りまして、次話に続きますm(_ _)m


















【以下、駄文】


さてさて。

話は変わりまして、キャラ投票に参加してくださったお二方、ありがとうございました!

ひとまず主人公の宵闇が唯一の複数票を獲得しました!わーい(≧▽≦)


が、まさかこれほど御反応がないのは想定外でした、、、ww

今後とも精進しようと思います!


また、出番の少ないキャラでも票を入れていただけたのは純粋に嬉しかったですw

ほとんどの登場人物には前半生を設定しており、機会が少なくても思い入れはひとしおなのでいつかそこらへんも語れればと思います。


今後とも御反応はお待ちしておりますので、ぜひ投票にご参加いただければと思います!

それでは!

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