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第100話「――それは既に述べられている通り」

視点:3人称

翠の章に入る前の話です。

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「……アル、ホントにやるのか」


「ええ」


「っ!」


 イリューシアの森、中心部。

 とある場所で、2つの声が交錯する


 全身黒一色の男は、目の前の背中へ叫ぶように言った。


「わかってんのか?! 人間じゃなくなるんだぞ。死すらあるかもわからない! なんでそんなモノになりたがる!」


 対する金髪の青年は、いつもの通り淡々と返す。


「そうなっても、今までと大して変わりませんよ。もとから僕は化け物――」


「違う!」


 食い気味に否定し、男は言う。


「お前は、ムリすりゃ死んじまうタダの人間だ! 化け物な訳ねえだろうが!」


 その必死な言葉にも、青年は静かに首を傾げて言った。


「では、その死を克服できるのは良いことですね。無理ができる」


「!! ……お前はっ!」 


「――むしろなぜ」


 今度は青年が遮った。

 視線を男へ向け、言葉を継ぐ。


「なぜ、そこまで反対するんですか」


 ここで青年は、初めて表情らしきものを見せた。

 眉をわずかにひそめ、秀麗だが血の気の薄い(おもて)にしわが寄る。


 恐らくはかすかな、戸惑いのようなもの。


 彼は言った。


「いうなれば、僕の本来の姿になるだけだ」


 木漏れ日の中、男に向き直った青年が感情の読みにくい表情で言葉を継ぐ。


「……あなたたちと同じになる。それのどこが悪いことなんです」


「今じゃなくていいだろ!」


 対する男は言った。


「お前の“人生”は、これからなんだ。あらゆる人としての楽しみが、全部これからなんだよ。それを、全部捨てるってことだぞ!」


 青年は動じない。


「捨てるも何も、今は手に入ってさえいない、手に入るかもわからない。

 そんなもののために、現状の最善策をあきらめろと? ……馬鹿げた話だ」


 言い切った青年に、男は苛立ちも隠さず言い返す。


「ああ、そうだよ、最善策だ。お前が一番割を食うこと以外はな!!」



 彼らが先ほどから言っているのは、イリューシアの森をいかに脱するか、その手段に関することだった。


 オルシニア王国北東部、そこに広がる森の一部――“イリューシアの森”と言われるその地域は、神が用意した牢獄だ。


 ある程度の魔力を持つ者すべてを捕らえて離さない、原始的で巨大な魔術。

 

 しかし、壊すだけなら簡単だった。


 何しろ魔力を構成する5つの属性が全て揃っているのだ。しかも1つ1つの存在が各属性の化身と言っても過言ではないモノたちだ。


 魔術の核さえ突き止め、破壊できれば全てが解決する。

 そう、思われた。


 だが、彼らは気づいたのだ。


 この結果内には既に多くの魔物が捕らわれている。結界を壊すだけでは、それらの魔物を解き放つことになり、北部を中心に多大な被害が出かねない、と。


 “では、結界を改変するしかあるまい。しかし――”


 そう言ったディーは言葉を切って押し黙った。


 「どうすればいいのか」、そう訊いた男と青年に、彼女は言った。


 “――人間を、辞める気はあるか、アルフレッド”



 その問いは。

 まるで、静かな水面に石を投げ入れたかのような劇的な反応を引き起こした。――彼ら2人、宵闇とアルフレッドの間に。



「――だから、僕にとっては不利益にならないと言っているんです」


「お前はまだ価値をわかってないからな! 失ってからじゃ遅いんだぞ!」


 青年が遂に剣呑さを強めれば、男もまた怒鳴り返す。




 彼らの話は常に平行線だった。


 なぜか異様な空虚さでディーの提案を受け入れようとするアルフレッド。対する宵闇は頑なに相棒を説得し続けている。


 “()()()()()なんて正気の沙汰じゃない!”


 彼はいの一番にそう言った。



 そう、魔物化だ。


 森の結界を壊すのではなく、改変する――すなわち、神にも並ぶ力を得るために。


 アルフレッドは、人外になる必要があった。


 何しろ、この世界に存在するすべての属性を扱い、緻密に制御し、一切の狂いもなく、尋常でない魔力を行使する。そのうえ、術式の核を把握し、意図した効果に改変する。


 そんな()()()()()を為そうというのだ。

 いかに術の扱いに長けたアルフレッドと言えど、身体の方が耐えられない。


 それが、ディーの出した結論だ。 


 だから彼女はダメもとで言った。……言ってしまった。


 “人間を辞め、まずお前がその存在を改変させるのであれば、あるいは”と。


 更には幸か不幸か、アルフレッドは()()()()()()()()()()()()()()


 何しろ、今の彼は間違いなく人間ではあるのだが――。


 その一方では宵闇(“土”)月白(“金属”)真緋(“火”)青藍(“水”)、この場に集った彼らに並ぶ、“植物”の魔力の化身、とでも言える存在だった。


 でなければ、アルフレッドの魔力量が説明できない。

 真緋――ディーは、気負うことなくそう言った。


 要するに、アルフレッドは()()()()()()()()()()()、と、彼女は言ったのだ。


 だが、あくまでディーも手段の1つとして言ったのだ。

 当然、拒否が返ると思っていた。


 しかし、青年の返答は躊躇のない「諾」。

 驚くディーに彼は言った。


 “どこに躊躇う必要が?”


 淡々と返ったその答えに、ハクでさえ目を見開いたのは既に数日前のこと。



 失ってからでは遅いのだと言った宵闇に、アルフレッドは鼻で笑う。


「失う? 得るものしかありませんよ。民の安全も、アオの自由も、僕が変わりさえすればすべて問題はない」


「それが一番の問題だって言ってんだよ!」


 宵闇は苛々と怒鳴り返す。


 何しろ彼からすれば、アルフレッドがまた理解不能な自己犠牲精神を発揮しているように見えている。――いや。正確に言えば、自暴自棄の発露、か。


 アルフレッドが利他的な行動をとるのはもはや()()()と言ってもよく、宵闇にしてみればもどかしいにも程があった。


 私欲の感じられないその言動は、ある一面では彼をここまで生かす助けになったのだろう。だが、己を(かえり)みないソレは、既に彼自身の害悪になり始めている。


――そしてそれは、()()()()()()()()の望むところでもない。



「なんでお前はそうやって、自分を大事にしないんだ!

 自分自身こそ俺は大事だ。極論を言えば、他人なんかどうだっていい!」


「……」


 そう言った男は、悪びれることなく言葉を継いだ。


「俺が解放されたあの時もな、お前が余計な事しなきゃ、さっさと逃げる気だったんだ、俺は!」


「っ!」


 わずかに肩を揺らした青年に気づかず、宵闇は言う。


「イサナに同情した時も、お前は散々止めてくれたがあれだって、所詮はこっちに害がないからだ! 俺は、自分の安全が保障されたうえでしか、他人のために動こうなんて思わない。顔も知らない大勢なんて放っておけよ!」


「――うるさいな!」


 遂に感情的に声を荒げたアルフレッドは、鋭く男をにらみ返して言い放つ。


「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ! あなたに害はないでしょう。他人は放っておけばいい!」


「!!!」


 わずかな言葉選びのスレチガイによって、彼らの溝はどんどんと拡がっていく。


 アルフレッドの返答に、一瞬、怒気を最高潮に高めた宵闇だが、しかし次の瞬間には見事にその感情を抑えてみせる。


 両者が感情的になっては治まるものも治まらない。


 彼はよくよくそれを承知していた。


 深く深く深呼吸しながら、男は視線を逸らして自分を落ち着かせる。

 思考を明晰にし、今度はどこから切り崩そうかと頭を切り替えた。


 そして言う。


「……そもそもお前、ここ数日おかしいよな」


「……」


 逸らしていた視線を男は戻す。

 その表情は相変わらず険しかったが、語調は既に元通りだ。


「特に青藍――アオへの態度。……まあ、殺されかけたんだ、わからなくもないが、お前にしてはかなりの拒絶感だ。……何か、俺に話してないことが他にもあったんじゃないのか?」


「……」


 一瞬にして表情が凍り付いた青年を見つつ、彼は言った。


「それに寝てない。少なくとも3日、下手するとこの森に入ってから一睡もしてないんじゃないのか。……俺は、そんな状態で出した答えが、今後の後悔にならないとは到底思えない」


「……」


 打って変わって静かに迫る宵闇に、対するアルフレッドは押し黙り、頑なに応えようとしない。


 実際、アルフレッドは()()()から一切寝れていなかった。

 それを証明するように彼の目元には隈が陣取り、ここ最近に比べれば異様なほどに表情がない。


 その変化には最初から気づいていた宵闇だが、森の結界やらアルフレッドの魔物化やら、懸案事項に気を取られ、ここまで放置していたのだ。


 だが、もはやその範囲も超えた。

 疲労もまともに回復できていないなか、これ以上、言葉を重ねようが意味はない。


 しかし、原因の解消のために尋ねても、本人は口が貝になったようにだんまりだ。


 宵闇はどうしようもない現状に盛大な溜息を吐いてぼやくしかない。


「だいたい、なんなんだよ、お前が最後の“お仲間”だなんて。都合がよすぎるにもほどがある」


 しゃがみ込み、片手で顔を覆った男がそう言えば、対するアルフレッドは無関心そうな、憮然とした表情で言った。


「それほど意外な話でもないでしょう。あなた方は国の四隅(よすみ)に封じられ、僕はこの国の中心部で生を受けた」


 そう語る青年は、自分のことを言っているにも関わらずまるで他人事のよう。


「――そして便宜上、僕は“王族の方々に並ぶ魔力”と喧伝(けんでん)されていますが、実際のところ国で最も保有魔力が多いのは僕です。そして、あなた方と魔力量はほぼ互角だ」


 そうしてアルフレッドは、見上げてくる男へ自分の耳を指し示し、言った。


「これがその証です。今でさえ人間の枠に収まっていない。だからこそ異常がでる。そういうことでしょう」


「っ!!」


 対する男は、再度気色ばんで押し出すように言う。


「……それでも、今のお前は間違いなくヒトだろうが。それをっ」


 そうして視線を彷徨かせ言葉を探す男へ、アルフレッドは呆れと共に息を吐く。


「なぜそこまで(こだわ)るんです。以前にも言いましたが、人間かそうでないかなど大した違いじゃ――」


「大した違いだろうが!」


 反射的に言い返したのだろう、次の瞬間、宵闇はバツの悪そうな表情をしたが、それでもうつむいた彼は言葉を継ぐ。


「……あの時はそれで良かったがな、対象がお前なら話は別だ。お前は、正真正銘、人間なんだよっ」


「……」


「魔力が他より多かろうが、見た目が多少違かろうが、そんなものは関係ない」


「これから、生きて成長して、変化していくことができる。老いて、死ぬことができる、その自由がいくらでもある、ヒトだろうが」


「……」


 精一杯、言葉を尽くした宵闇だが、それでも青年は十分に考えた上、溜め息を吐いて言った。


「はぁ。……まったくわからないです。なぜあなたがそこまで言うのか」


「っ!」


 対する男も、アルフレッドの思考が読めていないのは同じだ。


 互いに互いの考えがわからないのなら、あとは決裂しかない。……それが、普通の流れというものだろうが――。



『……つまり考えは、変わらないってことだな?』


「……」


 不意に本性になった宵闇に、アルフレッドは意図が掴めず警戒する。

 相対して緊張し、思わず剣に手を掛けた青年に、黒い虎は(あぎと)を開いて距離を詰めた。


 言葉でダメなら暴力に訴える。


 悲しいことに古今東西、よくあることだ。


『元現代人としては()()()()()()()()()だがな。……それでも、どうしても、譲れないんでな!』


 まずはアルフレッドを気絶させること。そうして無理にでも睡眠をとらせ、もう一度説得する。


 そんな算段を立てながら、黒い虎は青年へと飛びかかる。

 アルフレッドもまた機敏に応じて迎え撃った。



 そして。


 一度は宵闇がその目論みを成功させたものの、意識を取り戻した青年に容赦なく追い込まれるまであと2日。




 まあ、その後も二転三転、勝敗はひっくり返り続けるのだが。


 最終的な結論がどうなったかといえば――。



第100話「――それは既に述べられている通り」






















 今、翠の章を読み返しながら、矛盾がないかハラハラしているところです( ̄▽ ̄;)

 何かありましたら、皆様からもどうぞw


 ちなみに、これでようやく第1部完って感じです。

 たぶん次話から新章「黎の章」ですかね。

 いや~長かった、けど、楽しかった!


 今後ともお付き合いくだされば幸いです! m(_ _)m

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