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第99話「願い」


 バサリ、と異様な羽ばたきが聞こえたと思ったら、俺たちの頭上に大きな鳥が旋回していた。


 巧みに風を捉えるその飛び方は、まさに猛禽類の特徴。――言うまでもなく、魔物姿のハクだ。


 無事にこっちに着いてたんだな、とか、なんでシリンさんたちを置いてここに、とかいろんな思いはあったが、ひとまず地上に降りてくるその姿をアルと眺める。


 ちなみに、泉の近くでわいわいと魔法を練習していたルドヴィグたちも気づいたようで、上を見ながら話していた。その訳知り顔な雰囲気に、俺は少しして思い至る。


 ああ、そういえば。

 さっきルドヴィグが、伝令役がどうとか言ってたなぁ、と。


 一方、ある程度、旋回しながら高度を落としたハクは大きな翼を広げつつ、ルドヴィグたちめがけて何かを落とした。そんなに大きなものではなく、円筒形をした物体だ。


 受け取る側も慣れているらしく、自由落下で落ちてくるその何かを、なんなくイネスさんがキャッチしてルドヴィグに持っていく。


 対して、身軽になったハクはというと、そのまま滑るように空中を移動し、大木の枝の1つへ舞い降りた。丁度、俺たちの背後に立ち並んでいた木の1つだ。


 そこで人型に姿を変え、思い切りよく飛び降りてくる。


 ザン、と相応の音を立てて近くに落ちてきたその白い姿に、俺は言った。


『よお、ハク。まさかあんたが定時連絡要員とはな』


 何の気無しの言葉だったが、体勢を立て直したハクは、こっちを胡乱げに見て言った。


「……むしろ、私以外の何者がここにたどり着けると?」


『まあ、確かに』


 ごもっとも。

 素直に頷いた俺に、アルがこっちを見て言った。


「そういえば伝えそびれていましたが、シリンさんたちは数日前にこちらへ到着しました。現在はロウティクスにて、身の回りを整えてもらっています」


 それは良かった。


『子供たちも特に問題はなしか? 長旅は大変だったろ』


 これにはハクが答えてくれる。


「着いて早々はさすがに元気もなかったがな。

 しかし寝て起きれば元通りだ。今ではさほどの心配もない」


『はは。さすが』


 うーん、重ね重ね良かった。

 俺はパタリパタリと尾を揺らしつつ、こっちに歩み寄ってきたハクを見上げて言った。


『で? なんであんたは、普通なら引き受けなさそうな“お使い”をしてるんだよ。可能か不可能かの前に、あんたが動く理由がねえだろ?』


 何しろ、ハクの行動原理は至って明快。

 シリンさんたち親子のためになるかならないか、それしかないと言ってもいい。


 その点、ルドヴィグのためにしかならなそうなこの役目をハクがやっているのは大きな疑問だ。


 そう言ってやれば、無表情のハクにしては珍しく苦渋を浮かべて言った。


「……シリンがな。ただで世話になるわけにはいかないと」


『ああ、そういう……。ルドヴィグの打診に応えたのか』


 ハクは無言で頷いた。


「正直に言って、こんな時に傍を離れたくはないのだが」


『おいおい、何をそこまで』


 王都を離れ、目的地にも無事たどり着けた。

 心配する要素がどこにあるのかと思っていれば、ハクはまたしても無表情の中に呆れを滲ませて言ってくる。


「……お前は、あの城にいる者たちがどんな奴らかわかってないだろう。

 確かに規律は厳しく徹底されているようだが、所詮は軍だ。何が起こるか分かったモノではない」


 あー。そういうことね。


 確かに、男所帯で大した息抜きもなさそうな兵たちの中に、まだまだ妙齢なシリンさんに非力な子供たちがいるのかと思えば、ハクの警戒も分からなくはない。


 地球でだって枚挙にいとまがない話だしな。


 特に、彼女ら家族は他国人だ。早々、間違いがあるとは思えないが、ハクからすれば当然の懸念だろう。


『オーケー、把握。確かに気が気じゃねえだろうな。同情する』


 そんな会話を俺たちがしていれば、少し前から歩み寄ってきていたルドヴィグが心底嫌そうに言った。


「まったく。仮にもその城を預かる本人の前で言うことか」


 あ、ルドヴィグの背後にいるイネスさんも似たような顔してる。


 まあ、そうだよな。城主はもちろんだが、兵たちの指導監督責任があるのは隊長であるイネスさんも同じだ。


 端的に言えば、ハクはこの2人が信用できないと言い放ったも同然。


「ふん」


 しかし、当人はルドヴィグの苦情に動じることなく鼻を鳴らし、さっさと帰らせろと言わんばかりに催促している。


 いっそ清々しいまでのその態度に、さすがのルドヴィグも苦く笑うしかないようだ。


「まぁいい。モノは確かに受け取った。こちらにも特段問題はない」


 そう言いながら、ルドヴィグはなにやら紙面にサインを書きつけ、元の筒に戻してハクに渡す。受領サインってことで良いんだろう。……宅急便みたいだな。


 そうしてモノをやりとりしながら、ルドヴィグは一転、視線も鋭く言った。


「ところで話は戻るが。もし万が一……、いや、万が一にも無いとは思うが。

 もし、貴様らに何かあれば、すぐ俺に言え。軍の規律を締めるためにも、必ず厳罰に処してくれる」


 “必ず”を強調したその言い方に、彼の覚悟がどれほどのものかが窺える。

 しかし、一方のハクは少しも心動かされた気配もなく言った。


「ハ。こんなところに引きこもった男が何を言っている。もしもがあれば、告げ口するまでもなく、――私自ら殺してやる」


 うーわー、殺意がガチだ。

 声音にはなんの力も籠っていないのだが、その静けさが逆にハクの本気度を感じさせる。


 まあ、そりゃ、シリンさんたち親子の安全を考えれば当然の反応ではあるのだが。しかしそれにしても、殺人行為を至極当然の事として口にするあたり、ハクって見た目に反してわりと物騒だよな。


 普段は口数も少なく静かなものだが、いざとなった時の変わり身が速い。


 俺たちのなかで一番戦闘慣れしているのはたぶんハクだしな。

 しかも、次点のアルが対魔物で経験を積んでいる一方、ハクのほうは対人戦闘が豊富なようだ。……イスタニアからの追手を相手に、散々鍛えたんだろう。


 そんなことを考えている間にも、やることを終えたハクが距離をとって静止した。


 間もなく、人型から魔物姿へと鮮やかにその姿を変える。


 悠々と伸ばされる白い翼は光の加減でメタリックに見え、対照的な黒い嘴と鉤爪が猛禽の象徴として視線を惹く。


 背丈は人型の俺より少し低いが、その翼の分、威圧感はすさまじい。


 加えて、これから空に飛びださんと全身に力がみなぎっているならなおさらだ。


 やがて、グッと身を屈めたハクの身体が、驚異的な膂力でもって上空に飛び出していく。


 ちなみに。

 猛禽類最強の1種と言われるオウギワシという鳥がいるが、そんな奴でも翼開長は2 mほど。鳥類最大の翼開長を誇るワタリアホウドリで、ようやく3 m後半に達した記録があったはずだ。


 一方、既に絶滅した鳥類も含めれば、翼開長6 m、体重が70 kgあったとされる“飛べる鳥”もいたというから驚きだよな。

 

 閑話休題。




 ハクは数度の羽ばたきと、魔力で形成した上昇気流を糧に、瞬く間に高度を確保。

 あとは一路、彼の家族の元へ帰るだけ。


 そんな姿をアルたちと眺めていれば。

 今度は、麗奈が遠慮がちに歩み寄ってきて言った。


「ショウさん、あの人は……タカ、なんですか? 大きさ的にはワシっぽいですけど」


 俺の視線に合わせるためか、彼女は腰を落として近づいてくる。


 ちなみに、用が済んだルドヴィグとイネスさんは元の場所に戻るようだ。

 それを追わずに問いかけてきた麗奈へ、俺は面白くなって言った。


『そうだな。ワシもタカもトンビも、全て分類的にはタカ目タカ科。大きさで呼び分けてるに過ぎないが……、まあ、ハクをあえて分類するならタカ、それもオオタカだろうな』


 よくわかるな、と続ければ、彼女ははにかんで言った。


「私の家、わりと田舎で田んぼも近かったので、見慣れてるんですよね」


 その表情は、自分の見立てが当たっていたことを喜ぶもので、こっちも自然と口角が上がってしまう。


 一方、アルからはいつもの如く説明を求められそうな視線を感じているのだが、ひとまず麗奈を優先しようと俺は言った。


『でも、色違いの上、デカいからわかりにくくないか?』


 そう言ってやれば、首を傾げて麗奈は言う。


「そうですか? でも、あのシルエットと飛び方は間違わないですよ。あと、ワシって獰猛な感じがでてますけど、タカはシュッとしててカッコいいと言いますか! ……あ」


 そうして「しまったー」とでも言いたげに表情を固まらせた麗奈に対し、俺は言った。


『麗奈って、動物全般、かなり好きみたいだな』


 あくまでただの感想、誉め言葉に近い感覚で言ったのだが、一方の彼女は挙動不審。


「……変ですかね」


 そう、おずおずと言った彼女の表情は、一応笑ってはいたのだが――その眼の奥では、怯えてもいた。


 それを見て取りつつ、俺は本心から言ってやる。


『いや? 全く変じゃない。……気にしてんのか?』


「……」


 一瞬の沈黙。

 麗奈は言葉を迷うように口を開閉させ、結局のところ、力なく笑って言った。


「私も、最近知ったんですが……。

 わりと、私って変わってるのかもなぁと思ったり、思わなかったり……」


 なかば予想通りの返答に、俺は鼻を鳴らして呟いた。


『青春だね~』


 そうすれば、彼女は一転、苦笑いで言ってくる。


「ちょっと、ショウさん、私にとっては結構切実なんですけど!」


『だろうな』


 冗談に紛れさせようとする彼女に反し、俺は真面目くさって肯定する。

 

 戸惑う麗奈に俺は言った。


『まあ、俺の言葉は何の足しにもならないと思うが……』


 視線を逸らし、言葉を迷いながら俺は念話を発する。


『――その悩みは、かなりありふれたフツーのヤツだ。その点において、あんたは全然、変じゃない』


「……」


 何を言えばいいのかわからないんだろう、黙った麗奈に、俺とは違う声がかかった。


「僕が言うのもなんですが」


「!」


 思わぬことに麗奈が肩をビクつかせたが、それに構わずアルは言った。


「いっそのこと、突き抜けてしまえば楽ですよ」


『……ちょっと待て、お前、そういう心情だったの……?』


 俺が反射的に呆れかえれば、アルがわざとらしく視線を逸らす。


「……」


 一方、麗奈は何を想ったのか、数秒アルをみつめたのち言った。


「いいなぁ、アルフレッドさん」


「……僕の何が羨ましいと?」


 いくぶん険を滲ませ視線を戻したアルに、麗奈は単に気づいていないんだろう、怯まず言った。


「心の友って感じですかね。ショウさん始め、同士? 仲間? ――とにかく、そうやって突き抜けても、受け入れてくれる相手がもういるってことじゃないですか」


「……」


「……私も、欲しいんですけどねぇ」


 そう言った彼女は、視線を逸らして物憂げだ。

 彼女にも、彼女なりの苦しみがあるんだろう。



 何しろ、突き抜けるには勇気がいる。

 特に、孤独に対する恐怖はひとしおだろう。



 俺の場合。

 自分という存在が抑圧される方が耐えられなくて、突き抜ける方を選んだわけだが。……まあ、俺が正真正銘、人間だった時の話だ。




 ……そうか。

 アルも同じだったのね。




 俺は、物思いに沈む本人を溜息と共に見遣り。

 一方の麗奈には、無責任にも心の内で呟いた。







 いつか、きっと出会えるもんだ。


 ……そう願って、真っ暗にも見える道を、ただひたすらに進むしかないんだけどな、と。


第99話「願い」














































 いやぁ、ようやく翠の章が終わりました!( ̄▽ ̄;)

 多分書き残したことはない、はず!

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