Episode 1 日常
いじめられているようです。かわいそうですね。
人間はこうも合理的というか打算的な生き方しかできないものだろうか。
今僕は幼馴染であるアランの魔法の練習に付き合わされている。いや、これがやれやれ仕方ないなぁといった自発的な選択ならば僕だって愚痴の一つ二つを彼に言えるけど、現実には無理やり彼の火球の魔法の実験体にされている。こんな説明口調も大丈夫だろうと高をくくっていたから続く訳だけど、実際に磔にされて、かの数世紀前に起こった魔女狩りと呼ばれた愚劣な行為のような代物が今から魔法によって行われると思うと、皮肉なものだなぁなんて感想は心の底にしまって、必死に助けを乞うしかない。
「ねぇ、アラン。止めてくれよ。こんなことをしたって何にもならないでしょ。」
「いやいや、俺はこの先、軍隊に入るんだ。その時になって敵に魔法を当てることができませんでした。なんて言えるわけないだろ。」
僕たちの国は今戦時中なのだ。一体何と戦っているかは知らないが前回の戦争では4割の兵士が戦死した。詳しいことはよく知らないが次の戦争に備えて平民から軍人を募集しており。アランはそこへ志願するようだ。
残念ながらアランは僕のことを敵兵と同じだと思っているのだろうか。そもそも僕のような敵兵なら僕たちの村の税ももっと安くなっているはずだけど。
「それならそこら辺の木や岩にでも撃てばいいじゃないか。打ち放題だよ。」
「馬鹿言え、木や岩と違ってお前は人間だろうが。俺は人間相手に練習がしたいんだ」
そう言うとアランは魔法の準備を始めた。アランの火球は実際には木を焼き尽くしたり、岩を破壊するほどの力はないが、水に当たれば蒸発するし、死んだりはしないだろうけど普通に火傷する。かといって僕がこの状況を打破できるかといえばそんな力があるはずもない。僕は物語に出てくる王子様でもなければ、いきなり強くなる主人公でもない。魔法が使えない魔法使いなのだ。そりゃあ、必死に抵抗しても杭はびくともしないわけだ。
木々に隠れている観客も息をひそめている。村の子供や青年が集められているようだ。まるで公開処刑だなと考えているうちにアランの炎が少しずつ大きくなっていく。まずい。体を揺らしているが杭は全く動かない。
「はあっ」
アランの声が聞こえると同時に額に熱波が伝わる。どうやら体に当てることは止めてくれたようだ。かなり僕から離れたところに着弾したその炎は消え去った。舌打ちが聞こえた気がしたが聞かなかったことにしよう。
「いや、すごいギリギリだったね。かなり正確に撃てるようになったと思うよ」
「ふん。まあな」
少し呆れたような安心したような表情を見せた後アランが磔を解いてくれた。このまま森に放置されたらどうしようかと不安だったけど杞憂に終わってよかった。そんなことを考えているとアランと村人たちはさっさと帰っていく。今はアランの魔法の精度が大したことがないからいいけど、このままだと本当に死にかけることになりそうだ。
一抹の不安を感じながら、それはそうと一応は両親のお使いをしなくてはならない。この森でキノコを拾ってくるという仕事だ。アランに時間をとられたとはいえまだ時間はあるし、さすがに何も持って帰らないと夕飯ぬきになってしまう。
そうして二時間ほどキノコを採り終えた僕は帰宅した。
「キノコ。採ってきたよ。」
「あぁ。そう。そこに置いておいて」
最低限の会話を交わした後、僕は外で薪割を始めた。両親と一緒にいる空間が苦痛なのだ。いや、両親だけではない。この村の人間全員が僕のことを名前で呼ばなくなりウィザーという蔑称で呼ぶようになった。それ以来僕は人があまりいない森で山菜を採り家の裏で薪割をしている。嫌なことを思い出さないように無心で薪割に努める。その後、両親と無言の夕食を終え、自室に戻った。
ここ3年ほどだろうか母親の笑顔を見たことはない。それどころか最近は僕に対して哀れみの目を向けられているように感じる。父親に関しては僕に憎しみすら感じているように思う。だが、昔は優秀だった息子が魔法を全く使えなくなったとなれば村全体から様々な目で見られることは仕方ないのだろう。僕自身、村の人から全く相手にされなくなり避けられるようになってしまっているから両親の辛さが分からないわけではない、それをこの扱いに納得できるりゆうにはできないが。
そして今夜は悪夢を見ないことを願いながら眠りに落ちていった。
あとがきは登場人物の紹介とこの世界の解説の場所にしようと思います。
主人公
村の人からはウィザーと呼ばれている。15歳の青年。外見は銀髪に青い目をもち、中肉中背。一人称は僕。魔法を失ってから、村の人との関係に摩擦が生じている。
アラン
15歳の青年。外見は黒髪に茶色の瞳。大柄で筋骨隆々。魔法は火球を発生させることができる。村人から慕われており友人も多い。
魔法
魔法は原則一人に一種類使える。魔法の発現は人それぞれだがたいてい10歳までには魔法が使えることが多い。
ウィザー
魔法を使えない人間への蔑称。
魔女狩り
数世紀前に魔法が広まる前に行われた魔法使用者の処刑。犠牲者はたった一人だったらしい。