幸せな願い
「冬の童話祭2020」参加作品です。
できるだけほっこり優しいものが好きなのです。
そう言うふうになってたら良いなぁ。
飼い犬のショコラはずっと幸せだった。
生まれてすぐに連れてこられたこの家はとても暖かかった。
パパもママも優しいし、特に一人娘のカレンはいつも遊んでくれて本当に楽しかった。
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だけど、ある時カレンが病気になった。
治らないとは言わずとも、決して軽いものではない。
そのままカレンは町で一番の病院に入院してしまった。
(きっと寂しいだろうな。)
会いに行きたかった。
(きっと辛いだろうな。)
頬を舐めてあげたかった。
(きっと退屈だろうな。)
遊んであげたかった。
でもそれらは一つとしてできない、なぜならショコラは犬だから。
病院には行けない、そう、ショコラは犬だから。
そんな中、ある日カレンの両親が一つのぬいぐるみを買ってくる。
自分の姿とよく似た犬のぬいぐるみ。
「病室で一人は寂しいだろうからね。ショコラの代わりにこの子についててもらうんだよ。」
パパはそう語る。
(そうか、僕の変わりに…。)
ショコラは納得した。
あのぬいぐるみがあれば確かに僕がいなくても大丈夫かもしれない。
あれだけそっくりなのだから。
きっとカレンの寂しさも和らぐに違いない。
納得できた、でも、だからこそ抑えられない気持ちがあった。
(…うらやましいな…。)
納得できたからこそ、羨ましかった。
何もできない自分と違い、いつでも着いていてやれるぬいぐるみが、遊んであげられるぬいぐるみがどうしても羨ましかったのだ。
そしてなにより、むしろ自分が不必要にすら思えた。
「ぬいぐるみさえいれば良いんじゃないか?
ならいっそ…」
--僕がぬいぐるみになってしまいたい--
『じゃあなってしまえば良いじゃないか!』
つい呟いてしまった一言にどこからか声がかかる。飄々とした声。
「だれ!?」
『ここだよここ、君の目の前!』
声に合わせて目を向けると目の前に、丁度ショコラの目線ほどの高さに小さな少年がいた。
パパの手のひらに乗るくらいの大きさしかない本当に小さな少年だ。
『僕はパック!妖精さ!
君のその願い、叶えてあげようじゃないか!』
「え…願い…?」
『そうさ!主人を思う君の気持ちに僕は心打たれたんだ!
だから僕からのささやかな贈り物ってやつさ!
もちろん受け取ってくれるだろう?』
何のことだろう、と一瞬考えてから先ほどの呟きをふと思い出す。
--ぬいぐるみになりたい--
まさかこのことか?
いや、でもまさか…
「そんなことができるの…?」
『簡単だよ~!
僕はなんだって一つ、願いを叶えてあげられるんだ!
もちろん…君が本当に望むなら、だけどね?』
ウインクしながらそんなことを言うパックに、ショコラは深く考える。
僕が本当に望むなら…。
あの時は何気なく呟いてしまったが、自分は本当に望んでいるのだろうか…。
そんな疑問が胸をよぎる。
そんな姿を見たパックから声がかけられる。
『んー?
悩んでいるのかい?
じゃあ簡単に考えようよ。
犬の君はこうして何もできず悩んでいる、ぬいぐるみになった君はいつでもカレンちゃんと一緒にいられる。
君はいつかカレンちゃんを残して死んでしまう、でもぬいぐるみになった君は…死ぬことも無くずっと一緒さ。
どうだい、これでも悩むのかい?』
なんて、なんて魅力的な話だろうか。
何気ない呟きの筈が、こんなにも素晴らしい未来につながるとは!
「な、なるよ!!
お願いだ…僕を…僕をあのぬいぐるみにしてっ!」
気づけば勝手に口が動いていた。
『うん!!君の願いは聞き届けた!
さあ!じゃあ目を閉じて…3,2,1の合図で目を開けるんだ。
いくよ…3、2…1!』
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次に目を開けたとき、ショコラの目の前にはカレンがいた。
病院にいるはずのカレンが何故…いや、逆だ、カレンがではなく僕が病院にきたのだ。
--これは、抱きしめられてる…?--
疑問系なのは感覚が無いから。体が動かせないから目の前しか見ることができないから。
でもわかる、自分は本当にぬいぐるみになれたのだ!!
--ありがとうパック!本当に願いを叶えてくれたんだね!!--
それからの数日はパックへの感謝の連続だった。
「ふわぁ…おはよう、ココア~。」
「見て見てココア!
新しい絵本貰ったの!
一緒に読も!!」
「いただきま~す…あ、こ、このピーマンはココアに上げるね~。
べ、別に嫌いなわけじゃないよ!?
ほんとだよ!?」
「おやすみココア~、良い夢見ようね。」
カレンはぬいぐるみにココアと名付けていた。
中身はショコラなのになんだかむずがゆい、なんて最初は感じた違和感もいつしか感じなくなっていった。
朝起きてから、眠るまで。
遊ぶときもご飯のときもどんなときもショコラは、いや、ココアはカレンと一緒だった。
それだけじゃない、カレンの容態はどんどん良くなっていった。
この様子ならすぐに退院できそうだった。
「ココア、私ね、来週には退院できるんだって!
楽しみだね!!」
喋れないし動けないし触れない。でも、一番近くでカレンといられた、それだけでココアは幸せだった。
…幸せだと、おもっていた。
あの時までは。
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「…え?ショコラがいなくなった?」
退院したカレンに一番最初に知らされた悲劇がそれだった。
「あぁ、実は、カレンが入院中からしばらく見かけなくなっていてね。
入院中に見つかることを期待して伝えていなかったんだが…ごめんよカレン、結局見つけられなかった…。」
「そ、そんなぁ…。」
パパが告げる衝撃の事実に崩れ落ちるカレンに、思わず呼びかける。
--カレン!僕はここだよ!ここにいるよ!!--
ココアは叫ぶ。
しかし届かない。当然だ、だって今のココアはただのぬいぐるみなのだから。
「わたし…探してくる!!」
「えっ!?ま、待ちなさい、カレン!!」
叫ぶココアの声など聞こえないカレンはココアを胸に抱えたまま、走り出す。
ショコラを探して、病み上がりの体で町中を走りだした。
「ショコラァー!どこなのーっ!?」
--ここだよ!ここにいるよ!--
どうして僕はこんな風に抱かれているんだ?
「でてきてよ!私退院したんだよ!」
--しってるよ!ずっと一緒にいたじゃないか!--
どうして僕はカレンの横を走っていないんだ!?
「また、あそびたいよ、ショコラっ!」
--僕もだよ!だからココアになったんだ!ショコラはいないけど僕がいるよ!カレン!--
どうしてっ…どうして僕はカレンの呼び声に反応してやらないんだっ⁉︎
「しょ、しょこらぁ…。」
遂に膝を突いて崩れ落ちてしまうカレン。
その目からは大粒の涙が流れていた。
もう限界だった、今すぐ僕はカレンに飛びつきたかった。
飛びついて涙を流す頬を舐めてあげたかった。
でもそれらは一つとしてできない、なぜならココアはぬいぐるみだから。
カレンの望みには応えてやれない、そう、ココアはぬいぐるみだから。
「あのね、ココア。
実は私の家にはもう一匹犬がいたの…。
退院したら紹介しようと思ってたんだ。
でももうできないや、いなくなっちゃたんだって。
名前はね、ショコラって言うの。私の大事な、だ、大事な…。」
--家族なんだ--
泣きながら呟かれた言葉に体がかぁっと熱くなる。
無い筈の血が逆流するような感覚を感じる。
僕は馬鹿だ!!
ぬいぐるみになりたいだなんて、大馬鹿にも程がある!!
入院中一緒になんていられなくても良かったんだ、帰ってきたカレンを僕が一番先に出迎えてあげれば、そして一緒に遊びさえすれば!!
もういい、ぬいぐるみなんてもう十分だ、お願いだ、僕を元に戻してくれ!
誰でもいい、神様でも仏様でも、天使でも悪魔でも!!
『それが君の、本当の望みかい?』
(!?)
聞き覚えのある、飄々とした声。
--パック!ちょうど良かった、実は…--
『わかってるよ~、犬に戻りたいんでしょ。
でもごめんね、夢を叶えられるのは一回だけなのさ。』
(そ、そんな…)
『だから、今回の相手は君じゃないんだ…。』
そういってパックが向かう先、そこにいるのは。
『お嬢さん、お嬢さん。
もし願いがあるのなら僕が叶えようか?』
「え?」
カレンだ。カレンに話しかけていた。
『僕は妖精のパック。
お嬢さんには願いがあるでしょ?
僕が叶えてあげるよ!』
「ね、願い…?」
『そうさ、頑張って病気を治した君に、ささやかな贈り物ってやつさ!
お姫様になりたいだとか、お金持ちになりたいだとか、何だって叶えられるよ?』
「私は…」
あえてショコラの願いから遠ざけるパックの言葉は、まるで悪い魔法使いが惑わすかのようで。
しかしカレンは惑わされない、まっすぐに一つの願いを告げる。
「私は、もう一度、ショコラと会いたい!!」
--…っ!!--
まったく迷いの無い目で告げるカレンにパックはもう一度、その願いを尋ね返す。
『本当に、その願いで良いんだね?
一人が叶えられる願いは一つだけだよ?』
「うん、良いの。」
『そうか…。』
カレンのその答えを聞いたパックは一度ゆっくりと目を閉じると、ぱぁっと輝きそうな笑顔になって聞き覚えのある言葉を言ったのだった。
『うん!!君の願いは聞き届けたよ!
さあ!じゃあ目を閉じて…3,2,1の合図で目を開けるんだ。
いくよ…3、2…1!』
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数日後、よく晴れたある日、カレンの家の庭から楽しげな声が聞こえてきていた。
そこにあるのは三つの影、一つは可愛らしい少女。
もう一つはその少女に抱かれるココアと呼ばれる犬のぬいぐるみ。
そしてもう一つは、その二つの周りを駆け回る、ぬいぐるみに良く似たショコラと呼ばれる犬だった。
飼い犬のショコラは幸せだった。
生まれてすぐに連れてこられたこの家はとても暖かかった。
パパもママも優しいし、特に一人娘のカレンはいつも遊んでくれて本当に楽しかった。
この家族のもとで、ずっとずっと、いつまでも幸せだった。