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隔てのセカイ  作者: 無花果 涼子
飛翔
3/5



 崖の上と下では、やはり温度が異なる。下へ行くと上に比べて熱い。


崖の上ではもっと風の通りが良いのだが、下は様々な物に囲まれ風が通らず滞る。


帰路で友を見かけた。いつどんな時だって、遠くからでも、その存在感は色あせない。


「おーい、ユエナ!」


名前を叫ばれた。お互いを視野にいれているにも関わらず、大きな声で叫んでくる必要があるのか分からないけれど、あいつらしさを感じて、いつもと変わらないそおの明るさに心が落ち着く。


「なんだよ、ユヅレ」


優しいテノールを持つ一つ年上のユヅレは、声のみならず体も大きく、腕の筋肉は盛り上がっていた。筋肉を見て分かるように、ユヅレの剣はとても重い。ユヅレの剣を止めるとあまりの重さに剣が折れるのではないかと心配になることがしばしばある。


「聞いたか?」


ユヅレは興奮気味に聞いてくる。


「何を」


一体何を聞いたかと訊ねているのだろうか。


ユヅレはいつも唐突だ。彼はよく主語をはぶく。唐突に言われると、何のことかといつも頭を少し悩ます。


聞いたかときかれても、この狭いセカイじゃ、ちょっとした情報が出回るのも一瞬だ。はたして、ユヅレが知っていて俺が知らないことなどあっただろうか。


 そんなことを考えていると、ユヅレは耐えかねたのか口を開く。


「今度商人がやってくるらしい!」


ユヅレが満面の笑みを浮かべる。体格はいいが、顔立ちがとてもよく、笑った顔は同姓といえど、かっこいいと思う。


「商人が?それは楽しみだな!」


「ああ!次の満月の日にやってくるんだって!」


商人。商人もまた民族の一つで、商いを生業として生活している。ムーンには、ケンヤドシ、ヤリヤドシ、ユミヤドシ・・・・・・、多くの民族があるが、その殆どは定住し、その土地の自然の恩恵を受けて生活している。商人のように、商いをして生活する民族はとても珍しい。


「次の満月の日か・・・・・・。最後の満月からはまだ数日しか経っていないから、まだ大分先みたいだな」


「ああ。けど、次はどんな話をきけるのか考えただけでわくわくするよ」


ユヅレの言うとおり、俺達は商人が来ることを老若男女関係なく誰もが楽しみにする。それは複数の意味で。理由を挙げるとすれば、大きく三つ。


一つ目は、食料の確保だ。


ケンヤドシ、いや、ムーン全体に当てはまるが、俺達は特定の作物を作って、それで生をつないでいる。年によっては、不作のことがある。そういう時は、商が運ぶ食べ物のみが命綱となる。商は、様々な土地を旅すると共に、その土地土地で作物をつくる。そして、それを売る。特定作物に頼っていないため、彼らは滅多なことでは飢饉に恵まれることはないらしい。ケンヤドシとて、滅多なことでは起こらないが、過去には何度かあったらしい。その度にご先祖様たちは酷い飢えを覚えたが、商は、食べ物と交換するものを持たぬ先祖達に、無償で食べ物を分け与えたという。


商は、本当に飢えたものからは何もとらない。しかし、生活ができている限りは当然の如くだが、ちゃんと商いをする。もし、商が旅路で何か不具合があった場合は、我々は無償で彼らを助ける。商と我々は助け合いをしている。還ってくるかも分からぬ助け合いだ。


二つ目は、情報だ。


ムーンの中には無数に民族が生存しているが、隣の族との連絡が難しい。それは、土地と土地が離れているからだ。そのため、近くの部族の情報は、商が便りである。たとえそれがか細いものだとしてでもある。本当に緊急の場合は、伝達人が情報を伝えてくる。しかし、最低でも二日はかかる。


そして、三つ目。


先ほども述べたように、商人は、ムーンの様々な民族のもとへ行き商いをする。時にはサンにも売ることがあるらしい。俺達は、商人のこれまでの道中の冒険談を聞くのが好きで、いつも、商人が来ることを待ちわびている。


「この前の大河の話は面白かったな」


「ああ。反対側の岸が見ないほど横幅がある川があるんだっけ?一体どんな川なんだろうな」


「そうそう。想像もつかないよな。いつか、見てみたいよな」


ユヅレの神妙な面持ちを見て、俺もゆっくり頷く。


ケンヤドシに住む人々の多くは、近隣の族までしか行かない。そのため、俺達はまだ泳げる川や森ぐらいしかしらない。けど、商人が言うには、もっと遠く遠くには、火山と呼ばれる、時々火を噴く山があるそうだ。山が火を噴くなんて馬鹿な話があるのか。あるものなら見てみたい。


俺達のセカイは狭い。けど、商人のセカイは広い。それは、果てしなく続く空のように。彼らは雲となって、限りない青空を旅するのだ。


この広く狭いセカイで自由に羽ばたく商人をあこがれない者などいない。過去には商の娘と結婚して、商となった者もいたらしい。しかし、一度族を離れた者が、もう一度この地に足を踏み入れてはならない。そのことは、商も当然知っている。そのため、その者はいつも先に次の族へと行っているらしい。らしいと言うのは、全て商から聞いた話で、族の人々から聞いたことはない。こういう話は、暗黙の了解で禁句である。


「ユエナリク」


ユヅレが名を呼ぶ。


「なんだ?」


「やらないか?」


また唐突だ。ユヅレはいつだって唐突だ。だけど、今回は、ユヅレが何を言いたいのかわかった。


「いいよ」


ユヅレが俺をユエナリクと呼ぶときはいつだって、剣で戦わないかという意味だ。それはもちろん真剣で。いつだって真剣だ。手抜きは許されない。相手に深手を負わせぬ程度にお互いを斬る。


お互いに一歩下がり、常に身に着けている双剣を鞘から抜き、馴染んだ持ち方をする。何度も練習した構え。深呼吸をし、五感を研ぎ澄ます。空間が広がる間隔を覚える。


先ほどまでの笑みはお互いにない。


ユヅレとやるのは、他の誰よりも緊張する。ユヅレの纏う緊張感は、ケンヤドシの中の誰にも負けなかった。


相手の出方をお互い確かめ合う。空気感がかわったその瞬間に始まる。


まだ、まだだ。


鳥の泣声も、風が木の葉を揺らす音、少女達が楽しそうに歌う音も静かに遠さがる。緊張で首元に汗が伝う。いくら、森の中といえど、首もとに布を巻いていると暑い。


風が砂を少し横へと運ぶ。その瞬間に俺達は動き出す。


理屈云々でないことがしばしばある。今のように反射的に動きだしてしまうこととか、気づいたら相手を切る寸前まで剣を振っていたり。


剣のぶつかりあう音、空をきるおとが響く。


ユヅレの剣がぶつかるたびに、あまりの重さに、倒れそうになる。それを食いしばり、ユヅレの剣を受け止めていた両剣のうち、左の剣を瞬間的にユヅレの腹めがけて振る。それをユヅレが受ける。


ユヅレは剣が重いだけでなく、反射神経もいい。彼との斬りあいはいい練習になる。


その後、体が汗でベタベタになるまでやり続けた。お互い何箇所も切り傷が出来てしまったが、たいしたものではない。たいした傷ではないため、すぐに傷は塞ぎ、血は固まる。実際に、腕に出来た傷口の大半は血が固まっていた。


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