第七話_【浅草寺の巫女】
「ペットブリーダー? 職業?」
「そうよ」
鈴丸灯と名乗る見た目は小学生の美少女は、誇らしげだ。
築に差し出した右手はそのままに、左手だけを腰に当てている。
築は、差し出された右手を握ると、今一度尋ねる。
「職業ってなんだ?」
それに対して灯は、頭を傾げて少しだけ考えると、もう一度言った。
「ペットブリーダーよ!!」
今度は両手を腰に手を当て自信満々に答えた。
・・・・・・、・・・・・・
・・・・・・
(沈黙が続く)
・・・・・・
・・・・・・、・・・・・・
深くため息をつくと、築はオオカミ少女に向かって怒鳴った。
「だから、ペットブリーダーって何だって聞いてんだよ!!!」
すかさず灯も答える。
「はぁ?だからなんでそんなことも知らないのよ!!!」
築はバカにしてきたオオカミ少女を掴みかけたが、やめた。
相手は女の子だ。
しかしその時。
パァン。
左頬に今まで感じたことのない鈍痛が、顎の骨まで響いた。
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2032年8月9日 16:38
東京都江戸川区小松川公園
「どう? 少しは落ち着いた?」
灯が近くの自販機で買った缶ジュースを築に手渡すと、自分の分を一気に飲み干した。
築は、冷えた缶をさっきまで腫れていた左頬に当てた。
「俺は冷静だったぞ」
「ごめん。ごめん」
そう言うと灯は苦笑いを浮かべた。
「それはそうと、あなた本当に知らないの? 文部科学省の人に説明されたでしょう?」
「されてない」
築は仏頂面で即答する。
馬鹿を見るような上から目線の目つき。こんな状況を好きな男性も中にはいるのかもしれない。しかし築には可愛い美少女に虐げられる趣味はない。
「はぁ? ちょっとステータス見せて見なさいよ」
そう言われて築はIoTウェポンである紅葉を視界に入れるとステータスを表示させて見せた。
覗き込む灯の髪からは、良い匂いがする。
「あー、あなた最期の登録者なのね。だったら時間がなくて説明されなくても仕方がなかったかも」
灯は一人納得したように言う。確かに文部科学大臣と名乗る浅海が築の元を訪ねた時、「時間がない」と言うのは何度も聞いた。
「何故最期だとわかる?」
「ちょっと! 私の方が年上なんだから敬語使いなさいよ」
怒る灯に築は左頬を撫りながら答えた。
「これが現実世界だったら慰謝料もんだぞ。良いから教えてくれ」
灯はわかったと頷くと、画面右上の数字を指差した
「ここに番号が書いてあるでしょ?」
「96/95って奴か?」
「そうよ。えっ!?あれ?」
灯は丸い目で、わかりやすく二度見する仕草を見せた後、首を傾げた。
「どうした?」
「うん。私は、18/95って書いてあるの。つまり私は18番目の登録者で、95人この世界にプレイヤーとして来ているって教えられたの。そうであれば、96番っておかしくない?」
確かに最初にこの数字を見つけた時から違和感はあった。
「96人いて、既に現実世界に戻されたとか?」
「それも考えられなくはないけど、私が初めてここに来てステータスを確認した時も95だったわ」
「だとしたら、プレイヤーとして登録されているのに、参加していない奴がいるってことか?」
「まぁ、そう考えるのが妥当ね」
と答えはみつからなかったが本題はそこではない。灯もそれはわかっていた。
「それで職業についてだけど、、、」
「あぁ。教えてくれ」
「この世界は職業体験ができるVRMMOのゲームって話は聞いてる?」
「俺はアプリって聞いたんだが、」
「あなた本当に最後だったのね。間違ってはいないけど、かなり説明が省略されているわ」
灯は両手を広げて首を左右に振ると呆れた顔をした。
「まぁいいわ。 職業体験のゲームなんだから、何かしらの職業を体験することになるわよね? 私が受けた文部科学省の人の説明では、仮想世界に来たら、まず最初に職業付与所に行けって言われたわ」
「そこでこの世界の説明も詳しく受けたの。《学力指数》と《知能指数》とか言うものが魔法に与える影響とか。そして私の魔法性質とかね」
そう言って灯は、掌の上に火の玉を作って見せた。
「なに?」
(俺がこの2日間で実感したことは無駄だったのか。これが情報弱者か‥‥‥)
ショックを受ける築。
それを見かねてオオカミ少女は、再度ため息をつくと、茶色く長い髪を耳にかけ、後ろを向いて言う。
「いいわ!! オオカミを捕まえてくれたお礼に職業付与所に案内してあげる!!」
「本当か?」
場所も知らない築にとってがありがたかった。何より遅れを取り戻すためには、案内人がいる方が手間取らなくて済む。
「嘘言ってどうするの。ただし、、、」
「なんだ?」
「さっき顔叩いちゃったことはチャラにしてね」
「‥‥‥、わかったよ」
こうして築と灯は、東大島にある宿屋に宿泊し、明日の早朝にここから最も近い職業付与所がある台東区、「浅草寺」へ行くことになった。
残念だが、部屋はもちろん別だ。
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2032年8月10日 8時15分
昨日約束した集合時間を15分過ぎても、灯は降りてこなかった。
仕方なく築は、灯が宿泊している部屋に行き、ノックをした。
しかし、出て来る気配はない。
しばし考えたが、何としても早く職業を付与されたいと考えていたから、勇気を持って扉に手をかけた。
ガチャ
鍵はかかっていなかった。
(なんて不用心な)
築が恐る恐る部屋に入ると、かすかに寝息が聞こえる。
奥に進むと、荷物が無造作に散乱している。服も床に脱ぎっぱなしだ。
少女の割に意外と大きいサイズの下着まで。
そしてベットには、スヤスヤと寝ている灯の姿があった。
丸くなって寝ているからか、ベッドが広く見えるほど小さな身体は、まるで人形みたいだなと築は思った。
しかしそれにしてもなんて顔の整ったことか。
ついつい見とれてしまう。
‥‥‥
「ちょっと何してるのよ!!?」
パッン
再び築の左頬は赤く腫れ上がった。
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「だからごめんって」
築は未だにヒリヒリする左頬を抑えながら、灯の召喚した大きな犬に跨って、浅草寺を目指していた。
「遅刻したから迎えに行ったのに、急に叩くやつがあるかよ」
「だからごめんって。痴漢だと思ったんだもん。それに私寝起き悪いの!!」
「なんでお前が怒ってるんだよ!それに鍵も掛けずに寝てたら文句言えないぞ」
蔑むような目つきをされ、築はしまったと思った。
「私北海道生まれだから、鍵なんて掛けずに済むもん。東京はこうだから嫌なのよ」
しかし、なんとも子供の言い訳のようだった。
出発してから、20分経ったがずっとこんな調子だ。
「ところで、昨日も思ったけど、あなたのIoTウェポン変わってるわよね?」
「これか?」
そう言って築はその刃のない剣を右手に持った。
『そうだろ?』
「えっ!剣が喋ったー!!!」
そう言って仰け反ると、灯は乗っていたオオカミから落ちた。
これを、なんて言うのだろう。落狼だろうか。
騒がしい奴だと築は呆れたが、紅葉のこと、実験をしてステータスを調べたことを灯に説明したのだった。
‥‥‥
‥‥‥
「なるほどね。IoTウェポンに味方のAIがいるなんて不思議な感じね。よろしくね。紅葉ちゃん!」
『おう。宜しくな』と紅葉も嬉しそうに答える。
「それにしても、実験して能力確かめるとかあんたデータオタクなの?」
「うるせぇな。説明受けてるお前とは違って、こっちにはそれしかなかったんだよ」
なんともストレートな言い方に、築はいつも通りの口の悪さで答えた。
しかし灯には効果がない。
「それにしてもその刃のない剣はどういうことなのかしら?」
『どういうことだい?』と紅葉も不思議そうに尋ねる。
灯は少し考えて続けた。
「私がされた説明だと、IoTウェポンは与えられる【職業】を助けるアイテムとして形状や種類が決まってるのよ。例えば、私はペットブリーダーで、召喚術は地面に魔法陣を書くからIoTウェポンは杖になっているわけ。刃がないってところも理由があるとは思うけど、よく分からないわね」
築も紅葉自身も、この形状に理由があるとは思っていた。
しかしいくら考えてもわからなかった。
「職業が与えられればわかることだな」
「まぁそれもそうね」
とにかく今は職業付与されることが先決だ。
一体どんな能力が得られるのか。AIを倒さなければならない状況下ではあったが、築はワクワクしていた。
それからしばらく移動して、台東区にある浅草寺に着いた。
築が根城としていた足立区北千住とは違って、かなりの人で賑わっている。NPCがほとんどだろうが、中にはプレイヤーらしき人物も伺えた。
「ここは繁華街っていう設定になっているの。後で服も買ったら? 学生服じゃ戦いづらいでしょ?」
(確かに、そうだな)
しかし今は職業付与が先決だ。
すぐに築と灯は浅草寺にある風神雷神の彫刻の横を過ぎ、浅草寺本堂に向かった。本堂に入るとそこには黒髪で赤い服を着た巫女が立っていた。
「杉村築様ですね。お待ちしておりました」
そう言って、浅草寺の巫女は地面に髪が付くほど、深深くお辞儀した。
「なんで俺の名前知ってるんだ?」
「はい。職業付与されてないプレイヤーの方は築様が最後ですので、、、」
情報弱者ほど恐ろしいものはない。築は肌でそう感じたのだった。