第六話_【オオカミ少女】
2032年8月9日 東京都江戸川区東大島駅付近
「なんでこうも暑いんだ」
理系の魔法使いとなった杉村築は、IoTウェポンである紅葉を目線の認識範囲内に入れると、ホーム画面を確認した。現時刻の外気温は40℃を超えている。
『夏ってのは暑いもんなんだろ?』
空かさず紅葉は築に向かって答える。もちろん紅葉はIoTであるから、気温による影響は受けない。
「まぁそうなんだけど。仮想世界なんだから、プログラム次第で涼しくすることは可能だろ? 何も現実と同じ体感温度に設定しなくても良いと思わないか?」
『まぁ、暑いからこそ必要な仕事もあるってことなんじゃないか?』
(なるほど)
紅葉は普段はヘラヘラしているが、時折まともなことを言う。
昨日、北千住の宿屋でモンスター退治の仕事依頼を見つけてから、築はすぐに応募した。幸い築たち以外に応募者はいなかったらしく、5分程で紅葉の元に仕事場所が記載されたメールが届いたのだった。
【お仕事のご依頼】
《仕事内容》モンスター退治
《仕事時間》8/9 23:59まで
《仕事場所》東京都江戸川区大島小松川公園付近
今日は朝早く目覚め、軽く朝食を取ってから、運動不足だったこともあり、北千住から歩いて行こうと言い出したのは築だった。
「そういえばモンスターってどんなモンスターなんだ?」
感情を持つAIである「Heart」とIoTウェポンがリンクした紅葉は今更だがかなり便利だった。つい築は質問してしまう。紅葉はその質問にインターネットを介した検索と返答を瞬時に繰り返すことができたからだ。今回もまたすぐに回答を導き出してくれた。
『日本狼らしいな。おそらくNPCのことだろうが、人間を襲っているので助けて欲しいという依頼になっている』
「オオカミ? そんなの倒せるのか?」
築はこの前までごく普通の高校生だったから、オオカミと出会っても対応方法を知らないのは当然だ。いくら魔法を使えるようになったからといって、いきなりモンスターを倒せるのか不安だった。それにこの数日間、土壁にしか魔法をぶつけていない。
壁当てをいくら練習したところで、いきなりマウンドに立って三振が取れるかと言われても不可能だ。
『まぁ、メールには仕事ランク2って書いてあるから、魔法が使えれば比較的「優しいレベル」ってことなんじゃないか?』
紅葉はどうも楽観的だ。 そんな対話を繰り返しながら、築と紅葉は目的地である大島小松川公園を目指していた。
「もうすぐか? もう結構歩いたんじゃないか?」
築と紅葉は真夏の炎天下の中かれこれ1時間近く歩いている。 紅葉は自分でMAPを起動し、位置情報を確認した。
『もう着く』
そんな会話をした直後、目の前が開けた場所に出た。
その場所の荒川沿いには5m以上の高木が10本、3m以上で5m未満の中木が8本とバランスよく配置されている。中央には円形の滑り台。
地面は土と芝が半々で混ざっていて、全体の総面積は24万平米くらいある川沿いに続くかなり大きな公園だ。 どうやらここが目的地らしい。
「何もいないようだな」
築はあたりを見回すとそう呟いた。
ダダッ
足音か? 確かに目に見える範囲には何も見当たらない。しかし、次第に何かか近づいてくる音が聞こえてきた。 その音に最初に気づいたのは紅葉だった。
その音は次第に大きくなっていく。
『何か聞こえないか?』
「え?」
ダダダッ
『築!あっちだ!!』
紅葉にそう言われ築はちょうど180度振り返った。
まだ距離はあるが、土煙が見える。しかしその土煙はどんどん近づいて来る。そして、その煙の中が100m程近づくと、その中に大きな影が確認できた。
「いきなりお出ましかよ」
その影はそのまままっすぐこっちに向かってきている。次第に近づいて来る大きな影。 予想よりかなり大きいが、シルエットからして確かにあれはオオカミのようだ。
ダダダダダッ
(かなり早い)
そう思うのもつかの間、気づいた時には築の目の前までオオカミは迫って来ていた。
「土魔法 土木擁壁!!」
そう言って築は目の前に土の壁を立ち上げた。
しかし、簡単には止まらない。オオカミはその壁を悠々と飛び越え、築のはるか上空を通過した。 太陽の光で輝くグレーの体毛に青い目。
(なんて綺麗な毛並みなんだろう)
一瞬の出来事だったが、時間が止まったかのようだった。初めて見るオオカミの姿に築は変に冷静だった。 しかし、築が今日ここに来た目的はあのオオカミを退治することだ。
(仕事内容のメールに、モンスター退治とあるわけだから、攻撃しても良いよな)
心の中で築はそう呟くと、空中にいるオオカミに向かって右手をかざし、雷魔法を放とうとした。
が、しかしその時、もう一つの影が築の土魔法を飛び越えてきた。
「そこどいてーーーーー!!!」
後ろを振り向くがもう遅い。
「なに!?」
(避けきれない)
そう頭に浮かんだ瞬間、築は得体のしれない何者かに衝突された。
どん!!!
まるで車に衝突されたかのように、10m程飛ばされたが、不思議と痛みは感じなかった。 それでも、反射的に(いってーな)と築は頭を抑えながら、呟いた。
「あんなとこに突っ立って、ばっかじゃないの!?」
(いや、こっちのセリフだろ)
築はその衝突してきた何者かに目線を配した。 するとそこには、見るからに小学生な少女が犬に跨って、こちらを睨みつけていたのだ。
頬を膨らませている。どうやら怒っているようだ。
しかし、その小ささ、茶色い長い巻髪に茶色い瞳、芸能人と言われれば信じてしまいそうな整った顔。正直いってかなり可愛い。
「もう! 邪魔しないでよ。珍しい動物を見つけたのに。あなたの生で逃げられちゃったじゃない」
なんて理不尽なんだろうか。 しかしその可愛さについつい許してしまいたくなる気持ちもわかるが、築はそんな性格ではない。
築は立ち上がり尻についた土をはたくてから、勢いよく言い放った。
「おい!ガキ!ぶつかってきたのはお前だぞ。それにあのモンスターは俺が退治する予定だったんだ。邪魔してきたのはお前なんだよ」
しかし、その少女は倍以上の勢いで言い返してきた。
「そんなこと知らないわよ! それにガキですって? こう見えても私は18歳です!!!」
舌を出すようにして見せたその仕草や表情はとても18歳には見えない。 仮に18歳だとすれば、築よりも年上だ。 簡単には信じられないが、こんなところで嘘をついてなんの意味がある?築は一度深呼吸をして冷静になると、その少女に聞いてみた。
「お前もプレイヤーなのか?」
「当たり前じゃない!!」
あいかわずの口調で少女は答える。
正直少しムカついた。しかしその暴走少女は築にとって、この世界に来てから初めて会ったプレイヤーである。
そして茶色い巻き髪を耳にかけると、こちらを向いて言った。
「まぁいいわ。許してあげる。でも、あんたの生で逃げられたんだから捕まえるの手伝ってよね」
「は? 捕まえる?」
「そうよ。ペットにするの」
その少女は、跨っていた犬から降りると右手を触れた。 すると犬は緑色の粒子となり消えてしまったのだ。
「ペット???」
(また意味のわからないことを・・・・・・)
見た目だけでなく心もガキなのだろうか。今時どこにオオカミをペットにしたがる少女がいる?
しかしどうやら、この少女は築よりもこの世界について詳しいようだ。 築は仕方なくも必然的に、この少女の手伝いをすることを決めた。
*********
築と少女は、大島小松川公園の更に奥、千葉県との県境に向かっていた。 オオカミの足跡がはっきり残っていたからだ。
すぐに前方で花壇を荒らしているオオカミを見つけた。
荒い鼻息。しかし澄んだ目と美しい毛並み。 捕まえたいと願うこの少女の気持ちが少しだけわかる。
築はオオカミに見とれていると、目が合ってしまった。
(こっちに気づいたか)
鋭く光った青い眼でオオカミはこちらを睨み付けると、物凄いスピードで近づいて来る。
「土魔法! 土木擁壁!!」
築は先ほどと同じように、オオカミの前に土木擁壁を立ち上げたが、するりと横に躱されてしまう。
築は立て続けに何度も何度も土木擁壁を立ち上げた。しかし、全て躱されてしまった。
その行動にしびれを切らしたのか、少女が言う。
「何やってんの? あんたは動きを止めて。そしたら私が火の魔法で砲撃するから」
しかし、築はニヤリと笑って答えた。
「いいや。その必要はない」
築は三度、地面に手を着くと、今度は3つ横並びになった土木擁壁を立ち上げた。 しかし、オオカミはまたしても、高くジャンプして躱した。
「また!!」 と呆れる少女。
しかしその時、
『ぎゃうううう』
オオカミの寄声。
築は土木擁壁のちょうど真上に雷魔法であるサンダーボールを放っていたのだ。 そしてオオカミは気絶して地面に落下した。
丸焦げになったオオカミは動く気配がない。
(かなり弱い魔法のはずだったが、やっぱりこのオオカミは弱かったのか)
築は攻撃魔法を放った右手を見ながら、そう考えていると、少女が近づいて来た。
「どうしてオオカミの動きがわかったの?」
そう尋ねる少女に、築は仕方なく答えた。
「そんなの簡単だ。この丸焦げになったオオカミは日本狼だ。日本狼は絶滅しているから、現実世界にはもういない。つまり、当然だが、あれはこのゲーム内にいるモンスターだ」
「それは当たり前よね」
と少女も相槌を打つように答える。
「ゲーム内のモンスターであれば、行動パターンは限定されている可能性が高い。初め土木擁壁を避けられた時、オオカミは大きく上に飛んでいた。だが、2回目の時は右に避けたよな?」
「そう言われれば・・・」
「2度目の土木擁壁は、敢えてオオカミをギリギリまで引きつけて近い距離で創ってみた。そしたらジャンプせず横に避けた。その2つの違いを見て、オオカミのスピードと土木擁壁との距離によって、避け方のパターンが変わるのではないかと仮説を立てたんだ」
築は、地面に絵を書きながら淡々と説明を続けた。
「あとは、何度か土木擁壁を創って、オオカミの直前3.8m未満に突如障害物が現れると横に避けるということ、上に避けた時の放物線の頂点になる高さを測ったんだ」
「じゃあ、オオカミの目の前に6mの障害物を作った時、オオカミはどうする?」
「ジャンプ?」
「そう。6mの距離に障害物ができた時、オオカミの放物線の頂点は4.2mになることがわかった。ジャンプする位置がわかれば、そこに攻撃魔法を置いといただけだ。 まぁ念のため横に避けられても良いように、壁の横に落とし穴も創ったんだけど必要なかった」
「落とし穴なんてどうやって?」
「それは土魔法の性質。質量保存の法則だ。大きな壁を創るには、大きな窪みができる。それを一箇所の地面から3枚創れば、深い落とし穴になるってわけだ」
目を丸くした少女。
「あんた。そこまで考えて壁を作ったの?」
「あぁ。そうだけど」
賢ぶる様子もない。築にはこれが当たり前だった。
(なにこの子。面白い)
そう少女は心の中で微笑むと、未だ気絶中のオオカミに近づいた。 腰に挿してあった30cm程の杖を取り出すと、オオカミを囲むように魔法陣を描いた。
すると、今までそこに横たわっていたオオカミは、犬の時と同様に緑色の粒子となり消えた。
「なんだ今の?」と築くは聞いた。
「召喚魔法よ! 今契約を結んだの」
「召喚魔法? なんだそれ?」
築が実験して得た情報にはなかったものだ。
「ユニークスキルよ!私ペットブリーダーなの!」
元気よくそう言い、その少女は魔法を唱えると、先ほど消滅したオオカミを召喚して跨って見せた。
「ペットブリーダー???」
「そう。私、鈴丸灯。よろしくね」
そう言って、灯は築に握手を求めて手を差し出した。
「シッシッシ」
白く整った歯が全部見えるほど笑顔を見せたその姿は、まさにオオカミ少女だった。
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登場人物
鈴丸灯
召喚魔法を使用できる美少女。