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【Virtual World Intern】  作者: なかむラテ
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第五話_【理系の力】

 2032年8月6日11時20分


 東京都足立区 北千住駅近辺の荒川河川敷

 

「土魔法 土木擁壁」

 

 そう唱えて築は地面に手を突いた。

 すると目の前の土が盛り上がり、築の前には高さ2m程の土の壁が出来上がった。

 ちょうど手を置いた部分の地面には、大きな窪みが出来ている。どうやらこの土魔法は、質量保存の法則が適用されているようだ。つまり、減った分の土がそのまま盛り上がって壁になったと解釈出来る。

 

 築は土木擁壁を作り終えると、土の壁に目線を向けたまま、後ろ向きに10歩数えて下がった。そして、準備運動のように手首を回してから今度は攻撃魔法を唱えた。

 

「雷魔法 サンダーボール」

 

 詠唱と同時に右手を目の前に翳す。すると指先から電気が生成され、1つの塊となった。

 翳した手を更に前に突き出すと、築の手で生成された電撃玉は、土魔法で作った土木擁壁へと勢いよく飛んでいく。

 

 この魔法の実験を築は3日間やり続けていた。元よりそれは、自分自身の魔法能力を分析するためである。

 

 ボッ!

 

 サンダーボールが土木擁壁にぶつかると、その丸くて綺麗な電気玉は消えて無くなってしまった。

 土木擁壁にはほんの僅かな焦げ跡が確認出来る。


 

 築の攻撃魔法は使い物にならないくらい弱かったのだった。


「はぁ。こんな威力な魔法じゃ木すら倒せない」


 

『上手い。【桜】の木だけに、ってか』


 

 紅葉にそうつっこまれて築は恥ずかしくなった。ダジャレを言ったつもりはない。紅葉はケラケラと笑っている。


 

「そんなつもりじゃねぇよ」

 

 築は呆れて軽く紅葉を叩くと、その焦げ跡の大きさ、色、焦げてなくなった質量を紅葉に記録させ、解析を依頼した。

 

『焦げ跡の範囲からして、前回とほぼ変わらずだな』


「やっぱりそうか」

 

 前回と変わらないと言うことは、3日前始めて魔法を使って同じような実験を試した時と何一つ変わっていないと言うことだった。既に100回近く試してみたが、どうやら魔法を使うと威力が向上していくわけではないらしい。


  築くは軽くため息をつくと、紅葉(IOTウェポン)のボタンを押した。 すると、築の目の前に《学力指数》のステータスが表記された。


 

 国語 :1


 数学 :8


 化学 :7


 生物 :3


 物理 :8


 歴史 :5


 地理 :5


 体育 :7


 音楽 :1


 美術 :4


 家庭科:3


 


「こっちも変化なしか」

 

 魔法をぶつけ合う実験をした後も、1回1回確認した《学力指数》のステータス数値も変化は見られなかった。

 

【桜】を倒すためには、「魔法の威力アップ」が絶対条件のような気がしていたが、その方法は不明なままであった。それはAIである紅葉にもわからないらしい。

 

 しかしこの魔法実験は何も魔法の威力アップだけを目的にしていたわけではなかった。


 

 それは《情報収集》である。


 

 ものごとを正しく理解することはとても大切だ。勉強においても一番怖いのは「思い込み」である。


 無意味な実験のようではあったが、100回も繰り返すことでわかったことがいくつかあった。


  築は荒川河川敷に腰掛けると地面に記述しながら今まで繰り返してきた実験の考察を始めた。

 

 1つは《学力指数》のステータスが魔法に与える影響についてである。

 

 この世界において魔法の力は《学力指数》つまりは個人のステータスである国語、数学、理科、社会等の高校生が履修する必修科目で表現されている。 そこで築はどの科目の数値がどのように魔法に影響を与えるのかを理解しようと試みたのだった。

 

 実験には仮説が必要だ。闇雲に実験をしても意味はない。 まずは仮説を立ててそれを立証するために実験をする。そこで得たデータを元にこの世界の理を把握していくと築は考えていた。


 そこでまず始めに、築の攻撃魔法の威力が低い理由として、「国語」の数値が影響を与えているのではないかと仮説を立てた。


 立証するために魔法を何度も唱えたが、それだけでは時間がいくらあっても足りない。


 そこで築は、紅葉に東京都内の監視カメラをハッキングさせて、築と同じようにこの世界に来ている各プレイヤーの《学力指数》をデータ化し、観察を行ってもらった。時間を短縮する方法には比較対象が多ければ多いほど良い。

 

「つまり、国語は魔法の威力ではなく魔法のコントロールに影響を与えているってことか?」

 

『あぁ。そのようだ。国語って言う科目は文章で表現された筆者の感情を理解し、正しい言葉を使って、魔法を詠唱によって具現化する力に変換されている。国語の数値が高ければ、複雑な魔法をコントロールできるってわけだ』

 

(なるほど)


  国語の《学力指数》が1というなんとも残念なステータスによって、築は夢にまで見た「ある種チート級の強力な魔法を使って敵を薙ぎ払う」という異世界転生でありがちな展開を諦めざるを得なかった。

 

「で、数学の《学力指数》が高い俺は、魔法の瞬発力が高いと言うことか?」

 

『そうだ。さっきの土魔法も唱えてから発動するまでの時間は、オイラが観察対象にしたプレイヤーと比べてもかなり短かった』

 

 これまで幾度と使用した魔法の詠唱から発動までのインターバルは僅か1秒だった。


 更には築だけでも、雷魔法より土魔法の方が若干ではあるがインターバルは短いこともわかった。これはどうやら魔法の「得意不得意」が影響しているようだ。


「国語」が魔法のコントロール、「数学」が魔法の瞬発力であるならば、その二教科は魔法を使用する上での基礎である。


  そうであれば理科と社会は何に影響を与えるのか。築はすぐにこの2つの科目が魔法の「得意不得意」ではないかと仮説を立てた。


 《学力指数》のステータスから「理科」の科目は主に3つに分類されている。「化学」、「生物」、そして「物理」だ。築のステータスの上部に「防御型」と記載があるのは、理科と社会の科目の中で「物理」の数値が一番高いからなのではないかと考えたのだ。


  そして魔法の実験と紅葉の解析によって、化学の《学力指数》は、攻撃魔法の発動条件に影響を与え、生物は回復魔法、物理は防御魔法に影響を与えるようにプログラムが組まれているとわかった。

 

 化学より物理の《学力指数》が高い築の魔法が攻撃魔法より防御魔法の方がインターバルが短いことがその証明でもある。

 

 そして社会の科目。築のステータスでは、歴史、地理共に5である。

 歴史の《学力指数》が高ければ、精神魔法、幻術の類が得意と言うことになり、地理は探知魔法に影響を与えるということも知ることが出来た。 社会の科目だけで言えば、紅葉の情報収集と分析がなければわからないままであっただろう。

 

「なるほどな。つまり俺は、魔法の分類で言えば、「理系」で魔法のコントロールは苦手だが、瞬発力があり、得意魔法は防御魔法ということだな」

 

『おそらく間違いないだろうな』


  そう口に出して、まとめては見たがまだまだ分からないことだらけだった。

 

 これがこの3日間、北千住駅から程近い荒川河川敷で、魔法の実験によってわかったことであった。


 

 それと、2つ目というか追加でわかったことは、《知能指数》が魔法に与える影響についてである。

 

《知能指数》はIQテストや身体検査によって、魔法性質が割り当てられたようだが、魔法性質には、築が使える「土」と「雷」の他に、「火」、「水」、「風」の3つがあり、合計で5つの魔法性質があることもわかった。


  これは実験というより、ほとんどが紅葉の分析によってわかったことである。何人ものプレイヤーを観察したそうだが、この5つ以外にはなかったからだ。


  しかし、築が何故「土」と「雷」なのかというのは解明出来なかった。


 どこにも数値として現れていないから分析のしようがなかったのだ。


 何より感覚的な事象だから、わからないのも当然か。と築は半ば諦めていた。


  この結果をまとめるとこうだ。


 

《学力指数》


 国語 :魔法のコントロールに影響する


 数学 :魔法の瞬発力に影響する


 化学 :攻撃魔法に影響する


 生物 :回復魔法に影響する


 物理 :防御魔法に影響する


 歴史 :精神魔法に影響する


 地理 :探知魔法に影響する


 

《知能指数》(魔法性質)


 使える魔法:「土」・「雷」


 その他魔法:「火」・「水」・「風」


 


「これでわかってることは全部か?」


『まぁそうだな』

 

「よし、それじゃあ、次に体育の《学力指数》がどうなるっているのか、実験するか?」


  そう言って築は立ち上がった。

 

『まだ実験するのかよ』

 

 紅葉は疲れた声でそう呟いたが、築はこのデータ収集が楽しかった。 実験してわかることが増える。これは築にとっては快感だったのだ。

 

 築は理系に分類されたが、ステータスを見比べると体育の《学力指数》は低くはない。


 最近は全く運動という運動をしていなかったが、築はこう見えて小学生の時は体操の全日本チャンピオンだ。


 この魔法世界に「体育」というステータスが存在している以上、少なからず戦いに影響を与えるはずだと考えていた。

 


 築は尻についた葉を払うと、再び実験場である河川敷の平坦な場所に向かった。


 

「まずは、」

 

 築は小学生の頃を思い出し、膝を曲げて両手を振り下ろすと、その反動を利用して真上にジャンプした。

 

 するとどうだろう。


 

 軽くバク宙をするつもりだったが、2回宙返りが出来てしまった。しかも伸身宙返りだ。それにまだ余裕がある。 現実世界よりもはるかに軽く高く飛べたのである。

 

「やはりそうか。次は走ってみる。紅葉はタイムを測ってくれ」

 

 テキパキと実験を開始する築はそう言うと、おおよそ50mの距離を築は全力で駆け抜けた。身体の感覚が軽い。1歩が大きく出せた。


 


 聞くまでもない。(早すぎる)と築は思ったが、タイムを測ってもらっている手前仕方なく確認を行った。

 

「タイムは?」

 

『3秒86だな』

 

「3秒台?これならオリンピック金メダルも当然。世界新記録だって容易だ」


  50mが3.86秒であれば、100mは7.7秒。いやスピードに乗りさえすれば6秒台も夢じゃない。


 今年のストックホルムオリンピックで世界記録を更新したユージ・フィリップスの100mのタイムが9.52秒であったから、2秒近く更新したことになる。


 

(隆も驚くだろうな)と築は心の中で勝ち誇った。


 奇妙な笑みを浮かべた築であったが、紅葉が冷静に答えた。


『体育の数値が「7」でこれだもんな。もっと高いやつはどうなるんだ?』

 

 確かにそうだ。体育の《学力指数》が身体機能を向上されるのであれば、当然他のプレイヤーも身体機能は向上している。築の体育の《学力指数》は7。数学と物理が8だから、7はMAXではない。当然築よりも身体機能があるプレイヤーがいることになる。


(隆がこの世界にいなくて良かった)と築はホッとしたが、それを悟られまいと紅葉に言った。

 

「まぁ、それにしても体育の《学力指数》は、魔法はともかく、戦闘能力で言えばかなり使えるな」


 

  その後、築と紅葉は様々な方法で「美術」、「音楽」の数値の影響を確認した。


  ・・・が、正直よく分からなかった。


  美術に至っては絵が少しだけ上手くなった気がする。


 しかし音楽に至っては現実世界との違いが全くと言って良いほどわからなかった。


  簡単に歌を歌ってみたが、築からすれば相変わらず上手く歌えている。


 しかし紅葉はバレないように笑いを堪えるのに必死だった。過去にも歌を笑われたことがあるが、築は自分のことを音痴だと思ったことがない。ただ他人に音痴だと言われたことはあったわけだが。

 

 音痴は音痴に気づけない。


 音楽は何がどうなっているのか検討が付かなかった。

 

 こうして築は紅葉の協力によって、《学力指数》が魔法に与える影響についてある程度把握できた。


 築は先ほど書いた《学力指数》が魔法に与える影響の所に、たった今実験した内容を追記した。そして、これまでわかったことを改めて図形にして地面に記載したのだ。


 

「魔法の瞬発力と防御魔法、そして身体能力の高さを生かすことが俺のスタイルだな」


『あぁそうだな』


 実験がやっと終わったことが嬉しいのか。紅葉の声がどことなしか元気になっている。


すぐに客観的に自分のことを見れるところが築のすごいところであったが、そうはいっても国語の《学力指数》の低さには簡単には納得できない。なんとかしてこの数値を上げる必要があった。


「やっぱり仕事を探してみるか」  


『仕事?』


 

「この世界は職業体験アプリなんだろ?だったら仕事があるはずだ。仕事をこなして経験値が貰えればステータスが上がるかもしれないだろ」


 

『なるほどな。さすが築!!』

 

バカにされたようにも聞こえたが、築は支度をするとここ2日間寝泊まりしていた北千住駅近くの宿へと足を動かした。木造の2階建てアパートだったが、実験場にも近かったから都合が良かった。何より宿泊費が安い。


 

 引き戸の扉を開け階段を上がろうとした時、昨日までなかったチラシが目に入った。


 

*****************************


【お仕事のご依頼】


 《仕事内容》モンスター退治


 《対価報酬》18000円


 ※依頼をお受けする場合はこのQRコードをスキャンして下さい。


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