第四話_【紅葉】
《5年前 》
2027年8月10日 埼玉県越谷市
「築!隆!今日は虫取りに行こう」
長い髪をなびかせ駆け寄ってくる少女に小学生の沖野隆は答えた。
「楓は本当に虫が好きだな」
「女の子が虫が好きなんておかしいんだぞ」と築も続ける。
長い髪で少しだけ隠したオレンジ色のワンピースがとても似合っている。築と隆の目の前で停まると、腰に手を当てて言った。
「そんなことないもん。ちびのくせにうるさいな」
そう言って笑顔を見せた少女。 築くはいつも元気で明るい彼女のことが好きだった。
そう、築には沖野隆とは別にもう一人、幼馴染の女の子がいたのだ。
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2032年8月3日5時38分 東京都足立区北千住駅内
【IoTウエポン】との会話が想像以上に長引き夜が明けてしまった。外が少しづつ明るくなってきた。
少しだけ仮眠を取った築は、北千住駅のホームにある自販機で飲み物を買ってベンチに腰掛けた。お金は持っていなかったが、手をかざすだけで、目当てのコーラが落ちて来た。
タダなのかとも思った。しかし、目の前に映し出されている我慢の右上の数字が減ったことから、自動的に持ち金から引き落とされたのだと予想できた。
一口飲んでベンチに飲み物を置くと話を再開した。
「魔法が使えるのはわかった。それでその魔法で『桜』も倒すってことだな」
『そうだと思うぞ』
そう答えるIoTウェポンもどことなしか眠そうである。
「それで、奴は今何してる?」
ここまで質問を連続しすぎたためか、刃のない剣は呆れた声で答えた。
『おいおい。質問漬けだな。金取るぞ』
築が初めての笑顔を見せたことで、IoTウェポンである刃のない剣も冗談を言うようになっていた。
「黙れ! また踏みつけるぞ」
かく言う築もいつもの毒舌が戻って来ている。
『そ、そ、それは勘弁してくれ』
「それで、どうなんだ?」
と築は急かした。
『どうやらまだ再起動中らしいな。正確にはわからないが大臣たちの見立てだと再起動には1ヶ月掛かるそうだ』
「1ヶ月か」
築にはその1ヶ月か長いのか短いのか判断がつかなかった。
刃のない剣が言うには【桜】の本体は新宿にある東京都庁の地下3階に眠っているらしい。現実世界と相違ない世界であれば、北千住からは新宿までは数十分で移動できる。
1ヶ月もあれば十分な気もする。しかし、魔法の習得にどのくらいの時間を要するのかが不明だった。もしかしたら1ヶ月と言う時間は足りないかもしれない。
それでもやることが明確になったのは確かだった。
「その間に準備を整えて、寝込みのAIを倒すってことだな」
『言い方は兎も角、そうだと思うぞ』
刃のない剣は、築の毒舌を流しながらも核心に迫るように聞いて来た。
『早速攻めるのか?』
「いや。今のままでは情報が足りなすぎる」
『情報?』
柄をまるで首を傾げるのように傾けて聞いてきた。
「何かをするときにもっとも大切なのは情報だ。学校のテストでも教師の好みや授業中に話す内容の強弱を観察すれば、どの問題がテストに出るかなんていうのは容易に想像できるんだよ」
『せこくないか?』
「そうかもしれないがそれが情報なんだ。それに歴史上の様々な戦を見ても、負ける原因で最も多いのは情報不足と言われているんだ」
この考えは築の父の教えを持論化したものだ。
父から聞いた話は、歴史上の戦いにおいて、勝つ方に特徴はないが、負ける方には法則があると言うものだった。その負ける方の理由には3つあり、その一つが「情報不足」と言うわけだ。
『なるほどね。で、オイラに出来ることはあるか?』
「お前は引き続き情報収集を行ってくれ。それと、俺の能力を把握する手伝いをして欲しい。まずはそこからだ」
『いつもの築に戻って来たな』
相変わらず刃のない剣は茶化すように一言を追加してくる。
そう。まずは戦う手段を考える。
敵はAIであるから、倒すためには力だけでなく、戦略も重要になってくる。戦略を立てる為にも自分の力を正確に把握していなければならないのだ。
今すぐにでも自分の力を試したかったが、築にはふと気になったことがあった。
「お前名前はあるのか?」
正直今後「刃のない剣」と呼ぶのはめんどくさい。築は何か呼び方を決めたいと考えていた。まぁ「刃のない剣」と思っているのは築だけであるわけだが。
『うーん。固有名詞はないな』
「だったら名前をつけてやる。IoTウェポンなんて物騒で偏屈なまま呼ばれるのも嫌だろ?」
(刃のない剣と呼ぼうとしていたことは黙っておこう)
『本当か?』
声がキラキラしている。どうやら嬉しいみたいだ。
(目はともかく、尻尾でもあれば喜んでることがわかるのに。まぁ人間よりは分かりやすいな)と築は心の中で思った。
少しだけ考えて、歯のない剣は思いついたように話し始めた。
『オイラ、あれが好きなんだ』
キーの上がった声。
「なんだ?」
『オイラたちの家の庭に植わっていた小さな木。あの葉っぱが好きなんだ。赤くて綺麗な』
「あぁ、あれは‥‥‥」
築の家の庭に植わった小さな木。それは幼馴染との思い出だった。
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築の幼馴染には隆とは別にもう1人「森戸楓」と言う女の子がいた。
大きな目に長いまつげ。そして綺麗で少しだけ茶色がかった長い髪。築は楓が好きだったのだ。
彼女は小学3年生の時に築と隆と同じ小学校に転校して来たが、出会った時は静かで口の聞かない子だった。 しかし、家が近かったこともあり、自然と築と隆と3人遊ぶようになった。
3人で色んな遊びをしたものだ。 楓は女の子だったが、男の築たちと一緒に良く近所の裏山に虫取りにも出かけていた。
「楓ちゃんは女の子なんだから」と母に言われたが、築はそんなこと気にしなかった。 楓も楽しんでいたようだったし、築は楓と遊べるだけで嬉しかった。
こんな時間がいつまでも続くんだろうと築は本当に思っていた。
しかし築と隆、そして楓が小学6年生の頃に、楓は父親の仕事の関係からか東京に引っ越すことになった。
それから5年ほど経つが一度も連絡を取っていなかった。寂しく無かったと言えば嘘になるが、築は庭に植わった「あの木」を見るだけで、楓を思い出すことが出来た。
引っ越す前日、父親同士は仲が良かったから、楓の希望で築と隆の家に名前の由来である【楓の木】を楓の父親が植えてくれたのだった。
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おそらく刃のない剣が綺麗だと言っているのは、楓の木の葉っぱであろうことは想像できた。
「あの葉っぱは、かえ」
「楓」と言いかけて築は口を噤んだ。
もし楓と言えば、この流れ上、刃のない剣に「楓」とつけることになりそうだと築は反射的に察した。それでも拒否れば良いのだが、理由を聞かれて、「好きだった女の子の名前だからつけたくない」なんて言いたくは無かった。
「あ、あの葉っぱは、紅葉だよ」
築はそう言い換えた。
『紅葉か! それ良いな』
『よし今度からオイラのことは「紅葉」と呼べ』
嬉しそうに答える刃のない剣。
それにしても危なかった。楓になるところだったと、築は胸をなでおろした。 それにしてもまぁ、なんとも物騒な見た目の割に洒落た名前になってしまった。
照れ隠しをする為に、築は話を変えた。
「紅葉!この世界の魔法について何かわかることはあるか?」
先にIOTウェポンの名前を決める流れにしてしまったが、魔法のことを知らなければ話にならない。
『ちょっと待ってろ』
‥‥‥
‥‥‥
『結構複雑そうだ。順をおって説明するけど良いか?』
「あぁ始めてくれ」
紅葉が教えてくれた内容を要約するとこうだ。
まずこの世界で使用できる魔法には個人差がある。
その個人差と言うのは【2つのデータ】が引用されているのだった。
1つは、魔法の個性や特性に影響を与える《知能指数》である。
この指数は築が自宅から草加にある文部科学省の第8研究所に向かう道中でやらされた「IQテスト」から判別されたようだった。
頭の良さと言うのはイコール勉強ができると言うわけではない。職業をするに当たっては、学力とは別の能力が必要になっている。「IQテスト」では、学力とは別の能力や個性を判別するのに使用されていたのだった。
更には、魔法に至っては性質の判別にも利用されていた。
ここまで聞いて、築がこのアプリ内に行く際、朦朧とする意識の中で《雷》と《土》と言われたことを思い出した。
『お前の魔法性質は雷と土の2つあるみたいだ。なんとなくしかわからないが、2つあるのは結構凄いことだぜ!』
「そうなのか」
よくわからないが、築くは少しだけ誇らしくなった。
そして2つ目のデータは、魔法の基本になっている《学力指数》である。
この世界が職業体験するアプリ内であり高校生を対象としていることから、単純に学力テストや模試、成績表などの第三者による評価から導き出された数値をステータスに割り当てられてるそうだ。
『ステータスは簡単に確認することができるぞ』
「そうなのか?」
そう答えてから、築は目線を左腕の手首に向けると《理系》と書かれた文字があることに気がついた。
そしてその文字を目を細めるように注視すると、基本ステータスが映し出された。
分野:《理系》
種別:防御魔法型
性質:土・雷
「これか?」
『そうだ。つまりお前は《理系の魔法使い》ということになる』
「理系の魔法使い?」
《学力指数》という現実世界のデータからステータスを決めているのであれば、《理系》というのも納得がいく。それに、知識って言うのは武器だから、現実と相違ない方が都合が良い。理系と文字の下には、魔法性質を示すように《土》と《雷》とも記載されていた。
『《理系》の他には、《文系》と《体育会系》、《芸術系》があるようだぞ』
「なるほどな」
基本的には、魔法の能力はこの4つに分類されていた。そしてその分類の元になっているのが《学力指数》と言うわけだ。築の場合は、この前の全国模試の結果とその点数比率からステータスが割与えられたようだった。
『今度は画面に出ている《理系》の文字の下の《防御魔法型》という文字に意識を集中してみろ。ステータスの詳細が確認できるぞ』
築は紅葉に言われた通り、再び目を細くしてみた。 すると機械的な声だが確かに今まで聞いていた紅葉の声で音声案内が始まった。
ーステータスを起動しますー
‥‥‥
‥‥‥
「ん? どんな感じなんだ?」
しばらくの沈黙の後、築は紅葉に訪ねた。
『おぉ。見えた』
先程まで聞こえていた紅葉の声。どうやらステータスの確認はIOTウェポンの仕事らしい。築は自身のステータスを紅葉に読み上げてもらうことにした。
『それじゃあ、ステータスの高い順に読み上げるぞ』
「頼む」
『数学が8、物理が8、化学が7、地理と歴史が5、そして生物が3で国語が1だな。典型的な理系って感じか』
「国語が1?」
しかしなぜだ。確かに国語は苦手だが、全国模試ではそんな点数低くなかったはずだ。《学力指数》が学力テストから導き出されるのであれば、1という数字は納得できなかった。
「よくわからんが、勉強出来ることがその人の能力とは限らないだろ?」
まぁ、それでも数学や物理が現実世界通りであるのであれば、これはおそらく他のプレイヤーも交えた「相対評価」である可能性が大きいと築は考えていた。
ステータスが「1」がいれば「10」がいる。逆に国語のステータスが「10」の人を作る為には、「1」を作らなければならない。
「たしかにそうだが、俺の国語が1とはなぜなんだ」
納得はできずにいる築くに対して、紅葉は答えた。
『まぁ納得だな。築は人の気持ちわからないもんな』 (笑)
何を知ってるんだよ。
『それと、追加として、体育が7、美術が5、家庭科が3、音楽が‥‥‥1だな!』 (笑笑)
笑う紅葉に築はムカついた。
『お前のステータスは差が激しいな!』 (笑笑笑)
「いい加減にしろよ」
そう答えたが、紅葉はやめようとしない。
『音痴なのか?』 (笑笑笑笑)
「‥‥‥、‥‥‥、まぁな」
もう諦めた。確かに築は人の気持ちがわからないし、音痴だった。
そんなこんなで杉村築は、良く分からないまま職業体験アプリの仮想フィールド化した東京に転送されて、紅葉と言う名前のIoTウェポンに盛大にディスられて、《理系の魔法使い》となったのだった。
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【登場人物】
IoTウェポン「紅葉」
築の家にあった「Heart Home」(AI)が入り込んだ武器。
剣だが、刀身がなくガードが二重になった柄のみの剣。使い道が不明。
森戸楓
築の幼馴染の一人。小学生の頃に東京へ引っ越してしまった。