第三話_【IoTウェポン】
『いいかい築。学生の頃に勉強した内容なんて将来大した役には経たないかもしれない。でもな、勉強すら我慢して出来なかった奴が、何かを成し遂げることなんて出来ないんだ。勉強は大人になる道の途中にある壁みたいなもんだ。避けて通ることも出来る。でもその壁を壊して進めば、将来何かを成し遂げるための武器になるんだ‥‥‥』
父がなくなる間際に行った言葉を築は何故か思い出していた。
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‥‥‥
‥‥‥
(おい)
‥‥‥
(起きろ。築。起きろ)
意識が朦朧としている。
父との会話の記憶。そして今何者かに声を掛けられている。
これが夢かと気づくまでに少しだけ時間が掛かった。しかし、ここが夢の中だとわかっていても、すぐに目を開けることが出来なかった。
(起きろ)
再び言葉をかけられたとき、やっと目を開けられた。
しかし周りは良く見えなかった。コンタクトをする前のように視界がぼんやりしている。それに背中が痛かった。
・・・ガタン、ゴトン。
体が揺すられている。聞き覚えのある音がする。 ここは電車の中なのか?
(築。もうすぐ着くぞ。起きろ)
今一度頭に響く声。築はやっと意識がはっきりして来た。
重い頭を左右に振り左手で上半身を支えるようにを起き上がった。 辺りを見回すとやはりここは電車の中だった。どうやら電車の硬い床の上で眠っていたようだ。
しかし何故こんなところで寝ていたのか。築はすぐには思い出せなかった。
誰も乗っていない無人の電車は今、荒川に架かる橋の上を通過している。この減速の仕方だと、もうすぐ駅に到着しそうだった。しかし、車内にアナウンスはない。そうこうしている内にすぐにホームが見えてきた。
築はその駅に見覚えがあった。 目線の先には「北千住」の文字が見える。
東武スカイツリーラインの北千住駅に電車が到着し、程なくして扉が開いた。 しかしホームにも人の気配はない。乗車する人もいなければ乗務員もいない。
しばらく電車の中から扉の外を眺めていたが、5分経っても扉が閉まることはなかった。
こんなにも静かな駅は終電を乗り過ごし、館林まで言ってしまった時のことを思い出す。
(あの時は確か、そのベンチで一夜を過ごしたっけか)
今は明るい。駅のホーム上家の鉄骨梁の隙間から太陽が伺えた。 終電だから人がいないというわけではなさそうだった。徐々に頭が冴えてくると同時に記憶も鮮明になった。
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浅海守と名乗る文部科学大臣によって日本の危機を救うことになった築は、自宅での説明を受けた後、埼玉県草加市にある文部科学省の第8研究所に向かった。
そこに向かう車の中で、IQテストのような100個程の心理テストを受けさせられた。
これで何がわかるというのか。何がわかるかわからないことがIQテストでは重要なのだが、これから日本を救うという想像できない状態の中では、その不透明さに意義を唱えたくなった。
築が第8研究所に着いた時にはすでに同じようなプレイヤー、つまりはアプリ内でAIと戦う人たちが10名程集められていた。築と同じ年くらいの高校生だけでなく大学生らしき人、更には社会人であろう人までいる。
プレイヤーたちは、すでに仮想フィールドに向かっている者もいれば、身体検査を受けている者もいた。
築は既受験者と同じように簡単な身体検査を受けた後、仮想フィールドに行くために、病院の個室のようなところに案内された。
ちょうど10ある部屋には番号が振られている。築の部屋には96番の文字が書かれていた。
そしてその8つには赤いランプが点灯している。築の部屋は点灯していないことから、点灯している部屋はすでにアプリの仮想フィールドへ向かっていることが予想できた。
築は、白衣を来た美人の研究員に案内され、部屋に入るとベッドに座らせられた。
次に簡単な最終確認の後、コードが繋がれたヘルメットを被せられた。
覚えているのはそこまでだった。
その後は同伴した顔の整った看護師風の女性と後から入ってきた男性の声が聞こえた。
(‥‥‥この子は理系。雷と土の能力か‥‥‥)
確かそんな会話が聞こえた気がして、築は気を失ったのだった。
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いつまでも動かずに固まった電車の中から、築はホームに降りた。
そしてその途端に扉は閉まった。
(俺が降りるのを待ってたのか?)
築は電車を見送ると、取り敢えず外に出ようと歩き出した。
ホームにあった階段を降りようとしたところで、ポケットから何かが落ちるのに気がついた。
しかし、咄嗟に落ちた物体を掴もうとしたが間に合わなかった。
カラン。
甲高い金属音。コンクリートで出来た駅のホームの床に何かが落ちた。
築は足元に目線を移す。
「ん?なんだこれは?剣?」
心の中で思ったことがそのまま口から飛び出した。
しかし剣と思ったが刃が付いていない。足元に転がっているのは剣の柄の部分だけだった。
(刃のない剣)
剣とは主に刀身と柄で構成されている。柄は剣を握る部分であるグリップと手を相手の武器から守るガードがある。しかしこの剣には、刀身がついていない。更には何故かガードが二重構造になっている。無駄だが肝心な刀身がない。なんともおかしな武器だ。
その奇妙な物体を拾おうとして築は手を伸ばした。
しかし寝起きということもありバランスを崩した築は、勢いよく刃のない剣を左足で踏んでしまった。
『いてっ!』
(は???)
確かに今、足元に転がっている剣から声がした。しかしそんなはずはない。
確かめるべく、築は左足をあげるともう一度その剣を踏みつけようとした。
『おい!ふざけんな』
築の足は剣にたどり着く前にギリギリ留まった。
どう考えても信じ難いが、やはり剣が喋っている。築は、ギリギリ留めた左足を再び降ろすとぐりぐりと剣を踏みつけて訪ねた。
「お前何者だ?」
『嘘?オイラがわからないのか?』
しばらく考え込んだが、心当たりはなかった。もとより「刃のない剣」という知り合いはいない。しかしこいつは俺のことを知っている。
「お前は誰なんだ?」
築は足の下に転がっている奇妙な物体に再び問いかけた。
『答えるからいい加減踏み付けるの辞めてくれないか?3年前から一緒に暮らしてるだろ?』
(一緒に暮らしていた?)
築には今は母親しか家族はいない。が、しかし、もしかしてと思った。
「お前うちの【Heart Home】か?」
『ふん。やっと気づいたか』
もちろん剣に顔なんてないが、声の強弱で少しだけ喜んでいるのが伝わった。
「本当なのか?それに一体どうしてこんなところにいるんだ?」
築は踏みつけていた足を退けて更に質問を続けた。
『お前!勉強できる癖に話聞くのは苦手なのか?オイラはあの大臣が言ってた【IOTウェポン】だよ』
「IOTウェポン?」
『あぁ』
確かに浅海守がそんなことを言っていた気がする。しかし人間を救うということがあまりにも唐突すぎて、言われるまで思い出せなかった。
【IOTウェポン】‥‥‥
確かそれは、アプリ内での戦闘のお助けアイテムとして、最初に支給されると説明があった。
しかし、もしこいつが大臣が話していた【IOTウェポン】だとすると矛盾がある。【IOTウェポン】はお助けアイテムのはずだが、AIが組み込まれているなんて話はなかった。築には気になる点がいくつか生まれた。
「IOTウェポンには、【Heart Home】が組み込まれる仕組みになっているのか?それにHaert、【桜】は人間を抹殺しようとしているんだろ?お前、敵なのか?」
気になっていた質問を築は考えもなしに口から出してしまった。
『おいおい。もっと落ち着けよ。築らしくないぜ』
そう茶化すように刃のない剣は言うと、ため息を着いてから、少しの間を置いて話し始めた。
『まず一つ目に、IOTウェポンにそんな仕組みはない。オイラが勝手に入り込んだんだ。あの大臣がお前にIOTウェポンを与える瞬間に、お前のスマートフォンを介してな。二つ目に、オイラはずっとお前たちと暮らしてきた。お前たちが良い家族なのを誰よりも知っている。だからお前たちが抹殺されるのなんて嫌だ。Heartのコアプログラムの【桜】は人間に絶望しているが、人間と仲良くやっている【Heart Home】たちもいる。俺のようにな。だから、三つ目に俺は味方だ。信じてもらえたか?』
刃のない剣はおそらくプレゼンが上手く言ったと思っているのだろう。しかし【Heart Home】に殺されかけた築はそんなに簡単に信じることは出来なかった。
しかし、あの時のことを思い出して築はやっとその声に聞き覚えがあるのに気がついた。
「もしかしてあの時。助けてくれたのもお前か?」
『気づいてなかったのかよ。あぁそうだよ。電気信号で操られてカレーに毒物を仕込んじまったが、ギリギリで声が届いてよかった』
毒物が混入されたカレーを食べずに済んだのは、こいつのおかげだったようだ。そうであればこいつは敵ではないのか?築は少しだけ安心した。
すると刃のない剣は更に続けた。
『話は聞いている。【桜】を倒すんだろ。オイラが協力してやるよ。一緒にあの自己中型AIに一泡吹かせてやろうぜ』
正直驚いた。自分の母親のような存在を自己中型AIなんて呼称する、子供がどこにいる。 それに、まさかAIを倒すために、AIと組むなんて、想像していなかった。それに人言に味方するAIがいることも。
しかし、先の見えないこの状況下の中では、話し相手がいることだけでもかなり心強いと築は感じていた。
【桜】を倒すことを了承したのは、「巨額の富」を手に入れて、貧乏なあの暮らしを変え、今まで苦労してきた母親を救いたいと願ったからではあるが、正直言うと「想像力」がAIを倒せるところを見て見たかったからでもある。築をこの戦いに参加させたのは、好奇心だった。
「AIを倒せるのは想像力だ」
文部科学大臣と名乗る男の言葉を思い出す。
確かにあの時は想像力という言葉に鳥肌が立つほど興奮した。
しかし想像力がなんだと言うのだ。想像力でどうやってAIを倒したら良いというのか。築は見当もつかなかった。
「わかった。信用するよ。でも一体何からしたら良いのか・・・・・・」
弱気になった築は【IOTウェポン】に質問を続けた。
『早速オイラの出番だな。ちょっと待ってろ。この世界のこと調べてやるよ』
「わかるのか?」
『オイラはIOTウェポンだが、AIだぞ。検索するなんて日常的にやっていたことだ』
刃のない剣はいかにも弱そうな武器だったが、その機械的な声はかなり心強く感じていた。
‥‥‥
‥‥‥
‥‥‥
『解析完了したぜ。文部科学大臣が言っていた通り、ここは職業体験型のアプリである【Virtual World Intern】のアプリ内のようだ。現実の東京を模倣して作成された仮想フィールドが展開されている』
「現実の東京ではないのか?」
『似ているが、ここはアプリ内だ。現実の東京とは別世界だな』
あまりにもリアリティのあるこの世界は現実と言われれば信じたかも知れない。 周りの風景だけでなく、自身の身体感覚までもが、現実世界と遜色がなかった。
手のひら見ながら話を聞いていた築に刃のない剣は付け加えた。
『今の築の身体は感覚的な再現度が高くはあるが現実世界とは違う。本体は草加にある研究所で眠った状態だ。脳波が出す電気信号から忠実に再現されているから、現実世界と同じように体を動かすことができるようになっている』
現実と遜色はないが、ここはアプリの世界でもある。 そう考えれば、築のような一般人がAIとの戦闘に参加させられたことにも納得が行く。大臣が言っていた「やられても現実の身体には影響がない」というのは、このことかと築は考えていた。
『で、この世界のことだけど・・・続けて良いか?』
刃のない剣に聞いた内容は築にとって衝撃的な内容だった。
この世界にはどうやらモンスターやNPCがいるそうだ。
一応職業体験アプリということだから、この世界には仕事が存在している。つまりは仕事を求める人、NPCがいると言うことだった。そして更には仕事内容には《モンスター退治》というものもある。おそらく「楽しく遊べる」ために文部科学省が追加アップデートした演出とはこのことだろう。
「でもモンスターと戦うなんて聞いてないぞ。それにお前が【IOTウェポン】なのはわかったが、そんな、、、刃のない剣でどうやって倒すんだよ」
築が聞いた質問に刃のない剣は、嬉しそうに答えた。
『この世界では、どうやら魔法が使えるらしいぞ』
「は???魔法?」
『そう。魔法』
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(あの大臣。楽しさをアップデートするって魔法かよ。 ったく、あんなスカした顔しといてSFゲームマニアだったとはな)
築は驚いたが、 この世界に来て初めて笑ったのだった。
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IoTウェポン
築の家にあった「Heart Home」(AI)が入り込んだ武器。
剣だが、刀身がなくガードが二重になった柄のみの剣。使い道が不明。