表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

敬語でだらだら、でもリズミカルな文体でコメディ

突然、友人がストリートファイトをし始めました

 突然、友人がストリートファイトをし始めました。

 

 ……アッパーカットのような鋭い掌底が、相手の顎を撃ち抜いたのが分かりました。その前に相手の男の人が出していたのは、多分右ストレートだったと思います。わたしの友人のミナちゃんは引くでも受けるでもなく、なんと一歩踏む込んで潜り込むようにしてそれを躱すと、下からえぐり込むようにしてその掌底アッパーカットを放ったのでした。

 掌底が顎にヒットした瞬間、相手の男の人の身体がガクンッ!と崩れるのが見えました。しかし次の瞬間、まるで襲いかかるようにしてその男の人は前のめりに倒れて来たのです。しかも、ミナちゃんに掴みかかるような動作で。

 意識が飛んでいたように思えましたが、物凄い執念です。もし掴まれでもしたら、体格差で劣るミナちゃんはピンチでしょう。

 ところがミナちゃんはその場で高速で身体全体をスピンさせると、非常に狭いスペースであるにもかかわらず、激しく背中をぶち当てて、その男の人を吹き飛ばしてしまったのでした。

 転がった男の人はそのまま動きません。

 それから「ふぅ……」と、呼吸を整えるように、ミナちゃんは息を吐き出します。

 「最初の掌底で意識はなくなっていたはずなのに凄いわね。あっぱれな根性だけど、もうあなたはわたしの相手ではないのよ……」

 それから彼女は倒れたままのその男の人を見下ろしながらそう言いました。

 

 ……それは半年程前の事でした。少しばかり太ってしまった彼女は、それが原因で彼氏にフラれてしまったのです。ところが前向きな性格の彼女は、特に落ち込むでもなく、彼氏を見返してやるんだとそれからダイエットを始めたのでした。選んだ方法はボクササイズです。ボクシングをダイエット方法として取り入れたっていうヤツですね。

 彼女は一度始めるとのめり込んでしまう性格でもあるものですから、学校が終わると毎日ボクササイズをやるという生活を送るようになりました。ですから、その日わたしが彼女と一緒に帰るのは随分と久しぶりの事だったりします。

 ボクササイズの効果はどうやら充分であったようで、彼女の体形はすっかりとスリムになっていました。

 「凄いねぇ、ミナちゃん。もうダイエットなんてしなく良いのじゃい?」

 それを見ながらわたしがそう言うと、彼女は首を横に振りました。

 「それがそうでもないのよ。始めは良い感じだったんだけど、途中からあまり体重が落ちなくなっちゃってね。だから、ボクササイズ以外にも手を出したのだけど……」

 そして、そんなタイミングでした。あの男の人が現れたのは。

 「久しぶりだな、ボクササイズのミナ!」

 それはミナちゃんよりも一回りサイズが大きい男の人でした。もっとも、ミナちゃんは小柄なので、それでもそれほど恵まれた体格とは言えないかもしれませんが、その男の人の肉体はいかにも強靭に鍛えられていそうで、何らかの格闘技をやっているのだろう事は見た目からも明らかでした。

 「ネモトさん…… やるのですか?」

 その男の人の登場を受けるなり、唐突に矢鱈と精悍な顔つきになってミナちゃんはそう言いました。

 「ちょっと、これ持ってて」

 そして、わたしに持っていたバックを手渡すとミナちゃんはゆっくりと構えたのです。それはボクシングっぽくはあるけど、ちょっと違う感じの構えでした。

 「この男の人は誰なの? ミナちゃん!」

 わたしがそう尋ねると、彼女はこう返します。

 「ダイエット関係の知り合いよ」

 「ダイエット関係の知り合いぃ?」

 それからは、先ほどのような展開になったのです。近づいて来た男の人が放った右ストレートに合わせて、カウンターっぽいタイミングで放った顎への掌底アッパーカットと、あまり見た事のない、背中での回転体当たりで吹き飛ばすという豪快な技でその強そうな男の人を容易く倒してしまった……

 

 「ミナちゃん。わたしにはさっきの技はボクシングには見えなかったのだけど……」

 再び歩き出すと、戸惑いながらわたしはそうミナちゃんに尋ねました。

 「ああ、あの打は中国拳法を取り入れたものよ。八極拳ね」

 「は…… はっきょくけん?」

 「そう。ボクササイズだけじゃいくら鍛えても体重が減らなくなっちゃったから、限界だと思って中国拳法を研究したのよ」

 わたしはそれを聞いて妙な違和感を覚えました。彼女の言うダイエットはなんか違うような気がしましたが、取り敢えず、それ以前の問題として……

 「ミナちゃん…… それって単に筋肉がつい……」

 ところがそれを言い終える前に、こんな声が聞こえて来たのです。

 「あんな単細胞ヤローを倒したくらいでいい気になっているんじゃねーよ! ボクササイズと中国拳法のミナ!」

 見ると、わたし達の行く先に骸骨!って印象の男の人が立っていました。

 「今度はオレとやろうぜ……」

 ただ、一見痩せているその人の身体は、よく見るととても絞まっていて、無駄な筋肉がついていません。

 「クラゲさん……」

 そうミナちゃんは呟きます。

 「クラゲさん?」とわたし。

 「本名は知らないわ。皆からそう言われているの。彼もダイエット関係の知り合いよ」

 「ダイエットって…… まぁ、外見は痩せているけれども」

 「彼はサブミッション・マニアでね。様々な格闘技の極技を研究しているわ。そして厄介なのがその歩法。奇妙な動きで気付くと間合いを詰められている……」

 そこでクラゲさんという方は口を開きます。

 「おい、お喋りは良いんだよ。やるのか?やらないのか?」

 それを聞いてミナちゃんはまたさっきみたいな矢鱈と精悍な顔つきになると、クラゲさんを睨めつけながら言います。

 「いいわ。やりましょう。ごめん、またバック持ってて」

 そしてわたしにバックを渡すと、構えを取ります。にやりと笑うクラゲさん。すると、次の瞬間、クラゲさんは虚を突くようにいきなりミナちゃんに近付いて来たのでした。

 一見はスローにすら思えるモーションなのですが、何故か速い。あっという間にミナちゃんの傍まで来ています。

 ミナちゃんは焦ったのか、払い除けるような動作の裏拳を出しました。が、それは空を切ります。クラゲさんの姿が消えたかのように思えました。しかし、それは錯覚で、どう躱したのかは分かりませんが、彼は裏拳に合わせて移動していたらしく、気付くとミナちゃんの空を切った拳を掴んでいました。

 「とったぞ、ミナァ!」

 そう叫ぶと、彼はミナちゃんの腕を捻ろうと身体全体を動かします。しかし、ミナちゃんはそれに合わせて身体を回転させ、腕を極めさせはしません。

 ですが、クラゲさんはそれでも余裕の表情でした。「甘めぇよ!」と叫ぶと、ミナちゃんが回転した方向に自分も身体を回転させ、ミナちゃんの回転した力をも利用してそのまま彼女を地面に転がしてしまったのです。しかも、腕を取ったまま。

 「このまま折るぞぉ!」

 そうクラゲさんは叫び、ミナちゃんの腕を思いっきり引こうとしました。ですが、その瞬間でした。

 「いてぇ!」

 そうクラゲさんが悲鳴を上げたのです。何故か、極まったかに思えた腕が決まっていません。それどころか自由になっています。ミナちゃんはクラゲさんのボディに肘鉄をくらわせると、そのクラゲさんのサブミッションから脱出をしました。

 それから彼女は立ち上がって距離を取ります。まだ警戒を解いてはいませんが、攻める気はないようでした。

 「指が一本折れてやがる。てめぇ! なに、しやがった……」

 痛そうにしながら自分の片方の手を掴み、クラゲさんはそう言って立ち上がります。ミナちゃんはこう返しました。

 「片方の指の動きだけで、相手の指を折る。日本古武道の技法よ」

 「嘘つけ! そんな技、聞いた事もねぇ!」

 「でしょうね。裏の技だから。危険であるが故に現在では秘されている技を見つけるのには苦労したわ」

 「なんだとぉ?!」

 それからミナちゃんはこう言います。

 「どうするの? その指でまだやるのかしら? さっさと病院に行って治療しないと、サブミッションもままならなくなるかもしれないわよ? あなたはクレバーな人だと思っていたのだけど」

 それを聞くと、とても悔しそうな表情を見せた後でクラゲさんは「チッ 覚えてろよ!」とそう言ってそのまま去っていきました。

 クラゲさんの姿が見えなくなると、わたしは尋ねます。

 「ミナちゃん…… 日本古武道って…」

 こくりと頷くと彼女は応えました。

 「中国拳法でもやっぱり体重は落ちなくてね。それで今度は日本古武道を始めてみたのよ。いやぁ、ダイエットってやっぱり難しわ」

 わたしはそれにこう返します。

 「いや、だからね、ミナちゃん。それって単に筋肉がついただけなんじゃ……」

 が、そこでまた声がしたのです。

 「馬鹿な奴だ。技術でお前に勝とうなんざな……」

 今度現れたのは、とても大きな男の人でした。これまでで一番大きい。多分、1メートル90センチ以上はあります。わたしは顔を青くしました。

 「次は俺が相手だ! ボクササイズと中国拳法と日本古武道のミナ!」

 なんだかミナちゃんの肩書きがどんどん増えているような気がします。青い顔のままわたしはこう尋ねました。

 「ミナちゃん…… まさか、あの人もダイエット関係の知り合い?」

 ミナちゃんは既に精悍な顔つきになっていて、そのまま頷きます。

 「ええ……」

 そして、その大きな男の人に向き合うとこう言いました。

 「海木田さん…… また、ウエイトを増やしたのですね」

 「ダイエットなのに、体重を増やしたの?」とわたし。そのわたしのツッコミに構わず、海木田さんとかいう人は返します。

 「おうよ。技術力に勝つには、圧倒的な質量! それしかねぇ!」

 それから、アメリカンフットボールのような相撲取りのような構えを見せます。彼が何の格闘技を使うのかは分かりませんが、突進して来る気満々な事だけははっきりと分かりました。

 「レディ……」

 と、彼は低く唸るように言うと構えを低くしていきます。そして重心を沈み込ませ、充分に低くなったところで「のこった!」とそう叫びました。相撲なの?なんなの?とわたしは思いましたが、とにかく、ミナちゃん目掛けて彼は突進してきます。

 それに対し、ミナちゃんはスッと緩やかな構えを見せました。そして、迫って来る彼に触れたかと思うと手を素早く回転させたのです。すると彼は豪快に転倒し、そのまま壁に激突してしまいました。盛大な自爆です。もう動かないようでした。

 「これは合気道の技を応用したものよ。日本古武道でもやっぱり痩せられなかったわたしは、合気道を取り入れて鍛えてみたの……」

 そうミナちゃんは解説します。

 「だからミナちゃん! それって多分、筋肉がついて重くなっちゃっただけだよ!」

 そこでわたしはそう言います。やっと最後まで言えました。筋肉は脂肪よりも重いので、鍛え過ぎると却って体重が重くなってしまう事があるのです。

 「もうミナちゃんは、ダイエットする必要なんてないよ! これ以上鍛えても、多分、体重は減らないから!」

 そしてわたしはそう言いました。しかし彼女はわたしのそのアドバイスに対し、首を横に振るのでした。

 「いいえ、悪いけど、わたしにはダイエットを止められないわ」

 それから拳を握り締めると、道の先を見つめながら彼女はこう続けるのです。

 「わたしより、強いダイエットに会いに行く」

 と。

 そしてそれから、ゆっくりと歩き始めました。わたしはツッコミを入れます。

 「強いダイエットって、なにー?」

 それに応えたのかどうかは分かりませんが、彼女はこう呟きました。

 「極めろ道……」

 

 彼女が何を目指してダイエットをしているのかはまったくこれぽっちも分かりませんが、とにかく、それがわたしの知っているダイエットとは違うという事だけはどうやら確かのようです。

 

 ……運動中心のダイエットで体重が増えても、何の心配もいらない場合もあるので、どうか彼女のようによく分からない道を極めようとしたりなんかしないでください。

 お願いします。

このシリーズ 健康なダイエット をテーマにしようかと少し思っていたのですが、ネタが出そうにないので厳しいかと思い始めました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ミナちゃんさんカッコイイですね。 最後のセリフ「極めろ道……」に笑いましたw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ