表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/37

2.黒の森

 ─・─


 晩の食事を軽く取り終えた後も、暫くドールとの話は続いた。

 牽制と探り合いのやりとりで、中々先には進まなかったが。

 それでも、ドールは、ぽつぽつとジレンの質問に応えた。


 ドール・コネクス。

 歳は、二十六。ジレンよりも五つ上。思っていたより、年嵩だった。

 定職は無い。自身で言っていたように、街にある仕事の斡旋所で時折稼いでは食い扶持に当てて居るらしい。


 そして、剣士だと言った。

 なんでも、剣を同時に二刀操ると。

 これまでを見た感じ、華麗な剣術裁きというより、その二刀使いも力圧しの豪快な物ではなかろうかと、ジレンは想像する。

 二つの空の剣吊りに収めていた双剣は、件の盗賊との闘いで失したとの事。

 それを聞き、尖塔の丘で拾った短剣を返すと、ドールは驚いていた。


 二対一で捕らわれている構図がドールの頭の中にはあっただろうから、武器を寄越されるとは思ってもいなかったようだ。

 だが、それがきっかけになったのか、ドールの口は滑りが良くなった。


 住まいは、ロージングの貧民街に当たる場所に構えていると言う。

 生まれや育った場所については話してくれなかったが、ドールがロージングに来たのは、十五の歳の頃だそうで。

 ロージングに来た理由についても、故郷の事と同じくはぐらかされた。


 町に戻れば、住まいも知人も在りはするが“仲間”にあたるような相手は居ないらしい。

 過去には仲間が居たらしき事も話の端に過ったが、現在は敢えて一人でやっている様子だ。

 理由を聞けば『その方が気楽だ』とだけ応えた。


 色々と訳ありの気配が強かったが、一筋縄では行かなそうな強面の外見に反して、ひねくれた印象があまり無かった。

 表情豊かと言っても間違いでは無いだろう、考えている事や感情が顔に出やすいらしい性質と、話ぶりも至って素直で解りやすい男であると思えた。


 むしろ、人の良さそうな所すら垣間見える。

 何しろ、ジレンがした仕打ちを水に流して、素直に名乗り、出された飯を喰い、今は並んで焚き火を囲んで会話などしているのだ。


 ドールの腹の底までは解るはずも無かったが、口では脅して来る割に、此方への態度は寛大で気さくとも言えた。


「……それで、だ。そろそろ本題に戻るか」


 ドールがそう言ったのは、彼の身の上話が一区切り付き、火が細り始めた焚き火に枯れ枝をくべようと、ジレンが腰を上げようとした時だった。

 ドールの言葉に、ジレンは首を傾げる。


「本題?」


 その様子がドールには白々しく映ったらしい。

 もどかしげに舌打ちする。


「お前が言ったんだぞ。まずは自己紹介なんだろ? そうでなきゃ出来る話も出来ねぇってな」


 ドールの言葉に、一瞬ジレンはきょとんとなる。

 だが、直ぐに思い出し。


「──……。おぉ、そうだった。確かに言った」

「……。お前、俺にあれこれ聞いといて、ろくな話じゃなかったら殺すぞ」


 ドールが、また物騒な事を言ってくるが。


 ──そう言われたから、律儀に聞かれた事に応えてたって事か。

 なるほど。単純というか素直というか。

 つくづく、変わった男である。


 ところで、ウドクはと言えば、二人が話している間にも石像のごとく態勢を崩しておらず、相変わらず黙りを決め込んでいる。

 ジレンは、ちらりとその姿を横目にしてから。

 立ち上がり、両手に数本の枝を寄せ集めて元の場所に戻った。


「それじゃあさ。もうひとつ聞いていいか?」


 言いながら枯れ枝を焚き火の中に差し込む。

 すると、ドールが呆れ果てた目で睨む。


「お前な……。駄目だ。どんだけ俺だけに喋らせるつもりだよ。……いいか? 俺がずたぼろだったから助けたなんて適当は言うなよ。嘘も言うな。俺は、嘘は嫌いだ。騙すような真似をしやがったら──」


 ドールが、人差し指の先をジレンの顔に定め。


「必ず、殺してやるからな」


 そう、言い放った。


 低く落とされた声、そして、此方を見据える目。

 それまでのドールの様子とは明らかに違った暗く冷えた光が、その瞳に浮かんでいる。


 焚き火をやる手を止め、ジレンは、その目を見返した。


 ── なるほど。

 ただの間抜けという訳でもないのか。


 口だけで脅していた時とは違う様相を帯びたドールの目。

 見据えられていると、微かに首筋が冷たくなるのを感じる。

 

 この男も、ロージングの住人なのだ。

 もしかすると、実際にそういう理由で既に何人か殺して居るのかも知れない。

 そう思わせる程の迫力はある。


 ──と。

 そうなると、それまで存在感すら薄れかけていた隣の狼男から、緊迫した気配が漂いだした。

 微動だにしないのは変わらずだが、ドールにひけを取らない殺気を発しているのが隣に居るだけで解る。


 流石に、のらりくらりと誤魔化し続けるのもまずそうだと判断すると、ジレンは、静かに右手を上げた。

 顔に定められたドールの人差し指を横に除け、押しやる。


「騙すつもりなんて無いさ。俺も下手な嘘は嫌いだ」


 ──“下手な”嘘は、だが。


 ジレンは、少し考え。切り出した。

 

「俺も、騙されるのはごめんだ。だから、あんたがどういう人間なのか教えて欲しかったんだが。……聞いた感じ、悪くない。あんたなら、頼っても問題無さそうだ」

「……はぁ?」


 ドールが、顔を歪めて低い声を返す。


「……お前。俺を品定めでもしてたっつぅのか」

「いや、その言い方は聞こえが悪いな。……いや、でもまぁ、間違っちゃいないな?」


 ドールの眉が、ぴくりと震えた。

 暫し、無言で向かい合い。

 一先ず、ドールの反応には素知らぬ顔でジレンは話を先に進めようと試みた。


「まぁ、さっきも少し話したけどさ。俺達は、ロージングに移り住むつもりで来た」


 ドールは、直ぐには反応しなかった。

 だが、まともに相手するのが馬鹿らしくなったのか。

 少し疲れた様子で頷く。


「……あぁ。わんころの頭が戻らなくなったから、だっけか」

「俺は、犬ではない」


 ドールがそう軽口を叩くと、ずっと黙り通しだったウドクが、唐突に割り込んでくる。

 ドールが鬱陶しそうにウドクを見るが、今度は先程と違い直ぐに訂正した。


「……あぁ。そうだったな。なんだっけ、お前、ウドクっつったか」

「あぁ」

「解ったよ、ウドクな」


 子供に適当に言い聞かせてあしらうように相手してから、ジレンに向き直る。


「……で?」

「それは、こいつの理由で……、まぁ、俺も付き合うつもりではある。でも元々、俺も村を出るつもりではいたんだ」

「なんでだよ?」

「俺の親父が、若い頃やってたらしい稼業の真似事でもしようと思ってさ」

「……ほう? どんな仕事だ」

「どんな、と言われると難しいな。手広くやってたみたいだし」

「手広く? なんだそれ。商人か何かか?」


 ドールの問い掛けに、ジレンは否定するように首を傾げかけ──思い直して、こくりと頷いた。


「そうとも言える」

「……解んねぇよ。ちゃんと話せ」

「まぁ……、賞金稼ぎみたいなものだ」


 ジレンの言葉に、ドールがきょとんとなった。


「賞金稼ぎ?」

「あぁ、みたいなもん」

「……お前、馬鹿か? ロージングで賞金稼ぎなんて名乗ったら、袋叩きに合うぞ」

「だから、みたいなもんなんだって。何も罪人ばかり狙うのが賞金稼ぎじゃないぜ」

「何を狙うんだ」

「金になる事なら何でもする」


 ジレンの言葉に、ドールはしかめっ面になり黙りこんだが。

 短く、溜め息を吐く。


「要するに、何でも屋か」

「そうとも言うかもな」

「紛らわしい言い方すんな。それじゃあ、ただの無頼と変わらねぇじゃねぇか。……本当に、ロージングに首狩りに行こうなんて考えてる馬鹿かと思ったぞ」


 呆れた様子で言うドールに、ジレンは肩を竦める。


「そう名乗ると格好がつくだろ?」

「……つかねぇよ。つぅか、ロージングで賞金稼ぎだなんて口が割けても名乗るなよ。死にたくなきゃな」


 アホか、と横を向いて毒づくドールから、ジレンはちらりと横に視線を向ける。


 ──じっと。

 此方を見詰めているウドクと目が合う。

 その目に、目配せだけしておく。

 すると、ウドクは得心したのだろう、何も言わず視線を逸らした。


 横を向いて不貞腐れたような顔をしていたドールが、じろりとジレンに目を戻す。


「つまり、お前は、ただのチンピラか?」

「土田舎に居るより、ロージングの方が面白そうだとも思ったんでね」

「……。こういう阿呆もいるんだな」


 白けた顔で、ドールは言った。

 

 ──まぁ。そんなもんだよな。

 頭のネジが外れたような若い男には、そんなのも少なく無いだろう。

 勿論、俺も含めて。

 

 とにかく、ドールはジレンの事をそう見たようで。 

 ジレンが、堂々とそんな真実を打ち明けるような阿呆とまでは、思ってなかったようだ。


 ジレンは、手に残っていた小枝を焚き火の中に放り込みながら、話の続きを始めた。


「俺の話は、取りあえずこの辺でいいだろ。それより問題は、やっぱりこいつの事でさ。元に戻る方法がないか探してる」


 言って、傍らのウドクに顎をしゃくる。

 ドールは、ジレンの身の上話が気に食わなかったのか不機嫌な顔をしていた。

 そのせいか、続けて疑問を投げ掛けてくるような事もしない。

 ドール自身の身の上話に、ジレンもまた、深く詮索しなかった事もあるだろうが。


 話が、ウドクの事に戻されると、それなりに物分かり良く頭を切り替えたようだ。

 濃い目の無精髭の顎を撫でつつ、ウドクを眺めるようにする。


「……まぁ、確かに。狼の面のまま元に戻れねぇってのは難儀だな」


 そう言うドールの顔には、先程、その事を聞いて笑いだした時の様子は失せている。

 何事か別の事を考えている様にも見えたが、一先ず話を進めるべく、ジレンはドールの方へ僅かに身を乗り出した。


「ロージングには、“魔物の子”は多いのか?」


 ドールが、ちらりとジレンに目を向ける。


「少なくはねぇ。だが、多いとも言えねぇな」

「……ふぅん。こいつみたいに元に戻れない事っては、よくあるのか」

「いや。こんな話は、俺は初めて聞いたな。それに“赤口”が元に戻れなくなったなんて間抜けな話は聞いた事がねぇよ」

「あ、それだ」


 急に声を上げたジレンに、ドールが怪訝そうに眉をひそめた。


「……あ? 何だよ」

「いや、それ。あんた、さっきから言ってるだろ。何なんだよ、その“あかぐち”って」

「……あぁ」


 ジレンの問い掛けに、ドールが頷く。

 返った相槌が、何やら重たげに聞こえた。


「狼の魔物の事だ」

「ほう? そいつも“はぐれ”なのか」

「あぁ」


 ドールが頷き、ウドクを見る。

 ウドクは、無言でその視線を受ける。

 先程から、自らの事が会話で交わされていても、二人の様子を見守り、ただ傍で聞き入っている。

 ウドクを見るドールの目が一瞬、何か翳ったが。直ぐにそれは失せた。

 ドールが、肩で大きく息を吐く。


「ま、簡単に言や、嫌な奴だ。ロージングですら、嫌われ者になる程のな」

「……嫌われ者?」


 思わず、と言った風にドールの言葉をウドクが繰り返す。

 すると、ドールが鼻を鳴らして笑った。


「お前もそうだとは言ってねぇよ。初めはそうかと思ったが……、なんか、な。お前は、毛色が違うようだし」

「それは、つまり──、こいつと同じような奴が居るって事か」

「あぁ。同じようなっつぅか……同じだろ」

「嫌われ者ってのは、どういう?」

「あー……、それは」


 ドールが、どう話したものかと考える顔になり。

 それから、肩を竦めた。


「お前ら、これからロージングに行くんだろ。なら、直に解るさ」


 そう告げれば、それきり“あかぐち”についてドールは教えてくれなかった。

 話したくない理由でもあるのか、と思ったが、どうも単純に面倒臭そうな素振りだ。

 聞こうとしても、一度きり、つっぱねられた。


 ──嫌われ者、な。


 ウドクに関わりありげに、度々上がったその言葉の正体が、僅かながらも漸く知れたのだが。

 聞かされた内容には、不穏な気配がちらついている気がして、ジレンはすっきりとしなかった。

 だが、ドールが教えてくれないのであれば、今それ以上知る術は無い。


 傍らのウドクを見る。

 此方の視線にウドクが気付けば、直ぐに目が合う。


 ウドクとは、言葉は交わさぬまま。

 ただ、肩を竦めて見せると、彼も静かに瞬きをしただけだった。

 思考を中断し、ウドクからドールへと視線を戻す。


「その、“あかぐち”って奴には会えないのか?」


 ジレンがそう問うと、ドールはまた面倒そうに顔をしかめた。


「会えねぇ事は無いが……」


 そう言って、また考える顔をする。

 だが、それきり。

 やはり、“あかぐち”についての問い掛けには、はっきりと応えはくれなかった。


「眠みぃわ。寝る」


 ドールが、唐突にそう言い出した。


 ジレンとウドクが、やや唖然となって言葉を失っていると、ドールはごろりとその場に横になり背中を向けてしまった。

 ジレンとウドクは、並んで座ったまま、その背中を暫く見詰める。

 

 ドールは、それきり動かなくなった。

 さほど間を置く事なく、寝息が聞こえてくる。


「……寝たのか」


 ぽつり、ジレンが言う。


「寝付きのいい男だな」


 ウドクが応えると、ジレンは呆れた目でドールの背中を眺めた。


「昼間も、お前と殴り合いながら寝てたからな」

「……ジレン」

「うん?」

「……あのような事を言って、良かったのか?」


 ウドクが言った。

 ジレンは、問い掛けてくるウドクの目を一時、無言で見詰めた後。

 視線を、寝ているドールの背中に向けた。


「……大丈夫だ。起きている気配じゃない」


 ウドクが言う。

 ウドクに、視線を戻す。


「信じやしないだろ」

「……危なくないのか」

「うん? こいつの口ぶりだと、少なくともこいつには袋叩きにはされない気がする。……それに、ま、嘘つくなって言われたしな」


 淡々と言うジレンに、ウドクは困惑するように鼻先をしかめたが。

 それ以上、その事について二人は口にするのを止めた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ