表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/37

変身

 ─・─


 ぱたっ、ぱたっ、と滴る滴が、木板の床を叩く音。

 びしょ濡れて、黒に近くなった暗緑色の外套。

 深く被った、萎びたフードの陰で息を切らす気配がしていた。


 その日は、朝から土砂降りの雨が続いていた。

 どれだけ降っても止む気配は無く、雨が打つ音が全てを遮れば、余計に静けさが増すような。

 そんな夜だった。


『……どうすれば』


 掠れた声が響く。

 それが、夜更けに突然訪ねて来て、俺が迎え入れるなり、ウドクが口にした言葉だった。

 俯き、肩を震わせ息を切らしながら、絞り出すようにする声で。


『……どうすればいいか、解らない』


 それまで、寝転がっていたベッドに戻ろうとしていた脚を、俺は止めた。

 欠伸を噛み殺しながら、問い掛ける。


『……なんだよ。どうした?』

『──……も……ない』

『……何?』


 聞き取れなかったその言葉を、聞き返す。

 振り向いて、奴の姿を改めて目にしてから、俺は漸く気が付いた。

 奴の様子が、おかしいことに。


『どうしたんだ? ……おい』

『──……戻らない』

『戻らない?』

『身体も、顔も……──戻らない』


 言いながら、おずおずと差し出すようにした奴の手を見て、ぎょっとする。

 外套の下から覗いたのは、黒く鈍い艶を浮かべた、硬毛に覆われた手の甲だった。

 それを凝視した後。

 今、奴が言った事を胸内で反芻しながら視線を上げる。


『戻らないって。どう言うことだよ』

『……解らない。どうすれば、いいのか』


 ウドクは、同じ言葉を繰り返した。

 奴が酷く混乱していることを悟ると、俺は、フードを被るその頭に手を伸ばした。

 端を掴み、後方へ跳ね上げるようにフードを奴の頭から外す。


『……そのまんまの意味か』


 ウドクが、頷いた。

 フードを上げられて、現れた奴の顔。

 驚いたように瞬きする、大きな黒い瞳が俺を見る。

 其所に居たのは、普段の超然とした様の奴ではなく。

 いつも猛々しげに尖って立っていた耳は、伏せられ。

 今にも、鼻を鳴らして鳴き出しそうに。

 怯えた様子で、首を竦めて立つ狼男の姿だった。


『いつからだ』

『……昨日の、夜からだ』

『……』


 返った言葉に、俺は眠い頭で考えて一時黙りこんだ。

 まともな思考をするつもりが無いのであれば、良い考えなど浮かぶ訳もない。

 それでも一応は考えて、そして、解らないと繰り返している奴に、答えをやった。


『じゃあ、帰ってもう一晩寝てみろ』


 

 ─・─


 思い返してみると、あれは少し酷かったかと思う。

 言い訳するなら、普段のあいつがたまにやらかすせいだ。

 大事も小事も、騒動を起こす割にいつも何処か間が抜けている。

 だが、今回は、そうじゃ済まなかった。


 次の晩、再び訪ねてきたウドクを見た時、俺は決めた。

 それまで、抱えていた躊躇いなんか吹き飛んだ。

 

 ──ウドクは、きっと俺の誘いを拒まない。


 それは、初めから何となく解ってはいたけれど。

 奴にも理由が出来て、“それ”を望む余地が出来たなら、俺が何を躊躇う必要がある?

 

 その夜。俺達は、村を出た。

 ウドクには、俺の目的の断片だけ告げただけで。

 奴は、詳しく聞こうとはしなかった。


 これから先、行く先を共にする。

 それを確認し合っただけで、充分だった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ