変身
─・─
ぱたっ、ぱたっ、と滴る滴が、木板の床を叩く音。
びしょ濡れて、黒に近くなった暗緑色の外套。
深く被った、萎びたフードの陰で息を切らす気配がしていた。
その日は、朝から土砂降りの雨が続いていた。
どれだけ降っても止む気配は無く、雨が打つ音が全てを遮れば、余計に静けさが増すような。
そんな夜だった。
『……どうすれば』
掠れた声が響く。
それが、夜更けに突然訪ねて来て、俺が迎え入れるなり、ウドクが口にした言葉だった。
俯き、肩を震わせ息を切らしながら、絞り出すようにする声で。
『……どうすればいいか、解らない』
それまで、寝転がっていたベッドに戻ろうとしていた脚を、俺は止めた。
欠伸を噛み殺しながら、問い掛ける。
『……なんだよ。どうした?』
『──……も……ない』
『……何?』
聞き取れなかったその言葉を、聞き返す。
振り向いて、奴の姿を改めて目にしてから、俺は漸く気が付いた。
奴の様子が、おかしいことに。
『どうしたんだ? ……おい』
『──……戻らない』
『戻らない?』
『身体も、顔も……──戻らない』
言いながら、おずおずと差し出すようにした奴の手を見て、ぎょっとする。
外套の下から覗いたのは、黒く鈍い艶を浮かべた、硬毛に覆われた手の甲だった。
それを凝視した後。
今、奴が言った事を胸内で反芻しながら視線を上げる。
『戻らないって。どう言うことだよ』
『……解らない。どうすれば、いいのか』
ウドクは、同じ言葉を繰り返した。
奴が酷く混乱していることを悟ると、俺は、フードを被るその頭に手を伸ばした。
端を掴み、後方へ跳ね上げるようにフードを奴の頭から外す。
『……そのまんまの意味か』
ウドクが、頷いた。
フードを上げられて、現れた奴の顔。
驚いたように瞬きする、大きな黒い瞳が俺を見る。
其所に居たのは、普段の超然とした様の奴ではなく。
いつも猛々しげに尖って立っていた耳は、伏せられ。
今にも、鼻を鳴らして鳴き出しそうに。
怯えた様子で、首を竦めて立つ狼男の姿だった。
『いつからだ』
『……昨日の、夜からだ』
『……』
返った言葉に、俺は眠い頭で考えて一時黙りこんだ。
まともな思考をするつもりが無いのであれば、良い考えなど浮かぶ訳もない。
それでも一応は考えて、そして、解らないと繰り返している奴に、答えをやった。
『じゃあ、帰ってもう一晩寝てみろ』
─・─
思い返してみると、あれは少し酷かったかと思う。
言い訳するなら、普段のあいつがたまにやらかすせいだ。
大事も小事も、騒動を起こす割にいつも何処か間が抜けている。
だが、今回は、そうじゃ済まなかった。
次の晩、再び訪ねてきたウドクを見た時、俺は決めた。
それまで、抱えていた躊躇いなんか吹き飛んだ。
──ウドクは、きっと俺の誘いを拒まない。
それは、初めから何となく解ってはいたけれど。
奴にも理由が出来て、“それ”を望む余地が出来たなら、俺が何を躊躇う必要がある?
その夜。俺達は、村を出た。
ウドクには、俺の目的の断片だけ告げただけで。
奴は、詳しく聞こうとはしなかった。
これから先、行く先を共にする。
それを確認し合っただけで、充分だった。




