1.黒の森
─・─
聞けば、ジレンの聞いたドーガ鉱石の話は、眉唾でもなかったらしい。
「この森が黒く見えるのは、この辺りの土のせいだ。呪いでもなんでもねぇよ」
しつこく問うと、半ば渋々と言った様子で、男はそう教えてくれた。
疲れているのと、ジレンにされた仕打ちに口も聞きたくない素振りだったが、答えなければ此方が黙らない事を悟り諦めたらしい。
ぼそぼそと話す。
「昔話はある。森の奥に魔女が住んでたとかな。だが、んなもん本当に見たって奴は居やしねぇ」
「へぇ。魔物は? 多いのか」
「奥まで行けばな。未だこの辺りなら、普通の獣のが多い」
「そうか。至って普通の森か」
「……なぁ」
「うん?」
「そろそろ下ろしてくれよ。……くらくらしてきた」
「もう少し大丈夫だろ。お喋り出来てるしな」
「……」
喋らせているのは、放って置こうとしないジレンの方だが。
男は、反論する気力もないのか再び黙りこんだ。
その間、ウドクはと言えば律儀に周囲への警戒を怠らず後方を陣取っていた。
それ故に、ジレンと男のやりとりに入って来ようともしない。
ただ、ウドクの代わりのように時折、馬が男に構っていた。
長い尾の先で、ぱしりぱしりと項垂れる男の頭をはたく。
解っていてやっているのか、善意なのか悪意なのかは不明だったが。
そうこうしつつ、やがて、街道から粗方離れたと思える場所まで移動を終える。
馬から荷物と、そして男を下ろしジレン達は夜営の準備に取り掛かった。
その頃には、男は完全にぐったりとしていた。
直ぐには縄を解く訳にも行かない気がして、一先ず木の根元に寝かせておく。
暫く、眠っているように目を閉じていた。
だが、時折うっすらと目蓋を開いたり、身動きする様子から、意識がある事は此方にも解った。
それからもう暫く立つと、しっかりと目を開いて居るようになった。
ここに着いたばかりの疲労困憊だった様子も幾らか和らぎ、人心地が漸くついた様子で。
樽のように転がされているのを気の毒に思ったのか、ウドクが手を貸してその場に座らせる。
ウドクに礼を言う訳でも無く、ただ無言でじろりと険しい視線を向けたが、抵抗したり、罵ったりするような事は無かった。
その後は、男は木の根元にもたれて座り込んでいた。
後ろ手に縛られたままであれば、動き回った所で録な事は出来ないのは無論だったが、暴れる様子や逃げ出そうとする様子は無いまま。
諦めたのかどうなのか、男の考えている事は解らない。
だが、目が合うと苛立っている様子は見せるも、激しい殺意や敵意を此方に向けてくる事も、もう無かった。
「器が二つしかない」
「こんなところで客が増えるとは思わなかったからな」
荷の一つを解き、取り出した木製の器をウドクから受け取りながら、相槌を打つ。
日が落ちてから暫くすると、森の中の風が止んだ。
焚き火を起こし、食事の支度に取り掛かる。
唸るような“森の声”が止んで静かになり、暖かで明るい火があれば、魔の刻にでも堕ちているような様相の昼間の森よりも、闇の中の方が未だ穏やかな気すらしてくる。
ぱちぱちと木の弾ぜる音。
辺りに、煮込んだ肉の匂いが漂っていた。
囲んで座った焚き火の向こう側、鍋吊りに下がっている鍋を男は睨んでいた。
男の様子を眺めつつ、木の器にスープと肉を取り分ける。
──そろそろ、流石に頃合いか。
ジレンはそう思い至ると、ウドクに声をかけた。
「縄、外してやってくれ」
「あぁ」
ウドクが頷き、立ち上がるとジレンの隣を離れて男に歩み寄る。
背後に回るウドクを、男が胡散臭い物を見るような目で睨むが、無言のまま身を任せた。
「悪いな、ずっと縛ったままでさ」
ジレンの謝罪に、男はじろりと視線を向けただけで何も言わなかった。
やがて、堅く頑丈に縛ってあった縄が解かれると、漸く口を開く。
「何が狙いだ?」
「うん? いきなり? ……ま、先に飯にしようぜ」
単刀直入な物言いを、一旦聞き流しつつ男の前にスープを入れた器を差し出す。
すると、男が手を伸ばし素直に器を受け取った。
そして、何の抵抗も見せず口にし始める。
意外だった。内心、少し驚く。
余程、腹が空いていたのか。
毒だの痺れ薬だの入っていても効かないから、とかあるのだろうか。
まぁ、この男なら、ありそうではあるが。
そんな事を思いながら男を眺める。
「俺は後でいい。先に喰え」
隣に戻って来たウドクにも続いて寄越そうとすると、此方には首を振られる。
「喰えよ。今度は大丈夫だって」
「……昼間の事を気にしている訳ではない」
「ほんとかよ」
「一応聞くが、何が入っているんだ」
「昨日の鹿肉の残りに、うちのお袋特製の滋養の乾燥薬草」
「……薬草?」
「味も良くなるんでな。怪しい物は入ってない筈だぞ」
「その薬草の種類は?」
「詳しくは聞いてない」
「……。やはり、やめておく」
「気にしてるんじゃないかよ」
「──おい。わんころ野郎が喰わねぇんなら、俺に寄越せ」
スープをたいらげた男が、器をジレンの方に差し出しながら割り込んで来る。
すると、ウドクが不服げに男に向いた。
「俺は、犬ではない」
男は、ウドクを一瞥しただけで直ぐには応えようとしなかった。
一時、無視を決め込もうとする無言があったが、吐き捨てるように言う。
「わんころも狼も然程変わらんだろうが」
「犬と狼は違う」
「変わんねぇよ」
「違う」
静かな声で、ただ否定だけ繰り返すウドクを、男が面倒臭そうに睨む。
更に何か言い返しかけたが、思い止まった様子で顔を背ける。
ジレンは、黙ってその様子を眺めていたが、腰を浮かせると男の手から器を受け取った。
ウドクの大きな黒い瞳に、焚き火の朱が映りこんでゆらりと光っている。
顔を背けた男と、それを無言で見据えるウドク。
暫し、焚き火の音と、ジレンが鍋を掻き回す音だけが辺りに響いた。
「なぁ、あんた」
再びスープを満たした器を男に差し出しながら、声をかける。
男がジレンに向くと、器を受け取ろうと手を伸ばす。
「あんたも、“はぐれ”じゃないのか?」
ジレンの問いに、男の眉がぴくりと震えた。
器を取ろうとしていた指先が止まる。
「違うのか?」
男は、黙っていた。
じろりとウドクを見。それから、ジレンを鋭い目で睨んでいたが。
ふと、弱い溜め息を吐く。
「……だったら何だよ」
そう答えて、スープの器を受け取った。
「それは、肯定と取っていいのか」
「そうだよ」
素っ気なく言って、器の中のスープと肉を口にかきこむ男を、ジレンは、また暫し黙りつつ眺めた。
ウドクは、先程から無言のままだ。
自分に話の矛先が向かないのであれば、傍観するような佇まいで座っている。
男が食べ終えるのを待ち──とは言え、二杯目もあっという間に空になったが──、ジレンが話を切り出そうとすると、男が先に口を開く。
「……で? 俺に何か話があったんじゃねぇのか? だから、こんな所まで引っ張って来たんだろ。さっさと話してみろよ」
空になった器を乱暴にその場に置きつつ、男がジレンを見据える。
「ただし、これ以上ふざけた真似しやがったら、ただじゃおかねぇぞ」
男が、そう唸った。
縄と馬上から漸く解かれて、少しばかり身体を休め飯を口にして。
男は、元来の調子を取り戻したようだ。
低く脅す声と、睨む目は中々の迫力である。
だが、ひとしきりその様を眺めてから、ジレンは口の端を弛く上げる。
へらり、と覇気の薄い弛い笑顔を浮かべた。
「おぉ。ここまでの事は水に流してくれるのか。気前いいな」
「……。お前、人をおちょくってんのか」
「いやいや。隙あらば殺しにかかって来るのかと思ってたからさ。良かったなぁと」
「なら、予想通りにしてやろうか」
「まぁまぁ」
再び唸り出しそうな剣幕になってきた男を、調子の良い言葉で宥めつつ。
ジレンは、ゆったりとした動作で右手を横に上げると、ウドクを指した。
「こいつは、ウドク。ウドク・ラグドネル」
続けて、自分の胸元に掌を当て。
「俺は、ジレン・バルコだ」
名乗りを終える。そして、男に向けて顎をしゃくる。
「あんたは?」
ごく自然な流れを持って促すジレンに、男が一瞬きょとんとなった。
我に返ったように、すぐに険しい顔に戻るが。
「……ドール。ドール・コネクスだ」
素直に名乗りが返ってきた。
ジレンは、笑っているのかいないのか解りづらい程度の薄い笑みを湛えたまま、言葉を続けた。
「ドール? コネクス、か。コネクスって言うと、セザンの出身か?」
「……父親の名だ。俺は、セザンには行った事はねぇし、名の由来なんか知らん」
「それで今は? ロージングに居るのか」
「そうだが……、なんでそんな事聞くんだよ」
「会ったばかりだからな。先ずは、お互いの事から知るのは当然だろ」
「俺は、お前らの事なんか知りたくもねぇし、知られたくもねぇんだがな」
「そう言うなよ。知らなきゃ、出来る話も出来なくなる」
男──ドールが、ジレンと、そしてウドクを見比べるようにした。
身構える様子は一切見せず、悠長な顔を崩さないジレンと、その隣で腕組みし、ぴくりとも動かないウドク。
だが、その双眼はドールから片時も離れない。
ドールが何か事を起こす素振りがあれば、対抗するつもりで居るらしいのが、その様子からだと、とても解りやすい。
ドールも、今のところ口だけで大人しいのは、それを解っているからこそだろう。
暫し、一対二の睨み合いが続いたが。
ドールが忌々しげに舌打ちした。
ジレンが切り出さないのに痺れを切らした様子で、自分から口を開く。
「……お前ら、他所から来たばかりだとか言ってたな」
ジレンは、頷いた。
「あぁ。バロウィケンな」
「今度はちゃんと答えろ。……いいか? そのバロウィケンの田舎者が何故こんな所に居る」
「あの森のど真ん中にある街に向かう途中だな」
「街に何か用があるのか」
「まぁな。新しく暮らす場所を探してるって所だ」
「……暮らす?」
ドールが、怪訝そうにジレンの言葉を繰り返した。
それから、二人の顔から爪先まで見回すように視線を流した後、ふん、と鼻を鳴らす。
「……なるほど。それで? お前ら罪人か? それとも、大方、故郷を追い出されたか」
言いながら、ドールが顎をしゃくりウドクを示す。
ウドクは、変わらず置物のように無反応で座っていた。
ウドクが、何かそれに応えるかとジレンもドールも、彼を暫し見詰めていたが。
話し出す気配は無い。
ちらりと、どちらからともなく目を合わせてから、ジレンとドールはお互いに向き直った。
「いや。罪人扱いされるほど大した事はしてない。まぁ──」
そこで、ジレンは一旦言葉を切り、ウドクの腕をつついた。
ウドクが、それで漸くと言った体でジレンの方をちらりと目の端にする。
余程、ドールから視線を外したくないようだ。
その目に、問い掛ける。
「話してもいいか?」
「何をだ。何故、俺に聞く?」
「いや、お前の話だからな」
「それなら別に構わん。お前に任せる」
短く応えて、ウドクがドールの方へ視線を戻す。
護りに徹する気らしい。
それならばしたいようにさせる事にして、ジレンは再度、ドールに向き直った。
「こいつは、見ての通り“はぐれ”だが、元はこうじゃなかった」
そう言いながらウドクを示すジレンを、ドールが訝しげに見る。
「どういう意味だ」
「もう二月前だな。こいつが、狼から人間に戻れなくなった」
「──……は? なんだと?」
我が耳を疑う、と言いたげな顔でドールが聞き返す。
ジレンは、淡々と続ける。
「ガキの頃からたまに変身する事はあったんだ。それでも、何とか誤魔化しては来たんだが、全く戻れなくなってな。それで、その日の内に村を出た。村の連中に見付かると、面倒そうだったんで──なんだ。どうした?」
話の途中で、ジレンはドールの様子に気付き、問い掛ける。
ドールは、うまく話が飲み込めていないように、混乱した様子で顔をしかめていた。
問い掛けられると、首を傾げる。
「……。ちょっと待て」
「なんだ」
「そいつ、“赤口”だよな。元に戻らねぇとか、そんなことあんのか?」
──あぁ。また、それか。
ドールの口から出た、正体不明の言葉に片眉を上げて問い返す。
「あのな。それ何なんだ? “あかぐち”って言うのは」
問い返されて、ドールは直ぐには応えなかった。
ただ、まじまじとウドクを見た後。
── ぷっ、と下を向いて噴き出した。
明らかに笑っていたが、ひとしきりそうした後で、ようやく顔を上げる。
「……なんつぅ間抜けだ。そんな奴、居るんだな」
ジレンは、少々面喰らってドールの様子を眺めていた。
── 笑われるような事とは、思ってなかった。
ふと、思い出したようにウドクに向いて見る。
腕組みした姿勢こそ石像のように相変わらず身動きしていなかったが、その大きな目が、ジレンと同じくきょとんとなっていた。
「……まぁ、ひとつ心配事が減ったな」
ジレンの呟きにウドクが気付き、此方に向く。
「心配事?」
「お前の身の上話は、ロージングだと笑い事で済むらしい」
ジレンのからかい半分、慰め半分の軽口に、ウドクは少し鼻先をしかめただけだった。
「いや、悪りぃ」
二人の様子を前にして、ドールが軽く謝罪する。
「……で? 狼男のままだと元の村じゃ暮らし辛くなったから、ここに来たって訳か?」
ドールが言った。
話すうちに、この男も幾らか落ち着いてきたらしい。
此方を見る目や口には、相変わらずにやにやとした笑いが浮かんだままだったが。
── まぁ。ずっと睨まれっぱなしよりは、この方が話しやすい。
それに、意外に話の飲み込みも悪くないようだ。
そう切り替えて、ジレンは頷く。
「そんな所だ。まぁ、元に戻るような方法とかさ。ロージングならあるんじゃないかとも思ってな」
「なるほどなぁ。その思い付きは間違っちゃいねぇとは思うが。田舎者が、よくロージングに来ようなんて考えたな」
「興味もあったんで」
「ほう? 仕方なく逃げて来たって訳でもないってか。で? ロージングに来てどうするつもりだ。田舎から出て来てよ、宛はあるのか」
「まぁ、それなりに。詳しく決めるのは、未だこれからだが」
にんまりと意味深にジレンは笑う。
それを目にしたドールが一瞬怪訝そうに眉を寄せたが、それ以上、その話には突っ込んで来なかった。
行きずりの相手の行く宛などに、深く関わりたくないと思い直した様子だ。
「へぇ、そうか。なら未だましだ」
それだけ言ってから、口元を掌で覆い考える顔になる。
大方、ジレンから聞き出した身の上話に引っ掛かるような事が、自分の記憶にあるか探している様子だ。
まぁ、どれだけ考えてもドールにその心当たりが見付からないだろう事は、ジレンには解っていたので。
それとなく、話を先に進める。
「んじゃ、あんたの質問には答えたな。次は、あんたの番にしようぜ」
ジレンが切り出すと、思考から引き戻されたドールが首を傾げた。
「……あ? なんだよ」
拒絶する様子はなく、素っ気なくもドールが問いを促す。
「あんたの稼業は?」
「……は? そんなこと聞いてどうする」
「自己紹介の基本だろ」
「別に。これと言って特に決まってねぇよ。色々だ」
「色々って?」
「斡旋のギルドがある。そこで、時々仕事の仲介を貰ってる」
「……ギルド? へぇ。そんなものがあるのか。じゃあ、あんた、盗賊じゃなかったんだな」
「……あ? 俺が盗賊だ?」
ジレンに流されるまま話し出していたドールの表情が強張ると、眉がぴくりと動いた。
それを目にして、ジレンは思った。
──案外、見掛けよりも扱いやすいかも知れない。
何より、そうやってさっきから、顔に内心が出やすいようだ。
ジレンは、そうやってドールを観察しつつ、白々しく肩を竦めて見せた。
「だってさ。尖塔の丘で争ってたろ、あんた」
険しくジレンを睨みつける様相を呈していたドールが、その言葉を聞くと、何故か怯んだ様子を見せた。
「……見てたのか」
ドールの様子に気付きつつも。
ジレンは、そのまま続ける。
「盗賊の縄張り争いかと思ったんだがな。あんたも、見たとこ大分強面だし」
「俺は、盗賊じゃねぇ。そんなせせこましい真似出来るかよ」
「じゃあ、なんで襲われてたんだ?」
「それは──」
ドールが、口ごもった。
ジレンを見。ウドクを、ちらりと見てから目を逸らす。
考えこむような顔の後、仏頂面になって黙りこみ。
そして、ぼそりと言った。
「まぁ……、多勢に無勢ってやつでな。どうしようもなかった」
「あんた、街に住んでるんだろ? どうして、あんな所に居たんだ」
「そんなん、お前らに関係ねぇだろ」
「俺達は話したじゃないか」
「……」
ドールは、あからさまに不機嫌な顔になって暫く黙っていたが。
「……盗賊狩りに来たんだよ」
「盗賊狩り?」
「報償がいいんでな」
「へぇ。そうなのか。……で? まさか、仲間は殺られたとかか」
「んなもんいねぇ」
「……ん? いないって?」
「一人で来た」
ドールの答えに、ジレンは一時動き止んだ。
直ぐに答えを返さないジレンを、ドールが横目に睨む。
その目と、ジレンは唖然とした面持ちで暫く見合った。
「一人でって……。盗賊狩りに来たんだろ。あんた、盗賊って言うと“賊”だぞ。少なくとも、いや、どう考えたって多勢だろ。なんでまた」
「やれると思ったけど、無理だった」
「無理だった?」
「5、6人程度なら楽勝だと思ったんだがな。まぁ……、それ以上の人数ぶち殺したが、後から後からわらわら、出て来やがったんで、……な」
ぼそぼそと、ドールは話した。
それを、ややぽかんとした面持ちで見詰める。
──へぇ。5、6人は楽勝。そりゃ凄い。
……いや、そうじゃなく。
受けた傷が即座に癒えるのが本当であれば、確かに無敵には近かろう。
だが、無理だったと言うことは、そうではないと言うことだ。
現にあの時、尖塔の丘でドールは、どう見ても劣勢に追いやられていた。
──考えないか?普通。
その状況なら、もっと沢山居たらどうしようってさ。
あまりに無鉄砲、いや、無防備とすら言える話に、ジレンは呆れて再び言葉を無くした。
ジレンとて、無茶をしない性質の人間ではない。
だが、それはジレンなりに算段した上でやる事だ。
と、そこまで考えてから、ふとある事が頭に過る。
ウドクが言っていた、言葉。
それを、そのまま口に出した。
「あんた、不死者なのか」
「んな訳ねぇだろ」
だが、あっさりと否定が返される。
「そんな事が出来るのは、魔物の“はぐれ”くらいだ。俺は、人間だ。死ぬ時は死ぬ」
「なら何故だ?」
「……言っただろうが。やれると思ったが、無理だったんだよ」
ドールの重ねての答えを受けて、はっきりと、ジレンはひとつの事を確信した。
──こいつは、多分。予想外の“間抜け”だ。
さっきは、ウドクの事を間抜けだと笑っていたが、いやはや。
まぁ、少なくとも嘘を付くのはどうやら下手そうな男である。
まだ、話していない理由もあるのかも知れないが、それを差し引いても、あのような結果になるのは、予想に難しくなかろうに。
ジレンは、ウドクを見た。
目が合ったが、狼の表情は無言であれば何も伝えては来ない。
ジレンは、一時迷った。
それまでに考えていた事。
だが、今しがたウドクには任せると言われたばかりだ。
──どうするか。
……まぁ。間が抜けているなら、尚更、都合がいいと考えるべきか。
話を聞くに、そうそう此方が食い物にされる事はないだろう。
そう考え至ると、ジレンは決めた。
ドールを見据える。
呆れられるだろうとは解っていたようで、何かやらかして罰が悪くなっている子供のように目を背けている。
ジレンは、口の端に弛く笑みを浮かべた。
「……そうか。解った。じゃ、あんたは盗賊でもなく、真っ当な人間ってことだな」
ドールが、ジレンの言葉にちらりと此方に向く。
ドールの目が、それまでのジレンの声音と表情とは違う事に気付いたようだった。
胡散臭そうに、顔を歪める。
「……別に真っ当なつもりはねぇが」
此方を見る目に、僅かに警戒が見えた。
間が抜けてはいるが、話の飲み込みが早いだけあって、相手の動向に聡い所はあるようだ。
ジレンの様子に、何か勘づいた様子である。
だが、構わずジレンは一芝居を続け。
「そうか、そうか。良かったよ、あんたを助けて」
ドールの眉が、無言のままぴくりと動いた。
「いやいや。初めは賊だと思ったからさ。ふん縛って突き出せば金になるかも知れないと思ったんだが。その前に話を聞けて良かった。そうだよな。俺達も、もしかして、と思ったら見過しも出来なくてな。あんた、死にそうにも一時見えたし」
「……あ、あぁ」
「本当に良かったよ。こうして、知り合いにもなれたしな」
「……知り合い?」
ドールが、戸惑ったようにジレンの言葉を繰り返す。
それを受けて、ジレンはにっこりと笑った。
「そうだろ。ま、とりあえずよろしくな」
「……いや、よろしくなって何がだ」
「飯、もっと要るか?未だ大分残ってる」
すかさず話を逸らすが、ドールの顔から此方を怪しむ気配は、直ぐに消えなかった。
だが、その目がちらりとウドクを見ると僅かに警戒の色が薄まり。
馬鹿馬鹿しい事を考えるのに嫌気が差したように、ゆるゆる首を横に振ってから、置いていた器を手にする。
「なら、貰う」
「おう」
差し出された器を受け取りつつ。
ジレンは、再度にっこりと笑った。
あからさまな作り笑顔ではあったが、上々の様相であれば、ドールも胡散臭そうにはしつつも、それ以上、気にかけているような事を口にはしなかった。




