2.シードバック・ギルド
「……知っているのか?」
そんな問い掛けが聞こえ、顔を上げるとウドクと目が合う。
「いや?」
「だが、迎えに来たと」
「それは、お前に言ったんだろ?」
「俺は、こんな子供は知らん」
なすり付け合いのようなやりとりをした後で、二人は、ふと気付いて顔を見合わせる。
そして、同時にドールの方を向いた。
「──……やっぱり、お前の仕業かよ」
ドールが問い掛ける。
先程、ジレンが見掛けた様子から驚きだけを抜いてみたような。
ドールは、濃い絶望を漂わせる面持ちになっていた。
その目は、ジレン達には向いていない。
ジレンの傍らに立つ少女を見詰めていた。
「え? 僕の仕業? なんの話?」
少し驚いたような調子で少女がドールに応える。
すると、暗い淵に沈んでいたようなドールの目に怒気がちろちろとちらつき始めた。
「とぼけてんじゃねぇぞ? じゃあ、なんでこんな所にお前が居るんだよ」
「伝から聞いたから来てみただけさ。僕の客が街に向かってるってね。ちょっと暇だったし」
「……客ぅ?」
「そうだよ。この二人、僕に用があるんだろ?」
ドールの視線が動いて、ジレンとウドクを見。
それから、再び少女を睨む。
「……伝って、誰から聞いたんだよ」
「それは、秘匿事項だから言えないなぁ」
少女が言いながら腕組みし、顔の前に手をかざす。
中指の先で、鼻のつけね辺りにちょんと触れるが。
ふと、気付いたように瞬いた。
「……あ。つい、癖」
その仕草の後、ドールに苦笑いして見せる。
やはり、その容姿に似合わぬ大人びた口振りと動作だ。
ドールはと言えば、年端も行かない子供相手に向けるには相応しくない、殺気じみた光を帯びた目で少女を睨んでいる。
少女の苦笑いは、相手にせず。
唸るような声を出した。
「……何が秘匿事項だ。適当抜かしてると、いくらお前でも、ただじゃ済まさんぞ」
「え? ほんと? 君が何か仕掛けてくれるの?」
ドールの言葉に、少女がドールの方に身を乗り出すようにした。
大きな目を更に見開き。
期待に満ち満ちた様子でドールを見詰める。
その表情を受けて、ドールの眉がぴりぴりと震えた。
「……この──変態野郎が」
それまで、ウドクと並んで突っ立ったまま、よく解らず傍観していたジレンだったが。
ドールのその言葉で、目の前の状況が腑に落ちた。
心底楽しげな少女と、腹が煮え繰り返る様相の男とで、一見ちぐはぐな対峙。
二人の様子を見比べるようにしてから。
少女に問い掛ける。
「──もしかして、あんたが、ラジエルさん?」
「そうだよ」
「そうだが、違ぇよ!」
ふたつの即答が同時に返った。
だが、ドールの答えが明らかにおかしい。
ドールが、ジレンを睨み付けると目の前に人差し指を突き付けて来ながら怒鳴る。
「つぅか、お前らは黙ってろ! まずは俺が話すから、いいな、何も言うな!」
「……なんだい、そりゃ」
「うるせぇ! お前もこいつらに話し掛けんな!」
首を傾げて不思議そうに、横から問う少女──いや、ラジエル、でいいのだろうか。
ドールに牽制されて、ひとまず口を閉ざしたジレンだったが。
怪訝に首を捻る。
──いや、確か野郎。ラジエル・シードバックは男であると。
名前からして、男だ。
ドールも、ソワスムールもそう話していた気がする。
だが、ジレンが再度問い掛ける余地は目の前の二人には無く、騒々しいやりとりが始まった。
「どうして、僕と話しちゃいけないんだ?」
「てめぇの胸に聞け!」
「聞いてみてもいいけど無駄だよ? 身に覚えが無いからね」
「何をいけしゃあしゃあと──」
「と言うか、ちょっと。ちょっと待ってよドール。僕には、今、君が怒ってる理由がさっぱり解らないんだけど?」
今にも噛み付こうとする形相のドール相手に、おそらく、ラジエル・シードバックだと思われる少女がひらひらと両手を上下に振る。
興奮する猛獣を宥めようとするような仕草だ。
普通なら、逆撫でされて逆上しかねない、小馬鹿にした素振りだったが。
ドールは、それで荒ぶる声を幾らか落とした。
「……“闇喰い”の事は? 知ってんだろ」
問い掛けられ、少女が首を傾げた。
「どういう意味かな? 今日、森に現れたらしいのは聞いてるけど。知ってるって何をだい?」
「お前の幻術じゃねぇのか」
「え?」
少女が首を傾げたまま、きょとんと動き止む。
ドールが、苛立ちを歯噛みする様相で告げた。
「……“闇喰い”に喰われかけた。お前の仕業じゃねぇのかって聞いてんだよ」
ドールの言葉を聞いて、少女は一時無言になった。
笑顔は失せた、大きな目で瞬きすらせず暫くドールを見詰める。
そして、ぽつりと呟いた。
「へぇ……──そんなことが」
少女の反応を受けて、ドールの怒気が僅かに褪せる。
だが、頑なさが解ける様子は無い。
少女が傾げていた首を戻し、こくりと頷く。
「うん。それは僕も初めて聞いたね」
「……あぁ?」
「ほんとだよ? 僕が嘘付かないのは知ってるだろ」
「……あぁ。嘘は付かないが、ほんとの事は黙ってるんだっけな?」
「ドール、ほんとだって。とにかく、僕は何もやってない。今回はね?」
“今回は”との言葉と共に、ぱちりと片目をつむってキザな仕草を飛ばす少女に、ドールが心底嫌そうに顔をしかめる。
それから、暫く二人は何も言わず向かい合っていたが。
ドールの無言が、話し合いの決着を付けたようだった。
「話しても構わない?」
少女がジレン達を示しながら、ドールに聞く。
ドールは、未だ完全に納得しきれていない様子ではあったが。
「勝手にしろ」
それだけ言って、仏頂面になると口を閉ざす素振りを取った。
少女がその様子に苦笑いし。
それから、再び腕組みの姿勢になるとジレンとウドクを見上げる。
「やぁ……、僕とドールは色々と話が複雑でね。ごめんね?」
やりとりの間、ジレン達が横に置かれた事への詫びなのかそう言ってから、少女がにこりと笑う。
ジレンは、少女にどう対応したものか一時、迷って黙る。
ウドクは、当然のごとく黙っている。
ジレンより先に口を開く気配はない。
ふと、少女が気が付いたような顔をすると頷いた。
「そうだった。挨拶が未だだったね。僕は、ラジエル・シードバック。君達の名前は、もう知ってるよ。あ、あとね。僕とドールは友人だ。よろしくね」
「友人じゃねぇよ、死ね」
ドールが、すかさず否定と罵倒を入れてくる。
だが、それは意に介さぬ様子でラジエル・シードバックと名乗る少女は続けて言った。
「まぁ、今はこの格好だし。ちゃんとした挨拶も話も、後にさせてもらおうかな」
“この格好”と、自分の身体を身振りで示す少女を眺め。
ジレンは、とりあえずひとつ聞いてみる事にした。
「男じゃないよな?」
「そうだね。ベルルース、この子は女の子だよ?」
直ぐに返された言葉の意味が解らず、ジレンは、また黙りこむ。
── ベルルース。
確かドールの口からも、その名前らしきものが出ていた。
考えるジレンを、少女は暫く無言で見上げていたが。
「まぁ……、実際に会った方が話が早い。行こうか。案内するよ」
そう言うと、ドールにしたようにぱちりと片目をつむって見せてから。
少女が、三人を促し歩き出した。




